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マリアージュの銃士隊  作者: ミナモ
第九章

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第六十六話「飛び降りる者」

 

(ぬし)よ。振り向くな! 今は全速力であの女の元に向かえ!』

 マレーネはクリスの背中に乗って、前を指さした。


「わかっている! だが、ルーを説得できた自信はないぜ!」


『大丈夫じゃ! (ぬし)は三人にしっかりと物語を刻んでおる』


「刻む? 至宝(ウェディングインペリアル)能力(ワングリフ)は物体に一文のみ物語を刻む能力だろ? 人には無効だって言っていたよな?」


『わかっておらぬのぉ。人の心に物語を刻むのは、言葉を超えた行動だけじゃ!』


「言葉を超えた行動……ねえ」


(ぬし)よ! 今はそんなことを考えている場合ではない! あの女、柵を乗り越えるぞ!』


 クリスが前を見ると、腰ほどの高さの柵を両手で掴んで跨いでいるところだった。


(マズい……!)


 建物の縁には立ち上がりもパラペットもなかった。

 あるのは2メートル手前にある、腰の高さほどの柵のみだった。


 その柵を乗り越えてしまったと言うことは……。


 あと二歩、三歩で奈落に落ちる!


 だが、女性は歩みを止めようとしなかった。

 ビル風特有の上昇気流に、女性の白いドレスがはためき出した。

 さらに、ブロンドの髪が舞い上がる。


(おい! 止まれ――)


 すると、クリスの思いが通じたように、女性は屋上の縁で立ち止まる。

 しかし次の瞬間、彼女はビル風に身を委ねるように、前に向かって身体を傾けていった。


 女性の身体は次第に傾きを増していき、やがて地上へと引っ張られていく。


 クリスは手を伸ばす。

 届かないとは分かっていても――。


 その時だった――。


 風の音が、止んだ。

 そして——目の前の女性が空中で止まってみえた。


「色男! 時は止めた!」

 背後からリディの声が聞こえた。


「サンキュー! リディ!」


「悪ぃ……。だが、数秒が限界だぜ!」


「ああ、それだけあれば十分――」


 クリスは速度を上げて柵を跳び越えると、女性に向かって右手を伸ばす。


 しかし、タイミング悪く再び時間が動き出す。


(――くっ!)


 瞬間、クリスも突風に煽られてしまった。


 それでも右腕を伸ばし、彼女の手を掴む。

 しかし、今度は女性の全体重が、クリスを奈落へと引きずり込もうとしてくる。


 クリスは、歯を食いしばり、必死に右腕に力をこめた。


 だが、足元のガラスパネルが踏みとどまることを許さない。


 踏みしめているはずの両足が、ズズ……ズズズ――と、少しずつ滑っていく。


 振り返って、柵に向かって左手を伸ばしたが届かなかった。


 それどころか、僅かずつではあるが、柵から遠ざかってしまう。

 クリスは腰を下ろすと、ようやくではあるが引きずり込まれることはなくなった。


 そのまま女性を引っ張り上げようと試みるが、強風に煽られてしまい、少しでもバランスが崩れると引きずられてしまう。


「クリス! 手を伸ばせ!」

 悪戦苦闘をしていると、背後からリディの声が聞こえてくる。


 振り返ると、リディが柵の向こうから身を乗り出して、腕を伸ばしていた。


 タイミングを見計らって、クリスは右手を伸ばすが――。

 ズズズズ――と、奈落へと引き摺られてしまう。


「クリス!」


 リディが柵を乗り越えて、クリスの右手を掴んでくれる。


 しかし、リディも引っ張るが状況は芳しくなかった。


 ズズ……ズズ――と、やはり引き摺られてしまう。


 今度はリディが柵に向かって左手を伸ばすが、柵に指先が触れるか触れないかくらいの所で止まってしまった。


「あと…もう少し――」


 必死に左手を伸ばしていたリディだったが、一瞬吹いた強風にバランスが崩れてしまう。

 すると、容赦なく三人の身体は滑るように奈落へと引き摺られる。


「クリス!」


 クリスの下半身が、ビルの外へと飛び出していた。


「リディ! 手を離せ!」


「んなこと、できるか!」


「お前も落ちるぞ!」


 リディが笑みを浮かべる。

「あともう少しだ! 色男が駆けつけてきた!」


 リディは背後から近づく足音を感じ取っていた。


「遅いぞ、シャル!」


「人使いが荒いな! ほら手を伸ばせ!」

 柵の向こう側から、シャルがリディの腕を掴み引っ張りはじめた。


 クリスの身体が、ようやくうつ伏せになりながらであったが、ビル側に——生者の側に戻ってこれた。


 そして——奈落に落ちかかっている左手を持ち上げる。

 女性の右腕が見えた。

 シャルとリディは、その女性の腕を掴み持ち上げて引っ張る。


「ああ、何とか間に合った……」


 三人はその場にへたり込み、荒い呼吸を繰り返していた。


 安堵したのか、三人は顔を見合わせて笑みを浮かべた。


 ふとクリスは、ここに居ないルーが気になった。


「ルーはどうした?」


 振り返ると、強風に煽られながらも、必死に走ってくるルーの姿が見えた。

 シャルとリディも安堵したように、走ってくるルーを見つめる。


「クリス!」


 遠くからルーの声が聞こえてくる。


 しかし、三人が安堵したのも束の間だった――。


 微細な振動が足元から伝わってきた。


(――まさか!)


 本能が危険を告げていた。


 さらに、空気の密度が変わる。


「皆、伏せろ! ルー! お前も——」


 次の瞬間――。


 先ほどまでいたヘリポート付近が、突如として爆発したのだ。


 爆風が、四人に襲いかかった。


 シャルとリディは、咄嗟にその場に伏せた。

 クリスも座り込んでいたので、コンクリートの破片が飛んでくる程度であった。


 だが、ルーは違った。


 柵の側まで駆けつけていたが、背中に爆風をまともに受けてしまったのだ。


 ルーの身体は浮き上がり、柵を軽々と飛び越えていた。


 さらには、そのままビルの外へと放り出されていた。


「「ルー!」」


 シャルとリディが、手を伸ばすが間に合わなかった。


 クリスは考えるよりも先に身体が動いていた。


 ルーに向かって跳躍をしていた。

 気づけば——両腕でしっかりと彼女を抱きとめていた。


「クリス!」

 ルーが涙目で見つめてくる。


「俺を追い抜くなよ」

 クリスは笑みを溢すと、ビルの方へと、彼女を突き飛ばしていた。


 シャルとリディが、ルーの身体を受け止めてくれた。


 ルーの無事を見届けながら、クリスは三人から遠ざかっていった。


 抗うことのできない、奈落の底までの自由落下――。


「悪いな、マレーネ……」

 独り言のように、婚約者に詫びていた。


 マレーネがため息を吐く。

(ぬし)よ。(わらわ)は言ったはずじゃぞ。(ぬし)はすでに三人の心に刻み込んだと——』

 そう言って、マレーネは微笑みかけてきた。


「お前、何を――?」


 すると、微かではあるが、三人の声が聞こえた気がした。


「「「クリス!」」」


 幻聴ではなかった。


 落下による風切り音に混じっていたが、はっきりと聞こえてくる。


 クリスが落ちた方向を見上げると、手をつないだ三人が瞬間移動を繰り返しながら、近づいてきたのだ。


「お前たち!」


 ルーはクリスに向かって手を差し伸べた。

「クリス! 追いつきましたよ!」

「お前ばかり、先に行かせないぜ!」とシャル。

「そうだぞ、色男!」とリディ。


「お前たち、バカだろ? 落下してんだぞ?」

 クリスはフッと笑いがこみ上げてきた。


「追いかけてきて、どうする?」

 そう言って、差し伸べてくるルーの手を握った。


 すると、ルーも笑みを溢す。

「貴方が仰ったではありませんか?」


「これは監獄王によって仕組まれた舞台の中だと――」


 クリスは下を見ると、ビルの真下にある道路が封鎖され、巨大な消防マットが広げられていた。


「だが、あの大きさでは衝撃を受け止めきれないだろ? おそらく、あの大きさでも高さは60メートルが限界じゃないのか?」


「ですから、我々全員が同時に飛び降りるのが助かる条件なのでしょうね」


(ああ……そう言うことか――飛び降りる者は俺たちだったのか)


 クリスは舌打ちをしてしまう。

「面白くないな……」


 クリスが呟くと、ルーもそれに同調した。


「ええ。面白くありませんね」


「二人とも! 口を閉じて衝撃に備えろ! 舌を噛むぞ!」


 シャルは至宝(カサブランカ)で、四人の身体に緩衝空間を作り上げていた。


 四人は仰向けの状態で落下していく。


 エアーマットの中央が勢いよく沈み込んだ。


 落下の衝撃をエアーマットとシャルの緩衝空間が吸収したことで、四人は無事に地上へと生還することができたのだった。


 ***


 その後は——消防隊や救助隊が入り乱れる中、事情聴取が行われた。


 四人が解放されたのは19時を回った頃だった。


「それではクリス――帰りましょうか? リムジンも待たせてありますよ」

 ルーは振り返り、クリスににこやかに微笑んだ。


「帰る?」


「我々の屋敷に招待すると言いましたよ。まさか忘れているのですか?」


「まあ、屋敷とは言っても、近衛省の銃士専用の宿舎だよ」

 シャルがそう説明し、立ち止まるクリスを追い抜いていく。


「実質、あたし達以外いないから使い放題だ」

 リディもクリスを追い抜き、シャルと並んで歩いて行く。


「あちらに、リムジンを待たせてあります」

 そう言って、ルーも歩き出していた。


 クリスはその三人の後ろ姿を見て、顔をほころばせていた。


「そう言えば、そうだったな……」

 そう呟くと、クリスは少し離れて三人に着いていくのだった。

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