第四十八話「誘導された真実」
『君は――何を言っているんだい?』
「そう言って笑われましたよ。フェルナンは惚けた笑みで僕を見つめて、事故なんて起こしていないの一点張りですよ。僕が冗談を言っていると思っているような口ぶりでした」
カリエルは乾いた笑みを浮かべる。
「ですから、バス――バスティアンの話に触れたんです。そしたら彼の形相が一変しました。そして耳元でこう囁かれたんです」
『いいか? アンリ。君がお父上の後を継いでこの町で医師を続けたいのなら、触れてはならない事もあることを覚えておいた方が良い。これは友人としての忠告だ。バスティアン・モレルという人物はこのルヴェの領地にはいなかった。そして私は事故を起こしていない。君の記憶違いだ』
「彼の険しい表情と恫喝ともとれる物言いに――僕はそれ以上、何も言えなかった。彼が帰った直後に、父にその事を伝えたら——父も同様のことを数年前に言われていたそうです」
カリエルは大きくため息を吐いた。
「ですから――ルヴェ領内においてフェルナンの事故は公式にも非公式にも無かったことにされています。当然、バスティアンは存在していないことになっています」
聞き終えると、今度はジャスティンがため息を吐いた。
(よくある話だ……)
ジャスティンは領地捜査局の捜査官になって、辟易するほどにこの手の話に直面してきた。
領主にとって都合の悪い事実が、都合の良い虚言に書きかわる瞬間を何度も目にしてきた。領主にとって都合の悪い証拠がなくなり、都合の良い証拠が次から次へと沸いて出てくることもあった。
「一つ……よろしいですか?」
「もしかして、警部は——」
カリエルが探るように見つめてくる。
「フェルナンは双子だったと――入れ替わったと、お考えなのですか?」
自分が訊きたかったことを先回りして問い返されたので、ジャスティンは言葉に詰まってしまった。
それを見て取ると、カリエルが答えてくれた。
「あいにくと……双子であった事実も噂も存在しません」
カリエルが肩を竦めた。
「あくまで、この領地内に限れば――の話ですが」
カリエルのその含みのある物言いが、ジャスティンは気になった。
「何か……ご存知なのですか?」
「警部は、どうしてフェルナンが私と父に圧力を掛けてきたと思いますか?」
(たしかにそう言われると——)
ジャスティンは考え込む。
(事故をもみ消し、モレルという人物の存在を消し去った。さらに、わざわざ出向いてまで口止めをする、その理由……?)
「……医師だから、ですか?」
ジャスティンはふと思ったことを口にする。
「貴方も貴方のお父様も、医療技術に精通している——だからですか?」
◇◇◇
「相当の恨みを買っていますね、ソフィア協会――」
マルセイユは取り壊された建物を前にして、そう呟いた。
「全焼って――。跡形もありませんよ……。どうしてここまでされるのでしょうか?」
「さあな……」
辺りを見回しながら、ジャスティンは興味なさげに呟いた。
診療所を後にしたジャスティンとマルセイユは、広場を抜けた先にあったとされるソフィア協会の支部を訪れていた。
何かの手がかりがあればと寄ってみたのだが、収穫どころかすでに建物はがれきの山と化していた。
石造りの建物であったが火災により内部の木造部分が焼失し、屋根や壁が崩壊し、見る影もなくなっていた。
ジャスティンはソフィア協会の建物があった周囲を歩いて回る。
「物証の一つでも見つかればと思ったが……これじゃあ、何も見つけられそうにないな」
諦めに似たつぶやきが口から漏れてしまう。
「カリエルさんの話しぶりからすると、ソフィア協会が絡んでいるのは間違いなさそうなんですけどね」
「ああ……」
ジャスティンは先ほどの話を思い返してしまう。
***
「そうです……父も僕も医療には詳しい。さらに言えば、僕は当時の最先端の医療技術を学んできたのですから――」
「まさか、その当時の……医療技術を超えていたと?」
ジャスティンはにわかには信じられなかった。
「当時どころか——今でも不可能ですよ」
カリエルは嘆息を漏らす。
(今でも不可能な医療技術だって……?)
「だから、詳しい私に口外するなと、口止めにきたんです」
「禁忌の術なんですよ、アレは……」
「それはいくらなんでも――」
ジャスティンの言葉を遮るように、カリエルは話を始める。
「当時から黒い噂はあったんですよ」
「黒い噂……?」
「フェルナンの父親であるルイ・ド・ルヴェはソフィア協会の創設メンバーなんです」
(ああ、なるほど……。フェルナンの書斎にあった有名貴族からの手紙は、そっち方面の交流なのか)
「秘密結社ヴェール同盟の会員でもある……ということですね」
カリエルは小さく頷くと、声を潜める。
「結社の目的は公にはされていませんが、マリアージュの秘術の解明なんです」
(――マリアージュの秘術?)
「神の名をいただく皇女神マリアージュの秘術をこの手中に――。それが結社の理念です」
(マリアージュの秘術と呼ばれるものの中に、人体の部位の生成がある。けれども、それは都市伝説やオカルトに類する噂話だ)
「カリエルさん……それはあくまで噂ですよ」
ジャスティンは首を横に振った。
「ええ。あくまで噂です。けれども父によって緊急手術を受けたフェルナンは、その後、再生医療を専門とする病院に移送されました」
「再生医療?」
ジャスティンは目を丸くする。
「まさか……腕や脚が再生したと、おっしゃるつもりですか?」
「僕も父からその話を聞かされた時は、貴方と同様に到底信じられませんでしたよ。再生医療を否定するつもりはありません。けれども、僕だって医者ですからね。幹細胞を増殖させて腕や脚といった部位を形成するまでに至る――そんな医術を僕は知らない」
「侯爵が移送された病院は何処なんですか?」
「フォルトスラーバ領にあるフォルトスラーバ総合病院です」
「フォルトスラーバ? もしかして……ソフィア協会の推薦ですか?」
カリエルは静かに頷いた。
***
「ジャスティン様……? 聞いていますか?」
マルセイユが上目遣いに、顔を覗き込んでいた。
「悪い、ちょっと考え事をしていた」
ジャスティンは顔を上げて、マルセイユを見つめる。
「で……何か用か?」
「いえ、用と言うほどのことでもないのですが――陽も傾いてきましたよ」
マルセイユの言うとおりだった。
西の空を見上げると、太陽はすでに山陰に隠れていた。さらに空も赤く染まり、夜の帳がおりかけていた。
腕時計に目を移すと短針が4を過ぎて5に迫ろうとしていた。
「どうしますか? そろそろ戻らないと――」
「わかっている」
ジャスティンは焦燥を募らせていた。
核心に近づいている気はしていた。
だが――何かが足りない。
ジャスティンはそう思っていた。
パズルに喩えれば、ピースが一つ……いや、二つ三つほど抜け落ちている。
或いは——填まらないのだ。
ジャスティンは少し苛立ちつつ、ふと高台の屋敷を眺める。
「マルセイユ……」
「何ですか?」
「まだ視線は感じるのか?」
「ええ、まだ感じます」
「気に入らないな……」
ジャスティンは高台の屋敷を眺めながら、舌打ちをしてしまう。
「……え?」
マルセイユは不安げな眼差しでジャスティンを見つめた。
「なんか……こう……イライラするんだよ。見られているというのもあるんだが、それ以外に別の何かが、色々あって――」
そう言いながら頭を掻きむしる。
「それが言葉に出来ないことが気に入らない」
マルセイユは一つため息を吐く。
「……我が儘ですね」
「どうして俺には視線を感じることができないんだ? それがまず気に入らない」
「そんなことを言われましても……」
「嫉妬なのか……? 俺は……お前の才能に嫉妬しているのか?」
「え? それは意外です」
顔をぱっと綻ばすマルセイユ。
「私に嫉妬しているんですか? ジェラシーを感じていらっしゃるのですか?」
「いや……それだけは違うと思いたい――。おい、何でお前は嬉しそうに身を乗り出してくるんだ?」
「素直になられてはどうですか? お身体に障りますよ……」
心にもない事を言いながら近くに寄ってくるマルセイユを払いのけて、ジャスティンは瞼を閉じて渋面で考え込む。
「そんなに苦渋するほどのことなのですか?」
マルセイユは嘆息を漏らして、そう呟いた。
「わかった……。断腸の思いだが、認めよう」
しばらくの後、ジャスティンは諦観したのか、ゆっくりと頷いた。
「お前の能力に、ほんの少しだが嫉妬している。……自分がいる」
「断腸するほど認めたくなかったのですか? それはそれでショックなんですけど」
「お前の能力はギフトだ。そう解釈すれば納得はできる。納得はできるが、それがなければ俺は監視されていることに気づくことが出来なかった。それが気に入らない」
「意外に面倒くさい方なのですね? ジャスティン様は……」
「面倒くさいは余計だ。俺はジャンナッツ家に生まれてこの方、気に入らないことだらけで育ってきたんだ」
マルセイユは呆れたようにため息を吐く。
「他にもまだ気に入らない事があるような口ぶりですね?」
「マルセイユ……お前はルヴェに来てから、気に入らない事はなかったのか?」
「ジャスティン様に、ですか? それは思っていたとしても、口に出せません」
「違う——俺にじゃない」
真顔で答えるマルセイユに、ジャスティンは苦笑してしまう。
「たとえば……ルヴェに来てから捜査が順調で上手く行きすぎているとか、だ。俺は順調すぎるのが、どうにも気に入らない」
「なんか……贅沢な悩みですね。捜査が進展しているのは良いことじゃないですか?」
「そうじゃない。わからないか?」
頭を掻きながら言葉を探す。
「三年前に設立されたばかりの領地捜査局という組織は、貴族様の領地を自由に捜査できる権限は、生憎と持ち合わせていないんだ。基本、相手方が用意した証拠品や証言を、形式的に処理していくことが殆どなんだ」
「それは……不思議ですね」
マルセイユは小首を傾げる。
「では――今のこの状況は?」
「今回のケースは異例なんだよ。ルヴェの領主が殺害されたという特別な事情があるにはあるんだが——本来であれば、俺たち捜査局の人間が領地を自由に歩き回れることなんてまずあり得ない」
「確かに、それは……何かニオイますね」
「な……臭うだろ?」
「そ、そう言えば……」
ニオイという言葉に、恥ずかしそうに視線を逸らして、マルセイユは咳払いをする。
「ジャスティン様はモンソレイユ邸で捜査している時から、誘導されている気がするとか——仰っていましたね?」
「ああ。根拠はないが、な」
「それはつまり――誰かが、猫たちと同じことをしているのですかね?」
(猫……?)
「それは……野良たちのことか?」
マルセイユはコクリと頷いた。




