第三十三話「監獄王の名」
レイヴンズバーグ総合病院旧棟の受付で待っている――。
(レイヴンズバーグ総合病院……旧棟――)
そこはノスフェラトゥ連続猟奇殺人事件の一人目の被害者レイヴンズバーグ子爵の遺体が発見された場所であった。
(しかも、この日付――)
9月26日の20時——。
この時刻に、レイヴンズバーグ子爵は行方不明になっている。
そして後に、子爵の遺体は総合病院の旧棟で発見されている。
もう一人のフェルナン――。
彼が侯爵の別人格なのか、それとも実在する別人なのかで、この連続殺人事件の様相が大きく変わるのは確実だった。
ジャスティンは更なる手がかりを求めて、他の抽斗も一つずつ確認していく。
けれども、何も変わったものは見つからない。
諦めかけていた時——ふと左足のつま先が何かにぶつかった。
机の下を覗き込むと、奥の方にゴミ箱が押し込まれているのが見える。
ジャスティンはしゃがみ込み、そのゴミ箱を引き寄せてみた。
スチール製の円筒状のゴミ箱だった。
「何か、お探しですか……?」
肩越しからマルセイユが話しかけてきた。
「ん? ちょっとゴミ箱を漁ろうと思ってな――」
ジャスティンはデスクライトを引っ張ってきてゴミ箱の底を照らす。
「それより……お前の方は大丈夫なのか?」
「ええ。お陰様で——ようやく抜けてきたようです」
本人はそう言ってはいるが、ジャスティンには、まだ声が寝起きのように感じられた。
「あまり無理しなくていいぞ」
そう言いながら、ジャスティンはゴミ箱の中を覗き込む。
すると——便箋が破り捨てられているのを見つけた。
ジャスティンは立ち上がると、机の上にゴミ箱を置いた。
不思議そうに見つめてくるマルセイユに、先ほどの「もう一人のフェルナン」からの手紙を渡す。
「それでも読んでいてくれ――」
そう言うと、ジャスティンはゴミ箱をひっくり返した。
机の上には、破り捨てられた用紙が数枚と、クシャクシャに丸められた黒灰色の封筒、他には焦げ跡のある紙の断片が落ちてくる。
ジャスティンは紙屑の中から、丸められた封筒を広げる。
その封筒は「もう一人のフェルナン」が送ってきた封筒と、まったく同一のものだった。
その封筒の表面には『内容証明郵便』のスタンプが押されていた。
けれどもスタンプの色は鮮やかな朱色ではなく、乾いた血の色だった。
(消印のスタンプは押されていない?)
首を傾げてしまう。
(正式な内容証明郵便ではないのか……?)
裏面の差出人の欄に名前の記載はなかった。
封筒を机に置くと、今度は紙片から手紙の復元に取り掛かる。
紙片は八枚――。
おそらく便箋二枚を破り捨てたものだ。
復元は難しくはなさそうだ。
八枚の用紙の断片を、文脈や文字を合わせながら一枚ずつ丁寧に繋ぎ合わせていく。
机の上に紙片を置いていくその度に、この書面が法律に則った正式な文書に見せながら、狂気に満ちた内容であることに、悍ましさを感じ始めていた。
繋ぎ合わせたその手紙は『受任通知書』と呼ばれるものであった。
しかも、内容証明郵便の正式な書き方である26文字の20行という形式で二枚にわたり、こう綴られていた。
***
ルヴェ領領主フェルナン・ド・ルヴェ侯爵殿
通知書
前略
私はもう一人のフェルナン(以下、通知人といいます。)の代理人として貴殿に対し、次のとおり通知いたします。先日、通知人が貴殿に宛てた手紙の内容でお知らせしたとおり、通知人は貴殿に対し返還を希望されておりました。
ですが期日である9月26日20時までに貴殿は待合せの場所、レイヴンズバーグ総合病院の旧棟受付に現れませんでした。
通知人は待合せの場所に来なかった貴殿に対し、強い精神的苦痛を受けています。
そこで再度返還の請求をするとともに、この件に関し、通知人は私こと代理人、ジャクソン・R・グレイ(以下、監獄王といいます。)に返還の請求に関する一切の権限を委任されました。
監獄王は貴殿に対し、10月9日の陽が沈みきった頃合いまでに、通知人から奪った物の返還を請求いたします。
通知人はあくまで話し合いでの解決を、希望されております。
監獄王も通知人の希望に準ずるように努める所存ですが、期日までに催告に応じない場合におかれましては、拘束の上、強制執行の手続きに移行させていただきますことをご承知の上、あしからずご了承ください。
草々
通知人もう一人のフェルナン代理人
監獄王——ジャクソン・R・グレイ
***
(代理人——監獄王……ジャクソン・R・グレイ? 監獄王だと……? どうして、この名前が……?)
ジャスティンは思考が追いつかなくなり、目眩に似た感覚に襲われた。
椅子に身を投げ出すようにして座り込むと、天井を見上げながら深呼吸をする。
テトレー伯爵の屋敷にあった領律書に書かれていたサイン。
(筆跡も同じだ――。まさか、繋がるのか……?)
(テトレーの事件も――。ノスフェラトゥの事件も、そして――)
「どうかされましたか?」
マルセイユが覗き込んでくる。
「読んでみればわかる」
説明する気も失せたジャスティンは、素っ気なく言い放つ。
マルセイユは何も言わずに、ジャスティンが繋ぎ合わせた手紙を読み始める。
読み進めるうちに、彼女の表情も険しくなっていく。
「代理人を称しているジャクソン・R・グレイなる人物は――」
マルセイユは振り返り、ジャスティンを見つめる。
「テトレー屋敷の領律書に記載のあった監獄王と同一人物ですか?」
「だろうな……。そいつが内容証明郵便にわざわざ似せて作ったものを――」
ふと、何かが気になった。
「作ったものを……?」
マルセイユが首を傾げる。
「……送っていない」
そう言えば、封筒に消印のスタンプは押されていなかった。
ジャスティンは椅子から立ち上がると、机に置かれた封筒を確認する。
やはり消印は押されていない。
(すると、わざわざ偽の内容証明郵便を持ち込んで、破り捨てたのか……?)
(だが、何のために……?)
ジャスティンは焦げ痕のある紙の断片を拾い上げる。
無地の白い封筒——その燃え残った一部。
「……燃やされていたのか?」
(……本物を)
(正式な形式の内容証明郵便を――)
ジャスティンは何も言わず、書斎の入り口に向かって早足で歩き出す。
「ジャスティン様……?」
マルセイユはワケもわからず、ジャスティンの後をついていく。
ジャスティンは書斎の扉を勢いよく開けると、外で待っていた執事のジャイルズに詰め寄った。
「ジャイルズさん! 隠し事はなしだ! 単刀直入に訊くが、9月26日以降に内容証明郵便を受け取っていないか?」
それを聞いたジャイルズは明らかに動揺した表情を見せた。
ジャスティンがさらに詰め寄ると、ジャイルズは視線を逸らした。
「おそらく配達証明付き郵便で送られているはずだ!」
ジャスティンは確信した。
「だから、郵便局に問い合わせればすべてわかる。だが、貴方が受け取ったのなら、その経緯を聞かせてもらいたい」
ジャイルズは目を閉じると、観念したかのように肩を落とす。
「おっしゃる通り、内容証明郵便を受け取りました。そのことについて、旦那様から……かたく……口止めされておりました」
弱々しい震えた声で、ジャイルズは郵便物を受け取ったことを認めた。




