第三十五話「引き金の覚悟」
「クリス! 準備は良いか?」
「ああ、いつでも良いぜ!」
突然、ギャングたちが立ち止まり、キョロキョロと辺りを見回し始めた。
振り返ると、ウェッジウッドが至宝を発動させていた。
認識阻害によって、ギャングたちは突如として消えたと思っているようであった。
「いまだ!」
エディアールの掛け声で、クリスは飛び出した!
持っていた鉄パイプで、ギャングたちを次々と薙ぎ倒していく。
こちらの姿が認識できていないので、ギャングたちは状況把握が出来ていなかった。
どうして味方が、次々に倒れて行くのか、理解が追いついていないようだった。
だが、それ故に、利点ばかりではなかった。
四方八方に銃を撃つ者や、逃げ出そうとする者たちが現れ始める。
クリスは援軍を呼ばれても困るので、逃走する者たちを優先して倒していった。
エディアールは銃を乱射する者たちに近づき、峰打ちで倒していく。
ものの数秒で、地下鉄の出入り口周辺の制圧に成功してしまった。
「あらかた片付いたな……」
エディアールがあたりを見回しながら言うと、メルローズとウェッジウッドに合図を送る。
四人で敵方のギャングの武器をすべて奪い取ると、一人一人縛り上げていく。
「さあ、パーティ会場に向かいましょう!」
「ちょっと待て!」「おい、待て!」
ウェッジウッドが地下鉄の出入り口に向かおうとするのを、クリスとエディアールが同時に呼び止めた。
「な、なんですか? 二人して……」
ウェッジウッドが振り返り、二人を見て鼻白む。
「この人数……おかしいと思わないか?」と、エディアール。
「十五……十六。十六人も居たんだ」
クリスはギャングを数えながら、疑問を口にする。
「まずは、こいつらに事情を聞いた方が良いんじゃないのか?」
「俺もクリスの言うことに賛成だ。下に降りる前に確認した方がいい」
エディアールはメルローズに顔を向ける。
「リディは、どう思う?」
「あたしも賛成だ——」
そう言って、メルローズは意識を取り戻しつつあるギャングの一人の襟首を掴むと三人の前に引き摺ってくる。
「まずは、コイツに訊いてみようぜ」
無精髭を生やして、頬のげっそりと痩せた男だった。
男はようやく状況を理解できたのか、悲鳴に似た声をあげる。
「おい、喚くな。大人しくしろ」
「な、何だ?! テメェら! 俺たちをオルフェウス会と知って――」
「ああ、知っている。クリアリール侯爵の後盾で勢力を広めてるギャングだろ?」
エディアールが座り込んで、男を見つめる。
「麻薬から武器までなんでも取り揃えているって噂だ。こっちはすべて知った上で、乗り込んでいるんだ」
男は、ようやく取り囲んでいるのが少年と少女であることに、気がついたようであった。
すると、態度を一変させ始めた。
「バカな子供どもだ!」
男は鼻で笑うと、エディアールを睨み付けた。
「こんな事をしてタダで済むと思っているのか?」
「俺たちはアンタの言うバカだからわからないんだよ」
エディアールは肩を竦める。
「だから教えてくれ。ここで何をしていたんだ?」
だが、男は冷笑を浮かべて、答えようとしない。
そればかりか、エディアールから顔を背けた。
エディアールは立ち上がり、腰に帯刀している刀を抜こうとする。
だが、それをメルローズが止めた。
「シャル……アンタのやり方ではコイツらは口を割らないぜ」
彼女はリボルバーのシリンダーから銃弾を抜き取ると、一発だけシリンダーに戻した。
それを男に見せてからシリンダーを回転させる。
「死にたくなかったら、さっさと答えた方が良いぜ」
メルローズは撃鉄を起こすと、引き金に指をかける。
「そ……そんな脅し――」
メルローズは男の眉間に銃口を押しつける。
そして、男の目の前で引き金を絞り込んだ。
……カチン。
撃鉄が落ちる――。
……え?
男の表情がみるみるうちに青ざめていく――。
メルローズは無言のまま、またゆっくりと撃鉄を起こす。
そして……ふたたび引き金に指をかける。
「ま……待て! じ……冗談――」
ダァン!
銃口から火花が上がる。
後頭部が吹き飛ぶ。
男はドサリ……と、仰向けに倒れ込んだ。
倒れた男の頭部からトクトクと鮮血が流れ出して、アスファルトに血溜まりを作っていた。
血の匂いが漂い始め、立ち上る硝煙と混じり合う。
遠くで犬が吠えるのが聞こえるくらい、周囲は静寂に包まれていた。
「な……なんて事を……」
血を見慣れていないのか、ウェッジウッドは動揺を隠すように、遺体に背を向けた。
「おい! リディ……その辺に――」
「止めるなよ! 色男」
心配そうにウェッジウッドの肩を抱くエディアールに、メルローズは苛立った声をあげる。
「ここはクリアリールの領地だって言ってるだろ!」
メルローズは死体となった男を見つめていた。
「だからと言って、無闇に人を殺して良い理由には――」
「わかっていない!」
エディアールの言葉を遮るように、メルローズは声を荒げた。
彼女はやれやれと言わんばかりに頭を振ると、嘆息を漏らす。
そして、眼光鋭く二人を睨みつけた。
「シャル! アンタもルーも、何もわかっていない……」
「わかってないだと?」
エディアールは眉根を寄せて、メルローズを見つめる。
「近衛省の腐敗を取り除くと言い出したのは、ルーなんだぞ! それにシャル! アンタもそれに賛成したんだろ!」
「だ、だが――」
「言い訳がましいんだよ! 色男!」
メルローズはエディアールの言葉を遮った。
「アンタは自分の手を血の色に染め上げるのが、そんなに嫌なのか? それとも——」
メルローズはエディアールを睨み付ける。
「怖いのか?」
エディアールは押し黙ったまま、メルローズを睨み付けていた。
「シャル! あたしが怖いのは——あたしたちが、このまま何もしないまま腐って行くことだ!」
メルローズは二人を見据える。
「あたしは……あたしの心だけは純潔でありたい。誰にも支配されず汚させない――だから……」
メルローズは右の拳を力強く握りしめる。
「この手だけは……血の色に染まることを厭わない」
二人に対する宣誓の言葉だった。
ウェッジウッドもエディアールも黙ったまま、メルローズを見つめていた。
メルローズは銃を中折れにしてシリンダーから排莢すると、ホルスターから弾丸を取り出して一発のみ装填しようとする。
だが、指が震えてなかなか装填できないでいた。
ようやく装填し終えたシリンダーを戻すと勢いよく回転させた。
「まだ——十五人も残ってる」
メルローズは縛り上げたギャングたちを見回す。
「次……行こうか」
後ろ手に縛られたギャングたちは震えながら首を横に振っている。
『彼女奴……覚悟が決まりすぎておるのぉ』
感心するとも呆れているとも取れる物言いをマレーネはした。
「……そうでもないさ」
クリスは呟く。
『ん? 主は違うと思うのか?』
「ああ——銃弾を装填する際に、指が震えているのが見えた。一発の銃弾を装填するのに、時間が掛かりすぎだ」
メルローズの指先が震えているのを、クリスは見逃さなかった。
「彼女奴は、後戻りをさせないようにしたんだよ」
クリスはマレーネを見つめ、肩を竦める。
『後戻りを……させないじゃと?』
「自分に対してなのか、それとも二人に対してなのか——それはわからないけどな」
『ん? 主よ、何処に向かうのじゃ?』
クリスは縛り上げられたギャングの方へと歩いて行く。
そして、その中から一人、気になった男を選び出す。
真っ赤に染め上げた髪の男だった。
クリスは男の髪を無造作に鷲掴みにすると、抵抗する男を気にすることもなく、死体の近くまで引き摺って連れてくる。
赤髪の男は、死体を見るなり怯え出す。
「お……サンキュー」
「メルローズ……代わろうか?」
クリスは右手を出してリボルバーを受け取ろうとする。
だが、メルローズはそれを拒否した。
「悪いが、これは親父の形見なんだ。だから、誰にも触らせるつもりはない」
「それなら——其奴らから奪った拳銃を使わせてもらうぞ」
「おいおい——ちょっと待てよ、テトレー」
「クリスだ」
拳銃を拾い上げるとマガジンを確認しながら、クリスは名乗った。
「クリスで良い。俺もアンタのことはリディと呼ばせてもらう」
リディは肩を竦める。
「わかったよ。それでクリス……その銃で、どうするつもりだい?」
「コイツに口を割らせる。おそらく、コイツがまとめ役だ」
「ん? コイツが……?」
クリスの言葉に、リディはジロジロと男を見回す。
「コイツだけ、他の奴らと身なりが違うだろ?」
「ああ、確かに……。コイツだけ他の奴らと比べると違うな」
リディは男を観察しながら、ニヤリと笑う。
「金のネックレスに、指輪も両手に何個つけているんだ……? 相当、金回りが良さそうだな」
「それにコイツは携帯端末以外に無線機も持ってる。まだ近くに仲間がいると思っていた方がいい」
「なるほど――」
リディは男に銃口を向けた。
クリスもまた、男に銃口を向けた。




