第三十七話「テトレーの紹介状」
「そのブツとは何ですか?」
ウェッジウッドの質問に男はビクついた。
「ば……爆薬だ……。C4を200㎏注文してきたんだ」
エディアール、クリス、リディは怪訝そうに顔を見合わせる。
「シー……フォー?」
ウェッジウッドはキョトンとした表情を浮かべる。
「何ですか……それは?」
小声で、隣にいるエディアールに訊ねていた。
「Condensed Com……」とエディアールが言いかけて、答えに詰まった。
二人のやり取りを、横で聞いていたクリスが、口を挟む。
「Condensed Combustion Catalyst Compound――その頭文字をとって、C4って呼ばれている」
クリスはそう言って、肩を竦める。
「ま、簡単に言えば――粘土みたいに形を変えられる強力な爆薬だ。壁や車に貼り付けたりもできる」
「よ、よく……ご存知ですわね?」
「逆にそんな事も知らなくて、よく銃士を名乗れるよな」
クリスが鼻で笑う。
「……言ってくれますわね」
ウェッジウッドは冷ややかな眼差しを向ける。
「二人とも――」
エディアールが間に割って入る。
「言い合っている場合か」
「なあ、ギャングさん。C4のみを注文したわけじゃないんだろ?」
リディが赤髪の男の背後から訊ねる。
「当然、信管も必要になるはずだよな?」
「ああ、察しの通りだよ。信管は100本ほど入り用だと言われた」
「200㎏に信管が100本ってことは……2㎏ずつに分けるつもりか?」
リディが指を折りながら、呟いた。
それを不思議がるウェッジウッド。
「リディ、何をなさっているのですか?」
「ん? 計算だよ。2㎏のC4爆弾が100個できる事になる」
リディはニヤリと笑みを浮かべる。
「何をやらかそうとしているのかと思ってね」
「私には想像がつかないのですが、その数で何ができるのですか?」
「首都のあちこちに、爆弾を100個仕掛けられていたら――」
クリスが横目にウェッジウッドを見つめる。
「どうなる?」
クリスの言葉に、ようやくウェッジウッドも険しい表情に変わる。
「それを同時か時間差をつけて爆破させていけば――首都機能を停止させることは容易い」と、エディアールが付け加える。
「な、なんて事を!」
ウェッジウッドが赤髪の男を睨みつける。
「貴方たちは、首都を火の海にする計画に手を貸そうとしていたのですか?!」
ウェッジウッドが鬼のような形相で、赤髪の男に詰め寄った。
「ま……待ってくれ!」
男は震えながら、首を横に振った。
「お……俺たちは、紹介状を貰ったから引き受けただけだ!」
「紹介状……?」
ウェッジウッドは眉根を寄せる。
「か……考えてもみろ! 一見の、しかも亡命貴族なんて信用できるか!」
「お前――信用するのは、身なりではなく、金だと言っていなかったか?」
クリスのツッコミに、赤髪の男は舌打ちをして、クリスを睨め付ける。
「クリス! 余計な茶々を入れないでください」
ウェッジウッドは赤い装丁の本を取り出す。
男はその本を見ると怯え出した。
「私の質問に正直に答えて下さい。そうでなければ――」
ギロリと男を睨み付ける。
「どうなるかお分かりですよね?」
ウェッジウッドは男に念を押した。
男はコクコクと頷く。
「まず……紹介状はどなたからのものですか?」
「う、ウチの得意様だ」
「得意様? ハッキリしない言い回しだな、オイ!」とリディ。
赤髪の男は渋い顔をして考え込んでいたが、やがて重い口を開いた。
「貴族だよ……。信用問題に関わるから、これ以上は口外しないんだが――」
何か考え事をしながら、小さい声で男は呟いた。
「もう……死んでいるから……言っても構わないか――」
男はこっちに来いと、四人に合図を送る。
ウェッジウッドを含めた四人は、しゃがんで赤髪の男に近づく。
「……テトレー伯爵だ」
小さい声だったが、はっきりと聞き取れた。
僅かな沈黙と共に、ウェッジウッド、エディアール、リディの視線がクリスに突き刺さる。
「それは――」
ウェッジウッドは横目でクリスを見つめながら訊ねる。
「間違いないのですか?」
「ああ、間違いない。アルフォンソ・テトレー伯爵の紹介だ。この先はこの名前は口にしない。得意様とだけ呼ばせてもらう」
クリスは喉が渇き、脈拍が早まっていくのを感じた。
何が起きているのか、何が起ころうとしているのか、クリスにはまったく理解できなかった。
わかっているのは、おそらく裏で監獄王が動いているという事だけだった。
『よもや……ここで主の養父の名が出てくるとはのぉ』
マレーネも驚いた様子だった。
「その紹介状は、偽造ではないのか?」
にわかには信じられなかったクリスは、男に訊ねていた。
「封蝋にある印章は見慣れたものだった」
男は頭を振る。
「間違えるはずがない」
男は話を続ける。
「それに――あの爺さんのお仲間なら、注文品も高が知れている。だから、ボスと面会させたんだ」
「だが、実際の注文の品は、とんでもない代物だったと?」とエディアール。
「ああ。だからボスは密かに得意様と連絡を取ろうとした。ジャクソン・R・グレイを名乗る人物とは一体何者で、どういう経緯で知り合ったのか聞くためにな」
「それで……連絡は取れましたか?」
ウェッジウッドは、男に訊ねる。
すると男は首を横に振った。
「それが連絡が付かないどころか、昨日、領地捜査局から殺されたって情報が飛び込んできた」
「あなた方がどうしてその情報を?」
ウェッジウッドは目を丸くする。
「領地捜査局なんて穴だらけの組織だ」
男は鼻で笑う。
「情報はいくらでも入ってくる」
「どこも似たような綻びがあるのですね……」
首を横に振りながら自嘲気味に言う。
「続きをお願いできませんか?」
「その情報で合点がいったんだよ。紹介状を書かせた後に、ジャクソン・R・グレイと名乗った人物が、得意様を殺したんだってな。おそらく口封じとみて間違いない」
「そこまで調べてあげていたのなら――」
エディアールは縛り上げられているギャングたちを見つめる。
「この人数を用意したのも納得だ」
「だとすると、C4も律儀に用意するはずはないよな?」
クリスは赤髪の男に訊ねる。
「残りの金を巻き上げるか、殺して奪い取る手筈だったんだろ?」
「当然だ。こっちは得意様を一人殺されているんだ。それにいくら金を積まれたとしてもできない事もある」
「ああ、確かに難しいだろうな。紹介状を持ってきたのは10月5日か6日なんだろ?」
クリスはニヤリと笑う。
「一週間程度の短期間で用意できる物量ではないよな?」
赤髪の男が驚いた表情に変わり、クリスから視線を逸らした。
「どう言うことですの?」
クリスの言葉の意味を理解できずウェッジウッドが訊ねる。
「現実的な数量ではないんだよ」と、クリス。
「だろうな――」と、エディアールが話に入ってくる。
「しかも、オルフェウス会の背後にはクリアリール侯爵がいる。よほどの事がない限り、侯爵を裏切るような、不義理なマネはできない」
「そう考えると、仮にクリアリール守護兵団の物資を横流しするにしても、その量は誤魔化しきれないんだよ」とクリスが続けた。
「なるほどね……」と、リディも話に加わる。
「で――実際は何kg用意したんだ?」
そう言って、リディはリボルバーを赤髪の男に突きつける。
男は観念したのか、あっさりと一言だけ呟いた。
「じゅ……10㎏だ――」
「かき集めたにしては、十分な量だな」と、リディは唸る。
「それを見せ玉にして、粘土を高値で売りつけるつもりだったんだろ?」
クリスの質問に、男は黙ったままだった。
「その物は――地下鉄のホームにあるのか?」
男の沈黙に、四人は同時に立ち上がる。
そして、赤髪の男を引き摺って、地下鉄のホームに向かって階段を降りていった。




