第七話「二十年の占有」
「それなら次は、躱してみせろよ」
銃士は、クリスの動きを探り始める。
クリスも身構えながら集中する。
銃士は余裕の笑み——だが、油断はない。
右手の指を動かしながら、抜くタイミングを探っている。
先ほどの攻撃——。
躱せなかったが、お陰で収穫もあった。
銃士のクセが、何となくわかった……。
抜くときに、右足に重心がシフトする。
その動作への移行時——僅かに、ブーツのつま先が地面を掴む。
おそらく……本人は気づいていない――。
そう思いたいが……。
誘導——その可能性もある。
考え出したらキリはない。
銃士のブーツの先——。
来る!
銃士が銃を抜いた――。
腰の位置から、左手を撃鉄に叩けつける!
ファニングによる早撃ち!
(躱せる!)
タイミングは完璧だった!
だが——!
銃口の向きに微かな違和感。
僅かに左に傾き。
(陽動かよ!)
クリスは動きを止める。
銃弾はクリスを掠めるように……後方に――。
『跳弾じゃ!』
マレーネの声!
ウソだろ……。
『右後方165度から背中じゃ!』
確かに右後方から、反射音!
クリスは右脚で地面を蹴って背面跳び――。
身体を捻って反転!
からの——。
ゆっくりと見える弾丸。
——くっ!
リミッターが外れてるんだ!
動くだろ! 左腕!
ドサリ!
うつ伏せに倒れ込む。
『だ……大丈夫か?!』
マレーネが心配そうに覗き込んでいる。
「ああ、何とかな……」
クリスは直ぐさま起き上がると、握りしめていた左拳を開ける。
「これも違った――」
銃弾がコロッと地面に落ちていく。
『主——アレを掴んだのか……?』
マレーネは驚嘆の声を上げる。
「弾丸を——掴んだ……だと?」
銃士は唖然とする。
立ち上がるクリスの後ろ姿を目の当たりにして、動揺する。
クリスは振り返り、銃士を睨む。
銃を握る右手の震え……。
視線が定まっていない——。
見逃さなかった。
クリスは、ここぞとばかりに駆け出した!
迫り来るクリスに、怯み、銃士は一歩後退——。
気圧されまいと、ふたたび銃を構える。
だが、対応が遅れる……。
リボルバーを構えて、再びファニングを試みる!
しかし!
銃口の震えが、精度を大きくブレさせる!
(それじゃあ、当たらねぇよ……)
確信したクリスは、ここぞとばかりに飛びかかる!
銃声が、立て続けに二回——轟く。
銃弾は、ことごとく掠めるようにして、クリスの後方へと飛んで行く。
最後の一発を打ち切る前に——間に合った!
クリスは少女の右腕を掴み上げる事に成功する。
銃口は天を仰ぐ——。
「なんだよ……その力――」
右手を掴みあげられた銃士は苦悶の表情。
銃士はリグを着込んでいる。
にもかかわらず、力ではクリスに圧倒されていた。
「そのリグ……壊れてるんだろ?!」
「ああ! 壊れてる! だから本来の力が戻ったのさ!」
「クソが!」
銃士が毒づく。
右腕が使えない!
銃士は左手で、上衣のポケットから至宝を取り出した。
銃士の左手に懐中時計が見える。
クリスは使わせてなるものかと、銃士の左腕を押さえ込む。
銃士には決定打がなくなった。
それでも、銃士はなりふり構わない様子だった。
頭突きや膝蹴りを仕掛けてくる。
取っ組み合いの状態がしばらく続く。
こう着状態に嫌気がさしたのは銃士だった。
左手に握っていた懐中時計の蓋を、なんとか開くことに成功する。
「そんなに近づいて良いのか?」
荒い息づかいの中、銃士が笑う。
「至宝は使わないんだろ?」
「ああ……使わないさ」
銃士は左手のスナップを利かせる。
「欲しけりゃ——くれてやる」
左手を離れた懐中時計が、放物線を描きながら、クリスの後方へと遠ざかる。
銃士を突き放すと、クリスは駆け出した!
視線は懐中時計に向けられる。
左手を伸ばし——クリスは飛びついた。
ダイビングキャッチ!
「やはり、お前の狙いはソレか?」
カチャリ——撃鉄を起こす音。
起き上がると、銃士はリボルバーを構えていた。
シリンダー内に残された弾丸は一発のみ――。
銃士とクリスとの距離は5メートル。
クリスは手にした懐中時計を、握りしめる。
「残念だったな……」
銃士はあざ笑う。
「そいつは、お前には扱えないぜ」
クリスは座ったまま銃士を見つめる。
「いくら念じても無駄だ——」
「登記が必要——だからか?」
クリスはゆっくりと立ち上がる。
「知った上で……手にしたのか?」
怪訝な眼差し。
「強がりはよしな」
「強がりに見えるのか?」
こわばった表情のクリス——。
「ああ、見えるぜ!」
銃士は鼻で笑う。
「選択を誤ったな! お前が奪うべきは銃だったんだよ」
「いや違う……」
クリスは頭を振る。全否定——。
「至宝を手にすることが、最善とまでは言わないが最良——」
銃士がそれを聞くと笑い出す。
「最良だと? この距離で、あたしが外すと言うのか?」
「弾丸はどっちだ?」
クリスは鼻で笑う。
「時間を加速させる弾丸か、それとも、普通の弾丸か——」
それを聞くと銃士の表情が険しくなる。
「この距離では、躱すのは無理だ」
クリスは肩を竦める。
「だが、致命傷は避けられる。——普通の弾丸ならな」
「クソ野郎が……」
銃士の声が震える。
「二分の一だと言いたいのか?」
「ああ。至宝を手放したアンタは、二分の一の選択に迫られる——」
すると——。
くくくと笑い始める。
「それが狙いか……。重圧をかける腹づもりか——」
銃士は歪んだ笑みをクリスに向けた。
「確かに肝は冷やされたが……」
「残念だったな——」
パチン――。
銃士は指を鳴らした。
「この距離なら、至宝を手にしなくても、使えるんだよ」
今度はクリスが怪訝な眼差しを向ける。
「お前の目論見は外れたな——罪人」
蔑んだ笑みを浮かべる。
「望み通り。天命を全うさせてやる! 刑の執行だ!」
「そいつは助かる……」
クリスの小さい呟き声——。
「あ?」
銃士は不快な表情に変わる。
「お前——この状況を理解しているのか?」
「ああ、ちゃんと理解しているぜ!」
すると、クリスは大声で笑い出す。
「加速させているんだろ? 至宝に触れている物体の!」
「煽った甲斐があったぜ! メルローズのご令嬢!」
さらに、相手を挑発する。
「気でも触れたか……?」
銃士は鼻白む。
だが、銃口は向けたままだった。
至宝を手放した瞬間、射殺できるようにしていた。
笑い声が止まる。
「なあ、アンタ——」
クリスは晴れやかな笑みを浮かべる。
「取得時効って——知っているか?」
銃士は怪訝な眼差しを向ける。
「取得……時効……?」
「その様子じゃ、知らないようだな——」
クリスは肩を竦める。
「まあ……無理もない」
「二十年だ——」
睨み合いが続く。
長い……沈黙。
「長いだろ……? 俺はもちろんだが、アンタも、まだ生まれてやいない」
「お前……何を——」
「所有の意思を持って――」
「黙れ! ここはマリアージュの領地内だ!」
少女は声を荒げて叫ぶ!
「皇女神の領地で、市民の法律が、及ぶことなんてねぇんだよ!」
「いや——及ぶのさ」
クリスが平然と答える。
「領律に記載がなければ、法律が及ぶ——」
「知るか! 知った事じゃねぇんだ! 法律談義はあの世でやれ!」
銃士はクリスの話を遮り、捲し立てる。
「そう言うな。ここからが重要なんだ——メルローズのご令嬢」
クリスが笑みを浮かべる。
「マリアージュの領律に、占有についての記載はない」
「あ? 占有……?」
銃士は眉根を寄せる。
「だから、平然と——」
「公然に——」
「二十年間、占有を続けた者は——」
「時効により――」
時効により……?
クリスの口元が綻んだ。
「所有権を――原始取得できるんだ」
……え?
原始……取得……?
銃士は、思考が追いつかなかった。
しかし……何か……。
何かが、おかしい――。
「まだ気がついていないのか?」
クリスの言葉で、我に返る。
「アンタが加速させているのは、俺ではないんだぜ」
何を……言っているんだ?
懐中時計は、アイツの手に——。
違和感の正体。
目の前の少年——変化がない。
銃士は鼓動が高鳴るのを感じた。
「お前……どうして?」
クリスが鼻で笑う。
「老衰してないかって——」
彼の容姿に変化がない!
時は加速しているはずだ!
だとしたら……。
何の時間を進ませているんだ……?
すると、クリスが口を開く。
「左手に嵌めている、このグローブだ!」
「グローブ……?」
「至宝が触れている、このグローブの、時間だけが加速しているんだよ」
それを聞いて、銃士がハッとした表情に変わる。
「バカな?! 身につけている者にも影響が――」
「俺は占有者だ」
にっと笑う。
「まだ……俺に付属していない」
「まさか……?」
銃士はふと頭を過る。
ここは——マリアージュの塋域。
マリアージュの——。
「至宝——なのか?」
声は震えていた。
クリスは銃士をまっすぐ見据える。
「ありがとよ——。おかげで二十年、占有できた」
『主よ! よく引き伸ばしてくれたぁ!』
興奮の声と共に、マレーネが現れる!
『移転登記が完了したぞお! 至宝の名を呼ぶがよい!』
クリスが叫ぶ——その瞬間。
銃士は自分の醜態に顔を赤くした。
「ふ、ふざけるなぁ!」
怒号と共に、引き金を絞り込んだ。
銃口から火花が上がった!




