第六十三話「抗う覚悟、受け入れる覚悟」
「覚悟だと?」
「ああ、そうだ。時が止まった世界では予知も予測もできない。だからアンタが視ているのは——おそらく、時が動き出した世界なんだろ?」
マティアスは黙ったまま睨み付ける。
「正解のようだな。だったら、アンタが視ているのは、あたし達の決闘の結末のみだ。つまり逃れることの出来ない運命を、アンタは視ているんだよ」
「ふざけるな! 俺に、その運命を受け入れろと? だったらお前はどうなんだ? お前は運命を受け入れるのか?」
リディは首を横に振る。
「あたしは運命に抗う覚悟を決めた。運命なんて視ない! あたしは、この手で運命を変えてみせる! だから、アンタはあたしが変えた運命を受け入れる――その覚悟を決めろ!」
マティアスは歯を食いしばる。
「勝手なことを! 本気で、俺に勝てると思って――」
「勝てる勝てないじゃない。これは競技じゃないんだ! あたしらがやっているのは――命のやり取りだ! ほら! さっさと準備をしな!」
マティアスは鼻を鳴らすと、渋々であったがリディと対峙した。
通算26回目の早撃ちが始まった――。
全神経を右腕に集中させる。
(落ち着け……リディ。集中だ。マティアスに当てることだけに集中しろ!)
あの合図――。
――銃声。
衝撃――。
ドサリ……と、リディは膝をついた。
だが、対峙する男も左腕を押さえて片膝をついていた。
(やったぜ! マティアスに片膝をつかせてやった! こっちは――銃弾の位置がズレ……)
遠のく意識の中、イメージした砂時計をひっくり返す。
リディは再び時を巻き戻した。
通算27回目――。
マティアスは明らかに動揺しているのか、落ち着きがなかった。
「どうした、マティアス? 左腕が痛むのか?」
マティアスは無言のまま睨み付けてくる。
それを見て、リディは笑みを溢した。
「安心しろ。その痛みは一種の幻肢痛みたいなモノだ。記憶を持って巻き戻った後遺症さ」
「――くっ! 正気か?! 貴様!」
リディは空笑いをする。
「さて、どうかな……? あたしは正気を保っている自信はない。死んだ痛みが記憶として残り続けているからな……」
「イカれてやがる……」
「最高の褒め言葉だって言わなかったか?」
リディは銃をホルスターにしまった。
「ほら! さっさと始めようぜ。変わり始めた運命に怖じ気づいているのか?」
マティアスは渋々だが、リディと対峙した。
「俺が怖じ気づいてるだと?」
「あたしにはそう見えているぜ。運命を変えるあたしを恐れている」
「冗談は止めろ!」
二人は儀式のように対峙する。
轟く銃声――。
リディは膝をつく。
そこまでは今までと変わらなかった――。
だが、対峙する男は片膝をついただけでなく、左肩を押さえて苦悶の表情をしていた。
痛みに顔をしかめたマティアス。
突如――リディを睨み付け、持っていた拳銃の銃口をリディに向けてきたのだ。
今までにない行動だった。
(マズい!)
リディは慌てて時を巻き戻した。
「おいおい、マティアス……勝手に運命を変えようとするな。運命を変えるのは――このあたしだ!」
「ふざけるな! 何度も巻き戻して、運命を変えるだと?! そんなこと――」
「出来るんだよ!」
リディはマティアスの言葉を遮った。
「アンタのその焦り方からも伝わってくるぜ。記憶を残して正解だったな……。また運命が変わったんだろ? 今度はどうなったんだ?」
「くっ! こんなことを繰り返して何になる……?」
「何になる? なんだ、その訊き方は?」
リディは鼻で笑った。
「さては……今回でアンタも致命傷を負うようだな?」
「……」
マティアスはリディから視線をわずかに逸らした。
「図星かよ……」
リディは、くくくと笑う。
「ほら――さっさとやろうぜ」
リディは銃をホルスターにしまう。
しかし、マティアスは拒むかのように、動こうとしない。
「今更かよ……」
リディは嘆息を漏らす。そして声を張り上げた。
「マティアス! 今になって運命を変えようとするんじゃねぇ!」
リディの声に、ようやくマティアスは彼女を睨めつけた。
「何だと?」
「アンタは王国存亡の危機に何もして来なかったんだろ?! 共和国が誕生し、不要になった近衛省が腐敗していく中……アンタは見て見ぬふりを決め込んだ! さらにはソレに加担したんだ! 10年もの間、テメェは自らの意思で変えようとしてこなかったんだからな!」
「お前に何が分かる!」
マティアスも感情を爆発させて怒鳴っていた。
「三銃士の子息として持て囃されて育ったお前たちに! 何が分かる!」
「わからねぇよ! アンタの心境に何があったのか、あたしは知らない。アンタは何も言わないからな!」
リディは大きくかぶりを振った。
「アンタは傍観者なんだよ!」
リディはマティアスを睨み付けていた。しかし、その瞳はわずかに潤んでいた。
「傍観者であるアンタの覚悟は——運命を受け入れることだ! 受け入れろ! マティアス!」
「ふ、ふざけるな! 俺が傍観者だと?! 勝手に決めつけるな!」
マティアスは銃をホルスターにしまうと、ポケットにしまっていた立方を投げ捨てた。
「覚悟を捨てるのか? マティアス!」
「お前がそれを言うのか?! お前はただの死にたがりだ!」
「わかってねぇな! 全然わかってない! あたしの覚悟は死ぬことじゃあない」
リディはかぶりを振ってから、マティアスを睨み付けた。
「あたしの覚悟は、二人を守り抜くために、アンタを倒すことだ!」
「うるさい! 黙れ!」
リディの気迫に気圧されたマティアスは声を荒げた。
「運命を変えるのは俺だ! 変えてやる! お前と相撃ちなんてまっぴらゴメンだぜ!」
すると、リディはニヤリと笑う。
「つれないことを言うなよ。美少女と心中が出来るんだ。もう少し喜んだらどうだ?」
(こっちは願ったり叶ったりだ――)
リディは思う。
(三人がかりでようやく対等に渡り合えるアンタを相手に、相撃ちならソレこそ上等だ――大金星だよ……)
マティアスが左手に持っていた打刀を放り投げた。
(もう、巻き戻しの必要はない――)
(あたしの覚悟は決まっている)
これで――決着だ。
リディは至宝を解除した。
時は静かに動き出す。
けれども、リディには周囲の物音は一切聞こえてこなかった。
静寂に包まれている。そんな感覚だった……。
リディは肩の力みが抜けていた。
そして、目の前にいる男の一挙手一投足に全神経を集中させていた。
打刀の落下音――。
リディにはマティアスの動きがスローに映って見えた。
マティアスと対峙して、幾度となく見続けた抜き方だった。
けれども、今までとは少し見え方が違っていた。
(やけに慎重に銃を抜くじゃないか……マティアス)
マティアスの動きが遅く見えていた。
(今回は、あたしの方が早いぜ!)
リディは腰の位置から流れるように、マティアスよりも早く銃を抜いていた。
すでにトリガーは引き絞っていた。
そして――左手を撃鉄めがけて振り落としていた。
この一瞬のみ、リディが優勢に立った。
ファニング!
二つの銃声が駐車場に轟いた――。
笑みを浮かべたマティアスが、次第に苦悶の表情に変わっていく。
ドサッ……と、膝をついて座り込む。
腹部に走る痛み……。
まさか……と思いつつも、マティアスは痛む箇所を左手で触れていた。
生暖かい液体の感触が、指先を伝って流れていく。
「この……俺が――外した……だと?」
マティアスは、対峙する少女を、恨めしそうに見つめた。
だが、彼女が倒れる気配はなかった。
リディは無意識に呼吸を止めていた。
息苦しさから解放されるべく、思い出したように深い呼吸を数回ほど繰り返した。
視界が広がる中、ようやく事の顛末が見えてくる。
膝をついたマティアスは腹部に手を当てていた。
(ハァ…ハァ……勝ったのか……? だけど、あの彼奴が外した……?)
リディは左胸のあたりを弄るが、痛みもなく、出血もしていなかった。
(じゃあ……銃弾は――?)
不思議に思い、辺りを見回していた。
すると、視線の先に空中で制止している銃弾を見つけた。
思わず顔がほころんでいた。
(シャルの野郎……)
空間の支配能力――至宝が、ピンポイントで透明な防御壁を作ってくれていたのだ。
(あたしが仲間を助けるつもりだったんだが……。あたしも仲間に助けられたのか――)
不意に緊張の糸が、ぷつりと切れた。
疲れが重みと共に、どっと押し寄せていた。
リディは重力に逆らうことは出来ず、膝をついてへたり込んでしまった。
「リディ!」
声と共にルーが駆け寄ってくると抱きついてきた。
「だ、大丈夫ですか?! 怪我は? 痛むところは――」
「大げさだな……。おい……ルー……どこ触っているんだ?」
ルーを引き剥がしながら、リディは立ち上がる。
「よ! お疲れ」
シャルが手を上げて声を掛けてくる。
リディはその手にハイタッチする。
「サンキューな、シャル! 助かったよ」
「ルーにも礼を言っておけよ」
「ルーに?」
リディは驚いた表情で、引っ付いてくるルーを見つめる。
「貴女が立方を気にしていましたからね。マティアスが使用している隙に立方の情報を支配してみました」
「え? 支配……? そんな簡単に……?」
ルーがニコリと微笑む。
「ええ。意外と簡単でしたよ。ですから、能力を複製して至宝に貼付してみました」
(おいおい……マジかよ?)
「まさか……至宝で、立方の能力を疑似動作したってか?」
ルーはこくりと首肯いた。
「解析も案外簡単でしたよ。疑似動作はぶっつけでしたけど」
(ハハハ……あっさりと、とんでもねぇ事をするお嬢様だ……)
リディは空笑いをするしかなかった。
「ルーが至宝で銃弾の軌道を予知して、俺に指示を出したんだよ」
リディは目頭が熱くなるのを感じた。
「サンキューな、ルー、シャル……」
(あ……そうだ。もう一人……いた。息せき切って駆けつけてくる奴が――)
「それから――」
リディは非常口の鉄扉を見つめる。
シャルとルーは不思議そうにリディが顔を向けた先を見つめた。
すると——勢いよく扉が開く。
「よう! 色男! サンキューな」
リディは息を切らして現れた少年にウィンクをしてみせた。
「お前たち……」
クリスは安堵した表情で、三人を見つめた。
「無事だったんだな?」
「貴方こそ、大丈夫でしたの? その様子からすると……逃げてきたのかしら?」
クリスは鼻を鳴らして、ルーを睨み付ける。
「お前こそ、二人の足を引っ張っていなかったか?」
ルーとクリスが言い合いになりかけた時だった。
「フフフフ……銃士が……四人――」
クリスたち四人は、声のする方へ向き直る。
「俺では……なかったんだな……」
掠れた、絞り出すような声だった。
「マティアス……あんた――」
ルーたち三人の銃士は、マティアスの元へと駆け寄った。
クリスも後ろからついて行く。
「もう……話さない方がよろしいですよ。致命傷です……」
「相変わらず……可愛くない奴だ……」
苦痛に歪んだ顔だったが、マティアスは冷笑を浮かべた。
「それくらい……わかっている」
「だったら何故……?」
「遺言だ……。俺から……お前たちへの――」
マティアスは腹部を押さえ、痛みに耐えながら声をひり出した。
「今さら、遺言だと! 何を今さら――」
憤るシャルを、リディは制止させた。
「聞かせろよ、マティアス……」
苦悶の表情からわずかに笑みを浮かべる。
「王国は滅んだんだ……。若いお前たちが……王国の呪いに……縛られる必要は……ないんだぜ」
「何だよ……それ……?」
リディはポツリと呟くと、歯を食いしばった。
ルーとシャルもそれぞれの感情を抑え込んで、マティアスの遺言を聞いていた。
「マティアス……アンタほどの人がどうして盗みに手を染めた? あたしにはそれがどうにも引っかかる」
リディは耳元に話しかける。
マティアスは痛みをこらえながらリディを見つめる。
「娘……だよ。娘の命と……引き換えに――取引したのさ……」
「取引……? 誰だ?! アンタに取引を持ちかけたのは?」
リディは声を荒げた。
「監……獄王……と名乗る……男さ」




