第八話「マリアージュの至宝——ウェディングインペリアル」
「ウェディングインペリアル!」
クリスの叫び声——。
直後——轟く銃声の、突然の断絶。
そして、訪れる——沈黙の世界。
その理由——。
静止した立体画像のような光景が——視界の先に広がっていた。
憤怒の表情で、彫像のように動かない銃士。
リボルバーから発射された弾丸も、銃口の先で止まっている。
辺りを見回す。そして——。
一歩前に踏み出してみる。
動ける……。
「いったい——?」
戸惑いを隠せない。
『妾が、止めた——』
後ろにいたマレーネが声を掛ける。
『もう少し……。小娘を出し抜いた、余韻を味わいたかったのじゃがのぉ……』
蕩けるような眼差し、耽美な夢から目を覚ましたような表情。
しかし、振り返るクリスを見つめて、嘆息を漏らす。
『主が、その顔では……』
マレーネは頭を振った。
「だったら、説明してくれ——」
左手の甲を前にして、嵌めている指なしグローブを見せる。
「色が変わった——。至宝が発動しているんだろ?」
グローブの色は、漆黒から緋色に変化していた。
『ウェディングインペリアルは、希有な至宝でのぉ』
右目の前で、人差し指と中指のピースサイン。さらにウィンク。
『能力が二つある』
「能力が……二つ?」
クリスはオウム返し。
『伴侶がそれぞれ一つずつの能力を受け持つということじゃ』
「それぞれ……?」
怪訝な眼差し。
「じゃあ、今の、この状況は……?」
マレーネはコクリと頷く。
『妾が能力を使っておる。能力名はインペリアル・グレース』
クリスは催促するように、マレーネを見つめる。
『触れた物体を、支配することができる——』
ようやく、理解が追いついてくる。
「すると――」
クリスは左手見つめる。
グローブを嵌めた手には至宝が握られている。
「グローブが触れた至宝を支配したというのか?」
『主に説明する時間がなかったのじゃ。妾が能力を使わなければ——』
右手を拳銃の形にして撃つマネをする。
『主は射殺されておった』
「助かったよ」
ようやくの安堵……。
クリスは素直に礼を言った。
『主の受け持つ能力については後にしようかのぉ。止まった世界とはいえ——』
憤怒の表情で固まる銃士を見つめる。
『この場で長話をする必要もなかろう?』
クリスは頷いた。
完全に同意見だった。
『数分ほどで時間停止を解除するように設定した。今のうちに逃げるがよい』
左手に握っていた懐中時計を、銃士の上衣の胸ポケットに入れる。
そして、促されるまま、クリスは庭園を後に駆け出した。
***
クリスが霊園に侵入する直前まで遡る——。
◇◇◇
メイドは、少年を追い詰めていた。
不意の声——。
顔と視線を少し声の方へ向けてしまった。
その隙を、少年は見逃さなかった。
霊園の塀をひと蹴りして軽々と塀に飛び乗る。
さらに迷いなく、塀の中へと飛び降りた。
「あ! 待て——」
ネコの様に、塀に飛び乗るメイド姿のマルセイユ。
塀の中に飛び込もうとする直前に、スーツ姿の青年が呼び止めた。
「どうして止めるんですか?!」
マルセイユは振り返り、口を尖らせて不服そうな表情を見せる。
「管轄が違うんだ!」
青年は塀から下りるように合図を送る。
「管轄……?」
不満のご様子——。塀の上から青年を見下ろしている。
「ここ——霊園ですよ?」
「閉園してるんだ!」
青年は入り口の門を指さした。
「早く下りてこい!」
「閉園って……」
塀から飛び降りる。
トトト——。
足早に青年の側まで近寄ってくる。
「開園の時間はとっくに過ぎている。だが、閉園のままだ——」
青年は答える。
「何かあったとしか思えない……」
それでもマルセイユは食い下がった。
「逃げられたのは、ジャスティン様のせいですからね!」
恨めしそうな眼差しで、スーツ姿の青年を見つめる。
「別に構わない」
やれやれと頭を振る。
「あの少年はあくまで参考人だ」
「参考人——って! 容疑者じゃないんですか?!」
(そんなに睨むなよ……)
「あのな——マルセイユ。あの少年は養子だが……」
青年はため息を吐く。
「爵位を持った歴とした貴族だ」
マルセイユは睨むのを止めた。
「身柄の拘束は、内偵を十分に行ってからだ。それを——」
青年のギロリとした眼差し。
「なんだ、さっきのは?」
「う……」
マルセイユの言葉が詰まる。
「お前——昨日の辞令の内容は覚えているか?」
「ジャスティン様の家猫になりました——」
「それはジャンナッツ家の屋敷猫からの辞令だ」
ジャスティンと呼ばれた青年は、頭を振る。
「もう一つあっただろ?」
「もう……一つ?」
何故か、そのまま沈黙。
思い出そうと視線が上を向く。
「お前——緊張していたのか?」
ジャスティンは、ため息を吐く。
「昨日は、借りてきた猫みたいだったからな。表情も硬かったし……」
「な?」
マルセイユの顔が赤くなる。
「俺が言っているのは、領地捜査局の辞令だ」
マルセイユを一瞥。
やはり……マルセイユは黙ったまま。
「まあ、いい。掻い摘まんで説明すると――」
ジャスティンは頭をひと掻き。
「お前にも領地捜査局の局員と同等の権限が与えられている」
「ただし、犯人等の身柄確保に限っては——例外だ」
「……例外?」
マルセイユは首を傾げる。
(やはり、忘れているな……)
「俺の許可が必要になる。あくまで俺の補佐役なんだ」
ジャスティンは踵を返して、歩き出す。
「行くぞ——四輪馬車を待たせてある」
「あ、待ってください」
後ろについていきながら、青年の後ろ姿を、じぃっと見つめる。
「私を……つけていらしたのですか?」
不審の眼差し。
「こっちは猫の手も借りたいって言っただろ?」
振り返り、マルセイユを一瞥する。
「忙しくて、そんなヒマはない」
「でしたら、どうして……」
言いかけて止める。
ふと、赤煉瓦の塀を見つめる。
「霊園——」
この場所に心当たりがあった。
ジャスティンの母と姉の墓碑がある場所……。
軽々しく……踏み込んでは行けない場所——。
マルセイユはそれ以上何も言わなかった。
しばらく歩くと、四輪馬車が見えてくる。
「あの……どちらに?」
御者に目的地を伝えるジャスティンに話しかける。
「本来の待ち合わせ場所だ」
キョトンとした表情で、首を傾げる。
「メールを確認しておけ――」
ジャスティンは四輪馬車に乗り込む。
「急遽、捜査要請が入ったんだよ」
そう言って、嘆息を漏らす。
マルセイユが乗り込むと、車内の天井を叩いて、ジャスティンは出発の合図を送る。
ゆっくりと馬車が動き出す。
「それじゃあ、テトレー屋敷の件は……?」
マルセイユは当然の疑問を口にする。
「引き続き、捜査は続行だが――」
マルセイユを一瞥。
「少年が逃げ込んだ霊園の管轄は、近衛省なんだよ」
「近衛省?」
「王国なき今……不要の部署なんだが——」
ジャスティンはそう言って、携帯端末を取り出す。
「領地捜査局が、管轄区域外の場所に無断で踏み込めば、騒ぎ出すかもしれない」
「そういうものなんですかね?」
「そういうものなんだよ……」
ジャスティンは小さくため息を吐く。
「閉園している理由もわからないんだ。慎重に行動しないと……」
マルセイユも小さくため息を吐く。
「だから、局長に動いてもらう。近衛省に監視カメラの映像の提供、或いは、少年を拘束していたら、身柄引き渡しの要請をしてもらう」
局長宛にメールを送信した。
「それまでは一旦保留――」
「保留ですか……」
不服そうな表情。
「そう、残念がるな」
ジャスティンは、マルセイユにファイルを渡す。
「情報共有だけは引き続き行う。今朝までにわかったことが載っている」
マルセイユは、手渡されたファイルをペラペラと捲る。
解剖結果の頁で止まる。
指をなぞっていく。
検体——アルフォンソ・テトレー伯爵。男性。年齢82。
死因——。
「心臓発作だそうだ——」
ジャスティンは窓の外を眺めたまま、そう呟く。
「伯爵は、頭部損壊の前に、すでに事切れていたらしい……」
「指輪は——」
マルセイユは顔を上げる。
「関係してないのですか?」
「その結果を見る限り、断定していない」
窓の外から、顔をマルセイユに向ける。
「薬指の神経節から、何かに侵食された形跡はあったとしか書いてない」
マルセイユはファイルを確認していく。
左腕から頸部——そして心臓付近に浸食の跡……。
「死因とまでは断定していない。いや——」
ジャスティンは頭を振る。
「断定できないんだ」
「それは——見つかっていないからですか?」
「ああ——」
マルセイユの問いに、ジャスティンは頷いた。
「まだ、指輪が見つかっていない」
第九話以降も順次投稿していきます。
ここから少しずつ物語が広がっていきますので、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




