第六十二話「死を越える覚悟」
クリスは辺りを警戒しながらリディを抱きしめていると、『いつまでそうしているつもりじゃ?』と背後から声が聞こえてきた。
「マレーネ? お前……何処に行っていたんだ?」
『妾のことは良い。それよりも、其奴を解放したらどうじゃ。なんだか触り方が何かいやらしいのぉ』
「お前が……抱――お……」
クリスの腕の中でリディがムクリと動いたので、慌てて彼女を解放する。
すると、リディは何事もなかった様に、やおら起き上がった。
クリスから視線を逸らしながらリディは、涙で濡れた瞳を拭った。
「おい……リディ、大丈夫か?」
「ああ……もう、大丈夫だ。みっともないところを見せたな……」
クリスに声を掛けられるが、リディはそう言ってクリスの後ろにいるマレーネの方へと歩いて行く。
「じゃあ、マレーネ様——仰せのままに。彼奴を倒してくる」
リディは何故かマレーネの名前を口にして、深々と頭を下げた。
『うむ……。期待しておるぞ、リディ』
二人は顔を見合わせると、フッと笑みを浮かべた。
「え? マレーネ? リディ……まさか……視え――」
「色男!」
リディは振り返り、クリスを睨めつけて指さす。
「アンタは知らなくて良いことだ。これはアタシの場面だ」
「リディ、お前、何を言って――」
「至宝!」
リディは懐中時計を握ると、至宝を発動させた。
◇◆◇
『至宝の扱い方は願望とイメージの二つが重要じゃ。願望が動力となり、イメージが制御に繋がる。お前は今悔いておる。過去に戻りたい、時を戻したいという強い願望が、そのまま至宝の動力となるはずじゃ』
「あたしはルーとシャルを助けたい。時を巻き戻せれば、助けられる」
『それで良い。その思いがあれば時を巻き戻すことは容易じゃ。あとはイメージだけじゃ』
「でも、イメージって――」
『お前は至宝を使用するときに何をイメージしておるのじゃ?』
「時計そのままですよ……? 何の捻りもないです」
『そのまま……?』
マレーネは眉根を寄せる。
『ふむ……では、種類は?』
「……種類?」
『デジタル式とか機械式とか……時計にも色々と種類があるじゃろ?』
「え~と……イメージするのは機械式かな」
リディは上目遣いに考え込む。
『機械式……? ……歯車の?』
マレーネは顎をつまみ、ふむふむと考え込む。
『リディ……お前は塋域で至宝を使用したとき、時を加速させなかったか?』
「あれは物体に限定していたから……」
『もしや、支配する範囲によってイメージする時計の大きさを変えておるのか?』
リディは頷く。
「全体に効果を与えるなら、見晴らしの良い丘の上に建つ時計台かな……。大きい方が効果ありそうでしょ?」
マレーネはニヤリと笑った。
『なるほどのぉ……よくわかった』
「何がわかったんです?」
『お前は正確なイメージ像を脳内に作り上げる事ができる。じゃがそれゆえにイメージの固定化に繋がっておる』
「固定化……? じゃあどうすれば?」
『簡単じゃ。イメージ像を変えれば良い』
リディはため息をついた。
「マレーネ様……簡単に言いますがね。それができたら――」
(苦労はしない……)
肩を竦めて、そう言いかけた時だった。
『情けないことを言うでない。卿は妾の臣下なのじゃ。できないワケがなかろう? ちょいと妾の側に寄るが良い』
マレーネは微笑みながら、手招きをする。
リディは玉座まで歩みを進めると、マレーネが耳打ちをした。
◇◇◆
リディは瞼を閉じる。
まずは深呼吸そして……脳裏に時計を思い浮かべる。
(まずは集中してイメージ像を作り上げる――)
リディはマレーネのアドバイスを思い出す。
『機械式の時計台は、歯車は巨大で動力も膨大、その様にお前は認識しておる。そのイメージこそが時間停止や時間遡行を難しくしておる。ならば――イメージする時計の種類を変えれば良い』
リディは脳裏に思い浮かべた時計は――。
構造が単純な砂時計。
落ちる砂の量は一定——。
その定量分、確実に時間が流れて落ちていく。
(だったら、これをひっくり返せば――)
脳裏に思い浮かべた大きい砂時計を——ひっくり返す。
すると――。
時間が流れ落ちていく方向が変わるのを感じた。
(ナイス! ナイスなアドバイスだぜ……マレーネ様)
◆◇◇
リディは5分ほど時間を巻き戻す。
5分前……マティアスが跳弾による攻撃を躱した所で、砂時計を再び反転させた。
時が流れ始める――。
リディはマティアスの正面約15メートルの地点で立ち止まる。
マティアスは周囲を探るように辺りを見回していた。
(ここからだ! ここからが勝負だ!)
「シャル! その場で待機だ! 絶対に飛び出してくるなよ!」
リディは駐車場内に響き渡るほどの声量で、シャルに呼びかけた。
「おい! リディ! 急にどうした?!」
当然、シャルの疑問の声が返ってくる。
「いいから! その場から動くなって言っているんだ! 色男! それから、ルー!」
「な、なんですか?!」
シャルの声とは反対方向から、ルーの声が聞こえてくる。
「あたしの認識阻害を解除してくれ!」
「リディ?! 貴女、何を――」
「此奴を倒す方法を思いついた!」
「「な?!」」
「お前……何を――」「危険です!」と、二人の驚く声が同時に聞こえてくる。
「いいから! 心配するな! あたしが何とかする! だから! あたしの認識阻害を解除しな!」
ルーは逡巡しているようであった。返答が返ってくるのに間があった。
「わかりました! その代わり無茶はしないでください!」
「わかっているよ……。何度か死ぬくらいだ――」
リディは小さく呟いた。
すると正面に立っているマティアスが、リディに気づいたのかニタリと笑みを浮かべて見つめてきた。
「やはり其処にいたか……。だが、どうしたんだ? 認識阻害が解除されているぜ。仲間割れか?」
リディは鼻で笑う。
「心配するな。お前を倒す方法を見つけたから、解除してもらっただけだ」
「俺を倒す? お前ひとりでか?」
マティアスは、くくくと笑い始める。
「お前たち三人掛かりでも俺を倒すことはできないぜ」
「そいつはどうかな?」
リディは脳裏に思い浮かべた砂時計を横倒しにした。
砂の一粒一粒が時間という認識。
倒された砂時計の中にある砂は、動かない。
即ち、時間が止まる――。
静寂が、マティアスとリディを包み込んだ。
やがて、周囲の音が消える。
「まさか……時間停止――?」
辺りを見回したマティアスが呟いた。
「ああ、そうだぜ。これでお前とあたしの二人っきりだ」
「お前……いつの間に――?」
「イメージだ」
リディは人差し指で頭をトントンと叩く。
「イメージが出来れば容易かったぜ。アンタの言うとおりだ」
「だったら、俺を動けるようにしているのはどういう了見だ?」
「ある高貴な方と誓ったんでね。正々堂々とアンタを倒すとね」
「呆れるぜ」
マティアスは鼻で笑った。
「そんな誓いは、この国では意味がない。無価値なんだぜ」
「価値があるかどうかは、あたしが決める。それに——アンタの持ってる立方の未来予知は使えないだろ?」
リディはマティアスのホルスターに仕舞った立方を指さした。
「止まった世界に、未来は訪れないからな!」
「なるほど……考えたな」
マティアスはニヤリと笑った。
「だが――そう思い通りにいくかな?」
「御託はいい。さっさと決着をつけようぜ」
リディは銃をホルスターにしまう。
笑みを浮かべていたマティアスの表情が変わった。
「俺に勝てると本気で思っているのか?」
「早撃ちだ」
「OK……付き合ってやるよ」
マティアスは呆れたように肩を竦めると、銃をホルスターにしまい、左手に持っていた打刀を放り投げた。
「落ちた瞬間だ」
リディは頷いた。
回転しながら打刀が頭上に上がる。
二人は対峙して構えを取った。
落下音と同時――。
二人は銃を抜いた。
腰の位置からの――ファニング!
銃声が同時に響き渡る。
――くっ!
リディは左胸に衝撃を感じた。
「残念だったな。俺には視えていたぜ……お前が倒れる未来がな――」
マティアスの声は、リディには届いていなかった。
リディは膝から崩れ落ちた。
止まっていた時が――抗えずに、ふたたび動き始める。
(心臓直撃かよ……。早いだけでなく……正確じゃないか……。だけどな――)
(こっちも覚悟ができているんだ!)
リディは意識が遠のく中、再びイメージした砂時計をひっくり返す。
(マティアス……付き合ってもらうぜ。お前が倒れるまでな!
◇◆◇
(痛ってぇ! 何度目だ……? 死ぬほど痛いのは分かっていたが――)
リディは至宝を駆使して、マティアスに勝負を挑んでいた。
時が止まった世界で早撃ちの勝負をする。
負ければ、再び死ぬ直前まで時を巻き戻して、再度、勝負を仕掛ける。
その反復を繰り返していた。
その数は——二十回を超えていた。
(この痛みは罰だ――)
リディは遠のく意識の中、その事だけを考えていた。
(二人を見殺しにした罰として受け入れる。だがな……あたしはこの痛みを糧にする)
時を戻しても記憶を残さなければ経験にはならない。
その代償が、死ぬ直前の記憶と激痛であった。痛みもまた記憶として残り続けた。
死線を越えた経験を、すでに二十回以上はしていた。
にもかかわらず、いまだにマティアスの技量に追いつくことができないでいた。
(ちくしょう! また……ダメだ。それにしても……彼奴の野郎……どういうワケだ?)
銃弾に心臓を貫かれ、遠のいていくわずか数秒の意識の中でリディは考えを巡らせた。
(彼奴は、どうして……ああも冷静でいられる? 生き死にを賭けた決闘だぜ。それがまるで——スポーツ競技みたいに?)
(もしかして、あの野郎……)
ふとリディの脳裏に、ある疑念が浮かんだ。
(予知は封じたつもりだったが――視えているのか?)
リディはほくそ笑んだ。
(なるほど……だったら――)
リディは、時を巻き戻した。
(今回からは少し違うぜ、マティアス)
再び、リディはマティアスと対峙する所まで巻き戻す。
だが、今までとは違い、彼の表情に明らかに変化が現れていた。
マティアスは、苦虫をかみつぶしたような表情で、リディを睨み付けていた。
「どうした? 色男! そんなに顔をしかめて。イヌの糞でも踏んだか?」
そう言って、リディはおちょくるように笑った。
「貴様! 何をした?」
「何をした……?」
リディは鼻を鳴らす。
「訊かなくてもわかるだろ?」
「惚けるな! お前――」
「巻き戻したんだよ」
「巻き戻した? 時間を……か?」
マティアスは目を見開いた。
リディは肩を竦める。
「かれこれ……二十回以上巻き戻しているぜ」
「二十回以上だと?」
マティアスは絶句する。
「まあ、アンタの記憶を残したのは今回が初めてだ」
「イカれてやがる……」
マティアスが毒づいた。
「そいつは――最高の褒め言葉だ」
リディは銃をホルスターにしまった。
「その表情から察するに、視えているんだろ? だったら覚悟を決めな、マティアス! 起こるべく未来を受け入れる――それがアンタの覚悟だ!」




