第16話 2人の出会い
ゲテン──本名はゲンテと言うみたいだが、ラスクが一番信頼の置ける側近であるようだ。私は彼の名前を直接呼んだことはなかったため、今後のことを考えて正式名称のゲンテと呼ぶことにした。ゲンテが操縦する馬車に乗り、ラスクと対面した形で座る。昨日も乗った馬車であるが、この数十時間の間に起きた出来事が大きすぎて数日前のことのように思える。
「さて、マーガレット。順を追って話していこう。僕と出会った場所を覚えている?」
「えぇ、マルク元公爵の門前だったわね。でもどうして王子であるあなたが身を隠してあの領地に?」
「僕は足を運んで国民の生の声を直接聞きたいんだ。国王になってもそれは続けるつもり」
操縦席から「ゴホンッ」とゲンテの咳払いが聞こえた。ゲンテ的には参っているのだろうが、そんなラスクを見て見ぬ振りをしながらも見守っているのはゲンテの優しさだ。
ちなみにラスクが方々を歩き回っているのなら、ベーナの存在を知っていることも納得がいった。もしかしたらベーナはラスクの正体に私よりも先に気づいていたのかもしれない。
「その時にある2つの噂を聞いた。1つは奴隷商のいる闇市場がどこかでできてるということ。もう1つは婚約破棄を繰り返している女性がいるということだ」
「女性は私よね?」
「そう。ただ僕が当時知っていたのは『マーガレット・ヴィルニフ』という名前だけ。マーガレットに関しては善人か悪人かは噂では分からなかったし、奴隷商と絡んでいるかどうかも不明だった。本当に男性に嫌われて婚約破棄をされている可能性もあるからね。ただ……偶然、現場に鉢合わせた僕はマーガレットの勇ましさに惚れてしまったんだ」
「それで攫ったと?」
「まぁ半分はね。あとは近くにいれば本性が分かると思ったんだ」
「じゃあ……最初に私に言ったことは嘘なの!?」
──僕はこれから君をいっぱい知って、君を好きになっていく。約束するよ
ラスクが最初に語りかけてくれたあのセリフは私に油断させるためだったというのか。だとしたら口説き慣れている人たらしだ。
「いや、今日のような仮面の下が真っ黒な人間を僕はこれまでに五万と見てきた。マーガレットがそうじゃないぐらい、すぐに分かった。だからマーガレットに告げた時には僕の気持ちは完全にマーガレットに奪われていた」
「そ、そう……」
少し照れくさいものの、あの時の言葉に嘘偽りはなかったことが嬉しかった。
「でもマルクに近づけたのは大きな鍵となった。ゲンテにマルクの素行調査をしてもらった結果、一番怪しいと判明した。そして絡んでいたのがアセビナだった。2人を警戒していたが、アセビナがマーガレットを追跡していたのを発見した時、危機感を覚えたね」
「えっ、それっていつ?」
「バザールで僕がマーガレットにピアスをプレゼントした時だ。マーガレットは背中を向けていて気づかなかったかもしれないが……」
ピアスをもらった後ラスクからキスされるのかと思っていたけれど、ラスクは私から目線を離して違う方を向いていた……あの時!?
「でもアセビナが追跡していたおかげで、マーガレットに正体を曝け出して婚約者に迎える決心もついた。マーガレットとお父様をすぐ側で助けられるからな」
「じゃ、じゃあ、あの時キスしなかったのは……」
「アセビナが見ていたからな。今、マーガレットに手を出すのは危険だと判断して止めたんだが……なに? 期待してた?」
「えっ、いや、それは、その……ないわけじゃないけど……」
どうやら墓穴を掘ってしまったようだ。私は恥ずかしくなり目を泳がせながら下を向き、汚れが一つもない赤いカーペットを視界に入れた。
ラスクはクスッと笑い、私に近づいて私の顔を覗き込んだ。
「今夜が楽しみだな?」
「こっ、今夜っ!?」
お互いに気持ちが通じ合ってから数時間。ラスクの距離感が狂い始めているのは薄々気づいていたが、何もかもがストレートすぎる。
「ははは、冗談。今はね」
(今はね、とは??)
ここでは冗談だが夜になれば分からないということだろうか。この男の1秒先でさえ読めない。変な気を起こされる前に話題を変えなければ。
「あの、話が少し逸れてしまったわね? そ、それで、次の日婚約者を連れてくるって言ったのは……?」
「僕が本当の僕自身を連れてくる、ってこと。あの場で王子なんて言えないだろ? それにゲンテにも話を通さないといけなかったんだ。こういう時、何かと王子ってのは面倒なんだよ」
またもや外から「ゴホンッ」とゲンテの咳払いが聞こえた。車内の話が聞こえているということは先程のキスの話も届いているのだろう……恥ずかしい。
「それで翌日、僕はこのピスキウム家の馬車で神殿に向かったが、マーガレットの姿は見えなかった。だからマーガレットの家に馬車を走らせ到着すると、玄関の扉は開かれたまま。そして床にマーガレットのピアスが片方、血がついた状態で落ちていたのを発見したんだ」
当時の出来事をラスクはこう回顧した──




