第9話 あなたになら
窓に入る朝日と共に目が覚めた。あのまま眠っていたらしい。
(ここ最近の私、寝落ち多くない?)
そう思いつつ、少し気怠い体を持ち上げて部屋を出る。洗面台に行き顔を洗い、気持ちを切り替えた。その後キッチンへ行き、すっかり熱は下がったお父様と私の朝ご飯を作る。アセビナはきっとどこかでモーニングを楽しんでいるのだろう。
今日もいつも通りの一日が始まった。
(そういえば今日は約束していないけれど……)
ラスクが私の家に会いに来ない限り、神殿以外で会うことができない。
(……行くだけ行ってみましょう)
ラスクの『明日も待ってる』に対して了承の返答はしていないが、どこか約束を破ってしまった気がして後味が悪い。お父様の看病で来れなかったことだけでも伝えるべく、私は向かうことにした。
12時に到着する予定だったが、足早になっていたのか10分前に到着してしまった。今日はお酒がないため言い訳ができないが、ラスクが来ていないのでバレずに済みそうだ。私いつものポジションに座り、ラスクを待った。
「……今日は遅いのね」
定刻から10分、15分と時間が過ぎるもラスクの姿はなかった。約束をしていないし当然ではある。むしろ私の方が先に破ってしまったので文句は言えない。
私はあたりを見渡した。ラスクのいない朽ち果てた神殿はどこか無機質で冷たく感じた。こんな空間に一人でいるのも虚しいだけだ。私は立ち上がって去ろうとしたその時。
「マーガレット!」
声のする方を振り向くと、少し遠くに黒色の長髪を襟足で一結びにした男性が操縦する馬とその後ろにはフードを深く被った男性がいた。ラスクだ。彼は飛び降りてこちらへ走ってくる。
「……すまない。家を出る時に彼に見つかってしまってね」
「あの操縦しているお方?」
「そう。でも事情を話したら理解してくれて、馬でここまで連れてきてくれたんだ」
どうやら今まであの人に追われていたようだ。男性はラスクが私と無事に合流したのを見届けてから、どこかに去ってしまった。ラスクの家の使用人かスパイ仲間か……誰だろうか。
「昨日は約束を破ってしまってごめんなさい。お父様が高熱を出してしまって」
「いや、謝らなくていい。大変だったな。もういいのか?」
「えぇ。今朝はすっかり元気になっていたわ」
「……マーガレット。君が婚約者の条件を言った時『私とお父様を愛してくれる人』と言っていたな。何か事情があるんじゃないか」
ラスクは私の家庭に良からぬなにかがあると見抜いている。
「……良かったら話してくれないか。君のこと知りたいんだ。どんなマーガレットでも、どんな家でも僕は引いたりしない」
以前、ラスクに聞かれた際は話せなかった。でも今なら……ラスクのことを信じてもいいのかもしれない。今日も来るか分からない私に会いに来てくれたのだから。
「……お父様は原因不明の病でずっと寝たきりになっているわ。正直なところ、家計も逼迫してきている……継母のせいでね。だからこそ、お父様のことを受け入れてくれる婚約者を見つけたいのだけれど……なぜか婚約破棄されるばかり。その後はあなたも知っている通りよ」
お金がないなどヴィルニフ家の、お父様の顔を汚してしまった。でもこのままでは近いうちに没落してしまう……遅かれ早かれ、世に晒されることにはなりそうだ。
「婚約が4回ともなれば豪遊しない限り、しばらくは逼迫しないと思うが……それも継母のせいか」
「えぇ。恐らく父の治療費にはほとんど回っていないわ」
「なるほどな。それでマーガレットを……」
ラスクは右手を顎に当て、何やら深く考えていた。
「よし、マーガレット。バザールに行こうか」
「……へ?」
神妙な面持ちは嘘だったのか。ラスクが話を180度変えてきたため、私は唖然としてしまった。
「いやいや、話聞いてた? バザールに行く余裕なんてないわよ」
「でもこのままじゃマーガレットの気持ちが晴れないだろう? たまには息抜きをした方がいい。今日は王都でバザールが開催されているみたいだからさ。さ、行くよ」
ラスクに手を引かれ、ラスクの使用人が待つ馬車へと向かった。
(馬車に家紋はついていないわね。名家ではないけれど、馬車を所有できるほどの家柄ではあるということかしら……?)
馬車に乗り込み、ラスクが使用人に声を掛けていた。
「ゲン……ゲテン、バザールまで頼む」
「……かしこまりました」
ゲテンと呼ばれる使用人は馬に鞭を打った。カタッと小さく車内が揺れ、窓から見える景色がゆっくりと動き始めた。
「ねぇ、また名前に言葉を詰まらせたわね?」
「彼は最近うちに来たからね。時々名前を間違えてしまうんだ」
なんだか嘘っぽいが正解は分からない。作り笑顔を向けるラスクの顔にじとっとした目で返事をしておいた。
窓の外に目を運ばせてみる。心地よい風に揺られと移り変わる景色を堪能しようとしたのだが──
「は、速くない!?」
車内の微動だにしない揺れからは想像できないほどの速さで景色が変わっていた。
「ゲテンは馬を走らせるのが得意だからね」
「得意ってレベルじゃないような気がするけれど。何者なの!?」
「うーん、天才操縦士といったところか?」
この男の秘密がまた1つ増えてしまった。本当に同じ世界線に住む人間なのだろうか。お父様の書斎にあった『異世界転生』という謎めいた物語の主人公ではないだろうか。そうであれば今までの辻褄が合うような気もしている。彼らはまたどこか遠い国からきた宇宙人なのか……。もはやスパイの次元ではないのかもしれない。
そんなどうしようもないことを巡らせていると、早馬はあっという間に王都のバザールについた。




