第五十一話「資格の証明」
「これが何だかわかるか?」
マティアスは鏡面仕上げの立方体を、見せつけるように掲げた。
リディは柱に背をも垂れかけながら、マティアスを一瞥する。
「さあな。わからねぇよ……」と、小さい声で毒づいた。
「下級貴族の出である俺は至宝を賜ることはない。一生縁のない代物だ。だが、時代は変わったんだぜ」
マティアスは鼻で笑う。
「もはや至宝なんて無用の長物だ。こうやって代替品がすでにアングラで出回っているんだからな」
三人はそれぞれ隠れている場所から、マティアスが手にしている立方体を見つめる。
「コイツは至宝のように登記の必要はない。誰でもが所持さえすれば、己の才覚のみで使用できる代物だ」
(登記の必要のない至宝だと……? やっかいな物を持っているじゃないか……)
リディは舌打ちをする。
「立方と呼ばれているんだぜ。コイツは試作品だがかなりの優れものだ」
マティアスは、立方体を握りしめる。
「能力は――未来予知だ」
「ハハハ……ご冗談を……」
リディは空笑いして、小さく呟いた。
そして、車の陰からマティアスの頭部に向けて照準を合わせてみた。
「だったら、これも避けられるはずだよな? ……マティアスさん」
すると――マティアスが不意にリディが隠れている方向に向き直り、拳銃を構えたのだ。
(――な?)
ほぼ同時だった――。
銃声が二発、駐車場内に轟いた。
マティアスが放った銃弾はリディが隠れているコンクリートの支柱に命中し、リディの放った銃弾はマティアスの右頬を掠めるように後方へと飛び去った。
(あの野郎……マジか……? 予知してアタシを狙ったって言うのか?)
「視えてるぜ、リディ。お前が狙ってくる方向はすでに視えていた」
リディは慌てて物陰に身を潜めながら、その場所を離れることにした。
マティアスのいる付近を中心にして右回りに移動すると、ルーがへたり込んでいる姿が見えてくる。
さらにルーの傍らには、すでにシャルも合流していた。
「シャル……さっきは助かった」
リディは合流するなり、小声でシャルに礼を言う。
「礼はいい……。それよりマティアスが手にしているアレは何だ? 立方と言っているが――知っているか?」
シャルの質問に、リディとルーは顔を見合わせて首を横に振る。
「ガキども! 聞いているか?!」
マティアスの声に、三人は息を殺して、耳をそばたてる。
「時代は変わったんだよ! 王国が滅んだ今、銃士隊を存続させる意味がどこにあるんだ?」
「なに勝手なことを……」
リディはマティアスを物陰から確認しながら、銃を中折れにして薬莢を排出させる。
「テメェが墓を荒らして良い理由にはならねぇだろ……」
呟きながらシリンダーに銃弾を装填させた。
「ルー、認識阻害の準備をしてくれ」と、シャルは何やら思いついたようにルーに指示を出した。
「認識阻害? マティアス相手にか?」
リディは不服そうな表情をする。
「意外だな……? 倒す方法に拘るのか?」
「いや……そうじゃない」
リディは軽く首を横に振る。
「アイツが持っている立方の能力が気になる。シャルは気にならなかったのか?」
「俺か……? 確かに気にはなるが……。おそらく予知の範囲は数秒程度だろ?」
「その数秒先の未来が、どう視えていると思う?」
「どう視えている?」
シャルは怪訝な眼差しでリディを見つめ返した。
「視覚や聴覚からの認識を阻害しても未来予知に影響はしない――そう仰りたいのですか?」
ルーがリディとシャルの会話に入ってくる。
リディは小さく頷く。
「確証はない。だけど視覚映像として未来が視えているのか、それとも映像とは別に脳内に直接送られてくる情報なのか、そこは重要だと思う」
「確かに……」
ふむ、とルーは考え込む。
「言われてみれば……そうですね」
「お二人さん、そんな考えてる余裕はないようだ」
柱の陰からマティアスの様子を伺っていたシャルが、舌打ちをする。
「あの野郎……こっちに近づいてきた」
「選択の余地はないか――。ルー、認識阻害をお願い」
リディはそう言うと立ち上がり、マティアスに向かって駆け出した。
そして、リディの後を追うようにシャルもまた駆け出していった。
◇◇◇
クリスはルーチェが投げて寄越した封書を見つめる。
そこには『親愛なるクリスへ』と書かれていた。
「俺の行動は、監獄王にすべて読まれていただと?」
クリスは苦虫をかみつぶした表情に変わる。
「……さあな。そいつは俺にはわからねぇよ。ただ、彼奴(監獄王)は未来が視えていたのかもな……」
(未来だと……?)
「言伝があると言ってなかったか?」
クリスは眼差しを鋭くしてルーチェを睨めつけた。
「ああ、そうだった――。忘れるところだった……」
思い出したように、ルーチェは鼻で笑う。
「最高にクレイジーな言伝が残っていた……」
「クレイジー?」
クリスは眉根を寄せる。
「いかれてやがる……いかれた言伝だ――」
「良いから、早く教えてくれ」
「わかったよ……」
ルーチェは一呼吸すると、クリスを睨み付ける。
「言伝は――」
此処までたどり着いたのなら、資格はある――。
クリス、お前は物語の主人公になれ――。
◇◇◇
リディとシャルは物陰から飛び出すと、マティアスに向かって駆け出していた。
ルーの至宝により認識阻害が発動していた。
マティアスは二人が近づいてくることに気づいていない様子だった。
リディとシャルは目配せをして頷くと、リディはマティアスの正面から見て左寄りに移動する。一方のシャルは瞬間移動でマティアスの背後へと回り込んだ。
リディは両手で銃を構えると、マティアスの頭部に照準を定めた。
撃鉄を静かに起こし、引き金に指を掛ける。
マティアスには気づかれていない。
そう確信して、リディは引き金を引き絞った。
その瞬間だった――。
マティアスが右腕をリディに向けたのだ。
――な?!
ダァァァン!
重なり合った二つの銃声が駐車場に轟きわたる。
リディの放った銃弾をマティアスは躱していた。
逆にマティアスの放った銃弾は、リディの左腕をわずかにではあったが掠めていた。
――ちくしょう!
リディは舌打ちをして左腕を押さえながら走る。
シャルが移動しながら、リディに視線を送る。
――アイコンタクト。
――だったらこれはどうだ?
リディは直ぐさまその場から離れつつ、撃鉄を起こした。そしてマティアスから右に二人分離れた箇所に照準を合わせて引き金を絞った。
其処にはマティアスから見て左後方――その位置に、シャルの至宝が作り上げた視えない反射板が設置されていた。
跳弾による左後方からの急襲――。
常人では反応することは不可能――なハズだった……。
けれども、マティアスは振り返ることもなく、軽いステップで難なく跳弾による攻撃を躱してみせたのだ。
――マジか?
なら……もう一回!
リディはシャルとアイコンタクトを取り、頷く。
今度は二発同時――マティアスの右後方と頭上からの跳弾!
複数の、別角度からの急襲のハズだった。
だが、それもマティアスは、事前に察知していたように、いとも容易く躱して見せたのだ。
マティアスは周囲を見渡す。
「反射音が聞こえたな……。今のは跳弾か?」
(跳弾による攻撃だとは気づいていないのか?)
(だったら、奴の持つ立方は何を予知しているんだ……?)
リディはマティアスの正面約15メートルの地点で立ち止まる。
視覚からの認識は、今も阻害されている。
ルーの認識阻害は完璧だ。
ならば……視覚と聴覚からの予知情報では、おそらくない。
(けれども、あの跳弾の躱し方……)
ふと頭を過ったその推測に、リディはぞくりと鳥肌が立った。
(もしかして位置なのか? 動く物体の位置――それを、正確に予知予測している?)
ぞわり……と背中に寒気が走る。
(それなら――彼奴は……すでに気づいていることになるぞ!)
リディは焦燥のあまり舌打ちをしてしまう。
(アタシが銃による攻撃をしたことで、すでにこちらの特定しているんじゃないのか? だったら何故、撃ってこない?)
疑心が生まれるが、確証はなかった。
(あえて撃ってこない……理由。あの野郎……もしかして、アタシたち三人の位置を特定してから、一人ずつ殺るつもりなのか……?)
その時だった――。
マティアスの右後方にシャルが瞬間移動して現れた。
(マズい……マズいぞ!)
リディは血の気が引いていくのがわかった。
「シャル! 迂闊に其奴に近づくな!」
けれどもリディの声は届くのが遅かった。
シャルはマティアスの背後から、必殺の抜刀を繰り出したのだ。
しかし、マティアスは死角にもかかわらず、振り向きざまにバックステップ――無駄のないわずかな動きで難なくシャルの斬撃を躱してみせた。
さらに愛銃をホルスターに戻すと、打刀を素早く抜いて、シャルがいる方向めがけて、体重をのせて突き出したのだ。
……くはっ!
マティアスの打刀が、シャルの左胸から背中に向かって身体を刺し貫いた。
「やはりウェッジウッドの認識阻害か……。だが、残念だったな――」
シャルは両脚で自重を支えることが出来ないらしく、マティアスへと寄りかかる。
「さっさと離れてくれないか――」
マティアスはシャルの腹部を蹴り飛ばして、打刀を引き抜いた。
「シャルル坊や」
ドサリ!
シャルは力が抜けたように、その場に崩れ落ちた。
マティアスは仰向けに倒れたシャルを一瞥すると、再び探るように周囲を見回し始めた。
シャルは――動かない……。
真紅の液体が、彼の周囲に流れて広がり、周囲のコンクリートを染め上げていく。
――くっ!
リディは駆け寄りたかった。
けれども今動けば確実に殺される――。
リディは恐怖していた。
恐怖で動けなくなっていた……。
「シャル!」
ルーの叫び声が、駐車場内に響き渡った。
隠れていた柱から飛び出すと、シャルに向かって駆け出していたのだ。
「ルー! 出てくるな!」
しかし、リディの叫びは届いていなかった。
マティアスは振り返りざまに、左手で素早く銃を抜いていた。銃口の射線はルーを捉えていた。
そして、躊躇なく引き金を引き絞った。
銃声が轟く――。
わずかな静寂が訪れる――。
ズサッ……という倒れ込む肉塊の音が、リディの鼓膜を震わせた。
(なんだよ……。なんなんだよ?)
震えが止まらなかった。
ほんの数秒の出来事だった――。
「うわぁぁぁ~~!」
リディは身体を震わして泣き叫んでいた。




