第六十話「物語の外側」
「奴は――子供の右脚が切断されるところを見ずに帰ったのだ!」
監獄王はわなわなと肩を震わせていた。
「それから数日だ――」
監獄王はポツリと呟く。
「奴は――生体資産の凍結の命を出した」
「凍結……?」
「そうだ。凍結だ」
監獄王は鼻で笑った。
「先送りにしたのだ。何ひとつ解決などしないと分かっていながら――卑怯にも、自らの罪を子供達に押しつけて、闇に葬ろうとしたのだ」
ジャスティンとマルセイユの二人は、何も言えなかった。
「滅ぶべくして滅んだのだよ! 国王が自ら、責任を放棄したのだからな!」
監獄王は荒げた語気を抑えるために、大きく息を吸って吐いた。
応接室にいる者たちは、監獄王の言葉を黙って聞いていた。
まるで自分たちの代弁者であるかのように――。
やがて落ち着きを取り戻した監獄王は、ふたたび話を始めた。
「2136人の子供達は、部位を奪われることはなくなった――けれども、国王に押しつけられた罪を償うべく、禁固刑に処されることになった」
「……禁固刑?」
「自由が与えられたわけではないのだ。先ほども言ったが、監獄としての機能は十分すぎるほどだ。独房のみの囚人隔離設計。オートメーション化による無人看守システムが、粛々と彼らに刑を執行していった。だが——それも長くは続かなかった」
「凍結された資産の解除を――貴族たちが要求したのだろう?」
ジャスティンは、やりきれないとばかりに、かぶりを振った。
容易に想像は出来る。
(自分の資産を勝手に凍結することを貴族たちは許さないだろう。たとえ、この国の王であろうと……)
監獄王は静かに頷いた。
「その通りだよ、ジャスティン君。隣国との国境に接した領地をもつ貴族たちは凍結の理由を知りたがった。当然だ。彼らは貴族であるが、国のために自らを犠牲にした愛国者たちなのだ。生体資産を凍結されてしまえば――助かる命も助からなくなる」
「当然、不満は噴出するだろうね」
ジャスティンも肩を竦める。
「だから理由を求める嘆願書が次々に王邸宮に届けられることになった。さらに極めつけが、国の防衛を担っていたヴァーダミル侯爵をはじめとした、名だたる諸侯から批判の声があがった」
監獄王はゆっくりと首を横に振った。
「自らの決断のツケが回ったのだ……。板挟みになった国王は、精神が疲弊していった。そこに——フォルトスラーバがつけいった。あの男の甘言に、国王は愚かにも、一点の希望の光を見いだそうとしたのだ。私に言わせれば、誘引灯にあぶり出された虫のようなものだ。希望の光ではない。現実から目をそらすための幻想の光――」
「もったいぶらず教えてくれ! 国王は何をしたんだ?」
ジャスティンは身を乗り出していた。
「ジャスティン君、君の期待を裏切るようで悪いが、国王は――貴族たちの要求に屈したのだ」
監獄王は鼻で笑う。
「生体資産の凍結を解除し、それと同時に、相互主観的契約を結ばせる命を下したのだ」
ジャスティンは、聞き慣れない言葉に、眉を顰めていた。
「相互主観的契約……?」
「結局の所、国王は逃げたのだよ――文字も言葉も解らぬ者たちに文面を読み聞かせて、強制的に血判を押させたのだ!」
「契約の内容は?」
すると、監獄王の隣に座る侯爵が胸ポケットから折りたたんだ紙片を伸ばしてテーブルに置いた。
ジャスティンは身を乗り出して、契約書の内容を確認していった。
「一.自己の存続または機能維持のために、相互の身体構成要素を医学的・技術的判断を理由として、使用・移植・交換することに同意するものとする」
(この文言によって、どちらもが相手側に対し、失った部位の提供や交換ができるということか……)
「二.双方いずれかが消失・損壊・または機能停止した場合に、他方がその存在を代替することに同意するものとする」
(今回の件に照らせば、フェルナンBが亡くなった場合、フェルナンAが置き換わることを可能としている)
「三.本契約に血をもってこれを証する者は、己が身体・生命・存在のすべてを相互に等価のものとして扱うことに同意するものとする」
(つまり……血判によって、フェルナンAもフェルナンBも同一の存在であると認めている)
ふと視線が気になり顔を上げると、侯爵がジャスティンを見つめていた。
「同一の存在が一方を絞殺しただけですよ――警部」
理解したが理解したくなかった。
「まさか……契約内容により、返してもらっただけなのか? 腕と脚を……。だから……」
ジャスティンは固唾を飲み込んだ。
「抵抗される前に、殺したのか」
侯爵は静かに頷いた。
「ええ。その通りです」
応接室が静まりかえる。
侯爵は一呼吸の後に話を始める。
「私は監獄王の支援により、言葉を覚え文字も書けるようになりました。知識を得た私は、この契約が相互主観的な契約であることを理解しました。だから、私はフェルナンに宛てて手紙を送りました。警部もご存知のハズでしょう?」
ジャスティンは小さく頷いた。
書斎の抽斗の奥に入っていた手紙。
汚い文字と拙い文章――けれども切実な内容が認められていた。
「フェルナンからの返答はありませんでした。そして指定した場所にも現れませんでした」
「契約書にサインしておきながら反故にできると思っていたようだ。だから、私が受任通知書を送りつけたのだ。ま、それも燃やされたがね……」
監獄王が鼻を鳴らす。
「私は、監獄王たちとここに集う仲間達の協力によりフェルナンから右腕と右脚を返してもらいました。今ではご覧の通り――」
侯爵は立ち上がると、右手と右脚を動かして見せてくれた。
「契約書にあるとおり、あくまでフェルナンと私は同一の存在と見なされています。であるのなら、私が彼を絞殺していますが――」
侯爵はジャスティンを見つめた。
自分の正当性を何一つ疑うことのない眼差しだった。
「自殺が成立します」
応接室に拍手が上がる。
監獄王と暖炉の近くに並ぶ六人の男達が拍手を送った。
「素晴らしい! 見事なロジックだ。この劇の終演にふさわしい!」
監獄王は立ち上がり、侯爵をたたえる。
「さあ! 皆さん、ここで幕を下ろすとしましょう!」
「待ってくれ――」
ジャスティンの呼びかけに、拍手は止み、監獄王はゆっくりと向き直る。
「まだ……何か?」
その声には、拒絶ではなく――興を削がれた不快さが滲んでいた。
「一つ気になるのだが――」
ジャスティンは応接室にいる者たちを見回す。
まさかと思った。
けれどもジャスティンはそれを聞きかけた。
「切断した腕や脚が、そんな簡単に接ぐことが――」
「ジャスティン君!」
すると、監獄王はそれを遮った。
「つまらない詮索をするものではないよ。劇は終演を迎えた。幕は下りたのだ――。カーテンコールは盛大な拍手のみだ」
そう言って、監獄王は大きな拍手を始めた。
そして、応接室にいる皆が、それに応えるように拍手を始めた。
ジャスティンとマルセイユの二人は、その外側に追い出されていた。
「アンタは虚構と現実の区別もつかないのか?」
ジャスティンは立ち上がって監獄王に詰め寄った。
「口を開けば物語だの劇だとか!」
「言ってくれるじゃないか!」
「お二人ともおやめください」
侯爵が止めに入ってきた。
「警部――我々にとって物語は必要不可欠なのです」
侯爵は静かに言った。
「独房に閉じ込められていた我々には、過去がない。だからこそ、未来を与えてくれる物語が必要なのです」
「復讐の物語だと言いたいのか?」
「いいえ。簒奪行為の代償は簒奪行為によって成される――いわば教訓の物語です。私は腕と脚を返してもらっただけでなく、このルヴェの領地を、正当な権利によって手に入れました」
監獄王は笑った。
「生きる理由だよ。生体資産として生まれた彼らには、それぞれの物語が必要なのだ。それは人として生きるための指標だ。貴族たちのように踏み間違わないためのね……」
「アンタはすでに踏み間違えてるよ!」
ジャスティンはそう言いつつ感情を抑えこむ。
「……俺は、あんたの物語には入らない」
頭を振って、静かに宣言した。
「外側から――この目で確かめる。それだけだ」
すると、監獄王が笑った。
しかし不快な笑いではなかった。爽やかな、まるでエールを送るかのような笑い。
「ああ、それでいい! 君は私の物語では物足りなかったのだ。であれば――」
監獄王はジャスティンを指さした。
「君の物語を始めるしかなかろう」
「ああ、その時は——アンタも俺の物語に引きずり込んでやるよ、監獄王」
ジャスティンの宣戦布告だった。
「面白いじゃないか。その時は、カメオ出演くらいならしてあげるよ」
ジャスティンと監獄王――両者は互いに睨み合った。
不満げな表情で、ジャスティン鼻を鳴らすと——。
「マルセイユ……帰るぞ」
そう言って、踵を返す。
扉へと歩き始めたジャスティンだったが、途中で振り返った。
「ああ――そうだ、監獄王。聞き忘れたことがあった」
「まだ、何か?」
「これが最後だ。ノスフェラトゥ連続猟奇殺人事件のすべてが自殺で片がつくとして――テトレー伯爵の事件、あれはアンタが殺ったのか?」
「ああ……アルフォンソ・テトレーか。彼には私怨があったことは認めるよ――。だが、私は手を下していない。自らの意思で選んだ結果だ」
「俺が報告書を書くんだ。もう少し協力してくれないか?」
「そういうことか……。だったら、こう書くといい。彼は求婚を断られたのだ。失意により自らの命を絶ったのだよ」
ジャスティンはため息を漏らす。
「老人が年甲斐もなく……ね。それで自殺か――ありがとよ」
軽く手を上げると、応接室を出ていこうと踵を返す。
すると――。
「ああ、デュヴァルに送ってもらうといい。それからメルシーによろしく伝えておいてくれ、ジャスティン君」
監獄王の言葉に、ジャスティンとマルセイユは同時に振り返った。
「どうして……貴方が、メリシア様の愛称を?」
目を丸くしてマルセイユが監獄王に訊ねたのだが、彼は振り返ることもなく、まるで彼女の声が聞こえていないかのように侯爵と談笑をするのだった。
「行くぞ、マルセイユ……」
ジャスティンは何も言わずに応接室を後にする。
「で、ですが……!」
マルセイユは部屋を出て行く監獄王と侯爵に会釈をして、慌てるようにして応接室を後にするのだった。




