第六話「二分の一の銃弾」
「それじゃあ……行くとしますか」
クリスとマレーネは揃って、庭園の方へ歩き出した。
クリスが庭園に現れると、銃士の表情は一転——。
笑みが消える。
忌々しそうに睨めつける。
表情も険しいものに変わっていた。
それもそのはずだった。
追いつめた獲物のはずが、堂々と笑っている。
無性に——気に入らない。
苦虫をかみつぶしたような表情で、クリスを睨めつけた。
「悪いな。淑女を待たせてしまって。今そこで別の淑女と――」
クリスは隣にいるマレーネを見つめる。
「結婚の約束を取り付けていたところなんだ」
マレーネは隣で、クリスを見つめてから、頬を赤らめる。
その上——恥ずかしそうに、もじもじと身体をくねらせ始めた。
(こっちの冗談に乗っかって、演技するとは――)
苦笑するクリス。
対して——銃士は笑わない。
笑えない……。
当然といえば当然——。
銃士にマレーネの姿は見えていない。
冷静さを取り戻すべく、銃士は大きく息を吸って吐く——。
そして——。
「気にするな。死を前にすれば誰もが臆病になる。幻覚を見る——こともある」
すました表情で、クリスの冗談を受け流す。
(確かに……。幻覚ではあるな――)
クリスは言い得て妙だと感心する。
「ようやく死ぬ覚悟ができたか?」
クリスは鼻で笑う——。
「誰がするか!」
銃士に向かって言い放つ。
「だったら、どうする?」
今度は銃士が鼻で笑う。
「泣いて、命乞いでもしてみるか?」
「俺は無駄なことをしない主義だ」
「わからないぜ——。気が変わるかもしれない」
クリスは首を横に振る。
「殺気がダダ漏れだぜ。殺したくてうずうずしている……。だから、ここに追い込んだ――」
銃士を睨み——一言。
「違うか?」
聞こえるほどの舌打ち。
「その訊き方……。気づいていたのか――お前?」
「正解か?」
クリスはニヤリと笑みを浮かべる。
「領地なんだろ?」
銃士を一瞥するクリス。
相手は無言で探るような眼差し。
「ここはマリアージュの領地だ——だから殺せる」
パチ、パチ、パチ——。
拍手が三回——。
「どうやら――ただの墓荒らしではないようだ」
(墓荒らし?)
怪訝な眼差しで銃士を見つめる。
「おいおい! 勝手に罪状を作り上げるな!」
「塋域への許可なき者の立入りを禁ずる。犯した者は死罪とする——。ここにいる以上、お前はどのみち有罪だ!」
銃士は、左腰のホルスターから短銃身を抜いた。
「マリアージュの領律に則り——お前はこれから裁かれる!」
クリスは身構える。
そして――じりじりと、銃士との距離を測るように間合いをあける。
二人の距離はおよそ20メートル――。
「逃げないのか?」
「短銃身で、この距離だ——」
クリスは挑発する。
「当たらない」
「ずいぶんと舐められたものだな……」
短銃身を向ける。
「銃士の所以を——見せてやるよ」
クリスは正面の銃士を、まっすぐ見据える。
迷いのない眼差し——。
「避ければいい——。それだけだ」
「避けるだと?」
銃士は鼻で笑った。
「お前は銃弾の速――」
「御託は良い!」
クリスが言葉を遮る。
「さっさと撃て! ――すぐに分かる」
「舐めやがって……」
少女は肩幅まで足を開き半身に構える。
片手で短銃身を構えると、引き金に指をかける。
クリスは集中する。
銃口の角度——。
引き金に掛けられた指——。
撃鉄——。
来る!
見逃さなかった。
引き金を絞り込む、僅かな指の動き——。
銃口から白煙が吹き出す。
同時——庭園に銃声が轟いた!
白煙が流れ……銃士は目を疑った。
目の前に人影が見えてくる。
『主……凄いのぉ。アレを躱すか――』
マレーネが小さく感嘆の声を上げる。
「これからだ……」
クリスの呟き。
「ようやく、スタートラインだ」
銃士は何事もなかったようにホルスターに短銃身をしまう。
そして、拍手——。
「見事だよ——」
「アンタも、な。煽ってみたが、眉間ではなく心臓を狙ってきやがった」
小さく舌打ち。
「短銃身はブレやすいからな……」
「銃口の角度からか——」
銃士は肩を竦める。
「残りは六発だろ?」
銃士の右腰の骨董品を指さす。
「その腰の……ハーランドM——」
「R62だ!」
銃士がクリスの言葉を遮る。
「ハーランドR62だ! 間違えるな!」
クリスは眉を寄せる。
「R62……? パーカッション式じゃないのか?」
銃士が鼻で笑う。
「カートリッジ式だ! こいつはレア物なんだよ!」
「ガンマニアかよ……」
クリスは辟易したように呟く。
「排莢して装填するんだろ? まさか——」
ニヤリと笑う。
「時を止めて、装填するつもりか?」
「なぜ……それを知ってる?」
銃士の表情が険しくなる。
反射的に右腰のリボルバーのグリップに手を掛ける。
「なんのことだ?」
「惚けるな!」
クリスは肩を竦める。
「アンタのことは知ってる……」
指で撃つポーズをする。
「リディ・メルローズ――メルローズ家のご令嬢だろ?」
すると、銃士は警戒するかのように身構えた。
「お前――何者だ?」
「至宝を使ってくれたら、教えてやるよ」
すると銃士は鼻で笑う。
「ふん! 誰が、使うか!」
「ああ。使えない――の、間違いだったか?」
ニヤリと笑う。
「舐められたもんだ」
銃士は上着のポケットから懐中時計を取り出した。
「加速も遡行も使えるさ」
「限定的に……か?」
クリスは探る。
「十分だろ?」
リボルバーを抜くと、懐中時計を銃身の上に置く。
「お前が骨董品と呼ぶこいつも——常に新品のままだ」
「さすがに、時は止められないか?」
「一、二秒なら、止められるぜ」
ギロリと鋭い視線。
「だが、時を止めて、撃つのは卑怯——」
「丸腰の相手は——卑怯じゃないのか?」
ニヤリと笑う。
「罪人が! 卑怯もクソもあるか!」
クリスはくくくと笑い出す。
「何がおかしい?」
銃士の苛立つ声。
「いや……止まっている的しか、当てたことがないんだろ?」
クリスの挑発。
銃士の右目がピクピクと痙攣を始める。
「アンタは俺を罪人と呼ぶが、それはこの領地のみだ。領地の外に逃げ切れば問題ない」
「あ……」
銃士の殺気!
「逃げ切れると——」
「思っているさ! 六発のみだ! 躱せばいい」
「舐めやがって……」
銃士は苛立ち、歯ぎしりを始める。
「短銃身を躱したくらいで、調子に乗るなよ!」
「お前こそ——長銃身を外しておいて、調子に乗るなよ……」
「だったら使ってやるよ」
吐き捨てるように言い放つ。
「逃しはしない!」
「時を止めるのか?」
銃士は頭を振った。
「使わない——。罪人への慈悲だ」
「そいつはお優しいことで——」
肩を竦める。
「だが、逃がしはしない」
ここだ――。
「いや、逃げ切ってみせる」
クリスは表情に出さないように、気をつける。
「ここは俺の死に場所じゃない。死ぬとしたら——」
「死ぬとしたら——?」
「天命を全うした時だ」
不敵に笑ってみせる。
「天命だと?」
眉を寄せてから、鼻で笑った。
「だったら、望みを叶えてやるよ」
銃士は持っているリボルバーのシリンダーから全弾抜き取ると、そのうちの三発を懐中時計の蓋の上に乗せた。
(アイツ……何をしているんだ?)
クリスは何か嫌な予感が走る。
銃士が歪んだ笑みを見せる。
「二分の一だ――」
――二分の一?
「六発中三発だ」
装填したシリンダーを高速回転——。
「三発のみ、当たれば——時間は加速し、老衰でお陀仏だ」
「これで即死するのも、天命——」
中折れを戻し、ホルスターにしまう。
「掠って寿命で死ぬのも、天命だ——」
『彼女奴……相当な悪趣味じゃのぉ』
マレーネが呆れたように呟く。
「弾丸の見分けはつくか?」
クリスは小声でマレーネに訊ねる。
『さすがに妾でも判別は不可能じゃ。主が銃弾に触れていれば別じゃが』
(そうだよな……)
嘆息を漏らす。
(全弾――受け止める覚悟が必要だな)
銃士は、クリスの動きを探る。
(早撃ちのスタイルに変更か……)
(タイミングを掴ませないようにするわけか――)
クリスも身構える。
静寂の中——クリスは銃士の右手に集中する。
銃を抜いた。
――早い!
腰の位置ですでに銃口はクリスに向けられる。
引き金を絞った状態から、左手で撃鉄を叩く!
重なった銃声が轟く!
クリスは動けなかった――。
身体を丸めて、ガードするのが精一杯だった。
(ファニング――かよ……)
「やはり——精度が落ちる」
ガンスピンを決めて、そう呟いた。
「それにしても、お前――何者だ?」
銃弾は左腕と右脚に命中していた。
薄緑色のスウェットに焦げた穴が開いている。
銃士の探るような眼差し。
「リグまで着込んでいるじゃないか……」
埋まっている銃弾に触れてみる。
マレーネを見るが、彼女は残念そうに、首を横に振った。
『主よ。大丈夫か?』
「ああ……なんとかな——」
『リグが故障しておるのではないのか?』
「問題ない」とクリスは呟く。
両手足が動くことを確認する。
「俺が着ているリグは拘束衣だ。壊れてくれた方が、本来の力が出せる」
「言うじゃないか——」
マレーネに言ったつもりだったが、銃士が聞いていたようだった。
「それなら次は、躱してみせろよ」




