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マリアージュの銃士隊  作者: ミナモ
第九章

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第六十三話「抗う覚悟、受け入れる覚悟」

 

「覚悟だと?」


「ああ、そうだ。時が止まった世界では予知も予測もできない。だからアンタが視ているのは——おそらく、時が動き出した世界なんだろ?」


 マティアスは黙ったまま睨み付ける。


「正解のようだな。だったら、アンタが視ているのは、あたし達の決闘の結末のみだ。つまり逃れることの出来ない運命を、アンタは視ているんだよ」


「ふざけるな! 俺に、その運命を受け入れろと? だったらお前はどうなんだ? お前は運命を受け入れるのか?」


 リディは首を横に振る。


「あたしは運命に抗う覚悟を決めた。運命なんて視ない! あたしは、この手で運命を変えてみせる! だから、アンタはあたしが変えた運命を受け入れる――その覚悟を決めろ!」


 マティアスは歯を食いしばる。


「勝手なことを! 本気で、俺に勝てると思って――」


「勝てる勝てないじゃない。これは競技じゃないんだ! あたしらがやっているのは――命のやり取りだ! ほら! さっさと準備をしな!」


 マティアスは鼻を鳴らすと、渋々であったがリディと対峙した。


 通算26回目の早撃ちが始まった――。


 全神経を右腕に集中させる。


(落ち着け……リディ。集中だ。マティアスに当てることだけに集中しろ!)


 あの合図――。


 ――銃声。


 衝撃――。


 ドサリ……と、リディは膝をついた。


 だが、対峙する男も左腕を押さえて片膝をついていた。


(やったぜ! マティアスに片膝をつかせてやった! こっちは――銃弾の位置がズレ……)


 遠のく意識の中、イメージした砂時計をひっくり返す。


 リディは再び時を巻き戻した。


 通算27回目――。


 マティアスは明らかに動揺しているのか、落ち着きがなかった。


「どうした、マティアス? 左腕が痛むのか?」


 マティアスは無言のまま睨み付けてくる。

 それを見て、リディは笑みを溢した。


「安心しろ。その痛みは一種の幻肢痛(ファントムペイン)みたいなモノだ。記憶を持って巻き戻った後遺症さ」


「――くっ! 正気か?! 貴様!」


 リディは(そら)笑いをする。


「さて、どうかな……? あたしは正気を保っている自信はない。死んだ痛みが記憶として残り続けているからな……」


「イカれてやがる……」


「最高の褒め言葉だって言わなかったか?」


 リディは銃をホルスターにしまった。


「ほら! さっさと始めようぜ。変わり始めた運命に怖じ気づいているのか?」


 マティアスは渋々だが、リディと対峙した。


「俺が怖じ気づいてるだと?」


「あたしにはそう見えているぜ。運命を変えるあたしを恐れている」


「冗談は止めろ!」

 二人は儀式のように対峙する。


 轟く銃声――。


 リディは膝をつく。

 そこまでは今までと変わらなかった――。


 だが、対峙する男は片膝をついただけでなく、左肩を押さえて苦悶の表情をしていた。


 痛みに顔をしかめたマティアス。


 突如――リディを睨み付け、持っていた拳銃の銃口をリディに向けてきたのだ。


 今までにない行動だった。


(マズい!)


 リディは慌てて時を巻き戻した。


「おいおい、マティアス……勝手に運命を変えようとするな。運命を変えるのは――このあたしだ!」


「ふざけるな! 何度も巻き戻して、運命を変えるだと?! そんなこと――」


「出来るんだよ!」

 リディはマティアスの言葉を遮った。

「アンタのその焦り方からも伝わってくるぜ。記憶を残して正解だったな……。また運命が変わったんだろ? 今度はどうなったんだ?」


「くっ! こんなことを繰り返して何になる……?」


「何になる? なんだ、その訊き方は?」

 リディは鼻で笑った。

「さては……今回でアンタも致命傷を負うようだな?」


「……」

 マティアスはリディから視線をわずかに逸らした。


「図星かよ……」

 リディは、くくくと笑う。

「ほら――さっさとやろうぜ」


 リディは銃をホルスターにしまう。

 しかし、マティアスは拒むかのように、動こうとしない。


「今更かよ……」

 リディは嘆息を漏らす。そして声を張り上げた。

「マティアス! 今になって運命を変えようとするんじゃねぇ!」


 リディの声に、ようやくマティアスは彼女を睨めつけた。


「何だと?」


「アンタは王国存亡の危機に何もして来なかったんだろ?! 共和国が誕生し、不要になった近衛省が腐敗していく中……アンタは見て見ぬふりを決め込んだ! さらにはソレに加担したんだ! 10年もの間、テメェは自らの意思で変えようとしてこなかったんだからな!」


「お前に何が分かる!」

 マティアスも感情を爆発させて怒鳴っていた。

「三銃士の子息として持て囃されて育ったお前たちに! 何が分かる!」


「わからねぇよ! アンタの心境に何があったのか、あたしは知らない。アンタは何も言わないからな!」


 リディは大きくかぶりを振った。


「アンタは傍観者なんだよ!」

 リディはマティアスを睨み付けていた。しかし、その瞳はわずかに潤んでいた。

「傍観者であるアンタの覚悟は——運命を受け入れることだ! 受け入れろ! マティアス!」


「ふ、ふざけるな! 俺が傍観者だと?! 勝手に決めつけるな!」


 マティアスは銃をホルスターにしまうと、ポケットにしまっていた立方(キューブ)を投げ捨てた。


「覚悟を捨てるのか? マティアス!」


「お前がそれを言うのか?! お前はただの死にたがりだ!」


「わかってねぇな! 全然わかってない! あたしの覚悟は死ぬことじゃあない」

 リディはかぶりを振ってから、マティアスを睨み付けた。

「あたしの覚悟は、二人を守り抜くために、アンタを倒すことだ!」


「うるさい! 黙れ!」


 リディの気迫に気圧されたマティアスは声を荒げた。


「運命を変えるのは俺だ! 変えてやる! お前と相撃ちなんてまっぴらゴメンだぜ!」


 すると、リディはニヤリと笑う。


「つれないことを言うなよ。美少女と心中が出来るんだ。もう少し喜んだらどうだ?」


(こっちは願ったり叶ったりだ――)

 リディは思う。

(三人がかりでようやく対等に渡り合えるアンタを相手に、相撃ちならソレこそ上等だ――大金星だよ……)


 マティアスが左手に持っていた打刀を放り投げた。


(もう、巻き戻しの必要はない――)


(あたしの覚悟は決まっている)


 これで――決着だ。


 リディは至宝(ボレロ)を解除した。


 時は静かに動き出す。


 けれども、リディには周囲の物音は一切聞こえてこなかった。

 静寂に包まれている。そんな感覚だった……。


 リディは肩の力みが抜けていた。


 そして、目の前にいる男の一挙手一投足に全神経を集中させていた。


 打刀の落下音――。


 リディにはマティアスの動きがスローに映って見えた。


 マティアスと対峙して、幾度となく見続けた抜き方だった。


 けれども、今までとは少し見え方が違っていた。


(やけに慎重に銃を抜くじゃないか……マティアス)


 マティアスの動きが遅く見えていた。


(今回は、あたしの方が早いぜ!)


 リディは腰の位置から流れるように、マティアスよりも早く銃を抜いていた。

 すでにトリガーは引き絞っていた。


 そして――左手を撃鉄めがけて振り落としていた。

 この一瞬のみ、リディが優勢に立った。


 ファニング!


 二つの銃声が駐車場に轟いた――。


 笑みを浮かべたマティアスが、次第に苦悶の表情に変わっていく。


 ドサッ……と、膝をついて座り込む。


 腹部に走る痛み……。

 まさか……と思いつつも、マティアスは痛む箇所を左手で触れていた。

 生暖かい液体の感触が、指先を伝って流れていく。


「この……俺が――外した……だと?」

 マティアスは、対峙する少女を、恨めしそうに見つめた。


 だが、彼女が倒れる気配はなかった。


 リディは無意識に呼吸を止めていた。

 息苦しさから解放されるべく、思い出したように深い呼吸を数回ほど繰り返した。


 視界が広がる中、ようやく事の顛末が見えてくる。

 膝をついたマティアスは腹部に手を当てていた。


(ハァ…ハァ……勝ったのか……? だけど、あの彼奴(マティアス)が外した……?)


 リディは左胸のあたりを(まさぐ)るが、痛みもなく、出血もしていなかった。


(じゃあ……銃弾は――?)


 不思議に思い、辺りを見回していた。

 すると、視線の先に空中で制止している銃弾を見つけた。


 思わず顔がほころんでいた。


(シャルの野郎……)


 空間の支配能力――至宝(カサブランカ)が、ピンポイントで透明な防御壁を作ってくれていたのだ。


(あたしが仲間を助けるつもりだったんだが……。あたしも仲間に助けられたのか――)


 不意に緊張の糸が、ぷつりと切れた。


 疲れが重みと共に、どっと押し寄せていた。

 リディは重力に逆らうことは出来ず、膝をついてへたり込んでしまった。


「リディ!」


 声と共にルーが駆け寄ってくると抱きついてきた。


「だ、大丈夫ですか?! 怪我は? 痛むところは――」


「大げさだな……。おい……ルー……どこ触っているんだ?」

 ルーを引き剥がしながら、リディは立ち上がる。


「よ! お疲れ」

 シャルが手を上げて声を掛けてくる。


 リディはその手にハイタッチする。


「サンキューな、シャル! 助かったよ」


「ルーにも礼を言っておけよ」


「ルーに?」

 リディは驚いた表情で、引っ付いてくるルーを見つめる。


「貴女が立方(キューブ)を気にしていましたからね。マティアスが使用している隙に立方(キューブ)の情報を支配してみました」


「え? 支配……? そんな簡単に……?」


 ルーがニコリと微笑む。


「ええ。意外と簡単でしたよ。ですから、能力を複製(コピー)して至宝(マルコポーロ)貼付(ペースト)してみました」


(おいおい……マジかよ?)


「まさか……至宝(マルコポーロ)で、立方(キューブ)の能力を疑似動作(エミュレート)したってか?」


 ルーはこくりと首肯いた。

「解析も案外簡単でしたよ。疑似動作(エミュレート)はぶっつけでしたけど」


(ハハハ……あっさりと、とんでもねぇ事をするお嬢様だ……)

 リディは(そら)笑いをするしかなかった。


「ルーが至宝(マルコポーロ)で銃弾の軌道を予知して、俺に指示を出したんだよ」

 リディは目頭が熱くなるのを感じた。

「サンキューな、ルー、シャル……」


(あ……そうだ。もう一人……いた。息せき切って駆けつけてくる奴が――)


「それから――」


 リディは非常口の鉄扉を見つめる。


 シャルとルーは不思議そうにリディが顔を向けた先を見つめた。

 すると——勢いよく扉が開く。


「よう! 色男! サンキューな」

 リディは息を切らして現れた少年にウィンクをしてみせた。


「お前たち……」

 クリスは安堵した表情で、三人を見つめた。

「無事だったんだな?」


「貴方こそ、大丈夫でしたの? その様子からすると……逃げてきたのかしら?」


 クリスは鼻を鳴らして、ルーを睨み付ける。


「お前こそ、二人の足を引っ張っていなかったか?」


 ルーとクリスが言い合いになりかけた時だった。


「フフフフ……銃士が……四人――」


 クリスたち四人は、声のする方へ向き直る。


「俺では……なかったんだな……」

 掠れた、絞り出すような声だった。


「マティアス……あんた――」


 ルーたち三人の銃士は、マティアスの元へと駆け寄った。


 クリスも後ろからついて行く。


「もう……話さない方がよろしいですよ。致命傷です……」


「相変わらず……可愛くない奴だ……」

 苦痛に歪んだ顔だったが、マティアスは冷笑を浮かべた。

「それくらい……わかっている」


「だったら何故……?」


「遺言だ……。俺から……お前たちへの――」

 マティアスは腹部を押さえ、痛みに耐えながら声をひり出した。


「今さら、遺言だと! 何を今さら――」


 憤るシャルを、リディは制止させた。


「聞かせろよ、マティアス……」


 苦悶の表情からわずかに笑みを浮かべる。

「王国は滅んだんだ……。若いお前たちが……王国の呪いに……縛られる必要は……ないんだぜ」


「何だよ……それ……?」

 リディはポツリと呟くと、歯を食いしばった。


 ルーとシャルもそれぞれの感情を抑え込んで、マティアスの遺言を聞いていた。


「マティアス……アンタほどの人がどうして盗みに手を染めた? あたしにはそれがどうにも引っかかる」

 リディは耳元に話しかける。


 マティアスは痛みをこらえながらリディを見つめる。


「娘……だよ。娘の命と……引き換えに――取引したのさ……」


「取引……? 誰だ?! アンタに取引を持ちかけたのは?」

 リディは声を荒げた。


「監……獄王……と名乗る……男さ」


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