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マリアージュの銃士隊  作者: ミナモ
第九章

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第六十五話「四人目の銃士」

 

「ルー! お前には悪いが——俺は時間が来たら、走って彼女を助けに行く!」

 クリスは声を荒げて、ルーに宣言した。


「し……正気ですか?!」

 ルーはそれを聞くと、一瞬鼻白む。


「ああ——俺には脚がある。彼女の元までたどり着ける脚があるから、俺は助けに向かう!」


「亡霊ですよ?! 貴方は亡霊を助けに行くのですか?!」

 ルーは信じられないとばかりに、声を張り上げた。


「お前には、彼女が亡霊に見えているのか?」


 そう問われると、ルーはクリスから視線を外した。


「俺やリディが、彼女に手招きされていると本気で思っているのか?」


「ええ! ええ、そうですよ。リディも貴方も直情的過ぎます!」

 ルーはクリスに視線を戻す。

「もう少し冷静になって考えてみてください! あなた達は亡霊に魅入られています! 囚われてはダメです!」


「シャル——お前の考えはどうだ? あの女性が何に見える?」

 クリスはシャルに顔を向ける。


「俺もお前と同じだ。彼女は生きている。だが……」

 シャルは逡巡した表情を見せる。


「ルーを放っておけないか……?」

 クリスが言葉を継いだ。


 シャルは頷く。

「ああ。ルーは俺たちのリーダーだ。だから、俺はルーの指示に従う」


「リディ。お前は亡霊に見えるのか?」


「見えないよ」

 リディはきっぱりと言い切った。

「だから、あたしは助けに行くぜ」


「ルーは心配じゃないのか?」


「心配は心配だが……」

 そう言って、横目でクリスを一瞥する。

「クリス、アンタが説得するんだろ?」


「期待しすぎるなよ……」

 クリスは肩を竦めると、踵を返して一歩、二歩と三人から遠ざかる。


「クリス?! どちらに向かうのかしら?!」

 ルーは、握っている銃の銃口をクリスに合わせて動かした。

「罠だと何度も言ってます! 止まりなさい!」


 その言葉に、クリスは立ち止まり振り、ルーの方へと向き直る。


「おそらく、この距離が——」

 クリスは鼻を鳴らした。

「俺とお前たちとの、心の距離なんだよ」


「私から、ずいぶんと離れていますね?! 嫌みですか?!」


「お前とは反りが合わないからな。けれども、嫌いなわけじゃない。時間があればこの距離は自ずと縮まると確信しているよ」


「でしたら、こちらに来て――」

 ルーは左手で銃を構えながらも、右手をクリスに向かって差し伸べる。


「いや! 今は違う!」

 クリスはルーの提案を拒否して、首を横に振った。

「こっちに来るのは、お前だ! お前なんだよ、ルー! お前が一歩でも、俺に近づいてこい!」


 すると、クリスの提案に、ルーは目を丸くする。

「な?! 何を言い出すのですか?」


「どのみち、その距離じゃ、撃ったことのないお前では当たらない」

 クリスはふん……と、鼻で笑う。


「た……試してみますか?」


 クリスの挑発に、ルーは拳銃を両手で構え直した。

 銃口の震えは消えていた。セーフティも外してあった。


 ルーは軽く息を吸って止める。

 そして、トリガーに指をかけた。


 それを見てもなおクリスは肩を竦めてみせる。


「逆に俺がお前の近くまで戻ると、俺はあの女性を助けられなくなる」

 クリスは後ろを振り返り、白いドレス姿の女性を一瞥する。


「貴方……まだ、そんなことを!」

 ルーは震える声を飲み込んだ。

「させませんよ! 私は銃士隊のリーダーです。隊を守る責務があります!」


「俺は銃士ではないぜ」

 クリスは両手を広げる。


「ええ。ですが、貴方が助けに向かえば――」

 ルーはリディをチラリと一瞥する。

「必ず……リディがついて行きます! あなた達は……似ていますから……」


 ルーは、寂しさに涙を浮かべていた。


「そして……リディが走り出せば、シャルは追いかけていきます」


「だったら、お前も走れば――」


「いいえ!」

 ルーはクリスの言葉を遮った。

「私がリーダーです! 私の指示に従ってください!」


「だが、お前が間違っていたら――」


「間違いはありません! 至宝(マルコポーロ)で彼女の身元が判明してます! これは罠です! 彼女に近づくのは危険だと何度――」


 今度は、クリスがルーの言葉を遮った。

「ルー! お前は今、彼女と言った! 亡霊とは言わなかったぞ! お前も気づいているじゃないか!」


 ルーは目を閉じて、頭を振った。


「クリス! でしたら、矛盾してます! 貴方は亡霊を助けると仰ったではありませんか?!」

 ルーは険しい眼差しで、銃の照準越しにクリスを睨み付けた。


「ああ。助けると言ったさ。俺が助けるのは――」


 クリスはルーを見つめ返す。


「お前だよ! ルイーズ・ウェッジウッド!」


 強風が吹き荒れる中、クリスが放った言葉に、ルーは愕然とする。


「わ……私――? 私が——」


「ああ、お前だ! お前がグランディールに取り憑かれた亡霊だ!」


 ルーは唇をわなわなと震わせる。

 そして、今にも泣き出しそうなほどに、瞳を潤ませていた。


「お……おい、クリス!」

 シャルが口を挟もうとするのを、リディが止めた。

「色男! お前は黙っていろ。クリスが何とかする」


 ルーは涙をポロポロと流しながら、歯を食いしばっていた。


「な、何を……仰っているのかしら?! それでは……。それではまるで――私が死んでいるとでも?!」


 銃を構えたまま、暴言の主を睨みつけた。


「ああ、そうだよ! お前がリディとシャルの二人を立ち止まらせているんだ! お前は――囚われた亡霊だ!」


「大きなお世話です! 貴方に! 貴方なんかに私たちの何がわかるのですか?! 何処の馬の骨ともわからない貴方に!」

 ルーはクリスを否定するように声を張り上げた。


「お前だって、世間知らずのお嬢様だろ! 俺の何を知っているって言うんだ?!」

 クリスも負けじと声を張り上げる。


「少しは俺の話を聞いたらどうだ!」


「いいえ! 貴方の話なんて、聞きたくありません! これ以上の暴言は許しません!」

 ルーは両手でぎっちりとグリップを握りしめて、頭を振った。

「撃ちますよ!」


 クリスを拒絶するように……。そして現実を拒絶するように……。


 それでもクリスは、ルーに届くように声を張り上げた。


「一度しか言わないぞ! ルイーズ・ウェッジウッド!」


 一瞬――風が止んだ。



「いつまで囚われているつもりだ?」



「亡国の銃士さん――」



 その言葉を耳にした三人の心に確かにヒビが走った。


 ルーの視点が泳いだ。

 クリスからその先にある景色へと移っていく。


 首都(グランディール)を見下ろす大展望(パノラマ)――。


 一陣の風が、ルーの頬を殴りつける。


(え? 亡国……の?)


「何をそんなに、後生大事に守っているんだ?!」


 ルーは顔を上げ、瞳を大きく見開いて、声の主を見つめ返していた。


「いないんだぞ! 王の座には、もう誰もいない! お前が守るべき者なんていないんだぞ!」


 ルーの両の腕が、ダラリと下がった。

 手に持っていた拳銃が、地面に落ちるカチャリという音がした。


「その顔は……ようやく解け始めたようだな? まったく……世話のかかる」

 クリスはフッと笑みを浮かべる。

「皮肉も良いところだぜ! 律儀に墓守をしているんだからな!」


「呪い?」


 クリスは頷いた。

「お前たちを……呪いから解き放つのが、マティアスが言っていた、四人目の俺の役割だ!」


 クリスはそう言うと、踵を返した。

 見えない呪いに抗うように、吹きすさぶ風をかき分けて走り出した。


「……クリス?」


「時間だ! 俺は先に行く!」


「待ってください!」


「追いかけてこい! 後から話はいくらでも聞いてやる!」


 クリスはそれだけを言い残して、駆け出していった。


 ルーは一歩二歩とクリスの背中に向かい歩き出す。


 が――立ち止まってしまった。


 握っていたはずの拳銃が手にない事に、ようやく気づいたルーは、空いた両手を前へと伸ばしていた。


 届くはずのないその手を、クリスに向かって——。


 悲しみに俯きかけたルーに、今度はリディが声をかける。


「ルー! あたしも行くぜ。後から来いよ!」


「リ、リディ! 貴女まで?!」


 ルーは再び手を伸ばし、また一歩二歩と足を踏み出した。

 それを見て、リディは立ち止まり、ルーに向き直る。


「ルー! あたしは銃士が好きだ。何と言っても格好いい」

 リディはルーに微笑んだ。

「だから……伝統や格式として残すべきだと思ってるぜ」


「で、でしたら――」


 しかし、リディは頭を振った。


「悪いな、ルー。あたしはすでにグランディールの臣下じゃない。だから、別の銃士隊を作ってくれよ!」


「貴女、何を――?」


「仕えている(あるじ)が違うんだ。だから、あたしは先に行くぜ!」

 リディは恥ずかしそうにそう言うと、駆け出した。


「リディ!」

 ルーは叫び、シャルに視線を移す。

「シャル! リディを呼び止めて!」


 しかし、シャルは瞼を閉じて、ゆっくりと首を横に振った。


「ルー、お前には悪いが、俺はリディの意思を尊重する」


「シャル?!」


「悪いな……ルー。俺も行くよ」


「どうして? どうして貴方まで?!」


「ルー……お前も、うすうすは気づいているんだろ? だけど、存続させる理由が見つからなかった」


「シャル……?」


 シャルは微笑んだ。


「俺はリディやクリスほど直情的にはなれない。どうしても、一歩引いたところから見てしまう癖があるんだろうな……。お前と同じだ。」

 そう言って、ルーに微笑んでみせる。

「だけど、俺は自分なりに考えてみたんだ。共和国の王様は誰なのかって」


「シャル、待って! 貴方、何を……?」


「そう考えるとさ――王様も王女様も一人である必要はないって思ったんだよ」


 シャルは二歩三歩とルーから後ずさる。

 ルーはシャルに着いていこうと二歩三歩と前に歩いていた。


「あそこにいるのはその王女様の一人だ。俺にはそう見える。だからだよ。だから俺は助けに向かう!」

 シャルは踵を返すと走り出した。

「ルー! 理由なんて後付けで構わないんだ! 新しく仕える王だってあとから探せば良い」


「ま、待って! シャル!」


 ルーはシャルを追いかけようと走ろうとするが、すぐに足を止めてしまう。

 リディとシャルの背中が小さくなっていく。

 その姿を、ルーはうらやましく見つめていた。


「あ、あなた達はどうして走れるのですか?! 国王も王女も一人ずつです。何人もいてたまるものですか!」


 そう叫んだルーだったが、ふと馬鹿馬鹿しい光景が頭に浮かんできた。


 王の座る椅子の座面が、国土ほどに広がっていた――。

 国民が全員座れる椅子を思い浮かべていた。


 ルーは涙を流しながら笑っていた。


「どうして……こんなバカなことを思いつくのかしら? 国民が全員座れる椅子なんて……これでは彼女も玉座に座る王女に見えてしまう!」

 そう言って、ルーも走り出した。

「シャル、リディ、待ちなさい! 私がリーダーです!」


 転びそうになりながらも、ルーは必死に三人の後を追いかけるのだった。

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