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マリアージュの銃士隊  作者: ミナモ
第八章

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第五十七話「自殺という結論」

 

「良いだろう。君の大きな勘違いはね」

 監獄王は立ち上がる。

「我々が、君が呼称するフェルナンBを殺したと思っていることだよ」


(おい! 何を言い出すんだ?)


「我々は殺していない」


(ふざけるな! お前たちが殺したんだろ!)


 ジャスティンは心の中で叫んでいた。

 すでに我慢の限界を超えていた。


「黙って聞いていれば、ふざけたことを!」

 ジャスティンはソファまで駆け戻ると、テーブルを挟んで監獄王に詰め寄った。


「確かに……君が言うように遺体を運び込んだのは我々かもしれない。だが、フェルナンBを殺してはいない」


「だったら! 誰が殺したというんだ?!」


 ジャスティンは監獄王に捲し立てていた。


「それを見つけ出すのが、君の仕事ではないのかね?」


 正論で問われ、ジャスティンは言葉に詰まってしまった。


「仮に我々が殺したとしてもだ――。それをどうやって証明するつもりだね?」


「証明……?」


 さらに監獄王の問いに、ジャスティンは黙るしかなかった。


 すると――侯爵がポツリと呟いた。


「監獄王――もう……いいですよ」

 侯爵は目蓋を閉じると、観念したように頷いた。


「侯爵……良くはないぞ。この男は我々を殺人者扱いしているのだぞ」


 監獄王は芝居がかった言い回しと大仰な身振りで、ソファに座る侯爵に反論するように促した。


 ジャスティンは、監獄王と侯爵のやり取りを怪訝な眼差しで見つめていた。


「ですが、監獄王……」

 侯爵は頭を振った。


「私がこの手で、彼の首に紐を巻き付けたのは事実です」


 侯爵は震える両手を見つめる。

 そして――両手で顔を覆った。


「それは自白ですか?」

 ジャスティンが訊ねる。


「……自白? そうなるのかな……」

 侯爵はおもむろに立ち上がり、ジャスティンを見つめる。


「私が君の言うフェルナンAだ。そして私が……フェルナンBを殺害しました」


 侯爵は自嘲めいた笑みを浮かべた。


「だから――」


 応接室にいる皆が、侯爵の次の言葉を待っていた。


「他殺ではなく、自殺――ということになるのです」


 それは思いも寄らない言葉だった。

 ジャスティンは、血の気が引いていくような脱力感に襲われた。


(……自殺? 自殺だと? 何を言っているんだ?)


「そういうことだ、ジャスティン君」

 監獄王は鼻で笑った。

「君の勘違いはね、この事件は他殺ではなく自殺だということだ」


(狂ってる……。コイツらには何を言っても無駄だ――)


 ジャスティンは怒りにまかせて、監獄王に掴みかかろうとした――その時だった。


「監獄王……」


 今まで黙って聞いていたマルセイユが、遠慮がちに手を上げた。


 監獄王と侯爵の視線がマルセイユに移った。


「私も、ジャスティン様と同様に、自殺という見解には納得がいきません」

 ギロリとした眼差しで、監獄王を睨んでいた。


「書斎にあった遺体は、右腕と右脚が切断されていました。さらにそちらにいらっしゃるフェルナンAによって絞殺されています。にもかかわらず、どうして自殺になりうるのか、ご教示願えませんでしょうか? もしかしてルヴェの領律に、その様な記載があるのですか?」


「いやはや、申し訳ない。貴女のことをすっかり忘れていた。平にご容赦を――」

 監獄王は丁重に頭を下げた。

「我々の説明不足だったね」


「ジャスティン様も落ち着いてください」

 マルセイユはジャスティンに顔を向ける。

「いつもの冷静さは何処に行ってしまわれたのですか?」


 返す言葉もなかった。


「悪かった……。相手のペースに乗せられていた」

 マルセイユに窘められたジャスティンは、大きく深呼吸をしてソファに腰掛けた。


 ジャスティンはテーブルに置いてあるカップの紅茶を飲み干した。

 喉の渇きを満たし、鼻から抜ける仄かな香りによって落ち着きを取り戻した。


「さて――まずは先ほどのマルセイユ嬢の質問から答えていきましょうか」

 そう口火を切ったのは侯爵だった。


「ああ、そうだな……。私も見落としていたよ。確かにルヴェの領律に『自殺であっても他殺と見なす』といった一文があれば」

 監獄王は首を横に振る。

「他殺になってしまう。今までの苦労が台無しだ」


「監獄王――その心配は無用ですよ」


 侯爵は笑みを浮かべると、テーブルの上に広げた領律書を、上から順々に指でなぞっていく。


「ご覧の通り――監獄王が危惧するような一文はありません。書き加えられた形跡も、消された形跡ありません」


「それならば、世はすべて事もなし――他殺ではなく、自殺で片が付く」


 ジャスティンは鼻を鳴らして、ソファに深く腰掛けた。


「ふざけるな! 俺が報告書を書くんだぞ!」


 ジャスティンは行儀悪くテーブルの上に片足をのせた。


「俺は納得していないんだ! お前たちの証言通りに、この事件を自殺で処理すると思っているのか?」


 すると、監獄王は思わぬ言葉を口にする。


「君の上司は確か……ベノア子爵の令嬢、ミシェル・ベノアではなかったかね?」


 上司の名前が出てきたことに、ジャスティンはわずかに逡巡した。

「ああ、そうだが……」

 怪訝な眼差しで、監獄王を見つめ返す。

「よく知っているな……? 調べたのか?」


 すると、監獄王はその問いかけには答えずに、話を続けた。


「であれば、何も問題がない。彼女は自殺で処理してくれる」


(問題ない……?)


「どうして、そう言い切れる?」


 監獄王は鼻を鳴らす。


「貴族だからだよ。貴族だから――処理せざるを得ないのだよ」


「貴族だから……だと?」


「ああ、そうだともジャスティン君。君はジャンナッツ家の正統な当主ではないからだ。貴族ではないから――知らされていないのだ!」


「貴様!」


 ジャスティンが立ち上がろうとしたその時だった――。

 マルセイユが素早く立ち上がり、ジャスティンの肩を押さえ込んだ。


「ジャスティン様! 落ち着いてください!」


「どけ! マルセイユ!」


「いいえ、どきません!」

 マルセイユは暴れるジャスティンを押さえつつ、振り返り監獄王を睨み付ける。

「監獄王! 私の(あるじ)に対する暴言は控えて頂きたい」


「いやはや、申し訳ない。マルセイユ嬢――我々は貴女と事を構えるつもりはない。貴女には最大限の敬意を払う所存だ。無論……君の(あるじ)にもね」


 監獄王は立ち上がり、深々と頭を下げた。


「では、私の質問に答えて下さい。どうして他殺が自殺となり得るのですか?」


「ふむ……なるほど――」


 そう言って、監獄王は少し考え込む仕草をする。

 やがて考えがまとまったのか、顔を上げると話を始めた。


「君たちはルヴェの故郷である此処クレールヴァルの地までたどり着いた。そして、医師のカリエルから証言を得ている。我々の台本ではこの時点で、ジャスティン君は真相を知ることが出来たと判断したのだ。本来、ジャンナッツ家の人間であれば、当然に知っていると思っていたのだ」


 監獄王の言葉に、ジャスティンは考え込む。


(俺が……知っている?)


 冷静になって考えてみるが、その理由が思い当たらなかった。


 ただ――ふと脳裏に幼い頃の姉の姿がチラついて見えることがあった。

 それがジャスティンを不安にさせ、呼吸が荒くなる理由のような気がしていた。


「マルセイユ……どいてくれ。もう大丈夫だ」


 マルセイユは心配そうにしながらも、ジャスティンを押さえ込むのを止めた。


 ジャスティンはソファに座り直すと、一つ、二つと深呼吸を繰り返した。そして、邪念を振り払うように頭を振る。


「ああ、アンタの言うとおりだよ。俺は貴族の肩書きは持っていない。だから、教えて欲しい。俺が知らない、医師カリエルの証言から導き出せる真相とは何だ?」


 すると、監獄王の隣に座る侯爵が口を開く。


「ええ、良いでしょう……」

 侯爵は座り直して姿勢を正す。

「後ろにいる医師カリエル役の男は貴方にこう伝えたはずです」


 ジャスティンは暖炉の近くに立っている医師カリエルを一瞥する。


「双子であった事実も噂も存在しない。あくまで、この領地内に限れば……と」


「それはつまり……領地外に幽閉されていたとでも?」


 侯爵は残念そうに頭をふると、一つため息を吐いた。


「真実を知らされていなければ、そういう結論になるのでしょうね」


 監獄王が侯爵の言葉を継ぐかたちで語り始めた。


「双子であることは否定している。マリアージュの秘術の存在を仄めかした。さらに再生医療。フォルトスラーバ――。これらの単語(ワード)から爵位を持つ者であれば、容易に思い浮かぶ組織名があるのだよ」


「……組織名?」


「ああ、そうだ――発足は今から50年以上前に遡る。当時のグランディール国王が三侯爵に命じて立ち上げた組織が存在する」


 その名は――。


「――生体資産維持管理機構」


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