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マリアージュの銃士隊  作者: ミナモ
第八章

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第五十五話「役を与えられた探偵」

 

(ふざけた仮面をつけたコイツが監獄王だと……?)


 ジャスティンは憮然とした表情でソファに座っていた。


 すると白いバウタの仮面をつけた男は、大仰な仕草でマントを広げて会釈をする。


「これはこれはジャスティン君にマルセイユ嬢――長らくお待たせして申し訳ない。我が名はジャクソン・R・グレイ。伯爵の爵位を有しているが、王が不在の今、監獄王を名乗らせてもらっている。以後お見知りおきを――」


(ジャスティン君だと……?)


(馴れ馴れしいな……コイツ――)


 監獄王がマルセイユに深々と会釈をしている隙にジャスティンは立ち上がると、ふざけた仮面を剥がしてやろうと右腕を伸ばしていた。


 だが、監獄王は振り向きもせずに、ジャスティンが伸ばした右手首を掴みあげたのだ。


「あ~すまない。握手がまだだったね」


 ジャスティンは抵抗を示すが、掴みあげられた右手で、半ば強引に握手をさせられていた。

 さらに力強い握力に、ジャスティンは僅かに顔を歪めた。


「どうやら私は、君たちの事を見誤っていたようだ。許してくれたまえ」


 仮面の奥の瞳が鋭く、ジャスティンを捕らえていた。


「そう思うのであれば、さっさとこの茶番劇をやめてもらうと助かるんだが……?」


 監獄王は握手を止めると、首を傾げて考え込む仕草をする。


「ふむ……ジャスティン君には、この劇の内容がお気に召さなかったようだ。だが――」

 仮面の奥の瞳が光る。

「茶番劇に成り下がったのは、君にも原因があるのだよ」


「観客側に問題があると言い出すとはね……。台本と役者の演技に問題があったとは思わないのか?」


「舞台というのは、演じる側と観客側の信頼関係が必要不可欠な要素だ。だから、本来であれば、自発的な行動は控えるものだよ。それが最低限の礼儀(マナー)だと思うのだがね」


礼儀(マナー)の前に、退出が許されないというのは如何なものだ?」


「ああ、それも一理あるな……」と、監獄王は腕を組んで首を傾げた。


「お言葉ですが、監獄王――」

 侯爵が二人の会話に割って入ってくる。

「ここまでたどり着くことが出来たのは、ひとえにマルセイユ嬢の能力によるところだと思われますが?」


「ああ、確かに確かに――」

 監獄王はポンと手を打つ。

「彼女が気がついたのであって、ジャスティン君、君が気づいたわけではなかったね」


 やはり、マルセイユの能力に気がついたか……。


「そうなると……マルセイユ嬢には舞台を降りる権利はあるかも知れないが」

 監獄王は大きくかぶりを振ってみせる。

「ジャスティン君、君はダメだ。居残りだ――」


「でしたら、私も残ります」


 マルセイユの強い意志を感じられる一言だった。家猫として主を守り抜くという決意に、ジャスティンは思えた。


「ああ、もちろん。構わないよ、マルセイユ嬢――」

 監獄王はマルセイユを見下ろして、仮面の前に人差し指を立てる。

 「ただし、節度ある行動をして欲しい。この場面の主役は君ではないのだからね」


「監獄王――一つ訊ねたい」


「なんだね? ジャスティン君」


 白い仮面がマルセイユからジャスティンに向いた。


「……どうして俺なんだ?」


「ん? どうして……だと?」

 監獄王は身体を震わせて、声を押し殺すようにして笑い始める。


「何がおかしい!」


「これは失敬。だが、面白い! 実に面白いよ、ジャスティン君。君はジャンナッツ家の当主だと伺っていたが、猫たちからは何も訊かされていないのかね?」


「……当主代行だよ。正式な当主ではない」

 ジャスティンは、ふん……と鼻を鳴らした。


「なるほど、なるほど……」


「君は物語の外側にいたのか――ようやく合点がいった」


(物語の外側……? 何を言っているんだ……?)


「けれども、ジャスティン君。劇はすでに終幕まで進んでいるのだ。悪いが閉幕まで付き合ってもらうよ。そうすれば君にも少なからぬ収穫があるはずだ」


「おい! 何を勝手――」


「いい加減にしたまえ!」


 監獄王の声量に、ジャスティンは思わず黙り込む。


「君は探偵役ではあるが、この物語の主人公ではないのだよ」


「あんた達こそ何を言っているんだ? 物語だとか、主人公だとか、こっちはそんな事に興味はない!」


 ジャスティンは監獄王を睨み付ける。


「俺が知りたいのは事件の真相だ! お前たちの茶番劇に付き合えば、納得のいく結末を迎えられるのだろうな?」


「そこは安心したまえ。台本も書き直してある。さらに我々が拙い君の演技を手厚くサポートする。なぜならこの物語は、そこにいる、もう一人のフェルナンが主役の物語だからね。君はあくまで彼を引き立てる役回りでしかないのだ。まあ、君が納得がいくかどうかは保証できかねるがね」


(勝手なことばかり言いやがって!)


 苛立ちを募らせたジャスティンは、監獄王に掴みかかろうとした。


 すると、侯爵が二人の間に入ってきた。


「まあまあ、監獄王それにジャンナッツ警部……。そう熱くならず、ソファにおかけください。紅茶をご用意させましょう」


 ジャスティンはこれ以上の言い合いは無駄だと悟った。

 ムスッとした表情で、ソファに座り込んだ。

 心配そうに見つめてくるマルセイユを一瞥すると、目蓋を閉じる。


 気は乗らなかったが、ジャスティンは最後の幕が上がるのを静かに待つことにした。



 ◇◇◇


 程なくして紅茶が用意された。

 ほのかなマスカットフレーバーが鼻腔をくすぐった。


 侯爵はカップを口につけるが、侯爵の隣に座る監獄王は香りを愉しむように仮面の前でカップをくゆらす。しかし、カップには口をつけずにソーサーと共にテーブルに置いた。


「さて役者は揃った――」


 監獄王が応接室を見渡して、そう切り出した。


 ジャスティンもチラリと視線を動かした。

 対面のソファには侯爵と監獄王が座っている。そして、その後ろの暖炉の近くには、ジャスティンが会話を交わした者たちが壁を背にして並んでいた。


 右から順に――。


 フェルナンの従兄弟で、ルヴェ署の署長アラン。

 アランの娘であるアデル嬢。

 そしてモンソレイユ邸の執事であるジャイルズ。

 同じくモンソレイユ邸専属の庭師カロン。

 タクシー運転手のデュヴァル。

 クレールヴァルの町医者のカリエル。


「ジャスティン君、君の出番だ。さあ、始めてくれたまえ――華麗なる推理を期待しているよ」


(やれやれ……無茶振りをしてくれる――)


 紅茶を一口飲んで喉を潤すと、カップとソーサーをテーブルに置いて、ジャスティンは立ち上がる。


「まずは皆様にルヴェ家の旧屋敷である此処リュミエール邸に足をお運び頂き、大変感謝しております」

 ジャスティンは深々と頭を下げた。


「警部! どういうおつもりですか? 我々を此処に集めて何をするおつもりでしょうか?」

 ジャイルズ役の男が、困惑した表情でジャスティンを見つめてくる。


(そんなこと……俺が知りたいよ)


(てか――俺がお前らを集めたわけではないぞ)


 心の中で毒づきながら、ジャスティンは苦笑する。


「皆さんのお気持ちは分かりますが、まずは私の話を聞いてもらいたい。私が今回の事件――そうですね……モンソレイユ邸で起きた事件ですからモンソレイユ邸殺人事件とでも名付けましょうか。密室でもありませんでしたから……」


「密室ではなかった……だと?」

 今度は、ルヴェ署の署長アラン役の男が、神妙な面持ちで訊ねた。

「それは初耳だぞ、ジャンナッツ警部」


「おそらくですが、署長はすぐさま警察庁に連絡を入れたことで、捜査の中止命令が下りたのでは?」


「ああ、確かに……。私は警察庁に緊急連絡をいれた」


 ジャスティンは頷く。


「それが認証端末のログ情報まで確認できなかった理由だと考えられます。ログ情報には、はっきりと書斎の入室時間と退室の時間が記録されていました。ですので、密室による殺人事件ではありませんでした」


「なるほど、素晴らしい!」

 監獄王が手を叩く。


「茶々は入れないで欲しいな、監獄王――」

 ジャスティンは監獄王を指さす。

「次はないと思って欲しい」


「これは失敬。君の理路整然とした推理に感動したのだよ。どうか続きを聞かせてくれたまえ」


「では、まずは書斎で何が起きたのか――私の見解をお聞かせ致しましょう」


 ジャスティンは応接室にいる者達を見回す。


「あの日、10月9日の22時過ぎに帰宅した侯爵は、書斎に入室しました。これはログ情報からも明らかです。書斎の認証端末は顔認証によるものです。さらに端末の登録はルヴェ侯爵お一人だけです。当然、彼以外の人物が書斎に入室することはできません」


「ふむ……」

 監獄王が仮面の(くちばし)部分を触りながら、考え込む仕草をする。

「つまり……ジャスティン君は、侯爵は何者かと一緒に書斎に入室し、書斎で殺害され、何者かが書斎から退室していったと考えているのかな?」


(この野郎……わざとらしい)


 ジャスティンは監獄王を睨み付けるが、すぐに首を横に振った。


「いいえ。私は事実を言ったまでですよ。ログ情報によれば、書斎への入室が1回、書斎からの退室が1回のみです。そして――書斎に遺体が一体残されていた。これが事実です」


 ジャスティンは応接室を見渡すと、侯爵だけが何か言いたそうに、笑みを浮かべていた。


「この事実を踏まえて、書斎への入室を考えてみます。先ほど監獄王の発言にあった、何者かと一緒に書斎に入ったというケースが考えられます。ですが――」

 ジャスティンは静かに首を横に振る。

「これはあり得ません。執事のジャイルズさんの証言から、侯爵は一人で帰宅されているからです」


 監獄王は黙ったまま、話を促すような身振りをする。


「さらに言えば、侯爵は怯えていました。何者かに狙われていると感じていたらしく——。まあ……これはバカげていますが、顔認証から指紋認証に交換する準備まで整えていたくらいでした。そんな彼が、誰かを連れて書斎に入るとは考えにくい」


 監獄王は腕を組んで、一つ頷いて見せた。


「まあ、良いだろう。続けてくれたまえ、ジャスティン君」


 ジャスティンは監獄王を一瞥すると、鼻を鳴らす。


「では、書斎に入室してから何が起きたのか……それを話していきましょう」

 ジャスティンは一つ深呼吸をする。

「書斎には遺体が一つありました。その遺体は侯爵本人で間違いありません」


 応接室にいる者たちの視線が、ソファに座る侯爵に注がれる。


「おいおい、ちょっと待ってほしいな。私はここにいるぞ」

 侯爵は笑いながら肩を竦めた。


「ええ。侯爵はここにいます。であれば、書斎にあった遺体は誰なのか? 検死の結果から、血液型とDNAは侯爵のものと断定されています。そこで、まずは前提条件として――」

 ジャスティンは監獄王に顔を向ける。

「監獄王、一つ確認したいことがあるんだが?」


「何かね? ジャスティン君」

 皆の視線が侯爵の隣に座る監獄王に注がれる。


「至宝によるトリックは考えないものでいいんだな?」


「ああ、それで構わない。至宝による壁抜けや、遺体があったという幻覚をみせるといったトリックはないものとする」


「だったら答えは簡単だ――」


 ジャスティンは応接室に集まった者たちを見回す。


「侯爵は二人いた」


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