第三十六話「仮面の伯爵」
「クリス——」
リディは横目でクリスを見つめる。
「アンタは銃士じゃないんだ。銃はおろしな」
「悪いな、リディ。そうも言っていられないんだ」
「どういう意味だよ?」
「この人数を待機させていたってことは」
クリスは男たちを一瞥する。
「おそらくここで何かしらの受け渡しをしようとしていたんじゃないのかと思ってね」
「言われてみれば――」
リディも縛り上げられた男たちを見回す。
「だけどさ、クリス。取引の割には武装しすぎだと思わないか?」
「だからだよ。だから早めに口を割らせないと困るのさ」
リディは少し考え込むが、首を傾げる。
それを見て、クリスは説明をすることにした。
「もうすぐ取引相手が来るかもしれないし、無線で定時連絡がなかったら、増援を送ってくるかもしれない——下手したら挟撃される危険性もある」
「ああ、そう考えると、確かに……。ちんたらしている場合じゃないか。だったら――」
リディは赤い髪の男に銃口を向けると、撃鉄を起こした。
「おい、お前! そいつみたいに脳みそぶちまけたくなかったら、洗いざらい知っている事をぶちまけな!」
「ふ、ふざけるな! 誰がお前らなん――」
ダン!
至近距離で一発の銃声が轟く。
あまりに突然のことに、リディは驚き、反射的に身体を縮こませていた。
リディが顔を上げると、赤髪の男が言葉にならない声を発していた。
男の右足のくるぶしから血が流れ出していた。
クリスだった――。
クリスが赤い髪の男に向けて、引き金を引いていた。
「おい! クリス!」
「リディ、君のやり方だと口を割る前にコイツが死ぬ可能性がある。さっきの男は二回目で死んでしまっただろ」
「クリス! あ、貴方まで!」
ウェッジウッドが少し離れた所から涙目で、恨めしそうに睨みつけていた。
「ウェッジウッド嬢! 銃声で聞き取りづらくなっているんだ!」
クリスはウェッジウッドを一瞥しただけで気に留めることもなく、赤髪の男へと近づいていく。
「何か言いたいことがあるなら——こっちまで来てくれないか?」
赤髪の男は涙を流しながら歯軋りをしていた。
男は後ろ手に拘束されているので、どうすることもできないでいた。
「痛覚こそが、現実を実感できる唯一の方法らしいぜ」
クリスは無表情のまま、男が痛がる後ろ姿を見下ろしていた。
男はクリスに向かって、恨みのこもった眼差しを向ける。
「つまり——お前はまだ生きているんだ。良かったじゃないか」
クリスはしゃがみ込むと、男の顔を覗き込む。
「そんなに痛いのか?」
男の顔が憎悪に歪む。
「ま、俺には、その痛みは理解できないけどな……」
クリスは気にもとめない様子で、男に向かって微笑んでみせた。
「て……テメェ! テメェは殺す! ぜってぇ、殺す!」
「吠えるなよ、三下——」
クリスは赤髪の男の額に、銃口を突きつける。
「生殺与奪はこっちの手の中だ」
そう言って、引き金に指をかけた。
すると——。
「やめなさい!」
ウェッジウッドが駆け寄ると、クリスの持っていた銃を奪い取り、立ち塞がった。
「クリス! それ以上の暴虐は、私が許しません!」
銃を取られたクリスは舌打ちをしてしまう。
「だったら、どうするつもりだ? ウェッジウッド嬢」
「私が代わりにやります!」
ウェッジウッドはハンカチを取り出すと、男の右足を縛り上げて止血する。
「代わる? ウェッジウッド嬢、貴女では人は殺せない」
「リディも貴方も! 殺す必要なんて、最初からありません!」
ウェッジウッドは赤い装丁の本を開いて、至宝を発動させた。
「至宝を使うのか?」
「そうです。至宝の能力を使えば――」
「ルー! アンタ、其奴の心を読み取るなんて、バカなマネはするな!」
リディの呼びかけに、ウェッジウッドは頭を振った。
「リディ……心配しないで。私だってそこまでバカではありません。情報を読み取るのではなく、情報を流し込むこともできるのですよ」
「流し込む?」
クリスは眉根を寄せる。
「クリス——」
ギロリと横目で睨み付ける。
「貴方は黙って見ていなさい!」
すると——間もなくして、赤髪の男が次第に苦悶の表情に変わっていく。
「あ……あああ! あああああ!」
男は絶叫しながら、悶え始めたのだ。
のたうち回る男を見つめ、エディアールが戸惑いの表情を浮かべる。
「ルー、何をしているんだ?」
「痛みも情報です。私がこの男の脳に、直接、痛みの情報を流し込んでいます」
さらに男は声を荒げて絶叫する。まるで断末魔の叫びのようであった。
男は後ろ手に縛られているため、右に左に足をバタバタさせながら転げ回る。
エディアールもリディも男に近寄ることすらできず、その場で茫然と見つめていた。
男の叫び声が次第に小さくなっていく。
そして……身体の痙攣も弱まっていった。
『此奴も加減を知らぬ』
マレーネは呆れた表情で、瀕死の男を見つめる。
『主よ……。このままでは、この男は正気を失うか、最悪——死ぬぞ』
茫然としていたクリスだったが、マレーネの忠告に声を上げる。
「リディ! ウェッジウッドを止めさせろ! その男が死ぬぞ!」
クリスの呼びかけに、リディは慌ててルーの至宝を取り上げる。
「リディ! 止めないでください」
リディが取り上げた至宝を、ルーは取り返そうと腕を伸ばす。
「ば……バカ! あのまま続けていたら、そいつは死んでいたぞ!」
「おい! 大丈夫か?」
エディアールが、男の上半身を抱き起こし、男に呼びかける。
だが、返事がない――さらに、脈もなかった……。
エディアールが、慌てて救命措置をするために横に寝かすと、男が息を吹き返す。
「く……クソッタレ!」
赤髪の男は咳き込みながら、エディアールを睨みつける。
「だ……大丈夫な……ワケがあるか!」
「だったら、さっさと話せ……。でないと――」
そう言って、エディアールは後ろにいるウェッジウッドに顔を向ける。
男はウェッジウッドの姿を見ると視線を逸らし、観念したのか首を縦に振った。
「わ……わかった! わかったから……」
男は怯えた声で訴えた。
「その女を……近づけさせないで……くれ!」
男を落ち着かせてから、エディアールが質問を始める。
「ここで誰と何の取引をするつもりだったんだ?」
クリス、リディ、エディアールが男を取り囲む。
男は渋々ながらも、口を開いた。
「カルディアの貴族だ……」
「カルディア? カルディア共和国のか?」と、エディアールは驚く。
男は頷いた。
「王国時代のカルディアで、革命が起きた際に亡命してきたと言っていた。ボディーガードとして、カルディアの軍服を着た手下を六人ほど従えていたぜ。腕章は旧王国の物だった」
「亡命貴族か……」
エディアールは首を傾げる。
「本人が……そう言っていただけだ」
「その言い方だと、身なりは貴族らしくなかったのか?」
クリスは怪訝な眼差しで男を見つめる。
赤髪の男は首を横に振る。
「いや——貴族らしい見た目とかそれ以前に、仮面をつけていたんだ」
「仮面? それはどの様な仮面ですか?」
離れた所にいたウェッジウッドだったが、その言葉に興味を持って近づいてくる。
男は座った状態で後退りして逃げようとするが、リディが男の背中を押さえつけた。
「どんな仮面だったんだよ?」
リディも肩越しから男に訊いた。
「ば……バウタだよ! 白くて鳥の嘴がある仮面だ」
「バウタ?」
ウェッジウッドが眉根を寄せる。
「その仮面は本来、貴族が市井を見物する際につける身分を隠すためのものですよ。わざわざその仮面をつけて、貴族を名乗るマネなんてしませんわ」
「し……知らねぇよ!」
「もう少し、詳しくそいつの身なりを教えてくれないか?」と、エディアール。
「バウタの白い仮面に、黒のトリコルヌ(広縁の三角帽)を被っていたんだ。それに黒いコートを纏っていた。あとは——杖をついていたな……」
「杖……?」と、リディ。
「左脚を引きずって、取り巻きの軍服を着た男たちに支えられながら、俺たちの前に現れたよ。何でも革命が起こった際に、左脚を負傷したとか言っていた。仮面も火傷の痕を隠すためだとか……」
「オルフェウス会は、それを信じたのか?」
クリスが呆れた口調で訊ねた。
「俺たちはな、身なりではなく、金を信じるんだよ」
ふんと鼻を鳴らし、男はクリスから顔を背ける。
「なるほど、金回りは良かったわけだ」
エディアールが会話を引き継ぐ。
「ああ。しかもロイヤルディール金貨で支払ってくれたんだ。亡命貴族の癖に、自国のカルディア金貨で支払わないんだぜ」
「余計な事は言わなくて結構。こちらの質問にだけ答えてください!」
ウェッジウッドが、赤髪の男の言葉を遮った。
エディアールが質問を続ける。
「それで名前くらいは名乗ったんじゃないのか?」
「ああ、名乗ったさ。ジャクソン・R・グレイ伯爵ってな」
「ジャクソン・R・グレイ……伯爵?」
四人は顔を見合わせる。
だが、その名前に心当たりのある者はいなかった。
「俺たちもツテを頼りに調べてみたが、カルディアの王国時代にそんな貴族はいなかった。実在しないんだ」
(実在しない伯爵……?)
「よく引き受ける気になったな?」と、エディアール。
「仮に偽名で身元が分からなくても、前金も貰っていた。だから引き受けることにしたんだよ」
「前金を貰っていて、どうしてこの人数を待機させていたんだ?」
気になったので、クリスも訊ねてみた。
「そいつが注文したブツが、ヤバいからだよ」
男は声を潜めた。
「そのブツとは何ですか?」
ウェッジウッドの質問に、男はビクつくが、声を震わしながら話し始める。
「ば……爆薬だ……。C4を200㎏注文してきたんだ」




