第六十五話「四人目の銃士」
「ルー! お前には悪いが——俺は時間が来たら、走って彼女を助けに行く!」
クリスは声を荒げて、ルーに宣言した。
「し……正気ですか?!」
ルーはそれを聞くと、一瞬鼻白む。
「ああ——俺には脚がある。彼女の元までたどり着ける脚があるから、俺は助けに向かう!」
「亡霊ですよ?! 貴方は亡霊を助けに行くのですか?!」
ルーは信じられないとばかりに、声を張り上げた。
「お前には、彼女が亡霊に見えているのか?」
そう問われると、ルーはクリスから視線を外した。
「俺やリディが、彼女に手招きされていると本気で思っているのか?」
「ええ! ええ、そうですよ。リディも貴方も直情的過ぎます!」
ルーはクリスに視線を戻す。
「もう少し冷静になって考えてみてください! あなた達は亡霊に魅入られています! 囚われてはダメです!」
「シャル——お前の考えはどうだ? あの女性が何に見える?」
クリスはシャルに顔を向ける。
「俺もお前と同じだ。彼女は生きている。だが……」
シャルは逡巡した表情を見せる。
「ルーを放っておけないか……?」
クリスが言葉を継いだ。
シャルは頷く。
「ああ。ルーは俺たちのリーダーだ。だから、俺はルーの指示に従う」
「リディ。お前は亡霊に見えるのか?」
「見えないよ」
リディはきっぱりと言い切った。
「だから、あたしは助けに行くぜ」
「ルーは心配じゃないのか?」
「心配は心配だが……」
そう言って、横目でクリスを一瞥する。
「クリス、アンタが説得するんだろ?」
「期待しすぎるなよ……」
クリスは肩を竦めると、踵を返して一歩、二歩と三人から遠ざかる。
「クリス?! どちらに向かうのかしら?!」
ルーは、握っている銃の銃口をクリスに合わせて動かした。
「罠だと何度も言ってます! 止まりなさい!」
その言葉に、クリスは立ち止まり振り、ルーの方へと向き直る。
「おそらく、この距離が——」
クリスは鼻を鳴らした。
「俺とお前たちとの、心の距離なんだよ」
「私から、ずいぶんと離れていますね?! 嫌みですか?!」
「お前とは反りが合わないからな。けれども、嫌いなわけじゃない。時間があればこの距離は自ずと縮まると確信しているよ」
「でしたら、こちらに来て――」
ルーは左手で銃を構えながらも、右手をクリスに向かって差し伸べる。
「いや! 今は違う!」
クリスはルーの提案を拒否して、首を横に振った。
「こっちに来るのは、お前だ! お前なんだよ、ルー! お前が一歩でも、俺に近づいてこい!」
すると、クリスの提案に、ルーは目を丸くする。
「な?! 何を言い出すのですか?」
「どのみち、その距離じゃ、撃ったことのないお前では当たらない」
クリスはふん……と、鼻で笑う。
「た……試してみますか?」
クリスの挑発に、ルーは拳銃を両手で構え直した。
銃口の震えは消えていた。セーフティも外してあった。
ルーは軽く息を吸って止める。
そして、トリガーに指をかけた。
それを見てもなおクリスは肩を竦めてみせる。
「逆に俺がお前の近くまで戻ると、俺はあの女性を助けられなくなる」
クリスは後ろを振り返り、白いドレス姿の女性を一瞥する。
「貴方……まだ、そんなことを!」
ルーは震える声を飲み込んだ。
「させませんよ! 私は銃士隊のリーダーです。隊を守る責務があります!」
「俺は銃士ではないぜ」
クリスは両手を広げる。
「ええ。ですが、貴方が助けに向かえば――」
ルーはリディをチラリと一瞥する。
「必ず……リディがついて行きます! あなた達は……似ていますから……」
ルーは、寂しさに涙を浮かべていた。
「そして……リディが走り出せば、シャルは追いかけていきます」
「だったら、お前も走れば――」
「いいえ!」
ルーはクリスの言葉を遮った。
「私がリーダーです! 私の指示に従ってください!」
「だが、お前が間違っていたら――」
「間違いはありません! 至宝で彼女の身元が判明してます! これは罠です! 彼女に近づくのは危険だと何度――」
今度は、クリスがルーの言葉を遮った。
「ルー! お前は今、彼女と言った! 亡霊とは言わなかったぞ! お前も気づいているじゃないか!」
ルーは目を閉じて、頭を振った。
「クリス! でしたら、矛盾してます! 貴方は亡霊を助けると仰ったではありませんか?!」
ルーは険しい眼差しで、銃の照準越しにクリスを睨み付けた。
「ああ。助けると言ったさ。俺が助けるのは――」
クリスはルーを見つめ返す。
「お前だよ! ルイーズ・ウェッジウッド!」
強風が吹き荒れる中、クリスが放った言葉に、ルーは愕然とする。
「わ……私――? 私が——」
「ああ、お前だ! お前がグランディールに取り憑かれた亡霊だ!」
ルーは唇をわなわなと震わせる。
そして、今にも泣き出しそうなほどに、瞳を潤ませていた。
「お……おい、クリス!」
シャルが口を挟もうとするのを、リディが止めた。
「色男! お前は黙っていろ。クリスが何とかする」
ルーは涙をポロポロと流しながら、歯を食いしばっていた。
「な、何を……仰っているのかしら?! それでは……。それではまるで――私が死んでいるとでも?!」
銃を構えたまま、暴言の主を睨みつけた。
「ああ、そうだよ! お前がリディとシャルの二人を立ち止まらせているんだ! お前は――囚われた亡霊だ!」
「大きなお世話です! 貴方に! 貴方なんかに私たちの何がわかるのですか?! 何処の馬の骨ともわからない貴方に!」
ルーはクリスを否定するように声を張り上げた。
「お前だって、世間知らずのお嬢様だろ! 俺の何を知っているって言うんだ?!」
クリスも負けじと声を張り上げる。
「少しは俺の話を聞いたらどうだ!」
「いいえ! 貴方の話なんて、聞きたくありません! これ以上の暴言は許しません!」
ルーは両手でぎっちりとグリップを握りしめて、頭を振った。
「撃ちますよ!」
クリスを拒絶するように……。そして現実を拒絶するように……。
それでもクリスは、ルーに届くように声を張り上げた。
「一度しか言わないぞ! ルイーズ・ウェッジウッド!」
一瞬――風が止んだ。
「いつまで囚われているつもりだ?」
「亡国の銃士さん――」
その言葉を耳にした三人の心に確かにヒビが走った。
ルーの視点が泳いだ。
クリスからその先にある景色へと移っていく。
首都を見下ろす大展望――。
一陣の風が、ルーの頬を殴りつける。
(え? 亡国……の?)
「何をそんなに、後生大事に守っているんだ?!」
ルーは顔を上げ、瞳を大きく見開いて、声の主を見つめ返していた。
「いないんだぞ! 王の座には、もう誰もいない! お前が守るべき者なんていないんだぞ!」
ルーの両の腕が、ダラリと下がった。
手に持っていた拳銃が、地面に落ちるカチャリという音がした。
「その顔は……ようやく解け始めたようだな? まったく……世話のかかる」
クリスはフッと笑みを浮かべる。
「皮肉も良いところだぜ! 律儀に墓守をしているんだからな!」
「呪い?」
クリスは頷いた。
「お前たちを……呪いから解き放つのが、マティアスが言っていた、四人目の俺の役割だ!」
クリスはそう言うと、踵を返した。
見えない呪いに抗うように、吹きすさぶ風をかき分けて走り出した。
「……クリス?」
「時間だ! 俺は先に行く!」
「待ってください!」
「追いかけてこい! 後から話はいくらでも聞いてやる!」
クリスはそれだけを言い残して、駆け出していった。
ルーは一歩二歩とクリスの背中に向かい歩き出す。
が――立ち止まってしまった。
握っていたはずの拳銃が手にない事に、ようやく気づいたルーは、空いた両手を前へと伸ばしていた。
届くはずのないその手を、クリスに向かって——。
悲しみに俯きかけたルーに、今度はリディが声をかける。
「ルー! あたしも行くぜ。後から来いよ!」
「リ、リディ! 貴女まで?!」
ルーは再び手を伸ばし、また一歩二歩と足を踏み出した。
それを見て、リディは立ち止まり、ルーに向き直る。
「ルー! あたしは銃士が好きだ。何と言っても格好いい」
リディはルーに微笑んだ。
「だから……伝統や格式として残すべきだと思ってるぜ」
「で、でしたら――」
しかし、リディは頭を振った。
「悪いな、ルー。あたしはすでにグランディールの臣下じゃない。だから、別の銃士隊を作ってくれよ!」
「貴女、何を――?」
「仕えている主が違うんだ。だから、あたしは先に行くぜ!」
リディは恥ずかしそうにそう言うと、駆け出した。
「リディ!」
ルーは叫び、シャルに視線を移す。
「シャル! リディを呼び止めて!」
しかし、シャルは瞼を閉じて、ゆっくりと首を横に振った。
「ルー、お前には悪いが、俺はリディの意思を尊重する」
「シャル?!」
「悪いな……ルー。俺も行くよ」
「どうして? どうして貴方まで?!」
「ルー……お前も、うすうすは気づいているんだろ? だけど、存続させる理由が見つからなかった」
「シャル……?」
シャルは微笑んだ。
「俺はリディやクリスほど直情的にはなれない。どうしても、一歩引いたところから見てしまう癖があるんだろうな……。お前と同じだ。」
そう言って、ルーに微笑んでみせる。
「だけど、俺は自分なりに考えてみたんだ。共和国の王様は誰なのかって」
「シャル、待って! 貴方、何を……?」
「そう考えるとさ――王様も王女様も一人である必要はないって思ったんだよ」
シャルは二歩三歩とルーから後ずさる。
ルーはシャルに着いていこうと二歩三歩と前に歩いていた。
「あそこにいるのはその王女様の一人だ。俺にはそう見える。だからだよ。だから俺は助けに向かう!」
シャルは踵を返すと走り出した。
「ルー! 理由なんて後付けで構わないんだ! 新しく仕える王だってあとから探せば良い」
「ま、待って! シャル!」
ルーはシャルを追いかけようと走ろうとするが、すぐに足を止めてしまう。
リディとシャルの背中が小さくなっていく。
その姿を、ルーはうらやましく見つめていた。
「あ、あなた達はどうして走れるのですか?! 国王も王女も一人ずつです。何人もいてたまるものですか!」
そう叫んだルーだったが、ふと馬鹿馬鹿しい光景が頭に浮かんできた。
王の座る椅子の座面が、国土ほどに広がっていた――。
国民が全員座れる椅子を思い浮かべていた。
ルーは涙を流しながら笑っていた。
「どうして……こんなバカなことを思いつくのかしら? 国民が全員座れる椅子なんて……これでは彼女も玉座に座る王女に見えてしまう!」
そう言って、ルーも走り出した。
「シャル、リディ、待ちなさい! 私がリーダーです!」
転びそうになりながらも、ルーは必死に三人の後を追いかけるのだった。




