第三十八話「カボチャの馬車」
地下の改札口を通った先に、幾人かのギャングたちが待機しているのが見えた。
ウェッジウッドが至宝を発動させる。
至宝による認識阻害を駆使して、次々にギャングたちを撃退していく。
四人と赤髪の男はさらに階段を降りていく。
足音だけがトンネル内に響き渡る。
たどり着いた地下鉄のホームは、澱のような静寂に支配されていた。
かび臭いニオイが鼻につく。
さらに、湿度を含んだねっとりとした空気が、全身にまとわりついてくる。
廃線になって、空気循環設備を起動させていないようだ。
間引きされた蛍光灯の照明が、薄暗く辺りを照らしていた。
その薄暗いホームの一角に明るい光が差し込む場所があった。
そのホームの片隅には、一両のみの車輌が停車していた。古めかしい車輌で、ペイントスプレーによる落書きが至る所に見受けられる。
車輌の一カ所だけ乗車口が開かれていて、車内の明かりがホームにまで伸びていた。
乗車口の近くに木箱や金属製のコンテナが積み上げられているのが見えた。
「ほう、それっぽく見える」とリディは感心する。
「旧王国軍の木箱に、こっちのコンテナはヴァーダミルハウンドの正規品じゃないか?」
エディアールも積み上げられた箱を開け、中身を確認しながら感心する。
「中身もそれっぽいものを詰め込んでいるぞ」
「正規品かよ? 王国が崩壊してから、どいつもこいつも腐り放題だな……」
リディが舌打ちをして、嘆きの声を上げた。
「で……本物のC4は上部のみか……?」
クリスが木箱を開けてレンガ状の爆薬を手にする。
その下に敷かれている偽物の爆薬(粘土)と比較してみる。
暗がりだと違いに気づきにくいが、やはり即席という事もあり、灯に照らしてみると偽物の方は、印刷の粗さが目立った。
「さて、ウェッジウッド嬢――」
クリスがウェッジウッドの方へと向き直る。
「クラッカーも手に入った事だし、パーティー会場に乗り込むとしますか」
「……ん?」
怪訝な眼差しで見つめ返す。
「クリス……今、なんと仰いました?」
「俺も聞き間違えか?」
エディアールも怪訝な眼差し。
「クラッカーと聞こえたが?」
「それなら、爆竹と言い直そうか?」
クリスはシニカルに笑う。
「どちらにしても、盛大に鳴らすには、ちょうど良い量だと思わないか?」
「ああ、確かに――」
リディが歪んだ笑みを浮かべる。
「この量なら、アリの巣を根こそぎ破壊できるぜ」
二人のやり取りを聞いていた、ウェッジウッドとエディアールは呆れた表情をして、顔を見合わせる。
「あなた達……本気でその様なことを考えているのですか?」
あきれ顔で二人を見つめると、嘆息を漏らす。
「当然だ。このままギャングを野放しにしておくのか?」
「で……ですが――」
クリスに言われて、ウェッジウッドは戸惑いの表情を見せる。
「この廃線になった路線が、犯罪の温床になっているんだろ?」
そう言われて、ウェッジウッドは何も言えなかった。
クリスはさらに続ける。
「不正な物資の流通経路として利用され、ギャングたちの逃走経路にもなっているんだ。一時的であっても封鎖できるに越したことはない」
「確かに――一理あるな……」
エディアールが唸る。
「それに俺たちがアジトに忍び込んだ際の陽動にもなる」
「シャル! 貴方まで!」
ウェッジウッドは思わず声を荒げる。
「ウェッジウッド。覚悟を決めろ。パーティ会場に行くと言い出したのはお前だ。今さら、何を気にしているんだ?」
クリスの言葉に、リディも賛成する。
「そうだぞ、ルー。あんたが言い出したんだ」
二人に責められるように言われて、ウェッジウッドは少したじろいだ。
神妙な面持ちで考え込んでいたウェッジウッドだったが、ようやく結論が出たようで顔を上げる。
そして「……わかりました」と小さく頷いた。
「ですが――」
リディとエディアールを見つめて、付け加える。
「一般市民への被害は最小限にします」
「それは構わないが……」
リディは肩を竦める。
「ギャングのアジトに一般市民なんているのか?」
「もはや一般とは呼べないな……」
エディアールがそう呟くと、三人はくすりと笑い合った。
クリスは三人が話し合いを始めたので、停めてある列車の運転室を確認することにした。
運転室内は、ヤニ臭いニオイが充満していた。
目の前に見える灰皿には、たばこの吸い殻が山盛りになっていた。
室内を見回してみると、至る所にメモが貼り付けられていた。
メーターの読み方や制限速度に関するものが殆どだった。
操縦席に座ってみる。
ここにもメモが大量に貼られていて、操作手順の番号がふられている。
操縦桿を握って正常に動かせるか確認してみた。
起動キーは——付いたままだった。
これなら、いつでも動かすことは可能だ。
クリスは運転席から三人がいるホームを見下ろした。
「ほら、灰被り姫!」
運転席から身を乗り出してウェッジウッドに向かって叫ぶ。
「ボサッとしてないで、カボチャの馬車に乗ってくれ!」
クリスが茶化しながら、外装をバンバンと叩いてみせた。
「誰が灰被り姫ですか?」
ウェッジウッドは眉根を寄せて、クリスを睨み付ける。
「貴方もこの車輌がカボチャの馬車に見えるようでしたら、脳の検査に行かれてはどうですか?」
ウェッジウッドも車輌の外装をコツコツと叩いてみせた。
「ああ、ギャングどもを片付けてからな」
運転席の確認を終えたクリスは、爆薬の詰め込みを手伝いに戻ってくる。
「お、おい! 冗談だろ?!」
赤髪の男が慌てふためいた声を上げる。
「お前たち、オルフェウス会を敵に回すというのか?」
「当然だ」
クリスが、赤髪の男を睨み付ける。
「こっちはお前の仲間だと思われて、迷惑しているんだ。徹底的に潰す」
「いや……お前たちは――」
男はクリスの言葉に鼻白んだ。
「俺たちの背後に誰がいるのか知っているのか?」
「クリアリール侯爵だろ?」
するとエディアールが、本物のC4を車輌に積み込みながら答える。
「それとも……ヴェール同盟の事を指しているのか?」
その言葉に、赤髪の男は口を閉ざした。
「この先は、しばらくここで大人しくしていな」
リディは後ろ手で拘束されている赤髪の男を、近くにあったベンチに結わえつける。そして無線機と携帯端末を取り上げた。
「全員乗ったな? だったら出発するぞ」
クリスは運転席の扉を開けて、三人に呼びかける。
「貴方、運転できるのですか?」
ウェッジウッドが驚きの眼差しをクリスに向ける。
クリスは鼻で笑う。
「頭だけのお前とは違うんだよ」
ウェッジウッドを煽ってから、マレーネを見つめる。
「マレーネ、運転を頼めるか?」
小声でマレーネの耳元で囁いた。
クリスは左手で運転ハンドルを握る。
『妾を当てにしていたか……。まあ、良い。妾の出番が少なかったからのぉ』
そう言うと、至宝の能力、インペリアル・グレースで列車の操縦を始めた。
四人とC4爆薬を乗せた電車は暗闇の中、ヴァロンドール駅に向かって、静かに――だが、途轍もなく危険な香りを漂わせて走り始めた。




