第九話「起点」
「ああ――」
マルセイユの問いに、ジャスティンは頷いた。
「まだ、指輪が見つかっていない」
「では、やはり……本物――?」
マルセイユが息をのむ。
「死の婚約指輪――だったのですか?」
「さあな……」
ジャスティンは、肩をすくめる。
「お前、昨日は鼻で笑っていたじゃないか?」
横目でチラリ。
「う……」
マルセイユは顔を赤くして、言葉に詰まる。
「そんな顔するな——」
小さくため息を吐く。
「俺も、あの時は冗談で言ったんだ。まさか――」
首を横に振る。
「本当に、その可能性が出てくるとは……」
「伯爵は、実験をしていた――」
探るような眼差し。
ジャスティンは頷く。
(137——ふざけた数だ……)
「若い男だけを養子にしていた。それだけなら、男色家で済ますこともできたんだが……」
不快な表情に変わる。
「137人中、136人が――死亡……或いは、行方不明だ——」
マルセイユは言葉を失う。
「十年でこの人数って——異常ですよ……」
辟易した表情。
ため息の後に、当然の疑問を口にする。
「死体の処理はどうしていたんでしょう?」
「あまり考えたくないが——」
ジャスティンも辟易した表情に変わる。
「伯爵の領地は、あの屋敷を含めても1エーカー(約4000平方メートル)もない」
「領地内に埋めるには狭すぎると?」
ジャスティンは無言で頷く。
「伯爵の取引先に——オルフェウス会のフロント企業の名前があった」
「確か……」
マルセイユが眼差しを鋭くする。
「ギャングですよね?」
「クリアリール侯爵の領地内をアジトにしている連中だ」
「つまり——貴族たちの厄介ごとを引き受けている、と?」
納得の表情。
「そういうことだ」
ジャスティンは頷く。
「金を積めば、おそらく何でもやる。死体の百や二百――」
「では、支払いが滞ったから――殺したと?」
「いや……。貴族相手の商売だ」
ジャスティンは首を横に振る。
「金の支払いが遅れたくらいで、殺したりはしない」
「書斎の領律書——」
マルセイユを睨み付けるように見つめる。
「覚えているだろ?」
マルセイユは一瞬言葉に詰まる。
「監獄王——ですか?」
テトレー屋敷の二階――。
書斎の中央テーブルに、羊皮紙でできた領律書が広げられていた。
そこには——新たな一文が付け加えられていた。
筆跡も文体も、そして……署名までもが――。
伯爵のものとは——あきらかに異なっていた。
当然、領律としては無効——。
それでも、あえて書いた——。
犯行声明文。
そう受け取る者もいるだろう。
(だとしたら、誰に向けたものだ?)
『領地内において、復讐を成し遂げた者は何人たりとも罪を問われることはない。
たとえ――復讐の相手が、領主或いは当主であったとしても、これを適用する。』
そして、署名欄には――。
『監獄王』
異様な存在感を放っていた。
(監獄の王? 本当に……ふざけた話しだ)
苛立ちのあまり、ジャスティンは舌打ちをしていた。
「ギャングの仕業だと思うか?」
「確かに……」
マルセイユは納得する。
「あの書き出しや、あの署名にはなりませんね」
「それにしても——」
ハハハと空笑い。
「王国なき今、王を名乗るとは――」
「少年の気もしますが……」
マルセイユが、チラリと一瞥。
「王を名乗りたがるのは——」
(おいおい……何だ? その意味深な言い方は……)
コホンと咳払いを一つ。
「監獄王とクリストファー少年が、同一人物だと言いたいのか?」
物怖じのない鋭い眼差し。
「伯爵が亡くなったその日に、少年は爵位を取得しているんですよ!」
(先ほど、止めたことを恨みに思っているらしい……)
さらに、マルセイユは捲し立てる。
「おまけに領律書に書き込んだ日付も同日。絶対、あの少年は怪しいです!」
やれやれ――と、ジャスティンはため息を吐く。
そして一言――。
「解剖結果の続きを見たか?」
眉根を寄せる。
そして、マルセイユはパラパラとファイルを捲る。
すると――。
驚きの眼差しに変わる。
「抵抗した形跡……なし?」
「分かったか?」
顔を上げてジャスティンを見つめる。
「伯爵は――自らの意思で嵌めたんですか?」
「少し違う」
「違う……?」
「ああ——嵌めさせたんだよ」
「嵌めさせた?」
怪訝な眼差しで睨む。
「お前の言うとおり、クリストファー少年は少なからず、事件に関わっている」
ジャスティンはマルセイユを見つめる。
「俺は監獄王と共犯……或いは利用されたと思っている」
「でしたら——」
「あくまで起点だ」
ジャスティンがマルセイユを見つめる。
「起点にすぎない。その証拠に、少年の左手薬指は見たか?」
「はい。指輪が見えました」
「少年に指輪を嵌めさせて、安全だと思い込ませたんだよ」
***
ジャスティンたちが霊園を離れた、その少し後——。
◇◇◇
クリスは赤煉瓦の塀を乗り越え、霊園を走り去る。
何処に向かっているのか、分からない。
でも、できるだけ遠くに――。
霊園から距離を取ることだけを考えて、ひたすら走り続けた。
――数分経過後。
断絶した世界からの——。
突然の——接続。そして、訪れる——喧噪の世界。
止まっていた世界は、再び動き出す。
何事もなかったように——。
あふれ出してくる音に、クリスは驚き、立ち止まる。
咄嗟に周囲を見回す。
多くの人たちが行き交っている。
馬車や車も走っている。
ふと気づく——。
(何処だ……? どの辺りだ?)
「マレーネ——」
一際高い、天空の塔を見上げる。
「首都には詳しいか?」
『妾の知っている首都ではないのぉ』
マレーネもキョロキョロと辺りを見回して、首を傾げる。
『面影は……天空の塔だけじゃのぉ』
マレーネも仰ぎ見る。
クリスはもう一度、辺りを見回す。
行く宛てのないクリスは、人々に混じり歩き出す。
しばらく歩いていると、大きな建物が見えてくる。
何かの公共施設のように見えた。
施設手前に看板——。
『国立グランディール第二図書館』
(図書館か……)
「ちょうど良い」
クリスは独りごちる。
「休憩がてら、身を隠すとするか……」
自然と足は図書館へと向かっていた。
◇◇◇
国立グランディール第二図書館——。
革命後に建設された比較的新しい施設であった。
正面入り口の自動ドアが開く。
右手に受付カウンター、左手にはエスカレーターが見える。
まっすぐ歩いて行くと、中央に大きな広場が現れる。
円形の広いスペース。
仰ぎ見ると、三階までの吹き抜け構造。
柔らかな光が広場まで注がれていた。
広場の周囲にはベンチが並んでいる。
そこで多くの人たちが読書を愉しんでいた。
クリスは落ち着けそうな場所を探すべく、二階に上がる。
二階は一階と比べて人の数は少なかった。
吹き抜けのある一階より薄暗く感じる。
理由は、おそらく書架だ——。
見上げるほどに大きな書架がずらりと並んでいる。
書架の森に迷い込んでしまったかのように感じる。
クリスは首都の観光スポット巡りの本を見つけると、吹き抜け近くのソファにどっかりと腰を下ろした。
空調の効いた、落ち着いた空間。
……快適だった。
(しばらくは……ここに居ようかな)
生き延びることが出来た安堵感が、眠りへと誘おうとしていた。
『主よ!』
マレーネが現れ、ジト目で見つめてくる。
『そんなに寛いでいて良いのか?』
「そうだった」
重たい目蓋を開いて、マレーネを見つめる。
「コレの説明が途中だったな……」
左手の指なしグローブは漆黒に戻っていた。
「至宝の能力について教えてくれないか?」
『よかろう』
マレーネがクリスの左隣に座る。
『能力が二つあることは覚えておるじゃろ?』
クリスは頷く。
『ああ——お前の受け持つ能力で、あの場を切り抜けた。本当に助かったよ……』
視線を上に向けて思い出す。
『確か……能力名は、インペリアル・グレース——』
『よく覚えておるのぉ』
パチパチパチと手を叩く。
『感心感心……』
「触れた物体を支配するとか言ってたよな?」
クリスは、左手の掌と甲をひっくり返しながら見つめる。
『触れていれば至宝はもちろんじゃが、機械もいけるぞ。生き物は……試したことがないのぉ』
マレーネが辺りを見回す。
『ちょうど良い。彼処に自販機がある。試してみようぞぉ』
マレーネに促され、重い腰を上げた。




