第六十四話「仕組まれた選択」
「監獄王だと?!」
クリスは三人を押しのけるようにして、マティアスに詰め寄っていた。
閉じかけた瞼を見開いて、マティアスはクリスを見つめた。
「ああ、お前か――」
自嘲気味に笑う。
「お前が四人目……だったか」
「四人目?」
「お前が……手にしている……それは何だ?」
マティアスはクリスの左手にある拳銃を指さす。
「こ、これは……」
クリスは咄嗟に左手にある拳銃を隠していた。
「お前が……娘を救う手がかり……を、持っているんだな?」
マティアスがクリスの右手首を掴みあげていた。
まるで……最期の力を振り絞るように――。
「あとは……任せた……ぞ!」
「お……おい! 何を言って――」
クリスの手首を掴みあげていた腕が力なくダラリと下がった。
前のめりに倒れかけるマティアスの身体をリディとシャルが支える。
マティアスの首に、ルーは手を当てて脈を診ていたが、やがて目を閉じると無言で頭を振った。
リディとシャルの二人は、悔しそうな表情で涙を流すのだった。
「クリス! 貴方……何かご存知ですの?」
ルーは躊躇いながらも語気を強めて、クリスに訊ねていた。
「い、いや……」
クリスはルーから視線を逸らして、頭を振った。
「知らないと仰るつもりですか? 慌てて駆けつけてきたではありませんか?!」
ルーは、さらに語気を強めた。
「貴方は何か知っているはずです。オルフェウス会のボスと、何があったのですか?」
クリスに詰め寄り、ルーはさらに捲し立てた。
「おい、ルー! 少し落ち着いたらどうだ?」
シャルが間に入ってくる。
「クリスは俺たちの身を案じて駆けつけてきたんだぞ」
「それはわかっています! わかって……いますが――」
ルーは困惑の眼差しをシャルに向けた。
「シャル! 貴方も気になりませんか? マティアスの……あの最期の言葉」
「娘のことか……?」
「ええ。彼は――マティアスは……監獄王に唆されたのです。そして――」
ルーは疑心の眼差しをクリスに向けていた。
「クリスは私たちに何かを隠しています。監獄王と称する者の事を、我々に黙っていました」
しばしの沈黙――。
だが、その沈黙が何を意味しているのか……。
三人には——言葉以上に伝わっていた。
「なあ、色男……あっちで何があった?」
リディがクリスに近づき、囁いた。
「アンタにはアンタの事情があるのは分かる。だから言える範囲で教えてくれ。マティアスは――利用されたのか?」
「ああ――おそらくな……」
クリスは、監獄王からもらった手紙の内容には触れないようにして、ルーチェから聞いた話をすることにした。
「マティアスは娘の命と引き換えに、英霊墓地から埋葬品を盗み出した。そしてオルフェウス会のボスもまた――監獄王から依頼を受けていたっていうのか?」
クリスの話を聞き終えたシャルは、腕組みをして考え込む。
「墓から盗み出された埋葬品は隠し金庫に保管されていた。それから闇のオークションに出品という情報はデマだと言っていた」
「だが、それに何の意味がある?」
シャルは首を傾げて、疑問を口にする。
「埋葬品を保管して、闇のオークションで売り捌いているというデマを、わざわざ自分から流す。その真意はなんだ?」
「さあな……」
クリスが肩を竦める。
「それが依頼内容だと言っていたが……。理由までは俺にも分からない」
「他には……?」
シャルの問いに、クリスは監獄王からの手紙の内容を思い出す。
お前にふさわしい舞台は用意してある。
物語の主人公として、三人の銃士を引き連れて飛び降りる者を助けるがいい。
場所と時間は――。
「飛び降り……」
ポツリと呟いた。
「飛び降りだと? おい、色男……何だ、それは?」
近くにいたリディは聞き逃さなかった。
三人の視線がクリスに注がれる。
「いや……」
話すかどうか一瞬躊躇ったクリスは、ため息を吐く。
「場所と時間を指定していたんだが——その意味は分からなかった」
「マティアスの娘だ!」とリディが叫ぶ。
「クリス! その場所と時間を教えてくれ!」
シャルとリディが慌てたように詰め寄ってくる。
手紙に書いてあった場所と時間を教えると、シャルは携帯端末で場所を調べはじめた。
「この近くだ」
シャルは舌打ちをする。
「だが……あと十分もないぞ! ルー! 瞬間移動の準備をしてくれ!」
「二人とも! 落ち着いてください!」
「何だよ? ルー! 時間がないんだ」とリディ。
「もう少し、冷静になってください! どうして身投げしようとする者とマティアスの娘が繋がるのですか? 安直すぎますよ」
「ルー! 話は後だ。とりあえず移動してからだ!」とシャル。
「ホントに貴方たちは! これが罠だったら――」
シャルの言葉に、ルーは鼻息を荒くするが、諦めたようにひとつため息を吐いた。
「わかりました、準備します……。ですが、忠告をしておきます。慎重に行動をしてください! くれぐれも! 慎重に!」
ルーは、リディとシャルを交互に見つめながら声を荒げたが、渋々ながらも至宝で、位置情報をシャルの至宝に送るのだった。
◇◇◇
シャルの至宝によって、そびえ立つ八角柱の構造をした高層ビルの屋上へと、クリスたち四人は空間移動していた。
屋上の中央には、ヘリポートが見える。
強風が吹きすさぶ中、四人は中央のヘリポートまで走ると、辺りを見回してみた。
陽は西に傾き、四人の影が東に延びていた。
すると、影が伸びたその先——八角形の一つの縁に向かって歩いている人影が見えたのだ。
「おい! あそこにいるぞ! 女性じゃないのか?」
リディが指をさして叫んだ。
後ろ姿しか見えないが、ブロンドの髪が風に棚引いている。
それは白いドレス姿の女性だった。
女性は縁の手前にある柵の近くで立ち止まった。
遠目からだと、飛び降りるのを躊躇っているように見受けられた。
その姿を見るや、クリスは駆け出した。
続いてリディが走り出し、シャルがこれから駆け出そうとしていた、ちょうど、そのときだった――。
「三人とも動かないでください! その場に止まりなさい!」
三人の背後から、険しい口調で呼び止めるルーの声が聞こえた。
三人は立ち止まり、何事かと振り返った。
「ルー! 何だよ?!」
振り返ったリディは、目を見開いて、言葉が出なかった。
「おい、ルー! 何故呼び止める? 急がないと――」
シャルも振り返ると、リディと同様に驚きのあまり言葉を失ってしまった。
そして、クリスもまた神妙な面持ちで、ルーを見つめてしまった。
強風がヘリポートを舐めるように吹き抜ける。
理解が、風に飛ばされかけていた――。
三人が目にした光景は、ルーが――震える両腕で、拳銃を構えていたのだ。
銃口の先——その射線は、先頭にいるクリスに向けられていた。
「動くなと言ってます! あそこにいるのはマティアスの――彼の娘ではありません!」
ルーは険しい表情で言い切った。
「ルー! なんで、あたしたちに銃を向けているんだ?!」
「おい、ルー! 何をする気だ?! 落ち着け!」とシャル。
「わ、私は――冷静です!」
ルーは、上ずった声でそう答えたが、銃を構える両腕は震えていた。
「お前……自分が何をしているのか、わかっているのか? まずはその銃を下ろせ」
クリスも説得を試みる。
「イヤです」
ルーはクリスを睨み付ける。
「あなた方こそ、何をするつもりなのですか?」
「何って……彼女を助ける!」
クリスは平然と言い放つ。
そのクリスの言葉に、リディは頷いた。
しかし、シャルは二人とは違っていた。彼はすこし考え込んでから、ルーに訊ねた。
「ルー。彼女はマティアスの娘じゃないと言ったな? その根拠は何だ?」
すると、それを聞いたリディが、シャルに噛みついた。
「おい、そこの色男! マティアスの娘かそうじゃないかは関係ないだろ! 人命救助の人数は一人なんだ! この状況で選別するって言うのか?」
「そうは言っていない! 俺はルーの話しを聞くだけだ! 無理やり連れてきたのは俺だからな」
そう言って、リディからルーに顔を向ける。
「ルー、お前が俺たちに銃を向けるほどの理由は何だ? 何があった?」
「彼女は——亡霊です!」
それを聞いた三人は、彼女の言葉が理解できなかった。
「亡霊?!」
ルーの言葉に、リディは眉を顰めた。
「ルー! アンタ、何を言って――」
「彼女の名は、アンリエッタ・ヴォルドール。ヴォルドール公爵のご令嬢です!」
リディの言葉を遮って、ルーは声を荒げた。
「至宝で彼女の身元を調べました」
「ちょっと待て! ヴォルドール公爵令嬢って――」
ルーの話を聞いて、シャルが驚いた表情に変わる。
「おい、シャル?! 何だ、その表情は? 何か知っているのか?」
「リディ……貴女、ニュースをご覧になっていないの?」
「うるさいよ。知っているなら、さっさと教えろ」
ルーは嘆息を漏らす。
「ノスフェラトゥ連続猟奇殺人事件をご存知ありませんか?」
「ノスフェラ……トゥ?」
「貴族ばかりが狙われている殺人事件です。身体の一部を奪われる事件が立て続けに三件ほど続いているのです。その被害者の一人が――彼女なのです」
「「……え?」」
リディとクリスが、同時に驚きの声を上げる。
「アンリエッタ・ヴォルドール嬢は、右脚が切断された状態で死体となって発見されています」
リディとクリスは顔を見合わせる。
「すでに死んでいるのですよ! 10日前――10月1日に亡くなっているのです!」
『やってくれるのぉ……監獄王とやらは』
マレーネが不意にクリスの側に現れる。
「マレーネ?」
『主よ。覚悟を決めよ。ここが主の場面じゃ』
「覚悟……?」
マレーネは頷く。
『主が導くしかあるまい。此奴らを導くのは、ちと骨は折れるじゃろうがのぉ。まあ……それが主人公の務めじゃよ』
マレーネの言葉に、クリスは鼻を鳴らす。
(監獄王の奴――何を考えているんだ?)
クリスはかぶりを振る。
(いや——余計なことは考えるな。今は……あの女性を助けることに集中しろ)
「ちょっと待て! 10日前だと……?」
シャルが首を傾げる。
「だったら、どうして其処にいるんだ?」
「だから呼び止めたのです。死人が生き返るはずがありません! これは明らかに罠です!」
ルーの一言に、シャルとリディに疑心が芽吹きかけていた。
「わ……罠――? おいおい……穏やかじゃないな」
リディは空笑いをする。
「マティアスは監獄王の名を口にしました。オルフェウス会のボスについては、クリスからの又聞きですが、監獄王が関与しています。そうですよね?! クリス!」
ルーは険しい表情で、クリスを睨み付けた。
「貴方は、何かご存知のハズですよね?」
ルーの詰問に、クリスは肩を竦めるしかなった。
「以前に貴方も監獄王の名を口にしていました。どういう事情なのか、そこまでは知りませんが……お知り合いなのでしょう?」
シャルとリディが不審の眼差しをクリスに向けた。
「ああ、知り合いだ。俺も監獄王に利用されたよ。だからお前たちと此処まで来ているんだ!」
「だからです! あの女性に近づくのは危険なのです! 監獄王が仕掛けた罠の可能性があります! しかも、このビルはヴァーダミル侯爵が所有しています! つまり、このビルもヴァーダミル侯爵の領地なのですよ! 私たち銃士が勝手なことをすれば、近衛省が叩かれます!」
そう言って、ルーは白いドレス姿の女性を指さした。
「だが、お前は――彼女を放っておけるのか?」
「私には銃士隊を存続させる責務があります!」
ルーの眼差しに、一切の迷いはなかった。
「そのためには見て見ぬふりをすると言うのか?」
「死んだ人間ですよ。体内に爆薬が仕掛けられていたら……どうするつもりですか?」
「仕掛けられているのか?」
「……」
「至宝で調べたのか? 答えろ! ルー!」
ルーは答えずに押し黙った。
「お前……調べていないな? いや、違う——」
クリスは頭を振る。
「爆薬はないんだろ?!」
「答える必要はありません!」
そう言って、ルーはクリスから視線を外した。
「シャル……制限時間はどれくらいだ?」
クリスはルーの方に顔を向けたまま、近くにいるシャルとリディに聞こえるくらいの声量で訊ねた。
「制限時間……?」
「ルーが亡霊だと主張する彼女だよ。彼女が飛び降りる残りの時間は?」
「あと……五分あるかどうか――」
シャルが腕時計を確認する。
「それがどうした?」
「五分か——」
クリスは舌打ちをしてしまう。
「ルーを説得してみるが、間に合うかどうか……」
「おい、クリス! どういうことか説明しろ!」
「あなた方! 何をコソコソと――」
「ルー! それに、シャル! リディ!」
クリスは三人に呼びかけた。
「聞いてくれ!」
三人の視線がクリスに集まる。
「ルーの言っていることは正しい! おそらく、今のこの状況は、監獄王が仕掛けたことだ!」
「リディ、シャル! ですから彼女の近くに行ってはダメです! こちらに――」
「だがな、ルー!」
クリスはルーの言葉を遮った。
「すでに俺たちは、監獄王の罠を警戒するフェーズじゃないんだ!」
それを聞いたルーは、目を丸く見開いて、言葉を失った。
「手遅れなんだよ! 俺たちは、すでに監獄王によって仕組まれた舞台の中にいるんだ!」
「え?! お前――」
「お、おい! クリス――」
「な……何を――」
「一度しか言わない! 各自、状況を理解してくれ!」
クリスの言葉に、三人の表情は険しくなる。
「今、この高層ビルの屋上にいるのは、俺たち四人と白いドレス姿の女性――。この五人だけだ!」
クリスは白いドレスの女性を指さした。
「そして――あの女性は間違いなく飛び降りる!」
「クリス! いい加減なこと――」
「ルー! 黙って聞け!」
クリスはルーの反論を遮った。
「すでに制限時間は五分を切っているんだ! だから、この状況を説明している時間はない! それに俺たちが話し合いをする時間も残されていない! そして、救援も来ないと思ってくれ! ヴァロンドール駅の爆発で、街が混乱している! だから! 今ここで——俺たちが決断するしかないんだよ!」
そこまで聞いて三人は――シャルは空を仰ぎ、リディは俯き、ルーは視線を逸らしていた。
そして、クリスは鼻で笑った。
亡霊を助けるのか――。
亡霊を助けないのか――。
「ふざけた、究極の選択だ――」




