第五十話「筋書きの内側」
「……監獄王」
クリスがその名前を口にすると、男の表情が僅かに引き攣る。
「やはり知っているようだな?」
隻眼の男は、咥えていた葉巻を絨毯に押しつけてもみ消すと、左目の眼光を鋭くする。そして、探るようにクリスを見つめた。
「お前——奴と知り合いなのか?」
威嚇するような、低く押し殺した声だった。
「さあ……」
クリスは動じることなく、首を傾げる。
「どうだろうな?」
「とぼけるな。お前……名前は?」
「まずは、自分から名乗ったらどうだ?」
「俺を知らないって言うのか?」
ぼそりと呟き、隻眼の男は舌打ちをする。
「ルーチェだ。ルーチェ・ネリ——覚えておいて損はないぜ」
「それで……ルーチェさん。アンタは――」
「おい、待て! お前も名乗るのが筋だろ」
ぎろりと隻眼で睨み付けられて、クリスも舌打ちをしてしまう。
「……クリス」
ポツリと早口で呟く。
「フルネームだ」
ルーチェに釘を刺されクリスはため息を吐く。
「クリストファー……テトレー」
「テトレーだと?」
それを聞いて、ルーチェは口角を上げる。
押し殺した笑いから、次第に声を出して、さらに室内に響き渡るほどの呵々大笑。
「笑いすぎだ……」
「ああ、悪い……。だが、これが笑わずにいられるか」
ルーチェは、くくくと笑いを堪える。
「うちのお得意様、テトレー伯爵の身内だとは――。もちろん養子だよな? 実子なわけないよな?」
「ああ……養子だ……」
ルーチェが、ギロリとクリスを睨め付けた。
「で――お前が殺ったのか?」
クリスは嘆息を漏らす。
「やはり、そう見えるよな……?」
「当然だ。若い男を何人も見繕って提供していたのはこの俺だぞ。その後の死体の処理もな——」
「死体……処理?」
怪訝な眼差しをルーチェに向けていた。
「あの爺さん……何をしていたんだ?」
「お前……本当に、何も知らずに伯爵の養子になったって言うのか?」
ルーチェは唖然とする。
クリスは肯定も否定もせずに黙り込んだ。しかし、その沈黙は何よりも雄弁だった。
「ハメられたってか? 監獄王に……」
ルーチェは薄ら笑いを浮かべる。
「何がおかしい?」
「墓荒らしの容疑の他に、伯爵殺しの容疑もかけられているとはな。俺から見ればお前も銃士の子供どもも大した違いはない。ぬるま湯にどっぷりと浸かっていただけなのさ。だから、手ひどくやられるんだよ」
クリスはため息を吐いて、肩を落とした。
(信用するなということだ……)
(たとえ、それが旧知の仲だとしても――)
両の拳を強く握りしめていた。
「……返す言葉もないよ」
「ま、お前には気の毒だが――」
ルーチェは目を細めて、クリスを見つめる。
「礼を言うぜ——クリス。ジャクソン・R・グレイの正体が、監獄王だと分かったんだからな」
「監獄王とは、面識はなかったのか?」
「ああ、直接はない。代理の者が来ていたからな……」
ルーチェはかぶりを振った。
「だが、今思い返せば、其奴が監獄王だったのかも知れないな」
「代理の者? どんな取引を持ちかけて来たんだ?」
「おっと――そいつは守秘義務の範囲内だ。俺の口からは言えないな」
ルーチェは、にやりと笑みを浮かべる。
「言えないだと? 監獄王はアンタを騙していたんだぜ。そこまで義理立てすることもないだろ?」
クリスは怪訝そうにルーチェを睨み付けた。
「義理立て……か。だが、それは見方によって変わるんだぜ」
「見方?」
「視点を変えてみるということだ。仮にお前の言い分が100%正しいとしてもだ。ま、正しいという保障は何処にもない。それに……」
「それに?」
「ジャクソン・R・グレイとは一度会っている。つまり、俺は監獄王に試されていると受け取ったぜ」
ルーチェの高笑いに、クリスはふんと不満気に鼻を鳴らした。
「そいつは良かったな――」
腐した言葉を残して椅子から立ち上がると、クリスは踵を返し歩き出した。
「おい! 待てよ、クリス!」
「あ……何だ? こっちは気分が悪いんだ」
クリスは立ち止まり、苛立った表情でルーチェを睨み付ける。
「まあ、そう言うな。俺ばかり有益な情報を貰うのも気が引ける」
「心にもない事を――」
クリスは再び歩き始める。
「まあ、待て――取引内容については教えられないが、監獄王からの依頼については、特別に教えてやる」
その言葉にクリスは立ち止まり、ルーチェの方へと向き直った。
「監獄王からの依頼だと……?」
ルーチェはクリスの表情を観察して、ニヤリと笑う。
「その表情を見るに——やはり監獄王には興味があるようだな?」
それを聞くと、クリスは苛立ちのあまり舌打ちをしてしまう。
「さっさと話したらどうだ……? こっちも忙しいんだ」
「そこの壁の端末に、俺がこれから言う番号を入力してみろ」
「壁の端末?」
右の壁に埋め込まれた端末が視界に入る。
(隠し扉があるのか……?)
クリスは気分は乗らなかったが、壁の端末にルーチェが口にした番号を入力してみた。
電子ロックが解除された音と共に、壁だった部分が奥へとへこみ、右にスライドしていく。
すると——一部屋分のスペースが現れる。
そこには、金銀に彩られた装飾品が多数保管されていたのだ。
「これは……?」
「お前たちが探している、霊園墓地から持ち出された埋葬品や副葬品だぜ」
クリスは振り返り、座り込んでいるルーチェを困惑気味に見つめる。
「これは——どういうことだ?」
ルーチェはクリスの表情を見て、笑う。
「俺が監獄王から持ちかけられた依頼は――三つだ」
「……三つ?」
「一つめは――マティアス・ド・ブランシェという、近衛省に所属している男が持ち込んだ品を、大切に保管すること」
「ちょっと待て……。アンタが闇のオークションで売りさばいていたんじゃないのか?」
戸惑うクリスを見て、ルーチェは鼻で笑う。
「信用だ。商売に一番必要な事は――信用なんだぜ。俺は監獄王の依頼通りに大切に保管している」
(なんだ? 監獄王の奴——何を考えている?)
「そして彼からの二つめの依頼は――この品々を闇のオークションに流しているように見せかけることだ。ネットや噂を流して、オルフェウス会が盗品を売りさばいていると触れ回ったのさ」
さらに怪訝な眼差しをルーチェに向ける。
「……保管? ……見せかける? こんな事をして何になる?」
「さあな。んなこと知るか……。俺の知った事じゃあねぇ」
ルーチェは鼻を鳴らす。
「だが……依頼を引き受けたからには依頼人の望み通りにするだけだ。それが信用だ」
「だったらグリムリグは何処にある?」
「あ……? 何を言ってるんだ?」
「惚けるな。墓が荒らされて盗まれているんだ。当然、保管されているんだろ?」
「そいつは知らねぇな」
ルーチェは首を傾げる。
「俺がブランシェから受け取ったモノはそこにある限りだ。奴だって、リグのような嵩張るモノを盗んだりは、しないだろうよ」
(リグは他の誰かに、盗まれたっていうのか……?)
「おい、クリス! 訊いているのか?」
考え込んでいたせいか、ルーチェの呼びかけが聞こえていなかった。
ふと顔を上げると、ルーチェが苛立ったような表情をしていた。
「まだ二つだぜ。残りの一つ——興味ないのか?」
「ああ、そうだったな。で……三つめは何だ?」
「三つめは――この抽斗の中にある」
背をもたれかけていた机の抽斗から、ルーチェは封書を一通取り出した。
「この封書と言伝を頼まれていたのさ」
「誰に宛てたものだ……?」
ルーチェは口角をつり上げた。
「……お前だよ」
「俺に……?」
クリスは驚きを隠せなかった。
「俺にだと?!」
「ほら――受け取れ! クリストファー・テトレー!」
ルーチェは封書をクリスに向かって放り投げた。
「まさか本当に現れるとは……な。思ってもみなかったぜ」
クリスは投げられた封書を受け取った。
封書の差出人は——監獄王だった。
ルーチェは唖然とするクリスを見つめると、目を細めて笑みを浮かべた。
「つまりは——お前の行動はすべて監獄王の手の内って事だ」
◇◇◇
リディとシャルによる同時攻撃だった。
だが、いとも容易く銃弾を避けつつ、背後からのシャルの強襲も難なく左手に持った打刀で防いでみせたのだ。
「「な!?」」
リディとシャルは驚嘆の声を上げてしまう。
「お前たちの攻撃など児戯に等しい」
マティアスは不敵な笑みを浮かべる。
――攻守逆転。
マティアスはすぐさま背後にいるシャルに向かって、不意を突く形で右回し蹴りを繰り出した。
抜刀直後であるため、シャルの左側面はほぼ無防備の状態だった。
シャルの側頭部に、マティアスの蹴りが直撃する。
――くっ!
蹴りの衝撃からシャルは右方向に飛ばされ、受け身をとることも出来ずに仰向けに倒れ込んでしまった。
さらにはマティアスはとどめとばかりに、右手に持った拳銃の撃鉄を起こす。
銃口は倒れたシャルに向けられる。
「マティアス!」
リディがそれを阻止すべく、マティアスに向かってファニングによる三連射を繰り出した。
ダダダァン!
しかし、マティアスは銃声が轟くよりも先に、まるで銃弾の軌道を予測していたかのように身体を動かしていた。
無駄のない流麗な動きで、いともたやすくリディが放った三発の銃弾を躱したのだ。
「な?!」
唖然とするリディに、今度はマティアスがお返しとばかりに、銃口をリディに向けて引き金を絞り込んだ。
至宝の発動は――間に合わなかった。
ダァン!
銃声と共に銃口から火花が上がる。
時は――止められなかった。
リディが瞼を閉じかけたときだった。
目の前にまるで見えない壁が存在するかのように、銃弾は制止していた。
マティアスは舌打ちをする。
「シャル! 貴様の至宝か?!」
至宝による空間の支配により、銃弾は止められていた。
マティアスは振り返り、シャルが倒れ込んだ場所に顔を向けた。
だが、そこにはすでにシャルの姿はなかった。
リディも直ぐさま近くにあった支柱に向かって、頭から飛び込むようにして身を隠して気配を消した。
マティアスは周囲を見渡してから、舌打ちをする。
「やってくれるじゃないか! 三銃士の子供ども! 至宝の扱いにもようやく慣れてきたようだな?」
静寂の中、マティアスの声だけが駐車場内に響き渡る。
三人は気配を消して、マティアスの声に耳を傾ける。
「だがな! お前たちの切り札――既得権益である至宝もまた、王国の崩壊と同じく消滅する運命なのさ」
マティアスは腰のホルスターから銀白色の物体を取り出した。
それは鏡面仕上げの金属製の立方体だった。




