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マリアージュの銃士隊  作者: ミナモ
第六章

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第四十七話「存在しない記録」

 

 診療所は広場の西側にあった。


 他の建物と同じ石造りの二階建てであったが、入り口の扉はモダンな緑色の引き扉だった。

 取っ手寄りに採光用のスリット窓が縦に走る。


 そのスリット窓から中を覗き込むと、看護婦が正面の受付に居るのが見えた。


 診察の時間はすでに過ぎていたが、ジャスティンとマルセイユの二人は扉を開けて診療所に入っていく。


 扉を開けて中に入ると、扉に取り付けられた呼び鈴が鳴った。


 すると正面受付の看護婦が作業しながら、機械的な物言いをする。


「本日の診察は終わりました」


「いえ——診察で来たワケではないのですが」


 その一言に、看護婦は顔を上げて、受付の前にいる二人を怪訝そうに見つめる。


「では、どういったご用件で?」


 ジャスティンは領地捜査局のバッジと証明書を見せた。


「この町にモレルさんという方が住んでいるそうなのですが、もしかしたら、診察されたことがあるのではないかと思いまして……」


「それは——住所を教えて欲しいということですか?」


「ええ。有り体に言えば、そうなりますね」


「あの……少々お待ちいただけますか? 先生に伺って参ります」


 看護婦はそう言って奥の診察室へと歩いて行く。

 それを見送ってから、二人は待合室の長椅子に腰掛けて待つことにした。


 しばらくすると、看護婦が戻ってきて、二人を診察室へと案内をしてくれた。


 診療室に入った途端に消毒液の匂いが鼻につく。


「悪いね……。今、クレゾールを少し溢してね。拭いたけど、まだ匂うでしょ?」


 机で書き物をしている男性が、二人を見ることなくそう言った。


「こちらこそ、診察時間外にお邪魔して申し訳ありません」


 男は書き物が終わると立ち上がり、二人を出迎える。


 丸眼鏡を掛けていて細面の顔立ちだった。真面目そうで理知的にみえる。髪はあちこちに白髪が混じっていた。


「アンリ・カリエルです。妻から――」と言いかけて、「受付にいたのが妻です。彼女から伺ったのですが、なんでも、モレルという人物を探しているとか……?」


「ええ。ルヴェ侯爵の事件を担当しています」

 ジャスティンは領地捜査局のバッジを、カリエルに見せた。

「この件について、運転手のモレルさん……バスティアン・モレル氏にお話を伺いたくてこの町を訪れたのですが、あいにくと住所が分からなくて」


「なるほど……フェルナンの事件を担当されているのですね?」


(領主をフェルナン呼びか……。幼なじみなのか?)


 カリエル医師は二人に椅子に座るように促した。


「ですが、この町にバスティアン・モレルという人物はいませんよ」


 ジャスティンとマルセイユは顔を見合わせてしまう。


「いない?」

 ジャスティンは眉根を寄せる。

「クレールヴァルに住んでいると言われたのですが」


 カリエルは一つ息を吐くと、黙り込んでしまった。

 瞼を閉じて、しばらくの沈黙の後に二人を見つめる。


「他言はしないと――誓えますか?」


「もちろんです」

 ジャスティンは真剣な眼差しで、即答した。


 カリエルは少し熟考した後に、重い口を開いた。


「30年ほど前までは、ここに住んでいました――」

 カリエルはゆっくりとかぶりを振った。

「ですが……彼はすでに亡くなっています」


「ちょ……ちょっと待ってください」

 ジャスティンは困惑した表情に変わる。

「私はとある人物から領主の運転手の所在を伺って、クレールヴァルに来たのですよ?」


「そう言われましても……。その人物の真意は分かりかねますが」

 今度はカリエルが困惑した表情に変わる。

「バス――いえバスティアンは友人でしたから……間違いありません」


「友人?」


「ええ。クレールヴァルは小さな町ですから……。年の近い者同士の交流はありますよ。もちろん、ルヴェの領主となったフェルナンも友人の一人でした」


(どういうことだ? それなら執事のジャイルズは何故、死んだ者の名を——)


 ジャスティンはかぶりを振った。


(いや——まだ決めつけるのはよくない。この目の前にいるカリエルという医師が本当のことを言っている確証はない)


「では……死因は何だったのですか?」

 ジャスティンは探るような眼差しで、カリエルに訊ねた。


「……事故ですよ。フェルナンが運転する車に同乗していて、崖下に転落したそうです」

 カリエルはやり切れなさそうに、ため息を吐いた。

「二人ともかなり酒を飲んでいたそうですから」


「貴方は……一緒ではなかったのですか?」


「当時の僕は、首都(グランディール)に下宿していました。父の後を継いで医者になるためにね」

 カリエルは肩を竦めた。

「事故の報せを聞いたのは——バスの葬儀の日程を知らせる手紙でした。ワケも分からず、すぐに駆けつけましたよ」


 当時を思い出したのか、カリエルは言葉を詰まらせた。


「ですが、僕がクレールヴァルに戻ったときには――すでに棺は埋められていました」


 その言葉に、診察室は重い空気に包まれた。


「あ……そうだ。親父が書類を残しているはずです。ちょっと待っててください」

 そう言って、カリエルは席を外した。


「何か……おかしな事になっていませんか?」

 マルセイユが小声でジャスティンに話しかけてきた。


「ああ……ジャイルズとカリエルの証言が、ここまで食い違うとはな――」

 やれやれと言わんばかりに、肩を竦める。

「生きていると、死んでいるでは大違いだ」


「ジャイルズさんが嘘を言っているのでしょうか?」


「マルセイユ……ここはルヴェの領地だということ忘れるな」

 ジャスティンはカリエルが出て行った扉を見つめる。

「領主が亡くなっている。だが、それでも領民が領主に不利な証言はしない」


 自分に言い聞かせるように呟いて、ジャスティンは口を閉ざした。


 しばらくすると、カリエルが書類を手にして戻ってくる。


「ありましたよ」


 ジャスティンはカリエルから書類を受け取ると、確認することにした。


 それは死亡診断書だった。


 死因の欄には外傷性ショックの記載があり、原因欄には全身打撲、左大腿部損傷と書かれていた。


「死体検案書ではないのですね?」


「ええ、その時はまだ息があったそうで、二人はここに運ばれてきたそうです」


「フェルナン――いえ、ルヴェ侯爵は無事だったのですか?」


「無事ではなかったですね……」

 カリエルはため息を吐いた。

「彼は運良く、車から投げ出されたことで、一命は取り留めたそうです。ですが、落下の際に右腕と右脚の損傷が激しくて……。私の父が緊急手術の執刀をしました」


(右腕と右脚……?)


「その当時のカルテは残ってますか?」


「ええ。こちらがその時のカルテです」


 カリエルは別の書類を手渡してくれた。


 カルテの内容は、ジャスティンには衝撃的なものだった。


 事故による損傷のため、右上腕部切断、右大腿部切断と書かれている。

 その他に麻酔記録:エーテル吸入、そして執刀医はピエール・カリエルとなっていた。


「……切断?」


 思わず声が出てしまう。


(まてまて――頭が混乱するじゃないか)


「ルヴェ侯爵は――事故後は義肢と義足だったのですか?」


 カリエルは首を横に振った。


「……いいえ」


(……ん?)


「ちょっと待ってください――」


「言いたいことはわかります。わかりますよ……ジャンナッツ警部。けれども、あらかじめ断っておきますが」

 カリエルは身を乗り出すと、声を潜めて話し始めた。

「このルヴェの領地において、貴方が手にしているそのカルテは存在しないモノなんですよ」


(存在しない……? 存在しないことにされている――そういう意味か?)


 手にしているカルテを見つめる。

 ねつ造した物ではない。

 それは書類の経年による劣化と変色具合が物語っていた。


 30年前――その当時に、書かれたカルテとみて間違いはない。


「それは当時、私の父が密かに残しておいた(カルテ)です。見つかれば――私たちはこの地に居られません」


 ジャスティンは固唾を飲み込んだ。


(確かにこれは領主の秘密に類する。見つかれば、ここで診療所を続けることは困難だろう)


「ルヴェの領地ですから、事故をもみ消すのは、親族であれば容易いでしょう。ですが」

 ジャスティンは頭を振る。

「右腕と右脚の切断という事実は消えません。消えることなんて……そんなこと出来るはずないと、思うのですが?」


 ジャスティンのその問いに対し、カリエルは両の手を握りしめて震えていた。


「ええ。その通りですよ。けれどもね……ジャンナッツ警部」


 カリエルは視線を泳がせながら、言葉を選ぶようにゆっくりと語り始めた。


「バスティアンの葬儀から4年後に、僕は国家資格を手にして——医師として、クレールヴァルに戻ってきました。父の後を継ぐためにね」


 こわばった表情だったが、シニカルに笑って見せた。


「そんなある日の午後でした。フェルナンの方から、僕に会うために此処を訪ねてきてくれました。彼は元気そうでしたよ。自分の脚で歩いて僕のそばにまで近づき、両手で僕にハグをしてくるのですからね」


「それは作り物ではなかったと——」

 ジャスティンも声が震えていた。

「そう……仰るのですか?」


「ええ。アレは明らかに違いましたね」


 カリエルはあの時の感触を思い返しているかのように、震える手を見つめていた。


「僕はこの手で、彼の右手を触って確かめました。義鋼堂特有の精緻な義肢ではなかった。それに――」


「それに……?」


「彼は不思議そうな顔をしていましたよ。右腕を必要以上に触る僕に——」

 カリエルは顔を上げて、ジャスティンを見つめる。

「だから、聞いたんですよ。事故に遭ったこと、右腕も右脚も失ったことを、ね」


「侯爵は……何と答えたんです?」


 ジャスティンは身を乗り出して、訊ねていた。


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