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第15話 スパイの正体

「なっ……ラ、ラークス王子だと……!?」


 マルクは顔を強ばらせ、なりふり構わずその場から駆け出したが、


「ゲンテ」

「はっ」


 ゲンテと呼ばれたゲテンが操縦していた馬より俊敏に、そして無駄な動きを一切せずに、瞬く間に逃げ出すマルクの襟元を捕まえ、どこからか出したロープで体を拘束していた。会場を見渡すとアセビナを含む全客がピスキウム国の騎士団により捕まえられていた。

 どうやら目の前にいるのは本物のラークス様であることに違いはないが、ラスクであることにも違いなかった。


「マルク。おまえはどうやら人を売ることに躊躇いはないようだな?」

「あ、いえ……その……」

「ならばおまえを出荷するとしよう。その贅肉、少しは役に立つんじゃないか?」

「ヒッ……」


 弱々しい声を吐いたマルクは尻餅をつき、震えながら後ずさりしていく。


「……冗談だ。だが法を犯した者として国から厳しい処分を下す。ゲンテ、こいつの手足を縛り地下牢に入れておけ」

「かしこまりました」


 ゲテンは私が拘束されていたものよりも厳重な鎖をマルクに巻き付け、騎兵に体を拘束していたロープの端を手渡した。マルクは馬に引きずり回される形でこの場を去る。あちらこちらに体をぶつけていく姿は滑稽だった。


「痛い、やめてくれぇええーーっ! マーガレット! 今なら婚約を戻してやる!! ラークス様に助けを乞え!」

「……あら、言ったでしょう? あなたとの婚約なんてこちらから願い下げだって」


 小さくなっていくマルクに満面の笑みを浮かべて、以前のようにカーテシ-をして見送った。


「マーガレット、遅れてすまない」


 ラスクがいつも羽織っていたフード付きのガウンよりも相当高貴なコートを私にかけて……くださった。この口調はラスクが近くに居るのにすごく遠く感じてしまう。


「あ、あの……」


 ラスク相手なら何とでも言えるが、目の前にいるのはこの国の王子様だ。不躾な返答などできるわけがない。


「た、助けていただき……ありがとうござ……」


 そう丁重にお礼を述べようとするも、ラスクに私の言葉を遮られ、きつくきつく抱きしめられた。


「マーガレット。君の目の前にいるのは何者でもない男だよ」


──何者でもない僕を愛してくれる人がいい

 

 ラスクがずっと私に言ってきたことが今なら分かる。私が始めからラスクが王子だと分かっていたら対等に話せなかった。ラスクを知ろうなんておこがましくてできなかった。

 ラスクは身分で自分を測られたくなかったのだろう。きっとこれまでに何度も何度もラスクの背後にある権力や金を渇望する人に出会ってきたのだろう。婚約者を探していた私も同類かもしれない。始めから王子に言い寄られていたら、全てが解決していたかもしれないがそこに愛は生まれなかったかもしれない。

 だからラスクは頑なにフードを外さなかったし、素性を明らかにしなかったのだ、と。


「ラスク……! 怖かった、もう会えないんじゃないかって、さよならも言えないなんて、この世から消えてしまいたいなんて、何もかもが真っ暗で怖くて、あなたにもらったピアスでさえも苦しくて……でもあなたに会いたくて、私、私は」


 心に書き留めた遺書を読み上げるように乱文をラスクに投げつけていく。


「私はあなたを──」


 その瞬間、私は言葉を飲み込んだ。ラスクの唇が私の唇に触れたから。

 ラスクの左手は私の腰を離さず、右手は私の後頭部を包み込んだ。空いた心の穴にゆっくりゆっくり温かい愛が注ぎ込まれているような満たされた感覚に溺れそっと私は目を閉じた。

 ラスクがゆっくり私から離れる。新緑色の瞳に映るは私の複雑な顔だった。


「君の嫌いな男を連れてきた。……愛している、マーガレット」

「……私も愛しているわ」


 そう呟いた時、これまで溜めていた感情が涙となって溢れ出した。ラスクは「ははっ」と少し困ったように、そして幸せそうにはにかんだ。


「あらあら、マーガレット! 良かったじゃない!」


 畳んだ扇子を左掌に打ち付け拍手しながらアセビナがこちらにやって来る。左右に騎士団員が付き警戒はしているものの、私の母であることからかまだ拘束はされていないようだ。


「まさかあのフードの男性がラスク王子だったなんて! これでヴィルニフ家は安泰ね!」


 コロッと手の平を返すアセビナに吐き気がする。ここまで私とお父様に非道な扱いをしてきたくせにすべてなかったことにしようとしているのか。この女の醜さに吐き気がする。


「ヴィルニフ家は安泰だが、おまえはどうかな」

「……え?」

「家族に犯罪者がいる家と王族が結婚できると思うか?」

「わ、私はここに運ばれたマーガレットを助けに来ただけで……」

「嘘言わないで! マルク様と手を組んで私を売り飛ばそうとしたくせに!」

「そ、それは……」


 アセビナは何やら言い訳を考えているようだが、この状況を打破できるわけがない。私は彼女が私に向けた値踏みするような鋭い目で彼女を睨みつけた。


「アセビナ・ヴィルニフ。おまえは今日ヴィルニフ家と絶縁し、マルクと同様に地下牢に入ってもらう」

「なっ……! お、お言葉ですがラークス様。主人がそれを許すかどうか……」

「ヴィルニフ伯爵にはもう承諾を得ている」

「う、嘘……」

「反論があるなら聞いてやらんこともない。……が、国相手に勝てると思うのならな」

「そ、そんな……無理よ……」

 

 己の末路を理解したアセビナは顔面蒼白になり、その場にへたり込んだ。両手で頭を抱え込みグシャグシャに乱した後、瞳孔が開き恐怖染みた目と私の目が合う。


「そうよマーガレット、あなたからも言ってちょうだい!」


 私のどこにわずかな希望を見出したというのか。勘違いも甚だしい。


「そうですわね……お父様の治療費を自らの懐に入れて宝石に変えていたことや、婚約破棄を繰り返すように仕向けたいたこと……言うことはたくさんありますわね?」

「マ、マーガレット! 違うでしょ!?」

「……ほう。やはりマーガレットの婚約破棄に黒幕はいたか」

「えぇ。今までの婚約者には匿名で手紙を送っていたと言っていたわ」

「そ、そんなことするわけないじゃない……」


 アセビナは冷や汗を垂らしながら必死に抵抗する。


「そうか。違うと言うのならそれでも構わないが、こちらで調べさせてもらう。その際におまえの発言が嘘だと分かれば、王子の前で嘘をついたとして偽証罪が重ねられる。いいな?」

「も、申し訳ございません、私がやりました!!!!」


 額を地面にこすりつけ、アセビナは即座に土下座をした。ラスクは口角を釣り上げ、邪険な笑みを浮かべた。


「謝るのは僕じゃないだろう? 僕の婚約者、次期王妃にしてもらわないとな?」

「うっ……」

「できないというのか?」

「……申し訳ございませんでした、マーガレット……様……」

「……自分の罪を償うのね」


 彼女に書ける言葉が見つからなかった。腹立たしく煮えくり返っているのは当然だが、一時は一応家族だったゆえに、呆れとか情けなさとかそういったやり場のない気持ちも抱いていた。


「この女を連れていけ。顔を傷つけぬようにな」

「い、いやぁああぁっ……!」


 ラスクの一言で、アセビナに対する騎士たちの言動が変わる。アセビナは両手にロープを巻かれ、騎士たちに連れて行かれた。


「……売るの?」

「まさか! 悪人でも命を売るような真似はしない。ただ脅したくなっただけだ」


 王子としてあるまじき言動かもしれないが、まぁ相手がアセビナなのでヨシとしよう。


 「ラークス様、会場の後処理は騎士団に任せましょう。私たちは宮殿へ帰りマーガレット様の傷のお手当を」

「そうだな。楔がついていた足首にも傷がある」

「このくらい平気よ。それより自宅にいるお父様が心配だから、家に帰らせて」

「あぁ、そのことなら問題はない。公爵は今、我々の宮殿で休養している」

「……え? そういえば、お父様から絶縁の承諾も得ていると言っていたわね」


 となれば、ここに来る前にラスクがお父様と会ったことになるが……。


「あぁ。馬車の中で話すとしよう」


 そういってラスクは私の膝元を掬い、軽々と腕の中で抱いた。以前は穀物袋を肩で担ぐように雑に攫われたが、これはこれで恥ずかしいものがある。


「だ、大丈夫! 一人で歩けるから! お姫様抱っこなんて恥ずかしいわ!」

「何言ってるんだ、マーガレットはいずれプリンセスになるんだから」

「もう……」


 ハハハッと白い歯を見せて意地悪そうに笑うラスクを見て、私もなんだか悪い気がしなくて小さく微笑むのだった。


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