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第13話 黒幕


「マルク様。今日もいらしたんですね」


 数日前にもこの場でマルクと会った。お金にがめついアセビナからすれば婚約破棄された相手など必要のないはずだが……やはりこの2人には何かがある。


「あらマーガレット、どこへ行くつもり?」

「……今日が約束の日でしょう。婚約者を紹介してくれる方がいらして、会いに行ってきます」

「へぇ、本当に見つけてきたんだな? 俺と婚約破棄になった1週間で見つけられるなんざ、やはりその美貌には価値があるってことだな」

「そのようですわね」


 2人は私を品定めをするようにじっとりと見てくすくす笑っている。気持ちが悪いので返答せずに外へ向かおうとした、その時──


「行かせないわよ?」


 アセビナがどこかに向かって合図するかのように3回手を叩いた。その瞬間、玄関の扉が開き、仮面を被った2人の男が乱入。そしてあっという間に私を羽交い締めにした。


「なっ、なんですの!?」


 状況は理解できなかったが、危機が迫っていることは把握できた。私は動けるだけ手足をバタつかせて抵抗してみせたが、私を捉えている男が力を強めた。


「……っ!」

「おいおい、あまり乱暴に扱うな。傷になったら大変だ」


(傷……? 私を乱暴に扱ったこの男がそんな心配をするなんておかしいわ)


「そうですわよ。それにマーガレット1人ではどうしようもできませんもの、離してあげてくださいませ」


 男は私を解放したが、2人の男が行く手を阻んでいるため私は身動きが取れない。


「お母様、マルク様。これはどういうおつもりで?」

「あなたがまさか婚約者を見つけられるなんて思っていなかったからねぇ? 私がハース公爵よりももっと素敵な嫁ぎ先を見つけてあげたのよ」

「……でしたら、こちらの方々にはお帰りになってくださいませ」


 ラスクが誰を紹介してくれるかは分からないが、絶対にアセビナが紹介する嫁ぎ先よりはマシだ。


「それはできないわ。あなたに最高の嫁ぎ先が見つかったんですもの。今までの誰よりも結納金をくださるのよ?」

「ま、結納金というか今回の場合は対価とも言えるな」


(対価……傷……まさか……)


「私を売り飛ばすおつもりなんですか」


 この国で人身売買は禁止されているが、闇市で取引が行われているという噂は私も耳にしたことがある。ごく普通に生きていればその界隈のパイプと繋がることはなく、ヴィルニフ家も代々そのような取引は当然したことはない。しかしこの女が知っているということは、隣にマルクがアセビナに提案をしたのだろうと容易く想像ができた。


「ふふっ、だってそろそろこの辺りの名家の婚約者も減ってきたでしょう? あなたが婚約破棄を繰り返すせいで。それにあなたの悪い噂も広まって、前より男性の食いつきが悪くなったのよ」

「はっはっは、アセビナは本当に悪女だ。最後に真実を教えてやったらどうだ?」


 マルクはアセビナの裏の顔を知っているらしい。私をからかうことを面白がりながら、アセビナと卑しい笑いを続けている。


「それもそうですわね。マーガレット、今まで4回の婚約破棄、ご苦労様。あなたを婚約破棄に仕向けていたのはこの私よ。婚約者に匿名で手紙を書いていたの」

「な、なんですって……!?」


 たしかに今まで不当な婚約破棄だとは思っていた。何一つ悪いことをしていないのに入籍直前で相手から婚約破棄を言い渡されてきた。決まって理由は『マーガレットが浮気をしていた』だった。


「婚約を繰り返していたらお金が入るでしょう? 今回もそうするつもりだったんだけれど、マルク様がご提案くださってね?」

「どうも婚約破棄のタイミングが怪しく思えてな。アセビナに奴隷商の話をふっかけてみたところ、全て明かしてくれた。で、奴隷商の紹介料としてお前の売上の一部を俺がもらうことで話がついたんだ」

「あなたたち、正気ですか!? それにこのことが明るみになればあなた方の人生も終わり。お金を得たところで意味がありません」

「あら、明るみにならなければ問題はないのでしょう?」


 アセビナは扇子を閉じ、その先で私の顎をクイッと上げてみせた。


「ふふふ……いいわね。あなたのその無駄に綺麗な顔、とっても憎かったのよ? でも今はとーっても黄金のように輝かしく見えるわね?」


 大金が入る未来に興奮しているのか、アセビナの瞳孔は開き鼻息を荒くしていた。醜い人間の欲情ほど気持ちが悪いものはない。


(弱さを見せてはダメ……でも怖い、怖い怖い。私これからどうなるの……?)


 奥歯を噛みしめ、潤んだ目を乾かすように瞬きを一切せずにアセビナを睨みつける。


「あら? あなたそんなピアスつけていたかしら?」


 扇子の先で弄ぶように右耳のピアスに触れた瞬間、私の中の恐怖心は怒りへと一変した。


「触るな!」


 扇子を手で払いのけ、火事場の馬鹿力と言わんばかりに最大限の力でアセビナを突き放した。アセビナの贅肉だらけのお尻は床をドンと叩きつけた。


「何するのよ!」


 アセビナは屈辱と羞恥心を孕んだ鋭い視線で私を見上げているが、私はひたすらに醜い肉の塊として見下げる。


「あなたたちの望み通りにさせない」


 アセビナに触られたピアスを左耳から外し、ポストの尖端を左頬に突き刺して勢いよく外側に切り裂いた。頬からはつうっと血が流れる。今度は右頬だ。売られてしまうぐらいならここで売り物にならないほど傷物になった方がいい。傷の痛みよりラスクがくれた大事なピアスを穢してしまったことの方が心が痛む。


(ラスク、ごめんなさい……)


 私が右頬にポストを突き刺すも、マルクに手首を掴まれ阻止されてしまう。


「おまえは商品なんだぞ! 傷なんてつけるな。価値が下がる!」

「承知の上ですわ」

「それ以上自分を傷つけるのなら、大好きなお父様とお揃いにしてあげましょうか?」

「……っ」


 お父様を出せば私が従うということをアセビナは知っている。ピアスがカランと地に落ちる。それを拾い上げたかったが、マルクに手首を掴まれたまま身動きが取れない。


「おまえはもう連れていく。おまえたち、マーガレットを馬車に乗せろ。オークション会場に急げ」

「はっ」


 男どもはマルクの一声で再び私を羽交い締めにしたと同時に、私の口元に布をあてた。その布からは薬品の匂いがしていた。


(やばいっ! 吸ってはダメ……)


 できるだけ息を止めていたが限界はある。私は男たちに口を塞がれたまま、馬車に乗せられた。


(なんとか、しない、と……。お父様、絶対に戻りますから……)


 じわじわと薬品が体内を巡る。次第に私の意識は朦朧とし目が閉じられていく。

 

(あぁ……ラスクに会いたい)


 そう思ったのが最後だった。



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