表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マリアージュの銃士隊  作者: ミナモ
第七章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/69

第五十二話「主人公の条件」

 

 クリス、お前は物語の主人公になれ――。



 事務室を無言で立ち去ると、クリスは握りしめた右の拳を通路の壁に叩きつけた。


「ふざけるな! 何が主人公だ! バカにしているのか?」


『……荒れておるのぉ』

 マレーネが現れ、やや呆れ気味に嘆息を漏らす。


「当たり前だ!」


 クリスはマレーネに向かって怒鳴っていた。


『な……何じゃ? (わらわ)に当たり散らすでない』

 マレーネは一瞬たじろぐが、すぐさま頬を膨らませて抗議する。


「わ、悪い……」

 クリスはすまなそうに謝罪する。


 だが、苛立ちを隠せないでいるのが、容易に見て取れる。


『……(ぬし)よ。何をその様に苛立っておる?』


 クリスはマレーネから視線を外し、押し黙ってしまう。

 その姿に、マレーネはため息を吐く。


(ぬし)はわかりやすいのぉ。監獄王とやらに利用されたことが、そんなに腹立たしいのか?』


「ああ……。そうだよ」

 クリスは渋々ではあったが、内心を吐露していた。

「監獄王に、いいように操られているのが――悔しいんだよ」


『ふむ、確かに……。見事な誘導――いや未来予知と言うべきか?』


 マレーネは感心するように、ふむふむと唸り考え込んだ。


(わらわ)は、以前から気にはなっておったのじゃが――監獄王とやらは何者なのじゃ?』


「何者……?」

 クリスは首を傾げる。

 「そう言われると――答えに困る」


『なんじゃ、それは――?』


「いや……いま思い返してみると――」

 クリスは少し考え込む。

「直接、監獄王の姿を見たことがないんだ」


『見ていない?』

 訝る眼差しでクリスを見つめる。

(ぬし)よ、何を……言っておる?』


 クリスはマレーネの表情を見て、説明が足りないことに気がついた。


「そうだったな……。ちゃんと話していなかったな……」


 躊躇いがちにそう言うと、マレーネを横目にちらちらと見つめながら、俯きがちにポツリと呟いた。


「俺は――その……囚人だったんだよ」


 しばしの沈黙——。


『それがどうしたのじゃ?』

 マレーネはきょとんとした表情でクリスを見つめた。


『話の流れからそれくらいはわかっておる。獄中で知り合ったわけじゃろ? 其奴(そやつ)は、監獄の王を自称しておるのじゃからのぉ』


「い、いや……そう言うことじゃなくて――」


『ん……なんじゃ? ああ……もしや――』

 何かを察したように、マレーネはニンマリとした笑みを浮かべた。

(わらわ)に嫌われると思ったのか? (わらわ)が出自を気にすると思ったのか?』


「……」

 クリスは顔を赤らめて視線を逸らしていた。


(ぬし)は可愛いのぉ』


 クリスは気恥ずかしさから、マレーネを置いて無言で歩き出していた。


『あ……待て――(わらわ)を置いていくでない』


「お前が揶揄(からか)うからだろ?」


揶揄(からか)ってはおらぬ。で――(ぬし)は何をやらかして収監されておったのじゃ?』

 後ろから駆け寄ってきたマレーネが、クリスに訊ねる。


「さあな……。知らない」


『ん? (ぬし)、罪状を知らぬのか?』


「ああ、知らない。監獄王が言うには、俺は生まれてきたことが大罪らしい」


 クリスは鼻を鳴らす。


『何を莫迦(ばか)げたことを……。(わらわ)(たばか)るつもりか?』

 呆れた表情で、クリスの横顔を見つめる。


 クリスはエレベーターホールに着くと、エレベーターの昇降ボタンを押した。


(たばか)るつもりなんてないさ」


 扉上の表示ランプを見つめるが、エレベーターが降りてくる気配はなかった。


『ならば、何故(なにゆえ)、この世に生を受けたことが罪になるというのじゃ?』


 クリスは辺りを見回すと、左手に非常口の表示ランプが灯っているのが見える。

 それでも、クリスはエレベーターが降りてくるのを待つことにした。


 待っている間――気分は乗らなかったが、マレーネの会話に付き合うことにした。


「俺に訊かれても困る。俺は——物心ついたときには、すでに独房に閉じ込められていたんだ。真っ白い独房の中で、俺は育ったんだよ」


 クリスはふと思い返していた。


 一ヶ月前まで生活していたあの独房(ホワイトルーム)の事を――。


 室内は白色で統一された、完全なる密室だった。


 設備はベッドとトイレ、それに洗面台だけのシンプルな空間だった。


『ならば、どうやって監獄王と出会ったのじゃ?』


 当然といえば当然の質問だった。


 クリスは思い出す。


「何年前かは定かじゃないけど……部屋の扉がノックされたんだ」

 クリスはマレーネを横目で見つめる。

「扉越しに監獄王を名乗る男が、話しかけてきたんだ。それが出会い——。確かに……出会ったとは言えないのか?」

 クリスは自分の言葉に、笑いかけた。


「姿は見えなかったが、それからは毎日のように、扉の前まで監獄王は来てくれたのさ」


『ふむ……。(ぬし)の話からすると悪い奴ではなさそうじゃのぉ』


「まあ、悪い奴ではないと思うよ」

 クリスは肩を竦める。

「俺にとっては――なんというか……父親とか先生に近い存在なのかな……。色々なことを学んだ」


 思い出し笑いをしながら話すクリスをみて、マレーネは嘆息を漏らしてしまう。


『そうじゃろうな。(ぬし)のその話しぶりを見るに、監獄王の事を慕っておるように見受けられるわ……。(わらわ)が嫉妬してしまう』

 マレーネはそう言って、首を横に振った。


「な?! 別に……慕っていない」


『見え透いた嘘を言うでない。ならば――」

 マレーネはクリスが手にしている封書を指さす。

何故(なにゆえ)、今も大事そうにそれを手に持っておるのじゃ? 嫌いなら破り捨てておるはずじゃ』


「こ……これは――」


『開けぬのか? 重要なことが書かれておるやも知れぬぞ』


 そう問われて、クリスはふんと鼻を鳴らす。


「開けない。監獄王とは――訣別したんだ」

 封書を、ポケットに無理やり押し込んだ。

「今さら彼奴(監獄王)の言葉に耳を傾ける義理はない」


 到着のベルが鳴る。

 エレベーターの両扉が開き、クリスとマレーネはそれに乗り込んだ。


『やれやれ……男の意地というヤツか?』


「そうかもな……」

 素っ気ない口調で答える。


『その男の意地の張り合いの大本(たいほん)は何であったのじゃ?』


 クリスは銃士の三人が向かった2階のボタンを押した。


「ほんの些細な、意見の食い違いってやつだよ。それで仲違いになったのさ」


『まったく……男子(おのこ)どもは――』

 マレーネの呆れた物言いに呼応するように、エレベーターの扉は閉まっていく。

『で……仲違いになるほどの白熱した議題とは何じゃったのじゃ? すこし興味があるのぉ』


 すると、クリスはバッと両腕を左右に広げた。


『な、なんじゃ?! 急に何をする?』

 マレーネがぎょっとした眼差しで隣にいるクリスを見つめる。


「人には限界がある。だから両腕を広げたこの範囲(なか)に入った者を救うために全身全霊を尽くせ――そう言われたんだよ」


『なんじゃ……そう言うことか? 突然のことに(わらわ)は驚いたぞ』


「マレーネはどう思う?」


『ん? どう思うも何も……人助けとしては、立派な心がけじゃと思うが?』


 クリスはマレーネの言葉に嘆息を漏らしてしまう。


「やっぱり……監獄王が正しいのか」


『なんじゃ? (ぬし)はそう思わなんだか?』


「ああ――俺は疑問に思ったんだよ」

 クリスはマレーネを一瞥する。

「だから……異を唱えたんだ」


『ほう……。で、(ぬし)は、どのような異論を唱えたのじゃ?』


 クリスはわずかに逡巡したが、口を開いた。


「脚があるじゃないか――って」


『脚がある?』

 マレーネは小首を傾げて、クリスの横顔を見つめた。


「たとえば――三メートル先に助けを求める人がいたとしても、監獄王の考えでは、助けに向かわないんだぜ?」


『そう言われればそうじゃのぉ。監獄王の考えは、すこし受動的じゃのぉ』


 マレーネにそう言われて、クリスは顔を少し綻ばす。


「な、そう思うだろ? 走って行けば、助けることが出来るのに、どうして走らないんだって俺は反論したんだよ。そうしたら――」

 クリスは頭を振る。

 「それが監獄王には気に入らなかったみたいでね……。監獄王と俺は袂を分かつことになったんだよ」


 ふむふむと目を閉じて頷いていたマレーネだったが、目を見開くと冷笑を浮かべた。


『なるほどのぉ……よくわかった』


「ん? 何がわかったんだよ?」


(ぬし)の主張はのぉ――もっともらしいだけなのじゃよ。もっともらしい――ただ、それだけと言うことが、よくわかった』


 思いも寄らないマレーネの言葉に、クリスは憤る。


「言ってくれるじゃないか! らしいって何だよ?」


 クリスはマレーネに突っかかった。

 すると、マレーネから険しい眼差しを向けられる。


(ぬし)は、わからぬのか?』


 マレーネの眼光に気圧されて、クリスはたじろいだ。


 その姿を見て、マレーネは小さくため息を吐く。


(ぬし)はのぉ……行動が(ともな)っていないのじゃ。言と動が乖離しておる』


「……乖離? 俺が――」


『ならば訊くが――何故(なにゆえ)(ぬし)はいまエレベーターに乗っておる?』


 切れ味の鋭い一言に、クリスは返す言葉を失った。


(ぬし)は、あの三人を助けに向かおうとしておるのではないのか?』


 クリスは気まずさから、視線を逸らしていた。


『エレベーターホールでも、(ぬし)は悠々と待っておったのぉ……。左手に非常口が見えていたはずじゃがのぉ。あの先に――階段があったのではないのか?』


 クリスは何も言えなかった。


何故(なにゆえ)、階段を使わなかった? (ぬし)には――脚があるのじゃろ?』


「もう……いい――やめてくれ」

 クリスはかぶりを振った。


 エレベーターが目的の階に到着したベルの音が響く。


「あの三人は強い。俺が駆けつけなくても――」


 言いかけたあたりでエレベーターの扉が開いた。


 すると――血なまぐさい匂いが室内に入り込んできた。


 そのニオイに、鼻腔が反応する。

 咄嗟に、その場でしゃがみ込み、警戒をするように駐車場内を見つめる。


 緊張感がクリスの身体を走り抜けた。


(硝煙の匂いが漂うのはわかる。だが……ここまでの血の匂いは——何だ?)


 辺りは静けさに覆われていた。


 だが、殺気を纏った気配は、わずかに感じる。


『何が……あったのじゃ?』

 マレーネも緊張した声で訊ねるが、クリスは無言で首を横に振った。


(三人は……何処にいる?)


 エレベーターを降りると、身をかがめながら移動していく。


 すると、少し先のコンクリートの支柱の陰に、大量の血だまりが見えてくる。


 クリスは心臓の鼓動が高鳴った。


 致死量に相当する血だまりが広がっていた。


 その血だまりから、駐車場の奥へと引き摺られた血痕が伸びていた。


(まさか……この先に?)


 全身に震えが走る。


(俺が……遅れたから?)


 かぶりを振る。


 クリスは血痕を辿っていく。


 血痕は十字路を右へと曲がって、さらに続いていた。


 コンクリートの柱越しに覗き込む。


 すると――あの三人が、血だまりの中に倒れ込んでいた。


 動く気配はない。

 遠目からでは生きているかの判断は出来なかった。


「お、おい!」


 クリスはおもむろに立ち上がり、駆け寄ろうとした。


(ぬし)よ! それは罠じゃ!』


 マレーネの言葉はクリスに届いていなかった。



 ダァァァン!



 一発の銃声が、クリスの背後から轟いた。


 右腕に衝撃が走る。


(――くっ!)


 右腕が思うように動かない。


 振り返りざまに左手で銃を構えるが――遅かった。


 もう一発、銃声が駐車場に轟いた――。


(……え?)


 今度は正面から左胸に、衝撃が走った。


 痛みは……感じなかった。


(あれ……?)


 けれども、膝に力が入らなかった。


 がくり——と、膝が落ちる。


 さらに両膝が地面に着いてしまい、離れない。


 かろうじて、そのまま倒れずに座り込んでしまった。


 だが、立ち上がろうとしても、両脚が重くて持ち上がらない。


(ぬし)よ!』

 マレーネの声が、かすかに聞こえてくる。


「ごめ……ん。マレーネ……」


 こふっ……と、肺にたまった血液がこみ上げ、口からあふれ出した。


『謝……るな……。懐中……計……じゃ! ……ディの至宝(ボレロ)……に手を……ばせ!』


 かすんで見えるマレーネは怒っていた。


 涙を流しながら、怒った表情で睨み付けてくる。


(そんなに……怒るなよ……)


 マレーネは地面に転がる物体を指さしている。


(なんだよ……? 聞き取れ……ない……)


 遠のく意識の中、クリスは閉じかけた瞼を開けて、マレーネが指さす方向を見つめた。


 そこには金色に輝く物体が、数メートル先の地面に転がっていた。


(あれか……? 届く……か……?)


 手を伸ばしてみるが、届く距離ではなかった。


(ああ……そうだった。俺には……脚が……あったな……)


 クリスは力を振り絞り……立ち上がる。


 一歩……二歩……けれども、それが限界だった――。


 膝から前のめりに――倒れ込んでしまった。


(あと……少し……)


 クリスは、最後の力を振り絞った。


 左手を……伸ばし――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ