第五話「時を支配する至宝」
「知っているのか――あの銃士を?」
『情報としてだけじゃがのぉ――』
マレーネは視線をクリスに戻す。
『彼女奴の名は……リディ。――リディ・メルローズ』
「リディ……? 名前だけは可愛らしいが……」
ため息を吐いて、クリスはもう一度、壁越しに見つめる。
鬼の形相をして、探るような視線――。
まだ、見つかってはいないようだ……。
『メルローズ家は代々グランディール王家に仕える貴族でのぉ。近衛省管轄の銃士隊に所属しておる』
「三銃士と言ってなかったか?」
クリスもマレーネに視線を戻す。
『彼女奴の父親じゃよ。現在は死んだことになっておる』
「曖昧な言い方だな……?」
クリスは首を傾げてしまう。
するとマレーネが呆れた表情に変わる。
『主は知らぬのか? 王邸宮で起きた失踪事件を』
(ああ……確か――)
「十年前のアレか……。国王とその配下の者達が、忽然と姿を消したという――」
『それじゃよ』
マレーネはコクリと頷く。
「国王不在を理由に革命が起きて、君主制から共和制に切り替わった――」
クリスは肩を竦める。
「だったら……その娘が、なんでこんな所にいるんだ?」
当然の疑問を口にする。
『さての――』
マレーネは興味なさげに上の空。
『不要の部署じゃからのぉ。近衛省は……』
「部署ごと左遷されて――国王の墓守かよ……』世知辛いことで……。
クリスはもう一度、覗きながらマレーネに訊ねる。
「なら――銃士としては、大したことないのか?」
ふと、思い出す。
15メートル地点からのロングバレルでの一撃――。
(あれは単純に下手だった――。そういう結論になるのだが……)
『どうじゃろうな?』
マレーネがもう一度、探るように銃士を見つめる。すると――。
『彼女奴は――ナイトリグを着込んでおるようにも見えるぞ』
(やはり――楽観的な考えはダメだ)
小さくため息を吐く。
(おそらく、防御力に定評のあるアイアンヴァンガード社のモデル・アイギス)
「厄介だな……。アイギスを着込んでいたら、素手は意味ないからな」
クリスは舌打ちをしてしまう。
『主よ。リグよりマズいぞぉ!』
やおらマレーネが振り返る。
『彼女奴――すでに至宝の承継相続の登記を済ましておる!』
一段と険しい表情で捲し立てる
『そうなると話は変わってくる。彼女奴は相当、手強いぞ。注意したほうが良い!』
「至宝?」
耳慣れない言葉に、クリスは訊き返す。
『ん? 主——知らぬのか?』
眉を顰めて見つめてくる。
『三銃士には、特別な至宝が承継相続されることになっておる。彼女奴が所持している至宝はボレロ——』
「至宝……?」
マレーネが苛立ち気味の表情をする。
『時を支配する能力じゃ』
と……時——?
支配……?
「ちょ……ちょっと待ってくれ!」
クリスは声を荒げてしまった。
「おい!」
こちらに向かって叫ぶ、怒鳴り声——。
「そんな所に隠れてないで、さっさと出てこいよ! この腰抜け野郎!」
(マズったな——。聞こえたか……)
クリスは天を仰いでしまう。
対照的にマレーネは怒り出した。
『あの小娘! 妾の婚約者に向かって、何という言い草じゃあ!』
銃士の煽りに、マレーネがカチンと来たようであった。
『主、あのしょんべん臭い娘をコテンパンにしてやれ!』
息巻き具合が半端ではない。
好戦的な物言いに、クリスは肩を竦めてしまう。
「それが出来ないから、ここに逃げ込んでいるんだ」
『そこは頑張れ、ヘタレ!』
「お前!」
クリスは嘆息を漏らす。
「素手で……どう戦えというんだ?」
『主……気づいておらぬのか?」
不思議そうな眼差し。
『彼女奴の至宝に負けず劣らずの至宝を手にしておるのじゃぞ』
(俺が……?)
「マレーネ……基本的な質問で悪いが——」
クリスは真顔でマレーネを見つめる。
「お前が——至宝なのか?」
『ん? 何を……言うておる?』
マレーネも見つめ返してくる。
「だから……俺にとってお前の存在が、至宝——」
『そうではない!』
「違うのか?」
マレーネは顔を赤らめて視線を逸らす。
『主にとって……妾は至宝の存在かも知れぬ』
クリスを見つめようとするが、視線が泳いでいる。
『じゃが――口説き文句や喩えで言う、それではない!」
「じゃあ……なんだ? もったいぶらず教えろよ」
クリスは辟易したのか、ぶっきらぼうな言い方に変わる。
『主……本当に知らぬのか?』
マレーネが少し驚いた表情で見つめてくる。
クリスは頷く。
やれやれとばかりに、マレーネは肩を竦める。
『皇女神マリアージュが下賜した特別な道具じゃ。貴族どもがありがたがって至宝と呼んでおる——』
さらにマレーネの説明では、特殊な能力を付与した調度品や装飾品の総称として、呼ばることもあるそうだ。
「ようやく理解した――。あの銃士は、特殊能力を有する装飾品を持っているということか?」
マレーネが頷く。
『懐中時計じゃ』
(……懐中時計?)
『彼女奴が有している至宝は——』
(時を支配する——懐中時計……?)
(それにひきかえ……)
ポケットから……グローブを取り出す。
「俺が所持している至宝って——」
つまみ上げるように、マレーネの目の前に差し出した。
「もしかして……この片手のみの、指なしグローブのことか?」
先ほど石柱から出てきたグローブを、マレーネに見せてみた。
『そう! それじゃ。その至宝の名は――ウェディングインペリアル』
(名前だけは——大層だな……)
『そのグローブを左手に嵌めてみるが良い』
言われるがまま、左手に装着してみた。
素材については分からない。
だが、妙にフィット感のあるグローブだった。
装着してみると左手に嵌めた指輪と、グローブの薬指に付いたリングが、カチャ——という音と共に結合する。
『ちょいと待っておれ。今、登記の手続きを——』
「できるのか?」
問いかけに『当然じゃ』と答える頼もしさ。
「それにしても、登記なんて……。まるで不動産じゃないか?」
『当然であろう……。誰でもが自由に能力を行使できたら、文明が崩壊——』
言いかけて、首を傾げる。
『……おかしいのぉ。移転登記ができぬ』
「つまり……使えないのか?」
『そうなるのぉ。本来であれば、妾の権限で、強制的に移転登記ができるはずなのじゃが——』
ふたたび首を傾げる。
『何故か……主は、占有者のままじゃ』
「と言うことは、完全にお手上げ状態か……」
命運尽きたとばかり、クリスは両手を上げる仕草をする。
『すまぬのぉ……登記さえできれば、主も至宝が使えて、あの小娘をけちょんけちょんにできるのだがのぉ』
息巻いていたマレーネが、急に大人しくなった。
『今の主では……手も足も出ぬであろう』
申し訳なさそうな表情で見つめてくる。
「おいおい……マレーネさん。俺が弱いと思っているのか?」
『違うのか……』
無言で見つめあう。
マレーネのため息……。
『土下座で、謝るしかなかろう……?』
(それで許してもらえるとは思えないけどな——)
クリスは少し考えてみる。
だが、さっぱり——何も浮かばない。
(勝ち目はなさそうだな……)
クリスはため息を吐く。
『クリスよ……。そう深刻に考えるな――』
婚約者が覗き込みながら、笑みを浮かべた。
彼女なりの優しさなのだろう。
『彼女奴は、最強の至宝を手にしてはいる。じゃが——』
『——完全に至宝を制御できているかは怪しいぞ』
妙案が浮かばない今……。
すがる思いで、話しに耳を傾ける。
すると——マレーネは、ある面白い仮説を口にした。
時間を支配する——。
言葉のとおり、時間の制御を意味している。
時間の——。
——停止。
——遡行。
——加速。
当然、卓越した技術が必要になる。
そのためには、安定した精神力と集中力がカギとなる
つまり、暴走する危険性も十二分に孕んでいる。
『彼女奴が、承継相続したのが——記録上は三年前なのじゃ』
(なるほど……)
「上手く使えない——。使えたとしても限定的な範囲……。そう言いたいのか?」
『あくまで妾の推測じゃ』
マレーネは頷く。
『自分が触れた物のみを支配するとか——それくらいであろう』全世界には及ばぬ……。
クリスは少し考えこむ。
(正面からやり合っても、触れられたりしなければ——脅威にはならない)
首を傾げる。
(それは相手も分かっているんじゃないのか?)
左手に装着した指なしのグローブを見つめる。
(俺はこの至宝の、占有者と言っていたな……)
ふと……ある考えがよぎる。
(待てよ……)
(まだ登記できる方法が、残されているんじゃないのか?)
顔を上げてマレーネを見つめる。
『なんじゃ? 主……その悪そうな笑みは?』
(いけない、いけない——顔に出ているか……)
『なにか……思いついたようじゃのぉ?』
マレーネに、ある疑問を投げかけてみた。
すると——マレーネも、面白いとばかりに悪い笑みを浮かべる。
『できなくはない——。いや……』
頭を振る。
『それであれば、できる。じゃが、どうする……?』
「どうするとは?」
『惚けるでない』
互いに、人の悪い笑顔で見つめ合う。
「あの銃士は、銃の扱いに絶対的な自信を持っている。だから——ここに俺を追い込んだ。だったら——」
『だったら——?』
マレーネが急かすようにオウム返し。
「そのプライドをへし折ってやれば——活路は開けるんじゃないか?」
すると、マレーネが鼻で笑う。
『あの小娘を出し抜くだけの技量が——主にはあると?』
「バカにするな。お前の婚約者だぞ」
『ほぉ……言ってくれるのぉ』
くすりと笑う。
『ま——ダメなら、破棄するだけじゃ』
「怖い怖い……。だが、俺だって死ぬのはゴメンだ」
『妾も——死なれては困る。主が死ねば、また暗闇の中じゃ』
マレーネの瞳が少し潤んで見える。
『それだけはイヤじゃ——。だから、最大限の支援はするつもりじゃ』
「ありがとよ……」
すると——。
「おい! 早く出てこい! 腰抜け! こっちから行ってもいいんだぜ!」
ガラの悪い物言いと、少女とは思えない怒声に、クリスとマレーネは肩をすくめる。
『お呼びのようじゃのぉ……』
「それじゃあ……行くとしますか」
クリスとマレーネは揃って、庭園の方へ歩き出した。




