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マリアージュの銃士隊  作者: ミナモ
第八章

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第五十九話「生体資産の真実」

 

「さて……君たちの覚悟が決まった所ではあるのだが――すでに君たちは答えを知ってしまっているワケだ」


 そう言って、監獄王はジャスティンとマルセイユの二人を交互に見つめる。


 ジャスティンは何も言わずに監獄王を見つめ返す。


「だが、あえて質問だ。生体資産維持管理装置——この名称だけで、貴族たちはどういったモノを思い浮かべたと思うかね?」


 マルセイユは隣に座るジャスティンを一瞥してから、遠慮がちに話し始めた。


「私が最初に思い浮かんだのは——腕や脚といった部位パーツが分けられて……培養液に満たされた水槽の中に、浸されている光景でした」


「マルセイユ嬢——君は正しい」

 監獄王は満足そうに頷いた。


「その名前から、多くの貴族が――いや、人間が同じものを想像した。当然、国王も同じような装置を想像していた」


 二人は黙って、監獄王の話を聞いていた。


「だが、生体資産維持管理機構の存在すら、しばらくは意識の外に追いやられていたようだ。——多忙だったようでね」

 そう言って、監獄王は肩を竦めてみせる。


「そんなある日――暗殺未遂事件が起きたのだ」


「暗殺……?」


 ジャスティンの表情が曇る。


「君たち二人は、グランディール国王の姿を覚えているかな?」


 ジャスティンもマルセイユも直接国王に謁見したことなど一度もなかった。

 知っているのはモニター越しに映る物腰の優しい老人の姿だった。


「ああ、テレビでは何度も観た記憶がある」


「では、国王が常に左手に手袋を嵌めていたのには、気づいていたかな?」


 ジャスティンとマルセイユは顔を見合わせるが、どちらも知らない様子だった。


「まあ無理もない。老人の左手に興味を抱いたりはしないだろうからな」

 監獄王は小さく呟いた。


「彼の左手の親指、人差し指、そして中指は義指なのだ」


「……義指? ちょっと待ってくれ。それじゃあ――」


「だからだよ——」

 監獄王はジャスティンの言葉を遮った。

「だから、彼はまともだったのだ。少なくとも――他の貴族達よりは……」


 ジャスティンは口を噤んだ。

 応接室にしばしの沈黙が訪れた。


 暖炉にくべられた薪が、パチ…パチ――と弾ける音だけが時を刻んでいた。


「今から45年前……王国歴で言えば365年。この暗殺未遂事件については公表されてはいない」


 監獄王がゆっくりと語り始めた。


首都(グランディール)への帰路だった。首都(グランディール)を間近にしたトンネル内で国王が乗る馬車が襲撃を受けたのだ」


(……襲撃?)


「トンネルの入り口が爆破され、退路を断たれたのだ。逃げ場は200メートル先の出口しかなかった。だが、そのタイミングで対向車線を走っていた一台の車が、まるで狙いすましたかのように馬車に突っ込んだのだ――」


 ジャスティンはその光景を思い浮かべ、固唾を飲み込んだ。


「車の衝突を受けて、馬車は横倒しになった。そして、車から降りてきた数名の男達が、国王めがけて襲いかかったのだ。幸いにも護衛を務めていた銃士達の死力の奮戦により、国王は命だけは取り留めた」


「だが、暗殺者の兇刃を左手で受け止めたことで、指を失った――。この時ようやく、国王は生体資産のことを思い出したのだ」


 監獄王は鼻で笑った。

 その笑いには、軽蔑と諦念が混じっていた。


「実に――7年だ。自らが命令書にサインをしてから7年が過ぎている。ことの重大さに気がつくのには、長い年月だ!」


 怒りを抑え込むように、監獄王は、ふぅ……息を吐いた。


「国王はフォルトスラーバ侯爵を呼び出した。そして暗殺の件と指を失った件を侯爵に話して聞かせた」


 すると、フォルトスラーバは一瞬だけ言葉を選ぶように沈黙し、やがて畏まった。

 そして、一言――。


『陛下――。収穫には些か時期尚早かと……』


「その言葉に、国王はようやく疑念を抱いたのだ」


 監獄王は鼻を鳴らす。


「だが、何もしないよりはマシだ。国王は自らが施設の見学を望んだ。フォルトスラーバ侯爵は、国王の命を断ることは出来なかった」


 監獄王は何かを思い出すかのように、小さくため息を吐いた。


「国王は皇女神(すめがみ)マリアージュに関する資料を提供したことで、叡智に触れることが出来ると本気で思っていたのだ。マリアージュの秘術という幻想に囚われていたのだよ」


 再び……沈黙――。


「だが、蓋を開けてみれば――不完全な人工子宮により生み出された、自らの複製人間(ドッペルゲンガー)に過ぎなかった」


 監獄王の空笑い。


「監視室に並ぶ百を超えるモニターに、独房の映像が次々と映し出されていた。三歳から七歳の子供たち――」


「総勢2136人の子供達だ!」


 ジャスティンもマルセイユも息を飲み込んだ。


「そう――その表情だ」

 監獄王は、茫然とする二人を見つめていた。

「あの時の国王も君たちと同じ顔をしていた……」


「監獄王! あんたは——」


「ジャスティン君! これは国王の物語だ。国王の視点の物語――。私のことを気にしている場合ではない。重要なのは……だ」

 監獄王はジャスティンを指さす。

「重要なことは、国王が何を選び――。そして何を切り捨てたのか――。ただ、それだけの話しだ――」


(国王が選び……切り捨てた……?)


 監獄王は話しを続けた。


「フォルトスラーバ侯爵は、国王の生体資産(ドッペルゲンガー)をモニターに映し出し、国王にこう言った――」


『あと五年ほどお待ちください——』


『さすれば骨と骨とを接ぐことができましょう』


「モニター越しに見つめてくるあどけない少年を眺めながら、侯爵はにこやかに国王に説明して聞かせたのだ。だが、国王はモニター越しの子供の姿と若かりし頃の自分の姿を重ね合わせていた」



 ***


 愕然とする国王は――。

 まるで、動画として保存されている幼き自分を見返しているように感じていた。


『フォルトスラーバ……。卿は何を言っておるのだ? このモニターに映る幼子は——なんだ?』


 王としての威厳を気にすることもなく、訊ねていた。

 上ずり、震えた声だった。


 すると――。


『陛下の――生体資産でございます』


 フォルトスラーバは恭しく頭を下げた。


『生体資産? 卿には……生体資産に見えるのか?』

 国王は震える指でモニターを指さした。

『余には……幼子にしか見えぬぞ』


 国王の問いかけに、侯爵の説明はたどたどしさが増していた。


『人の部位(パーツ)を基に構成されております故――成長速度も……人と同じかと……』

 侯爵は一瞬、言葉を濁した。

『ですが! 人とは申せませぬ……』


『人ではない……と申すのか? 卿は――』


 国王が言いかけた折り、白衣姿の研究員らしき青年が、慌てた様子で監視室に飛び込んできた。


 青年は国王と侯爵を見て、片膝をついて頭を下げた。


『申し訳ございません!』


『何事だ! 陛下の御前であるぞ』


 国王の詰問から逃れるように、侯爵は青年に近寄ると叱責した。


 青年が侯爵に耳打ちをすると、侯爵は静かに頷いた。


『よし……わかった――。早速取りかかれ。陛下にご覧頂く――』


 侯爵が青年に囁いた。

 青年が監視室を後にすると、国王は侯爵に訊ねた。

 すると――。


『申し訳ありません、陛下――。たった今、ハルフォード子爵から緊急の要請があったそうです』


『ハルフォード子爵から……? 何事だ?』


 訝る国王に、侯爵は説明をする。


『ご子息が事故に遭われたとのことで……』


『事故に……?』


『はい。右脚を欠損したとのことで、至急、レイヴンズバーグ総合病院まで部位(パーツ)を出荷してほしいとのこと――』


『出荷――?』

 震える声を抑えながら、国王は血の気の引いた顔で侯爵を見つめた。


『陛下――今から収穫が行われます』


 侯爵は笑顔でそう言うと、大型のモニターに映像を映し出した。


 モニターには幼い少年が大の男二人によって、取り押さえられている映像だった。


 ***


「大の男が二人がかりで?」

 ジャスティンは訝る眼差しを監獄王に向けた。

「話からすると——まだ五、六歳児じゃないのか?」


「収穫の際には、痛覚は邪魔になるのだよ。泣き叫ぶだけならいざ知らず、自らの身体を傷つけたら目も当てられない。資産価値がなくなるからな」


 それを聞いたジャスティンとマルセイユの表情は一段と陰りが増した。


 監獄王は肩を落とし、首を横に振った。

「だが、痛みを知らないぶん加減が分からないのだ。必要以上に力が出てしまう。常にフルスロットルの状態だ」


 二人を見つめてから、監獄王は感情を爆発させた。


「だからこそ、壊れる! 壊れやすいのだ……」


 ***


 二人がかりで取り押さえた男の一人が、子供の首筋に注射器を突き立てた。


『筋弛緩剤で御座います』

 侯爵が先回りして説明を始めた。


『人とは思えぬ力故に――投与しております』


『それは子供の身体に――』


 侯爵は国王の言葉を遮るかたちで説明を続ける。


『はい。生体資産の価値が下がってしまうおそれがあります』

 侯爵は恭しく頭を下げた。

『ですので、義鋼堂に拘束用のスレイブリグを発注しております。いずれは弛緩剤の投与をすることなく収穫が可能になるかと……』


 モニターには手術台に寝かされる子供の姿が映し出されていた。


『もう……よい――』

 国王はモニターに背を向けた。


『陛下、今から――』


『よいというておる! モニターを消せ!』


 国王は苛立ちの声を上げた。


 だが——モニターは消えることはなかった。


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