第四十五話「分岐点」
(おいおい……乗車拒否かよ?)
「アンタさ……」
ジャスティンは一つため息を吐く。
「営業区域外で客を乗せたんだ」
ジャスティンはそう言いながら、運転席のドライバーズIDの名前を一瞥する。
「乗車拒否するなら、走り出す前に説明しないとダメじゃないのか? アルマン・デュヴァルさん」
ジャスティンの言葉に、運転手は舌打ちをする。そしてバックミラー越しにジャスティンとマルセイユを見つめてくる。
「あんた達、警察には見えないが——何者だ?」
「似たような者だよ」
バックミラーから見えるように、領地捜査局のバッジと身分証を見せる。
「領地捜査局?」
視線をマルセイユに移す。
「そっちの……可愛いメイドさんもか?」
「私はアシスタントです」
可愛いと言われたのが余程嬉しかったのか、マルセイユはニコニコの笑顔で身を乗り出してくる。
「警察関係者なら、どうして警察らに送ってもらわないんだ?」
デュヴァルという運転手は、警戒した様子で訊ねてくる。
「今ちょっとルヴェ署は忙しいんだよ。こっちとしても手を煩わすワケにはいかないんだ。金は弾むから向かってくれないか」
デュヴァルは大きくため息を吐いた。
「わかったよ……。送ってやるが入り口までだ。道幅が狭くて逃げ出せないからな」
(逃げ出せない……? どういう意味だ?)
そう思いつつもジャスティンは、「ああ、それでいい」と返した。
ジャスティンは隣に座るマルセイユに視線を移すと、まだニコニコしている。
目が合うと「ジャスティン様……私、可愛いって言われました」とご満悦の様子だった。
ジャスティンは「よかったな……」と微笑んでから、運転手のデュヴァルに声をかける。
「なあ、どうしてクレールヴァルに行くのを、そんなに嫌がるんだ?」
するとバックミラー越しに眉を顰めて、ジャスティンを見つめてくる。
「ルヴェ署の警察は何も言わないのか? 本当に……領地捜査局の人間か?」
「ああ、何も聞いてない。外の人間に話したりはしないんじゃないのか?」と、素直に答えるジャスティン。
「ああ、確かに……そうだろうな」
首をかしげるも得心したようだった。
「領主が殺されたんだ。外の連中にあれこれ探られたくないだろうしな」
何か知っているような口ぶりだった。
気になったジャスティンは訊ねてみた。
「それなら、アンタの知っている範囲で良いから、教えてくれないか?」
「ああ、教えてやるよ。もしかしたら、引き返すと言い出すかもしれないからな」
デュヴァルは運転しながら、ふんと鼻を鳴らす。
「ここ最近になってから、武装した謎の集団が町を占拠しているって噂だぜ」
「ひどく曖昧だな……? しかも、ただの噂話じゃないか」
「だが、信憑性のある噂なんだよ」
「おいおい、いい加減にしてくれよ」
今度はジャスティンが鼻で笑う。
「アンタ、首都で営業している個人タクシーだろ? 営業区域外のルヴェの噂を、どうやって仕入れるんだ?」
「深夜に呼びつけてくるんだよ」
「誰が……?」
「ソフィア協会の連中さ」
(……ソフィア協会?)
「何ですか? それ……」
マルセイユが小声で訊ねてくる。
「ヴェール同盟って秘密結社は知っているか?」
ジャスティンも小声で訊ね返す。
すると、マルセイユは小さく頷いた。
「そこのフロント団体だよ」
話の腰を折られたデュヴァルが「続けていいか?」とジャスティンに訊ねてくる。
「ああ、悪い……。続けてくれ」
「そっちの可愛いメイドさんは知らないようだから、詳しく説明するとだな——」
すると可愛いという言葉に釣られてなのか、マルセイユは身を乗り出しながら、ふむふむとデュヴァルの言葉に相づちを打ち始める。
「革命以前から、ルヴェの領主はソフィア協会の会員なのさ。それでクレールヴァルはソフィア協会の支部がある町なんだ。だがここ最近——その支部が襲撃を受けたんだとよ」
(襲撃とは……それは穏やかではないな――)
「ソフィア協会の関係者から聞いた話なのか?」
「ああ……実際、俺も呼びつけられたんだよ」
「どうして営業区域外の個人タクシーを呼びつけるんだ?」
「そりゃあ、俺の営業努力だよ」
バックミラー越しだが、デュヴァルの得意げな顔が見て取れる。
「首都から此処まで送り迎えをすることがあるからな。ちゃんと名刺も配っているんだ」
(そんな営業努力するなら、身なりをもう少しきっちりした方が……)
「ジャスティン様……顔に出てますよ」と、マルセイユに肘でつつかれる。
デュヴァルは気にせずに、話を続けた。
「で、その関係者が言うには、ルヴェ領のタクシー業者は領外には出る許可が下りないらしい。それで乗車拒否されるんだと」
ジャスティンは半信半疑だった。
「それは、おかしな話じゃないか」
鼻で笑いながら、こう訊ね返した。
「タクシーで領外に出られないとしても、ソフィア協会なら専用車くらいあるはずだろ?」
「それが、何者かに襲撃されて、すべて大破されたんだと——」
デュヴァルは運転しながら、肩を竦めた。
「襲撃? ソフィア協会を、か?」
ジャスティンは眉根を寄せる。
「警察に泣きついても捜査もしてくれないって嘆いていたよ。で、本部に要請しても検問が敷かれていて、領内に入れさせてもらえないと言っていたぜ」
(検問? ソフィア協会の専用車を入れさせないように……?)
「移動手段を潰したっていうのか?」
「ああ。さらに昼間は警察が尾行してきて、領外に出ようとすると難癖をつけて拘束されるんだと――」
(身柄拘束とは……? やりすぎではあるが、領律に何かしらの記載があれば、領内に限りできない話ではない)
「で、アンタはそれを鵜呑みにしたのか?」
「最初は信じなかったよ。ほら――営業区域外で客は乗せられないが、貴族様と緊急事態は別だろ?」
「ああ、なるほど。緊急事態を装って呼びつけたと思ったのか?」
デュヴァルは頷く。
「だが……それも3日続けてとなると話は変わってくる。しかも、どいつもこいつも皆一様に怯えているんだ。さらに俺も襲われたからな」
「襲われた?」
「ああ、殺されかけたんだ」
「そいつは……穏やかな話ではないな」
「3回目の客を乗せていた時だよ。ヌーヴェル=ルヴェを走行していると、軍用の大型車輌が一台追いかけてきたのさ。そこから映画並みのカーチェイスさ。車体を押しつけてきたり、後ろから打つけたりで――」
デュヴァルは身震いをした。
「あの時はホントに死ぬかと思ったぜ……」
「よく逃げ切れたな?」
「彼奴ら——領外には追ってこなかったんだよ。だが車体はボロボロになったから、ソフィア協会に多額の請求書を送りつけてやったよ。二度とあんな思いはゴメンだ」
そんな話をしていると、道路が二手に分かれているところで、タクシーは止まった。
ドドドド——。
排気音が静まり返った車内に響く。
「領地捜査局のお二人さん、運命の分かれ道だ――」
デュヴァルは振り返って、ジャスティンを見つめる。
「左の森を突っ切った先にある町がヴェリーヌ。右の丘を回り込んだ先にある山間の町がクレールヴァルだ」
ふと、ジャスティンはアデル嬢の言葉を思い出す。
『ご存知ありませんわよね。領内にある、ルヴェの一族が住んでいた小さな町ですわ。モンソレイユの丘を超えた先にある森のその奥にあります――』
「森を突っ切った先にある町が、クレールヴァルじゃないのか?」
「誰からそんなデタラメを聞いたんだ?」
デュヴァルは鼻で笑う。
「そっちはヴェリーヌだぜ。俺としてはそっちに向かってもらうと助かるんだが……」
マルセイユもアデル嬢の言葉を思い出したようで、訝しげにジャスティンを見つめてくる。
ジャスティンは少しばかり考え込んでいたが、口を開く。
「右に向かってくれ。目的地はクレールヴァルだ」
その言葉に、デュヴァルは大きくため息を吐いて、かぶりを振った。
「……わかったよ」
呆れたように呟いて、右にハンドルを切るのだった。




