第四十一話「銃士の資質」
銃口を押しつけられた男は、殺気のこもった眼差しでクリスを睨み付ける。
その眼差しは隻眼だった。
左眼のみ――。
右眼は潰れていた。
目蓋は固く閉じられ、傷痕が生々しく残っている。
それでも——修羅場を何度も潜ってきた男の眼だった。
その鋭い眼光に、クリスはこれ以上の暴力は逆効果だと悟った。
銃口を下げると、近くにあった椅子を引き寄せて、背もたれを前にして座る。
「アンタに直接の恨みはないが、墓荒らしと間違えられてね……」
クリスは肩を竦める。
「そいつは不運だったな――」
男は鼻で笑った。
「ああ、だから……頭にきたんで、ル・ムール駅で爆薬を奪って、この駅のホームに仕掛けてやった」
男は意外にも、あきれた表情でクリスを見つめ、「バカな子供だ……」と呟いて、くくくと笑う。
「なあ……そこの葉巻を取ってくれないか?」
クリスは机の上の葉巻ケースから一本取って渡す。
「この騒ぎは……それか――」
男は葉巻の先端をかみ切る。
それを見て、クリスは近くにあったライターで火をつけてあげた。
「ああ、悪いがしばらくの間、地下鉄は使えないぜ。営業停止だ」
男は煙をくゆらしながら、クリスを見つめる。
「お前……一人で此処まで来たのか?」
「いや……他に三人居たんだが——」
クリスはかぶりを振る。
「途中で決着をつけたい奴と出会ったらしくてね。俺だけがアンタに会いに来た」
「時代遅れの銃士隊どもか……」
男もまた呆れたように、かぶりを振った。
「一緒にするな。俺は彼奴らのような上澄みで育ってはいない。だから——大局を見失うこともないんだよ」
男は惚けたように葉巻を咥えると、吸い込んだ煙をクリスに向かって吹きかける。
「大局だと? お前は何を言ってるんだ?」
「墓荒らしは囮なんじゃないのかって——ふと頭を過ったんだよ。わざわざ墓地を荒らして回るのは陽動なんじゃないのかってね」
「何をバカなことを……」
男は冷笑を浮かべる。
「金に困った一人の銃士が、埋葬品を売りに来ているだけだぜ」
「その逆じゃないのか?」
クリスはニヤリと笑う。
「金に困っている隊員を見つけて、墓荒らしをさせてたんだろ? そしてアンタも誰かに、それを頼まれて引き受けたんじゃないのか?」
「何を言ってるのか――」
呆れた物言いをして、男は葉巻を咥えた。
「……監獄王」
しかし、クリスがその名前を口にすると、男の表情が一変した。
◇◇◇
銃士の三人を乗せたエレベーターは上がっていく。
表示は、B1…1…2と切り替わる。
目的の階に到着をしたことを知らせるベルが鳴る。
シャルとリディは緊張した面持ちで、エレベーターの左右の壁に背中をつけているが、ルーはボーッと扉の正面に突っ立っていた。
「バカ……正面に突っ立っているな!」
リディはルーの襟首をつかんで引き寄せる。
「死にたいのか?」
ルーはリディの足下にしゃがみ込み、けほけほと咳き込んでしまった。
「リディ……何を?」
「来るぞ!」
リディの緊張した声とともにエレベーターの扉が開く。
途端に、銃声と共に風切り音を纏った銃弾が勢いよくエレベーター内に飛び込んできた。
金属製のエレベーターの壁に、瞬時に4発の銃痕が穿たれる。
ルーは後ろの壁に穿たれた銃痕を見ると、さらに身体を丸めて震え出していた。
「ルー! マティアスの愛用の拳銃はハーランドM58――パーカッション式の骨董品だ! あたしの拳銃も同じハーランドだが、R62でカートリッジ式なんだ」
ルーは理解が追いついていない様子で、キョトンとした表情をしてリディを見上げていた。
「つまり——あの野郎のは銃弾が装填されたシリンダーを交換するタイプなんだよ」
「交換に手間取るから、その間にエレベーターから降りるという事だ!」
「シャル! あたしが説明している最中だ!」
「要点だけ伝えろ! ルーが理解できると思っているのか? パーカッション式もカートリッジ式もわかっていないぞ!」
「二人とも!」
ルーはコホンと咳払いして、立ち上がる。
「私を馬鹿にしすぎです。ちゃんと理解していますわ」
「すでに五発撃ち終わっていますので、もう一発撃ったタイミングで、エレベーターから駆け出せばよろしいのでしょう?」
「ほら! 理解して――」
リディが言いかけたときだった。
ダァン!
銃声と共にエレベーター内の壁に5発目の銃痕が穿たれた。
「今だ! 飛び出せ!」
リディの合図で、三人はエレベーターから勢いよく飛び出した。
シャルはルーの手を引いて左側に、リディは右側に走り出す。
すると、エレベーターの正面——距離にして20メートル先に、標的であるマティアスが悠然と佇んでいた。
満面の笑みを浮かべていた。
まるでこの瞬間を待ち構えていたようだった。
(マティアスの野郎!)
リディは、マティアスのその表情から悟った――。
(一発残して、すでにシリンダーを交換してやがる……)
こちらの思考を読まれていた。
さらには、それを逆手に取られてしまった。
(それなら……奴の狙いは?)
リディもマティアスの思考を読む。
マティアスの銃口の射線の先——そこにはルーがいた。
足の遅いルーが標的に選ばれていた。
マティアスは引き金を絞り込むところだった。
(当然、そうなるよな!)
リディは咄嗟に懐中時計を取り出し、至宝を発動させる。
時間停止——。
三人以外の時間が停止する。
体感では一秒ないし二秒ほどの、わずかな時間だった。
リディは反撃を試みようとする。
だが——照準を合わせるまで至らない。
仕方なく、近くの柱に身を隠す。
シャルはルーの手を引いて、別の柱に身を隠すことができた。
ふたたび、時間が動き出す――。
一発の銃声が、駐車場内に響き渡った。
三人の気配がエレベーターから消えたのを見て取ると、すぐさま辺りに視線を送る。
「至宝を使って時を止めたか……」
マティアスは挑発するように両手を広げた。
「だがリディ、どうして時を止めた後に撃ってこなかったんだ?」
撃ってこいよ——と言わんばかりの表情だった。
「銃の腕前は上がったみたいだが、お前は至宝の扱いが苦手だからな!」
駐車場にマティアスの声だけが響き渡った。
「時を止められる上限も知れている」
鼻で笑い、かぶりを振った。
「いまだに——2秒が限界なんだろ?」
「うるさい! 黙ってろ、この裏切り者!」
その挑発に、リディは声を上げてしまった。
「図星か……?」
マティアスは、くくくと声を抑えて笑っていた。
「イメージだ――至宝の扱いはイメージが大事だぜ。俺が口を酸っぱくして教えてやったろ?」
「至宝を持たないアンタに何が分かる!」
「だったら子供のお前たちに、何が分かるんだ?」
シャルとリディとルーは互いにアイコンタクトを取り合うと、それぞれが至宝を取り出す。
「至宝!」
リディのかけ声と共に、時が止まる――。
静寂の中――。
リディは物陰から飛び出すと、男に照準を合わせて引き金を絞る。
ルーとシャルも時が止まったと同時に動き出した。
ルーは至宝を発動させて、マティアスの背後の座標をシャルの至宝に送る。
シャルは送られてきた座標を元に、すぐさま至宝を発動させて瞬間移動する。
そして――再び、時は動き出す。
リディはマティアスの頭部に照準を合わせて、引き金を引き絞る!
シャルは瞬間移動でマティアスの背後へと回り込み、居合いによる抜刀で、なぎ払った。
同時だった――。
だが……マティアスは動じなかった。
マティアスは射線が見えていたかのように、重心をずらして銃弾を躱した。
さらに——。
左手に持っていた黒鞘に収まった打刀を、後ろ手に背中に伸ばす。
キィィィン!
金属音が響き渡る。
背後からのシャルの強襲が防がれていた。
「「な!?」」
リディとシャルは驚嘆の声を上げてしまう。
「お前たちの攻撃など——」
マティアスは不敵の笑みを浮かべた。
「児戯に等しい」




