第五十七話「自殺という結論」
「良いだろう。君の大きな勘違いはね」
監獄王は立ち上がる。
「我々が、君が呼称するフェルナンBを殺したと思っていることだよ」
(おい! 何を言い出すんだ?)
「我々は殺していない」
(ふざけるな! お前たちが殺したんだろ!)
ジャスティンは心の中で叫んでいた。
すでに我慢の限界を超えていた。
「黙って聞いていれば、ふざけたことを!」
ジャスティンはソファまで駆け戻ると、テーブルを挟んで監獄王に詰め寄った。
「確かに……君が言うように遺体を運び込んだのは我々かもしれない。だが、フェルナンBを殺してはいない」
「だったら! 誰が殺したというんだ?!」
ジャスティンは監獄王に捲し立てていた。
「それを見つけ出すのが、君の仕事ではないのかね?」
正論で問われ、ジャスティンは言葉に詰まってしまった。
「仮に我々が殺したとしてもだ――。それをどうやって証明するつもりだね?」
「証明……?」
さらに監獄王の問いに、ジャスティンは黙るしかなかった。
すると――侯爵がポツリと呟いた。
「監獄王――もう……いいですよ」
侯爵は目蓋を閉じると、観念したように頷いた。
「侯爵……良くはないぞ。この男は我々を殺人者扱いしているのだぞ」
監獄王は芝居がかった言い回しと大仰な身振りで、ソファに座る侯爵に反論するように促した。
ジャスティンは、監獄王と侯爵のやり取りを怪訝な眼差しで見つめていた。
「ですが、監獄王……」
侯爵は頭を振った。
「私がこの手で、彼の首に紐を巻き付けたのは事実です」
侯爵は震える両手を見つめる。
そして――両手で顔を覆った。
「それは自白ですか?」
ジャスティンが訊ねる。
「……自白? そうなるのかな……」
侯爵はおもむろに立ち上がり、ジャスティンを見つめる。
「私が君の言うフェルナンAだ。そして私が……フェルナンBを殺害しました」
侯爵は自嘲めいた笑みを浮かべた。
「だから――」
応接室にいる皆が、侯爵の次の言葉を待っていた。
「他殺ではなく、自殺――ということになるのです」
それは思いも寄らない言葉だった。
ジャスティンは、血の気が引いていくような脱力感に襲われた。
(……自殺? 自殺だと? 何を言っているんだ?)
「そういうことだ、ジャスティン君」
監獄王は鼻で笑った。
「君の勘違いはね、この事件は他殺ではなく自殺だということだ」
(狂ってる……。コイツらには何を言っても無駄だ――)
ジャスティンは怒りにまかせて、監獄王に掴みかかろうとした――その時だった。
「監獄王……」
今まで黙って聞いていたマルセイユが、遠慮がちに手を上げた。
監獄王と侯爵の視線がマルセイユに移った。
「私も、ジャスティン様と同様に、自殺という見解には納得がいきません」
ギロリとした眼差しで、監獄王を睨んでいた。
「書斎にあった遺体は、右腕と右脚が切断されていました。さらにそちらにいらっしゃるフェルナンAによって絞殺されています。にもかかわらず、どうして自殺になりうるのか、ご教示願えませんでしょうか? もしかしてルヴェの領律に、その様な記載があるのですか?」
「いやはや、申し訳ない。貴女のことをすっかり忘れていた。平にご容赦を――」
監獄王は丁重に頭を下げた。
「我々の説明不足だったね」
「ジャスティン様も落ち着いてください」
マルセイユはジャスティンに顔を向ける。
「いつもの冷静さは何処に行ってしまわれたのですか?」
返す言葉もなかった。
「悪かった……。相手のペースに乗せられていた」
マルセイユに窘められたジャスティンは、大きく深呼吸をしてソファに腰掛けた。
ジャスティンはテーブルに置いてあるカップの紅茶を飲み干した。
喉の渇きを満たし、鼻から抜ける仄かな香りによって落ち着きを取り戻した。
「さて――まずは先ほどのマルセイユ嬢の質問から答えていきましょうか」
そう口火を切ったのは侯爵だった。
「ああ、そうだな……。私も見落としていたよ。確かにルヴェの領律に『自殺であっても他殺と見なす』といった一文があれば」
監獄王は首を横に振る。
「他殺になってしまう。今までの苦労が台無しだ」
「監獄王――その心配は無用ですよ」
侯爵は笑みを浮かべると、テーブルの上に広げた領律書を、上から順々に指でなぞっていく。
「ご覧の通り――監獄王が危惧するような一文はありません。書き加えられた形跡も、消された形跡ありません」
「それならば、世はすべて事もなし――他殺ではなく、自殺で片が付く」
ジャスティンは鼻を鳴らして、ソファに深く腰掛けた。
「ふざけるな! 俺が報告書を書くんだぞ!」
ジャスティンは行儀悪くテーブルの上に片足をのせた。
「俺は納得していないんだ! お前たちの証言通りに、この事件を自殺で処理すると思っているのか?」
すると、監獄王は思わぬ言葉を口にする。
「君の上司は確か……ベノア子爵の令嬢、ミシェル・ベノアではなかったかね?」
上司の名前が出てきたことに、ジャスティンはわずかに逡巡した。
「ああ、そうだが……」
怪訝な眼差しで、監獄王を見つめ返す。
「よく知っているな……? 調べたのか?」
すると、監獄王はその問いかけには答えずに、話を続けた。
「であれば、何も問題がない。彼女は自殺で処理してくれる」
(問題ない……?)
「どうして、そう言い切れる?」
監獄王は鼻を鳴らす。
「貴族だからだよ。貴族だから――処理せざるを得ないのだよ」
「貴族だから……だと?」
「ああ、そうだともジャスティン君。君はジャンナッツ家の正統な当主ではないからだ。貴族ではないから――知らされていないのだ!」
「貴様!」
ジャスティンが立ち上がろうとしたその時だった――。
マルセイユが素早く立ち上がり、ジャスティンの肩を押さえ込んだ。
「ジャスティン様! 落ち着いてください!」
「どけ! マルセイユ!」
「いいえ、どきません!」
マルセイユは暴れるジャスティンを押さえつつ、振り返り監獄王を睨み付ける。
「監獄王! 私の主に対する暴言は控えて頂きたい」
「いやはや、申し訳ない。マルセイユ嬢――我々は貴女と事を構えるつもりはない。貴女には最大限の敬意を払う所存だ。無論……君の主にもね」
監獄王は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「では、私の質問に答えて下さい。どうして他殺が自殺となり得るのですか?」
「ふむ……なるほど――」
そう言って、監獄王は少し考え込む仕草をする。
やがて考えがまとまったのか、顔を上げると話を始めた。
「君たちはルヴェの故郷である此処クレールヴァルの地までたどり着いた。そして、医師のカリエルから証言を得ている。我々の台本ではこの時点で、ジャスティン君は真相を知ることが出来たと判断したのだ。本来、ジャンナッツ家の人間であれば、当然に知っていると思っていたのだ」
監獄王の言葉に、ジャスティンは考え込む。
(俺が……知っている?)
冷静になって考えてみるが、その理由が思い当たらなかった。
ただ――ふと脳裏に幼い頃の姉の姿がチラついて見えることがあった。
それがジャスティンを不安にさせ、呼吸が荒くなる理由のような気がしていた。
「マルセイユ……どいてくれ。もう大丈夫だ」
マルセイユは心配そうにしながらも、ジャスティンを押さえ込むのを止めた。
ジャスティンはソファに座り直すと、一つ、二つと深呼吸を繰り返した。そして、邪念を振り払うように頭を振る。
「ああ、アンタの言うとおりだよ。俺は貴族の肩書きは持っていない。だから、教えて欲しい。俺が知らない、医師カリエルの証言から導き出せる真相とは何だ?」
すると、監獄王の隣に座る侯爵が口を開く。
「ええ、良いでしょう……」
侯爵は座り直して姿勢を正す。
「後ろにいる医師カリエル役の男は貴方にこう伝えたはずです」
ジャスティンは暖炉の近くに立っている医師カリエルを一瞥する。
「双子であった事実も噂も存在しない。あくまで、この領地内に限れば……と」
「それはつまり……領地外に幽閉されていたとでも?」
侯爵は残念そうに頭をふると、一つため息を吐いた。
「真実を知らされていなければ、そういう結論になるのでしょうね」
監獄王が侯爵の言葉を継ぐかたちで語り始めた。
「双子であることは否定している。マリアージュの秘術の存在を仄めかした。さらに再生医療。フォルトスラーバ――。これらの単語から爵位を持つ者であれば、容易に思い浮かぶ組織名があるのだよ」
「……組織名?」
「ああ、そうだ――発足は今から50年以上前に遡る。当時のグランディール国王が三侯爵に命じて立ち上げた組織が存在する」
その名は――。
「――生体資産維持管理機構」




