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第14話 地獄のその先


 目が覚めた時、私は小さなキャバレーのようなステージ上で横たわっていた。客席には仮面舞踏会のように仮面を被った男女が30名ほど座り、クスクスと笑いながら私を見ていた。逃げだそうとも手足に違和感があった。


(な、なに……? 私を見ている……もしかしてオークション会場……!?)


 どうやら私が眠らされている間にアセビナとマルクの思うがままに事が運んでいたようだ。体を起こそうとするも手首は背中で縛られているようだし、足には錘がついているようで思うように動けない。口にはハンカチが咥えられていて上手く喋れそうになかった。奇声を上げて醜態を晒すぐらいなら黙っていた方が良い。私は客席全員を睨みつけた。


「お目覚めのようだな?」


 仮面を被った男がステージ袖から登場した。仮面を被っていても贅肉だらけの丸い体型と汚らわしい野太い声はマルクそのものだった。彼は客席に向かい声を上げた。


「さてさて、紳士淑女のみなさま! こちらの商品が目覚めたところで、早速オークションを始めましょう」


(なるほどね……)


 人を金で買う人間など誰しも強欲で浅ましくて惨めで悍ましくて、誰の元にいこうともその先は地獄だと決まっている。


「さあご覧ください! 今回の娘、なかなかの上物でしょう? このオークションではなかなかお目にかからない、伯爵家の娘です! さぁ100万ピシーからスタートです!」


 マルクのハンマーが1回叩かれ、オークションが開始された。会場はぶわっと歓声が湧き上がり、一人の男が手をあげて「200万ピシー!」と興奮気味に叫んでいた。オークションには大反対だが、私が200万ピシーで手に入るなんて思われていることには心外だった。田舎にある小さな家なら買えてしまう値段だ。


「おっと、200万ピシーが出ましたが……」

「400万ピシーよ!」


 宝飾品を首や手首に何重に巻きいかにも裕福な暮らしをしているであろう女性が手を上げて、甲高く叫んだ。その女性に対抗するように、もう一人の女性がすかさず手を上げた。


「700万ピシー!」


 私が昔から憎くてたまらない肥が飛んだ。叫んだのはアセビナだった。娘を高く売るためのサクラとして観客席に参入していたらしい。


(最低……! とにかく、なんとかしてこの状況を打破しなければ……)


 しかし辺りを見渡しても脱出できそうな場所はなく、錘をつけられている以上逃げ出すことはできそうになかった。それならば売られた先で脱走を試みるしかないのだが、身動きが取れる保証もない。つまり私に残されたのは、生の中の死か、ただの死か。


(どうして……私が何をしたっていうのよ……)


 野蛮な愚民どもの前で醜態を晒すまいと奥歯を噛みしめグッと涙を堪える。頭をガクンと垂れてそっと目を閉じた。


(お父様……ごめんなさい。アセビナがお父様の看病をするとは思えないのだけれど……どうか、どうか健やかに生きていて。私は先に空に逝ってしまうかもしれないけれど……)


 お父様と過ごした大切な思い出が走馬灯となって頭の中を駆け巡る。本を読んでくれたこと、亡きお母様と一緒に手を繋いで散歩をしたこと、眠れない夜はずっと側にいてくれたこと。お父様の愛情は今の私には罪悪感となってとても苦しいけれど、でもあなたの娘で良かったと心から思う。

 届かない遺書を心に書き溜めていた時、700万ピシーを上回る低俗で忌まわしい声が聞こえた。


「5000万ピシーだ」


 少しだけ顔を上げて睨むようにその声の方を見る。遠くからでも肉塊だと分かるほど贅肉のついた貴族が不潔な顎髭を触りながら厭らしく私を見ていた。


(あれはたしか……ハース公爵……)


 アセビナに見せられたプロフィールに載っていた男だ。見せびらかすためだけにつけられた宝石が淀んで見える。領民から血税を吸い上げ、湯水のごとく酒と女に使い果たしているような男そのものだった。


(……地獄に先があったなんてね)


 すでに地獄の地に落ちたと思っていたが、どうやら考えは甘かったようだ。これからやってくるのは地獄ではない。地獄のその先だ。


 会場はざわついていた。ただでさえ5000万ピシーは相当な額だが、奴隷にこれほどの大金を出すなどキチガイにも程がある。いや、そもそも人を金で買う行為自体がキチガイなのだが……。仮に私が売られることなく、ハース公爵の元に嫁いでいたとしても非人道的なこの額が出されることはない。

 アセビナはこれ以上の者は出ないと見込んだのか、口元を扇子で隠している。こういう時の扇子の下は大体卑しく笑っている。


(もう死んだも同然ね……)


「おい、お客様に顔を見せろ」


 マルクが私の髪を後ろに引っ張り、会場に顔を晒させるためにマルクが私の髪を後ろに引っ張った。右耳につけたピアスがカランと小さく音を立てた。


「……っ」


 その瞬間、ピアスが私の張り詰めた心に穴を空けた。


 (ラスクとの約束、破ってしまったわね。怒ってるかしら? また呑気に本でも読んでいるかもね。それとも神殿に寝そべって昼寝でもしている? ラスクとの数日は短かかったけれどあっという間だったわ。ごめんなさいラスク、約束を守れなくて。ごめんなさい、こんな最後で……最後に会いたかった……ラスクに……会いたい……会いたい、会いたい会いたい……っ!)


 押し殺していた感情がぶわっと溢れ出し、私はつぅと涙を溢しながら心の遺書へ最後に書き留める。

 

『愛している。』と。


「へぇ、あのマーガレットが泣くなんざ最後にいいものを見せてもらったよ」


 マルクがフッ小さく鼻で笑った後、会場に向けて声を上げる。


「さぁさぁ! 驚きの5000万ピシーが出ました! このオークション初の高額です! この後に続ける者はいないでしょう」


 マルクがハンマーを振りかざしたその瞬間──


 ドゴォオオーーーーン!!! 


 漂う緊張感は会場に響いた爆発音とぶっ飛んだ扉によって切り裂かれた。煙が辺り一面を覆う。


「えっ……」


 マルクは唖然として突っ立っていた。

 扉付近にいた者は爆発による飛散物が体を刺したようで痛みを訴えているが、これまで競売に掛けられた先人たちのことを思うとざまぁみろとさえ思う。


(でも一体何が起きているの……!?)


 会場の護衛たちがその人影に向かって剣を突き出すも、煙の中に入る寸前に皆がその場に倒れ込んでしまった。煙の中にいる人物に触れすらできなかった。剣で切り裂かれた煙は、閉鎖的な会場内に散乱し薄くなっていく。

 煙の中から見えた人影は次第に大きくなっていく。こちらに向かっているようだった。


「ま、待て! おまえは何だ!? いくら出せるんだ!?」


 顔も見えない相手にマルクはハンマーを突き立てて怒号を飛ばしていた。


「出せるわけないだろう?」


 猛烈に怒りを孕んだその声からは想像がしがたかったが、煙の隙間から見えた新緑色の瞳が彼を彷彿させた。


(ラスク……?)


 少しの希望を抱いて私はそう心で呟いたが、煙が晴れた時にすべてが一変した。


「命を金で買うなどおまえたち愚民と同じだ。僕は彼女を愛で迎え入れる」


 そう放った彼。

 私の背後にいつの間にか回っていたゲテンが、私の口のハンカチを解き、錘を外す。


「……ラークス様……?」


 この国の第一王子、ラークス・ピスキウムがそこにいたのだ。


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