第三十九話「銃士の選択」
「あの……クリス。質問してもよろしいかしら?」
「何かな? ウェッジウッド嬢」
運転席に座り、左手で運転ハンドルを握るクリスは、横目にウェッジウッドを一瞥する。
「その前に――」
ウェッジウッドは目を泳がせて、少し恥ずかしがる。
「その……ウェッジウッド嬢はやめてくださる? 私もリディと同じようにルーと呼んでください」
「……わかったよ」
クリスは小さく肩をすくめる。
「それで……ルー。俺に何を訊きたいんだ?」
「どうして、私たちまで運転席に入らないといけないのです? 暑いですし、暗いですし——何も見えないですわ」
「爆薬を積んでいるんだ。同じ空間に居たくないだろ?」
ルーは納得した表情を見せる。
「まあ、此処もドア一枚隔てただけだから気休め程度ではあるが……。エアコンの温度は下げて良いから、暗いのは我慢してくれ」
「確かに、爆薬と一緒の空間は……イヤですね。ですが、明かりについては私が認識阻害していますよ」
「レールを伝わる振動音や、トンネル内の反響音まですべて完全に阻害できないのなら、慎重に行動するべきだ」
「それでこんなに速度を下げて運転しているのですか? 歩く方が速そうですけど?」
「それもあるが、質量のある物体が速度を上げて動けば、逃げ場のないトンネル内では空気が前に押されるんだ」
「大気の流れで、ヴァロンドール駅に近づいているのが伝わるのですね」
ルーは納得したように頷いた。
「ま……あたしもちんたら移動するのは好きではないけど、爆薬と一緒となるとこれくらいでも仕方ないと思うよ」
リディが運転席側のエアコンの温度を調整しながらそう言った。
「エディアール——パーティ会場についてだが……」
クリスがエディアールに訊ねようとすると、エディアールが口を挟む。
「その前に、クリス――」
エディアールも恥ずかしそうにしながら——。
「俺もシャルで良い」と一言呟く。
「わかったよ……シャル。それでパーティ会場の事前調査はしているんだよな?」
クリスが訊ねると、シャルは頷く。
「ヴァロンドール駅のホームの上の階だ。地下一階の従業員エリアに事務室がある。そこがギャング達の溜まり場になっている」
「で……どうするんだ?」
クリスは三人を一瞥する。
「どうすると……言いますと?」
ルーはキョトンとした顔で聞き返してくる。
「ギャング達を一掃するのか、ボスを捕まえて近衛省の内通者を吐かせるだけに留めるのか――それによって犠牲者の数も、俺たちの危険度も変わると思うんだが」
ルーとシャルは互いに顔を見合わせ考え込む。
「駄目だ、此奴ら——」
やれやれと言わんばかりに、かぶりを振る。
「ここに来て何を躊躇しているんだ? 覚悟がない」
リディの言葉に、クリスは苦笑する。
「リディは決まりすぎだ。そこまでの覚悟はいらないが、方針次第で、爆薬の使い方も変わってくるだろ?」
「陽動で使うか、一掃するために使うかってことか?」とシャル。
「そういうことだ。そしてその選択は同時に——」
「銃士隊としての行動理念になる」
その言葉に、三人は黙り込む。
「俺は部外者だから、三人で決めてくれ。三銃士の子息たちとして悔いのない選択をしたほうが良い」
クリスの膝の上にチョコンと腰掛けているマレーネは、興味深そうに頬杖をついて三銃士の子供達を見つめていた。
『はてさて此奴らは、どういう決断をするのじゃろうな?』
「そんなに興味あるのか?」
クリスは意外そうに、マレーネを見つめる。
『主は、興味ないのか?』
マレーネも意外そうに横目で、クリスを見つめる。
「こういう場合……」
クリスはマレーネにそっと耳打ちをする。
「リーダーであるルーの決断で決まるんじゃないのか?」
『まあ……そうじゃろうな。じゃが、主と交わったことで此奴らの心に揺らぎが生じておる』
「また適当なことを言っているんじゃないよな?」
クリスがため息交じりに呟く。
「さっき大局を見失うなとか適当な事を言ってたよな……」
『まったく……主は小さいことを覚えておるのぉ』
マレーネが嘆息を漏らす。
『主の行動が三人の心を変える切っ掛けとなったと、褒めようとしておるのじゃぞ』
「褒められるようなことはしてないぜ」
マレーネの言葉に、クリスはこそばゆさを感じる。
『至宝の主が受け持つ能力は、一文のみじゃが、物体に物語を刻むことができる。じゃが――』
マレーネはクリスを見つめる。
『至宝を以てしても、人の心に「物語」は刻めぬ……。人の心に「物語」を刻むのは――』
マレーネが言いかけた時だった――。
ルーが、リディとシャルを見つめて口を開いた。
「私は——犠牲者は少なくする努力はするべきだと思います」
わずかに震えた声。
「たとえ——」
リディが探るような眼差しでルーを見据えた。
「そいつらが善良な市民でなくてもか?」
「ええ。リディは覚悟が足りないと言うかもしれません」
そう言って、ルーは首を横に振る。
「ですが……私は見境なく血を欲する殺人鬼ではありません」
「わかったよ……」
リディは肩を竦める。
「で――そっちの色男、アンタはどうなんだ?」
「色男はやめろ。お前の言いたいことは分かる。だが、俺も人を殺すのは最小限にしたい。もちろん……仲間が殺されそうな場合は別だ」
「わかったよ……」
二人の言葉を聞くと、リディは肩の力を抜いた。
「二人がそう言うなら——あたしもそれで良い」
「方針は決まったか? 三銃士の子息たち」
「ええ。決まりましたわ。犠牲は最小限に抑えます。そして狙うはボスのみです」
ルーは不敵に微笑んだ。
そして、リディとシャルも微笑み頷く。
「だったら、この車輌は乗り捨てた方が良い」
クリスはそう言うと、電車を停止させた。
「ここから先は、歩いて移動だ」
そう言うと客席との扉をあける。
「どちらへ?」と、ルーがクリスを見つめる。
「淑女に危険な爆薬を持たせるわけにも行かないだろ。俺とシャルが持ってくるから、先に降りていてくれ」
クリスはシャルと一緒に車内の後方へと向かう。
その途中でシャルが重い口を開いた。
「クリス……甘いと思うか?」
「お前たちが決めたんだろ?」
クリスは振り返らず、歩きながらそう答える。
「だが――」
「なあ、色男」
そう言って、クリスは振り返る。
「お前はあの二人の王子様でありたいと思っているのか?」
その言葉に、シャルは黙り込む。
「気を回しすぎる必要はないんじゃないか……? あの二人は十分に戦力だ。こっちが守ってもらう立場だぜ」
そう言うと、クリスは自分の分だけ爆薬をバッグに詰め仕込んで、電車を降りるのだった。
◇◇◇
しばらく歩くとほんのりと明かりが見えてくる――。
パーティ会場となるヴァロンドール駅のホームが見えた。
人影は……ホームにまばらに見える。
四人は顔を見合わせる。
ここに来るまでの間に、爆薬の設置場所を四人で話し合いをしていた。
ホームを支える六つの柱と、線路に四つ――。
各1㎏のC4を10カ所に設置することに決まった。
ウェッジウッドが至宝による認識阻害をしてから、それぞれが持ち場に仕掛けて回る。
そして監視役のギャングたちも気を失わせた後に階上へと連れて行く。
10個のC4爆薬を仕掛け終わった四人は、階上へ移動する。
改札口を出たその奥に、飲食店や商店が軒を連ねていた。
ギャングに混じって、酒や賭博に興じる者たちの姿が見える。
歓談や笑い声も聞こえてくることから、これから起こる出来事に気づいている者は誰もいない。
何だか、自分たちの方がテロリストのようにさえ思えてくる。
クリスは僅かに後ろめたさを覚える。
同様に、ルーたち三人もまた互いに顔を見合わせて、躊躇うような表情を見せていた。
やがて、意を決したルーは立ち上がり、階上の吹き抜けからホームを見下ろす。
クリスも、ルーの隣からホームを見下ろした。
「……ルー」
クリスはルーに、リモコンの起爆スイッチを渡した。
「それを押せば——作戦スタートだ」
ルーは無言で頷くと、大きく深呼吸をした。




