第四十九話「台本の外へ」
「どういうことだ? 彼女たちは諜報活動が専門じゃないのか?」
「はい。ですが——基本的に諜報活動が専門というだけです。ジャンナッツ家にとって有利になるように、情報操作を行っていないワケではありません」
「……情報操作?」
背筋がぞくりと薄ら寒くなるのを感じる。
「屋敷猫は野良たちから上がってくる各地域の情報や各国の情報を集約して、世界情勢を見極めてシナリオを練り上げているんです」
(なんだよ……それ?)
「ちょっと待て――。初耳だぞ。俺はそんな話、聞いたことがない」
「ああ……まあ……何て言うんですか……ジャスティン様は仮の当主ですから……」と、マルセイユは視線を合わせないようにしながら、言葉を濁した言い方をする。
ジャスティンは、思わず舌打ちをしてしまう。
「まあ、良い。それで……その屋敷猫たちは練り上げたシナリオをどうするんだ?」
「私も座学のみの知識なのですが――」
視線を上にして、記憶を辿る。
「屋敷猫は多数の野良たちに指示を出すそうです。そして指示をもらった野良たちは標的に接触して、情報を操作していくんです」
(おいおい……ちょっと待てよ……それって――)
「様々な角度から接触して情報を植え付けさせて、標的があたかも自分の意思で行動し、決断したかのように見せかけるそうです」
(似ていないか……? 今の状況に……)
ジャスティンの脳裏に、ふとルヴェの人物達の顔が思い浮かぶ。
アデル嬢……。
執事のジャイルズ……。
庭師のカロン……。
タクシー運転手のデュヴァル……。
そして、医師のカリエル……。
(俺は——誘導されていたのか)
ジャスティンはパチンと指を鳴らした。
「そう! それだよ」
(屋敷猫と同じようなことをされていたワケか……)
「どうりで気に入らないワケだ」
ジャスティンはすべて合点がいったとばかりに、喜びの声を上げる。
一方のマルセイユは小首を傾げる。
「私はたった今、気に入らない思いをしました」
マルセイユは不満げに挙手をする。
「ジャスティン様が一人で喜んでいるのが、私は気に入らないです」
ジャスティンはマルセイユに近くに寄るように合図をする。
近くに寄ってきたマルセイユの耳元で囁いた。
「俺たちは情報操作をされているんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
声のトーンが大きかったのか、マルセイユは辺りを気にして声を潜める。
「話が飛躍し過ぎています。自分から話を振っておいてなんですが、さすがに猫と同じ事をされていたとしたら、私が気がつきます」
マルセイユはいつになく真剣な眼差しになった。
「いや……何て言うかな……情報操作といっても若干、毛色が違うんだよ」
「毛色って……ネコの話ですか?」
怪訝な眼差しで見つめてくるマルセイユ。
「何の話を、されているんですか?」
「違うって――情報操作のための舞台を作り上げているんだよ。ん~、あれだ……」
ジャスティンは腕を組んで少し頭の中を整理する。
「観客参加型の劇――そう考えた方がしっくりくる」
「観客参加型?」
ますます混乱したのか、マルセイユは首を傾げる。
「……劇?」
「つまり、今いるルヴェの領地が舞台。その舞台で起きた殺人事件の捜査をする劇の中に、俺たちはいる――そう考えれば、分かりやすい」
「ちょっと、待ってください」
マルセイユが声を荒げる。
「ジャスティン様は、今まで会ってきた方々が、役者だと仰るつもりですか?」
ジャスティンは確信を持った眼差しで、マルセイユを見つめる。
「……信じられないか?」
「信じられません! ここはルヴェの領地ですよ? そんな勝手なこと――」
「逆だよ、マルセイユ」
ジャスティンはかぶりを振る。
「領地という政府が介入できない閉鎖的な土地だからこそ——可能になるんだ」
「あ、あり得ないですよ……」
マルセイユは、ジャスティンの言葉を否定するように、かぶりを振った。
「そう思うか?」
「思います! 現に領主が殺されているんですよ?」
「ああ、フェルナン・ド・ルヴェ侯爵は殺害された。そして、それを契機として10月9日22時から10日の深夜にかけて、モンソレイユ邸の関係者が入れ替わった」
「入れ替わった? モンソレイユ邸の住人全員が……ですか?」
「もう一人のフェルナンが、侯爵に成りすまして10月9日22時にモンソレイユ邸に帰宅した。そして深夜――監獄王を含めた複数人がバルコニーから書斎に忍び込む。ここまでは以前に話しただろ?」
「はい。そこまでは私もあり得る話だと思いました――」
マルセイユは、小さく頷いた。
「ですがジャスティン様は——さらに監獄王を含めた複数人が、そのままモンソレイユ邸を制圧したと主張するのですね?」
ジャスティンは静かに頷いた。
「もちろん、確証は何もない。だが……おそらくモンソレイユ邸の住人は、今も屋敷内の何処かに拘束されているか、監禁されているだろうよ」
「ですがその場合——」
マルセイユは興奮気味に、ジャスティンの方へと身を乗り出す。
「モンソレイユ邸までの案内役のアデル嬢はどう説明するおつもりですか? 私たちの目の前でカミーユさんと再会のハグをしていましたよ?」
「ルヴェ署も制圧されているんじゃないかな……。そうでなければ辻褄が合わない。だから本物のアデル嬢もアラン署長も、おそらく……ルヴェ署の留置所にいれられているんじゃないかな?」
「―――!」
「建前上、ルヴェにも警察署はあるが、署長はルヴェ一族に連なる人間だ。ここを制圧すれば、領地内外の情報は遮断ができる」
マルセイユは言葉を失う。
ジャスティンは話を続ける。
「そして……領民の戸籍は未だに領主が管理している。だから、俺たちが会ってきた人物が、本人であると、今すぐに証明することは困難だろ?」
「ジャスティン様……劇はともかくとして——」
(劇までは——行きすぎた説明だったか?)
「これは……内紛——いえ、クーデターなのでは?」
「そう見えなくもないんだが――」
ジャスティンは言葉を濁す。
「違うと仰るのですか?」
「いや……そこまでは断定していない。首謀者は『もう一人のフェルナン』と監獄王を名乗る『ジャクソン・R・グレイ』で間違いないんだが……」
「はい。筋は通るかと……」
「だが、どうして書斎にフェルナンの遺体を置いたんだ? ここがどうにも引っかかる」
「確かに……そう言われると――」
マルセイユは顎に指を当てて、ふむふむと考え込む。その姿を見つめながら、ジャスティンは話を続けた。
「わざわざフェルナンの遺体を置いた上で、ルヴェ署から警察庁に連絡を入れているんだ。おかげで領地捜査局が乗り出す格好になった。クーデターが目的なら、遺体など置かないで、自らがフェルナンとして成りすましていれば良いと思わないか?」
「でしたら——首謀者は、従兄弟のアランなのでは?」
「仮に署長のアランが画策して、計画的にクーデターを起こしたのなら、わざわざルヴェ署が杜撰な捜査資料を提出したりはしないだろうよ」
マルセイユは言葉に詰まる。
「領地捜査局が形式的であっても捜査をする以上、きっちりとした捜査資料を作成してくるハズだ。疑われるような書類を渡したりはしない。それに書斎のゴミ箱に捨ててあった偽物の受任通知書なんて置いておく理由がない。加えて――」
「加えて……?」
「俺たちはモンソレイユ邸を自由に捜査ができた。さらに誰もが捜査に協力的で、必要な情報は何の苦労もなく手に入った」
「ジャスティン様は領地捜査局の捜査官です。ルヴェ署が捜査に協力するのは当たり前なのでは?」
「前にも言ったが……基本的に領地捜査局に独自の捜査権限はないんだ。当たり前が通用しないんだよ。しかも貴族様にとって領地は聖域だ。荒らされたくないのが一般的だ」
マルセイユは反論を試みようとするが、諦めたように大きく息を吐いた。
「そういう理由であれば、わかりました……。クーデターかどうかは一旦保留にします。ですが――」
マルセイユはしばし考え込んでいたが、申し訳なさそうに頭を振った。
「どうして観客参加型の劇という発想に繋がるのですか? 観客参加型の劇にする、その目的はなんですか? しかも現役の領地捜査局の捜査官を相手にして、ですよ?」
当然、その疑問に行き着く。
(確かに……そこを突かれると弱い)
ジャスティンは肩を竦める。
「俺たちを正解へと導こうとしているとか――じゃないのか?」
「正解へ?」
「ノスフェラトゥ連続猟奇殺人事件は進展なし。テトレー邸の事件も、わざわざ監獄王が名前を書き残しておいたが調査する気配が見えない」
ジャスティンは苦々しい表情に変わる。
「だから、無能な領地捜査局の捜査官に劇に参加してもらい、捜査のポイントをレクチャーしようとしているんじゃないのか? 大きなお世話だが、な」
「皮肉が過ぎますよ。ジャスティン様を無能扱いしていると言う事ですよね?」
「そういう事になるな」
ジャスティンは舌打ちをすると、近くにあった石を蹴り飛ばした。
「ですが、今も私たちが、ジャスティン様の言う観客参加型の劇に参加させられているのだとしたら、台本に従って此処まで来た事になりますよ?」
「ああ——そう言うことになるな……」
「でしたら、この先の話の展開はどうなるのですか?」
正論で問われると、ジャスティンは首を傾げるしかなかった。
「さて……」
マルセイユが目を丸くして、ジャスティンを見つめた。
「え? ちょっと……ジャスティン様?」
「俺が知るはずないだろ!」
ジャスティンは、ぷいとマルセイユから顔を背けていた。
「知らないって――逆ギレですか……?」
「仕方ないだろ。俺たちは観客側なんだ。台本は見せてもらえない」
マルセイユは呆れたようにため息を吐く。
「ご承知とは思いますが、劇だと主張なされるのであれば、当然ですが時間制限があるはずです。おそらく終演の時間は残り少ないのでは?」
「お前の言うとおりだよ。台本があるとしたなら、強制的にフィナーレの場面に連れて行かれるだろうな」
ジャスティンはため息を吐いた。
「そろそろ『案内役』が登場する頃合いだ。そうだな……俺は——アデル嬢が現れるに100ディール」
ジャスティンに続いて、マルセイユもため息を吐いた。
「そうやって、ジャスティン様はすぐに冗談めかしますよね。でしたら――」
マルセイユはスカートのポケットから名刺を取り出して、その裏をジャスティンに見せつける。
「私は、デュヴァルさんに100ディール」
「お前……それはズルだろ? 呼んだら賭けは成立しないぞ」
「賭けを始める前に、その様な規則がある事を説明されておりません」
マルセイユは問答無用とばかりに、携帯端末を取り出して電話を掛ける仕草をする。
それを見てジャスティンはもう一度指を鳴らした。
「なるほど、その手があったか――」
「ん? その手……?」
マルセイユは小首を傾げてジャスティンを見つめる。
「マルセイユ——この先の展開は分からないが、観客参加型の劇だと、証明することはできるぞ」
「証明……? そんなこと――」
「簡単なことだった。俺たちが自発的に動けば良かったんだよ」
「自発的に……?」
「そうだ。俺たちは、誰かが作った台本通りに劇を進行させられている。だが、逆に考えれば、台本通りに進んでやる義理はない」
「理屈はそうかも知れませんが……。当然、相手はそうならないように――」
呆れた表情をしていたマルセイユだったが、何かに気づいたように、目を丸くしてジャスティンを見つめ返した。
ジャスティンはそれを見て、ニヤリと笑う。
「気づいたか? マルセイユ……」
マルセイユは興奮気味に、こくこくと何度も頷いてみせた。
「はい。私たちを見ているのはそのためなのですね?」
マルセイユは高台の屋敷を背にして、小声でジャスティンに訊ねていた。
「そういうことだ。あの高台から俺たちを見ている奴が、おそらく指示を出している。だが、相手はまだ気づいていない」
「私が視線を感じていることに――ですね?」
「ああ、そうだ。だとしたら、台本の中に俺たちがあの屋敷に乗り込む場面が用意されていると思うか?」
「おそらく——ないでしょうね」
マルセイユはニヤリと笑う。
「……なら、乗り込む価値はある」
ジャスティンもまた、人のわるい笑みを浮かべた。
「――そうだろ?」




