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マリアージュの銃士隊  作者: ミナモ
第八章

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第五十八話「禁忌の機構」

 

 生体……資産維持管理――機構?


 その不穏な名称に、ジャスティンは眉を顰めてしまった。


 横目に視線を感じたのでマルセイユの方に顔を向けると、不安そうな眼差しで見つめていた。


 ジャスティンが首を横に振ると、彼女は小さく頷いた。


「やはり……君たちには知らされていなかったようだね?」


 侯爵は二人の表情を見て、どこか残念そうに呟いて口を閉ざす。


 代わりに監獄王が言葉を継いで話を始めた。


「富や権力、そして領地といった資産を増やし、あるいは維持したまま我が子に世襲させる。貴族たちは――いや、それは違うな……」

 監獄王は小さく首を振った。

「おそらく人間であれば、多かれ少なかれ、潜在的に誰もが持つ欲望なのだ」


 ジャスティンは黙ったまま、監獄王を見つめていた。


「だが、その欲望は生まれながらに特権を手にした者たちを、より深く狂わせていった。自らの肉体すら『資産』として管理しようと考えるほどに」


(自らの肉体を資産にする……?)


「だが、生体資産を最適なコンディションで維持し管理するためには、相応の施設と装置が必要になる」


 ぞくりと悪寒が走る。


「ちょ……ちょっと待ってくれ!」


 監獄王はかぶりを振った。


「いいや、待たないよ。君は知るべきなのだよ——」


 監獄王は大仰な言い回しから、声を張り上げる。


「――自律型生体資産維持管理装置の存在を!」


 応接室は静まりかえった。


(自律型生体資産維持管理装置……? なんだ……この違和感?)


 イヤな想像が頭を過った。


 ふと侯爵に視線を向けると、彼はゆがんだ笑みを浮かべてジャスティンを見つめ返してきた。


 吐き気を催しかけたジャスティンは、震える手で口元を覆った。


「どうかされましたか? ジャスティン様」

 マルセイユが心配そうに見つめてきた。


「なんだ……その……」

 ジャスティンは思考がまとまらず、視線が泳ぐ。

「何かを……隠そうとしている……耳障りな名称は?」


 高鳴る動悸を鎮めるべく深呼吸をした。


「気づいたのかな? 君は勘が鋭いからね」

 監獄王は声を潜めて笑う。


「ふざけるな! そんなことが――あるわけ……」

 ジャスティンは否定するかのように頭を振った。


「ジャスティン様……まさかその装置というのは――?」

 マルセイユも、侯爵の姿を見て、感づいたようだった。


 けれども、ジャスティンは何も答えなかった。自分自身が口にしたくなかった。


 ジャスティンは、かわりにある疑問を口にする。


「グランディール国王の名が出ていたが――国王が自ら関与していたのか?」


「当然だ!」

 監獄王は吐き捨てるように言い切った。


「国王こそが、永遠の特権を享受し続けたいと願っていたのだからな!」


 興奮する口調を押さえようと、監獄王は一つ深呼吸をする。


 ジャスティンとマルセイユは黙ったまま、監獄王の言葉を待っていた。


 やがて冷静さを取り戻した監獄王は、落ち着いた口調で語り始めた。


皇女神(すめがみ)マリアージュの加護があったとしても——自らの命は有限だ。だからこそ許可を出したのだ。生体資産維持管理機構の創設を——」


 一瞬の沈黙――。


「そのために、禁忌であるはずのマリアージュの秘術に関する文献を、フォルトスラーバ侯爵に渡したのだ」


「それは、まるで……国家包みのプロジェクトじゃないか?」


「ある意味そうだった……」

 監獄王は肩を竦めた。

「国王だけが恩恵を受けるワケではないのだ。爵位を手にしている者たちとそれに連なる一族に、無償で参加する権利を与えたのだ――」


 監獄王はそこで話を切ると、二人を見つめる。


「だからこそ――貴族の間で、秘匿されることになったのだよ!」


「……秘匿した? 参加した貴族の人数は?」


「初期の参加人数は2136人だ。参加希望者は、その倍の数はいた」


 ジャスティンは驚愕する。

「に……二千?! あり得ない! この現代において——」


「極秘裏に作れないと言うつもりかね?」

 監獄王がジャスティンの言葉を遮った。


「ジャスティン君、君が想像する施設とは、医療施設や研究施設なのではないのかな?」


「ち、違うのか?」

 ジャスティンは眉根を寄せる。


「当然だ。誰もが関心を持たず、目を背け、そして厳重な管理が怪しまれることのない施設だぞ」


「もしかして――監獄……なのですか?」

 マルセイユが自信なさげに答えた。


 すると対面に座る、監獄王と侯爵が頷いた。


「正解だよ――」


「か、監獄だと?」


「当時、王国内で民主化運動が始まりつつあってね。国王とフォルトスラーバ侯爵は、それを利用したのだ――」


「……実に、都合のいい話だ」

 監獄王は鼻を鳴らす。

「表向きは思想犯・政治犯専用の刑務所として――。生体資産管理機構が運営する施設をフォルトスラーバ領内に建設する命令書にサインをしたのだ」


「フォルトスラーバ領内に? そんな! 聞いたことがないぞ!」


「君が耳にしなかっただけだ。記録としてちゃんと残っている。調べればすぐに分かる」

 監獄王は素っ気なく答える。

「まあ、君たちのために簡単に説明するとだね、フォルトスラーバ監獄は——」


 監獄王は淡々と説明を始めた。


「独房のみで構成された囚人完全隔離設計なのだ。さらにオートメーションシステムの採用により、無人看守を実現している。看守による情報漏洩を防ぐために——」


 監獄王はふとマルセイユに視線を向けた。


「もちろん、猫一匹入る余地がないようにね」


 侯爵が、監獄王の説明を継ぐように口を開いた。


「信じてもらえないようですが——現に私は、一ヶ月ほど前まで収監されていましたからね」


「収監されて……?」

 ジャスティンは絶句してしまった。


「ええ。実に50年の長きにわたり、閉じ込められていました――」

 侯爵は昔を懐かしむような表情を見せる。

「簡素な独房(ホワイトルーム)でした。真っ白な空間にベッドとトイレ……あとは洗面台くらいしかありませんでした……」


「そ、そんな! 人道主義に反するようなこと――」


「あるのだよ! 残念なことだがこの国の闇は深い!」

 監獄王が押し殺した声で、ジャスティンの言葉を遮った。


「あくまで彼ら――収監された者たちは、貴族の資産という名目で生産された存在なのだ。貴族の予備の肉体を維持するための装置でしかなかったのだ!」


「だから——復讐したというのですか?!」

 ジャスティンは、侯爵を見つめる。

「本人を恨んで――」


「いいえ、違いますよ」

 侯爵は首を横に振った。


「我々は人ではありませんでした。あくまで貴族の資産として、その資産を維持管理するための装置という存在でした」


 ジャスティンを見つめてくる侯爵の顔に、表情はなかった。


「資産を維持管理するために必要な知恵や知識以外は、与えられていなかったのです。ですから、恨むという感情は抱きようがないのですよ」


「何だよ……それは――」


 ジャスティンは怒りのやり場を監獄王に移す。


「だとしたら、監獄王! 貴方が彼らを唆して焚きつけたのか?!」


 監獄王は肩を竦めて、呆れたと言わんばかりの大仰な仕草をした。


「生まれながらにすべてを与えられて育った者は想像力が欠如しているのだ。特に貴族は救いようがない。自らの罪を上塗りするように罪を重ねていく……」


「俺の質問に答えろ!」


「答える義理はないのだがね――」


 監獄王はジャスティンをギロリと睨み付ける。


「そこまで言われては仕方がない。教えてあげようじゃないか、ジャスティン君」


 監獄王はジャスティンに向けて指さした。


「その代わり、これから先は君にも覚悟をしてもらうよ」


「覚悟……?」


「ああ。知ることの覚悟だ。そして――知ったことを後悔しない覚悟だ」


 今までの芝居がかった口調ではなく、威圧感のある言葉だった。


「今ならまだ引き返せますよ」


 侯爵が乾いた笑みを浮かべていた。


 「知らないまま、報告書を書いた方が幸せかも知れません。貴方の上司は自殺で片付けてくれますよ」


「ああ、そうだな。知ってしまったら――君は引き返せなくなる。それは即ち――」


 監獄王は身を乗り出して、ジャスティンを見据えた。

 仮面に隠されているはずの笑みが、確かにそこにあった。


「――君自身の物語が始まるかもしれない」


 言い知れない不安。

 恐怖とはまた違う――。


 もっと根源的な感覚が、踏み込むことを躊躇わせた。


 すると――。


「でしたら――私がお供します」


 マルセイユだった。マルセイユは監獄王と侯爵の二人を見据えて、そう答えた。


「マルセイユ……お前――」


「私はジャスティン様の家猫ですよ」

 マルセイユはジャスティンに微笑みかける。


「よかろう! マルセイユ嬢が一緒であれば安心だ」


「お……おい! 何を勝手に――」


「お嫌ですか?」


 ずいと顔を近づけてくるマルセイユに、ジャスティンは何も言えなかった。


「か、勝手にしろ……」


 ジャスティンは顔を少し赤らめて呟くと、監獄王に向き直る。


「監獄王——話してくれないか」


「いいだろう……」

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