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マリアージュの銃士隊  作者: ミナモ
第六章

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第四十六話「監視の町」

 

 陽が西に傾いた頃合いだった――。


『この先 クレールヴァル』


 デュヴァルが運転するタクシーは立てかけられた看板の前で停車する。


 ギ……ギギ――。


 サイドブレーキを引いて車を止めると、デュヴァルは振り返る。


「ほら、着いたぜ」


「悪いな……無理やり此処まで連れてきて――。少ないが取っておいてくれ」


 ジャスティンはメーターの金額に色を付けて渡す。


「おい、こんなにくれるのか」

 デュヴァルは車を降りるジャスティンに驚いた表情をみせる。


「なあ、本当に行くのか?」

 躊躇いがちに訊ねてくる。

「考え直した方が——」


「アンタの話を疑っているわけじゃない。確認しないといけないことがあるんだ」

 そう言い残すと、ジャスティンはタクシーから離れていく。


 マルセイユもコクリとお辞儀をして、ジャスティンの後を追うように歩き出す。

 すると、デュヴァルが呼び止めた。


「お姉さん、名前は?」


「マルセイユですけど……?」

 振り返ったマルセイユは小首をかしげて、呟いた。


「マルセイユか……良い名前だ。ほら……やるよ。俺の名刺だ」

 そう言って、デュヴァルは運転席から名刺を差し出した。


 マルセイユはそれを受け取った。

 ひっくり返して裏を見ると、電話番号が書かれていた。


何時(いつ)でも連絡してくれ。アンタならすぐに駆けつけてやるぜ」と言って、デュヴァルはウィンクをしてみせる。


「おい! マルセイユ!」

 ジャスティンは振り返り、苛立った声でマルセイユを呼んでいた。


「じゃあな……」と運転席から手を振って、車は走り去っていった。


 マルセイユは一礼すると、踵を返して、足早にジャスティンの元へ歩いて行く。


 マルセイユは貰った名刺を眺めながら、にこやかに歩いてくる。

 ジャスティンは彼女のその姿を横目に、わずかに不機嫌な表情を見せた。


「お前、そんな名刺……捨ててしまえよ」


「え? 捨てないですよ」

 マルセイユは名刺を隠しながら、ジャスティンを見つめる。


「あれあれ~、もしかして……ヤキモチですか?」

 上目遣いに訊いてくる。


 ジャスティンは、ため息を吐く。


「そんなわけないだろ?」


「本当ですか~。あ、そうだ……携帯に登録しておかないと――」


「お前――本気で登録するのか?」


「気になります?」と携帯を弄りだすマルセイユ。


「気にしてない」と言って、ジャスティンは早足で歩き始めた。


 それを見て取ると、マルセイユは小さくため息を吐いた。

 そして携帯と名刺をポケットに入れると、後を着いていくのだった。



 ◇◇◇


 クレールヴァルへと続く道を、二人は歩いて行く。

 道路の舗装は、いつしかアスファルトから石畳へと変わっていた。


 道幅も気づかぬうちに狭くなっていた。

 車が2台すれ違うことがなんとか出来そうなほどの道幅であった。


「この道幅だと、確かに方向転換は無理そうだな」

 ジャスティンはデュヴァルの言葉を思い出す。


「石畳は、修繕されている感じですね」


「領主様が長年住んでいた所なんだ。修繕していない方がおかしいさ」


 辺りを見回しながら、しばらく二人は無言のまま、歩を進めていく。


 すると、水の流れる音が聞こえてくる。

 さらに目の前に崖が現れる。


 覗き込んでみると、5メートルほど下に勢いよく水が流れていた。


 その渓流に掛かる石橋を渡った先に、ようやく民家らしき建物の姿が見えてきた。


「……着いたみたいだな」

 ジャスティンは立ち止まって、安堵の声を上げる。


「お腹がすきましたね……」


 腕時計を見ると、短針が3を回っていた。


「確かに……。だが、あまり期待するなよ」

 ジャスティンはそう言って歩き出す。


「分かってます」とマルセイユもその後に続いた。


 二人はクレールヴァルの町に入る階段を上っていく。



 ◇◇◇


 クレールヴァルは田舎町という雰囲気だった。


 石造りの二階建ての民家がひしめき合い、石畳の道の両側を挟んで続いていた。


 視界が遮られ圧迫感を感じる。


 人影は見えなかった――。


 かといって、廃墟のように人の気配がまったくしないワケではない。


 生活の匂いも人の気配も感じられるが、何故か身を潜めているようにジャスティンには感じられた。


 マルセイユはジャスティン以上に、町に入った途端に辺りを警戒しはじめた。


「ジャスティン様……気をつけてください」

 マルセイユはジャスティンの前を歩き始める。


「ん? 何かあったか?」


「遠くから——視線を感じます」


「視線……?」


 ジャスティンには見られているという感覚をまったく感じなかった。


 辺りを見回すのも良くないので、ジャスティンは小声で訊いてみた。


「俺にはさっぱりだ……。どれくらい離れた距離からだ?」


「おそらく……200メートル先です。正面に見える高台の屋敷かと」


(マジかよ……? このお猫様――)


 ヒューと、口笛を吹いていた。


 マルセイユは、常人には到底感じることのできない、超感覚の持ち主のようであった。


 諜報・暗殺に長けた者達で構成される暗部組織――猫。


 その組織構成について、詳細な情報は秘匿とされている。


 ジャンナッツ家の血を引くジャスティンでさえ、男という理由だけで教えてもらえなかった。

 それは仮の当主となった今でも、変わらない。


 ジャスティンが知らされている組織構成は、あくまで概要だけ。


 ヒエラルキーの順に屋敷猫、家猫、野良猫の三種類で構成されている。


 野良猫は猫たちの間では、野良(のら)と呼ばれている。一般的に『猫』と言えば、この野良の事を指している。

 グランディール国内のみならず海外にもネットワークを張り巡らせてある諜報活動のスペシャリスト集団とされている。


 屋敷猫は、ジャンナッツ家の繁栄のために猫たちの編成や指示を担当している。

 いわば猫たちの司令塔であり、ジャンナッツ家を守るための身分と独立性が与えられている。


 そして家猫は、ジャンナッツ家の警護が主任務とされている。

 (あるじ)を守るために人並み外れた能力をもった人物が選出される。


 マルセイユは――当時十歳に満たない年齢で、メリシア姉さんの家猫に抜擢された。


(母がマルセイユを選出した理由が、ようやく分かった気がする……)


「……そっちはお前に任せるよ」


 ジャスティンは気にしないようにして歩いて行く。

 道なりに歩いて行くと、やがて広場へと抜ける。


 サッカーコートほどの大きな広場であった。


 中央付近には出店(でみせ)が並んでいた。意外にも買い物客で賑わっていた。


 ジャスティンとマルセイユは出店を見て回ると、昼食にちょうど良いバケットサンドの店を見つけた。


 その店でジャスティンはハムサンド二つとコーヒーを購入する。

 二人は広場に設けてあるベンチに移動すると、買ってきたバケットサンドとコーヒーをベンチに置いて座る。


「まだ、視線を感じるのか?」


 無表情で辺りを警戒するマルセイユは、バケットサンドを受け取ると、ぱぁっと笑顔に変わる。


「ええ。でも殺気は感じません。おそらくこちらを監視しているだけみたいです」


 バケットサンドを、ものすごい勢いで頬張るマルセイユ。


「そんなに急がなくていい。結構歩いたんでここで一休みだ……」


 バケットサンドを片手にホットコーヒーを飲みながら、ジャスティンはぼぉ~っと空を眺める。


 雲が流れる光景を眺めながら、マルセイユが視線を感じるという高台の屋敷に視線を移す。


(……どの辺りだ?)


 バケットサンドを食べながら、屋敷を観察してみた。


 塔の窓からカーテンが揺らいでいるのが、なんとか肉眼で確認することはできた。


 だが、こちらを監視している視線までは、感じ取れなかった。


(やっぱりダメだ……。俺には何も感じない――)


 ジャスティンは早々に諦めた。


 広場に視線を移し、行き交う人々を観察する。


「この町の雰囲気もそんなに悪くないよな? 俺たちみたいなよそ者にも親切にしてくれるし……」


「そうですね……」

 マルセイユも広場を眺めながら、頷いた。


「デュヴァルの話からすると、ソフィア協会の関係者のみが狙われているみたいだしな」


「あの……ソフィア協会がヴェール同盟のフロント団体だということは分かりました。ですが、どうして襲われるのですか?」


「さあ……」

 ジャスティンは小首を傾げる。


「ジャスティン様でも分からないのですか?」


「買いかぶりすぎだ。分からないことだらけだよ」


 そう言って肩を竦める。


「知っていることと言えば、ヴァーダミル侯爵、クリアリール侯爵、フォルトスラーバ侯爵といった名だたる貴族たちが所属している秘密結社ということくらいだ」


「でも、私よりも物知りですし、私が気がつかないことにも気づいています」

 少し悔しそうな表情で見つめてくるマルセイユ。


 自分はマルセイユに比べたら、特別に能力が高いワケではない。

 こっちはマルセイユ本人には言えないが、十年前から嫉妬していたほどだ。


「能力で言ったらお前の方が優秀じゃないか」


 ポロリと本音を口にすると、マルセイユの顔が赤くなる。


「俺はお前のように視線は感じられないよ……」


「そ……そうでしょうか?」


「自覚がないのかよ……」


 はぁ……とため息を吐いて、ジャスティンは立ち上がる。


「優秀じゃなきゃ——屋敷猫が、俺の所に家猫として送ってこないさ」


「で、でも――」


「ほら、休憩は終わりだ」


 ジャスティンはこそばゆくなり、マルセイユの言葉を遮った。


「あそこに診療所がある。行ってみようぜ」


 食べ終わったゴミを、ゴミ箱に投げ入れると、ジャスティンは診療所に向かって歩き出していた。


 マルセイユは軽い足取りで、ジャスティンの後を付いていくのだった。

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