第12話 果たされなかった約束
朝日が私の顔を照らし、私はそっと目を開けた。明け方まで寝られずに起きていたのは覚えているのだが、昨夜の疲れに耐えきれなくなった体は小一時間ほど睡眠を欲していたようだ。クマのひどい顔を見て、ため息をつく。ラスクがくれたピアスもどこかくすんで見てしまう。
「……今日、ラスクが男性を連れてくるというのにね」
この顔では交際を断られてしまうかもしれないが、もしそうなればラスクとまた神殿で──
「……いえ、どのみちお母様がすぐに相手を見つけてくるだけよ」
泣いても笑っても今日が私の運命の別れ道であることに違いはなかった。
そんなことを思いつつも私は身支度を済ませてキッチンへと向かう。いつものように自分とお父様の朝食を作る。アセビナは今日もいなかった。
さっと作り終えた2人分のサラダとパン、ゆで卵をトレイに乗せて、ミルクティと共にお父様の寝室に運んだ。いつも私はダイニングで済ませてしまうのだが、今日はお父様と一緒に食べたい気分だった。
私は小さくノックをして扉を開けた。
「おはようございます、お父様」
「……」
お父様に返答がなく慌てて近づくも、掛けられた毛布が上下に動いていたので呼吸を確認でき胸をなで下ろした。
ベッドサイドにあるテーブルに音を立てぬようトレイをゆっくり置いた。
(最近は眠りが深いわね……。薬が効いているのか、体力を回復する時間が長く必要なのか……)
このまま寝かせてあげたいところだが、食後の服薬があるため致し方ない。もう一度「お父様」と声をかけそっと肩を叩いた。
「……あ、あぁ、マーガレット。気づかなくてすまないね」
「いえ」
お父様は体を起こし、テーブルの方を向いてベッドに腰を掛けた。目覚めの一杯にミルクティをひとくち、口に含んだのだがお父様は口を曲げて何やら不思議そうな顔をしていた。
「おや、今日は塩味が効いているな?」
「塩味? いつものミルクと茶葉を使っておりますわ」
不思議に思いつつも自身のカップを手にしてひとくち。
「べっっ」
想像していた以上の塩辛さに私は舌をベッと出してしまった。令嬢としてこの上なくはしたないのは承知している。
「だろう?」
お父様は私の粗相を咎めることなく、くすくすと笑っていた。
「すみません、お父様。どうやらお砂糖と間違えてしまったようですわ。淹れ直してきますので」
私は足早にキッチンへと向かい、新しいカップにミルクティを注いだ。今度は砂糖を掬うことだけに集中して、スプーンでひとすくい入れる。
(私としたことが……)
ラスクのことで頭が支配されているも、この解決方法が何一つ見つからない。悶々と考えながら廊下を歩き、再びお父様の部屋に戻った。お父様は私に違和感を抱いていたようだ。
「マーガレットがそんな間違いをするなんて珍しいな。前に話してくれた彼と何かあったのか」
やはりお父様には敵わない。何もかも見透かされているようだった。
「……今日でラスクと会うのが最後になりますわ」
「どうして?」
「彼が私に相応しい婚約者を連れて来てくれるようなんです」
「彼自身は婚約者にならなかったのか?」
「……私が一度拒否をしてしまいました。今でこそ彼が婚約者でも良いと思えるようになったのですが、今度は彼の方が私を拒否しているようで。最後まで正体は教えてはくれませんでしたわ。『僕が正体を教えたら、本当の僕を知ることはなかっただろう』だなんて、意味が分かりません。いつもフードを被ったままで素顔もハッキリと分かりませんわね」
「正体を教えられない……? フードを被ったまま……?」
お父様はパンをゆっくり咀嚼しながら視線を上に向けて何やら考えていた。お父様が推理小説を読んでいる時も自ら事件を解決しようとしてこんな風に考えている。何か引っかかることがあったのだろうか。
「あっ、そうですわ。お父様にプレゼントがあるんです。少々お待ちくださいませ」
私は席を離れ、自室へと向かった。
◆◆◆
割れないようにそっとサンキャッチャーの袋を抱え、お父様の部屋に戻る。
「こちらです」
ゆっくり丁寧に袋から取り出すと、ゆらゆらと揺れるサンキャッチャーは朝日を捉え、お父様の部屋中に水面を宿した。
「おぉ、これは綺麗だ……!」
「昨日、ラスクに連れられて王都に行ってきました。ラスクがこのサンキャッチャーをお父様にとプレゼントしてくれたんです」
お父様が眩しくないように、でも視界に入るように配慮しながらベッド横の窓際にそっと吊るした。
「このような手の込んだ硝子細工、相当な額だろうに。相当身分が高い人物か……?」
背後でお父様がなにかを呟いていたが、サンキャッチャーに見とれて聞き取れなかった。
「なにか仰いましたか?」
「……いや、金額を考えるなんて野暮だな。ありがとうと伝えてくれるか? 今日も会いに行くんだろう?」
「……えぇ、気乗りはしませんが」
「そのピアスもプレゼントか?」
「えぇ。マーガレットの花のようです」
「素敵だな。ラスクとやらは、本当にマーガレットを手放すつもりなのか? 他の男を紹介する女性にプレゼントなど……」
「最後まで分からない男性でしたわね」
ラスクのことを知りたかったのに、一番知りたいことが知れなかった。
『僕はこれから君をいっぱい知って、君を好きになっていく。約束するよ』
なんて言っていたけれど、ラスクもきっと私のことをいっぱい知れなかった。だから好きになってもらえなかったんだと、今なら分かる。もっと恥ずかしがらずに話せばよかった。
「……マーガレット。彼に気持ちを伝えるのにはまだ遅くはないだろう?」
「……フラれたくありませんから」
婚約破棄を4回もされてきたから慣れているはずなのに。
ラスクからは「ごめん」を聞きたくなかった。
「……さて、お父様。お食事も終わったことですし、お薬を飲んで安静にされてくださいませ」
「あぁ……。マーガレット、最後にひとつ聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「ラスクはどんな姿をしているんだ?」
「フードを被っているので正確な姿は分かりませんが、ブロンドの睫毛に新緑色の瞳が特徴的で──」
その瞬間、お父様が目を見開き私をじっと見つめていた。どこか緊張感が漂っている。
「ど、どうされました?」
「……かつて出会った少年の後をつけていたのは王宮の馬車で……いや、なんでもない。私の推理はいつも外れてしまうから気にしないでくれ」
「あら、もしかしてお父様が以前出会った少年はラスクかもしれないと?」
「私が出会った少年が“ラスク”という名ならまだいい。……いや、考えるのはよそう。きっと知らない方がいいこともある」
私はどこか複雑そうにしているお父様にそっと毛布をかけた。
「ラー……ラスクがそれを望んでいたのなら、知らないままでいるとするよ」
お父様は考え疲れたのかそっと目を閉じた。
お父様の言葉が引っかかりながらも私は部屋を後にした。
自室に戻り、外出用のドレスに着替える。今日はいつもよりも着飾っていった方がいいのかもしれないが、いつもと違う姿をラスクに見られるのはどこか気恥ずかしく、普段通りのドレスを着ることにした。
「今日で最後ね」
ラスク以外の男性と会うのにラスクからもらったピアスはつけていていいのだろうか。そんなことを考えては、カランとピアスを手で引っかける。
「……ラスクは私にとってももう何者でもないもの」
そう言い聞かせてピアスは取らずに身支度を終える。約束の時間まではあと3時間ほどある。少し長い散歩でもして気持ちを整えてから待ち合わせ場所に向かおうかと、重い足取りで玄関へと向かう。一段一段、階段をゆっくりと降りてゆくと、アセビナと男性の笑い声が耳に入った。この野太くガサツな声には聞き覚えがある。
「よおマーガレット」
「……マルク様」
私を振った元婚約者だ。




