第二十八話「密室の前提」
長閑な田園風景が続いていた。
送られてきた資料の確認を終えたジャスティンは、左側の車窓から見える景色を眺めていた。
同じような風景が、ジャスティンを夢の中へと誘おうとしていた。
すると、青い標識が目に飛び込んできた。
『これより先――ルヴェ侯爵領』
「もう少しで到着するみたいだな……」と、ジャスティンは呟く。
「え? どうしてわかるんですか?」
右側の車窓を眺めていたマルセイユには標識が見えていなかった。
「領地を示す標識があった」
「じゃあ、先程の車道を横切る黄色い線は領地を示していたんですね?」
「本当かよ」
ジャスティンは興味を示す。
「車道にそんな線があったのか? 見えなかったけど……」
「ありましたよ。でも、領地に入ったのに検問所はないみたいですね?」
不思議そうに車窓を眺める。
マルセイユの疑問に、ジャスティンは苦笑する。
「今時、検問なんてやっているのは、ヴァーダミル侯爵の領地くらいだろ?」
「え? あれが普通ではないのですか?」
「あそこは軍事拠点だから、検問をやってるんだ。そうでない貴族の領地では、今さら検問なんてやらないさ」
革命以前であれば、検問は不審者の侵入を防ぐ意味合いよりも、領民の流出を防ぐ目的が強かった。
しかし、革命が起きたことにより——憲法が制定された。
これにより人権が認められ、さらに領地の返還も相まって、領民に移動の自由が保障されることになった。
領地に残るか、それとも他領や国有地へ移るのかも、国民の自由になったワケだ。
そうなれば、環境の悪い領地では、当然に領民の流出が深刻な問題になる。
まあ、そのあたりは貴族様も心得ている。
フェルナン・ド・ルヴェ侯爵は、領地の住民税を国有地よりも低く設定した。
ルヴェ領は、首都グランディールから直線距離にして20㎞ほどに位置する領地であった。
侯爵はその立地を生かすべく、首都グランディールで働く労働者たちを呼び込むために、ベッドタウン化の構想を打ち出して、領地の整備を進めていったのだ。
革命後すぐに、街道、そして水道・電気・ガスといったインフラの整備を進めていった。
さらにショッピングモールなどの誘致を進めたことで、革命前は55㎢の領地に二万三千人の領民だったのに対し、革命後は、領地返還もあって領地は35㎢に減少したものの、領民の人口は五万六千人へと増加したのである。
時代の流れを掴む才覚のある領主は違うんだなと、ジャスティンは思う。
『ヌーヴェル=ルヴェまで――あと2㎞』
標識から、ルヴェ領の中心都市ヌーヴェル=ルヴェまでもう目と鼻の先だった。
しばらくすると、田園風景から住宅街へと変わっていく。
「同じような建物が続きますね」
新築二階建ての建物が続くのが、マルセイユは気になったようだった。
「ベッドタウンだからな……」
「これって新しい領民用ですか?」
「だろうな。借地とはいえ土地は無償で提供しているから、売出価格も相場より安価に設定しているそうだ。さらに住民税は国有地よりも優遇されている」
「検問を敷いて流出を防ぐよりも、素晴らしい施策ですね」
「領律の問題も、ルヴェ一族に関することのみだから、ほぼ国有地と変わらないというのも大きいんだろうな」
表向きルヴェ侯爵が殺害される理由はなさそうに思えてくる。
(果たしてどんな人物だったんだろうな……)
ジャスティンは車窓から、高台を眺める。
モンソレイユの丘と呼ばれる高台に、侯爵の屋敷であるモンソレイユ邸は建てられていた。
遠目からでも白を基調とした豪邸が見てとれる。
昔ながらの中世の城というよりも、近代寄りにデザインされた邸宅だった。
ジャスティンとマルセイユを乗せたリムジンは、住宅地を抜け、そのまま中心街をひた走る。
そして、目的地である三階建ての無骨で無機質な建物の前で停まった。
建物の正面入り口には市民警察のマークと共に、『ヌーヴェル=ルヴェ署』の看板が取り付けられていた。
「え? どうして市民警察がルヴェ領内にあるんですか?」
リムジンを降りたマルセイユの一声はそれだった。
「そんなに驚くほどのことはないだろ? 領地内とはいえ、国内法は全て適用されているし、領律も特殊な内容ではないんだ」
ジャスティンはリムジンを降りると、建物を眺める。
「自前で治安維持組織を置いておくより、よっぽど安上がりだ」
そう言って、署の入り口へと歩いて行く。
ジャスティンが入り口の呼び鈴を鳴らすと、可愛らしい女性が対応してくれた。
身分証を提示すると、女性は奥の署長室へと、ジャスティンとマルセイユを案内してくれる。
署長室に入ると、恰幅の良い男がデスクから立ち上がり、出迎えてくれた。
歳は40代後半から50代前半に見える。白髪まじりの髪をオールバックにして、口髭を蓄えている。
どっしりとした体格から、署長という風格が伝わってくる。
「ようこそ。ジャンナッツ警部――」
男は隣にいるマルセイユを見つめる。
「私のアシスタントをしてくれているマルセイユです」
ジャスティンはマルセイユを紹介する。
「ああ、なるほど……猫さんですね」
署長は納得したように頷くと、二人にソファーに座るように促す。
「改めまして、私が署長のアラン・ド・ルヴェです」
(侯爵の身内か……。それなら猫については周知か)
ジャスティンはわずかに肩の力を抜く。
「ルヴェ……?」
マルセイユが首を傾げて、呟く。
「ああ。フェルナンは、従兄弟ですよ」
マルセイユの声が聞こえていたのか、署長は気づいて説明を始める。
「革命前までは、私はルヴェ領内の保安官でしたから、革命後に市民警察を領内に配置する際に、保安機関も警察に統合されて――」
「今ではこの通り、署長をさせてもらっています」
(なるほど、領主の関係者を、署長に据えれば角が立つこともなくなる……か)
(地域密着ではあるが、密着しすぎる問題点も――おそらくは、あるのだろうな)
そんな考えをやめようと、ジャスティンは話題を変える。
「あの、早速で恐縮ですが、事件に関するファイルを頂けませんか?」
署長は席を離れ、デスクから持ってきたファイルを渡してくれた。
「本来であれば、もう少し我々の手で捜査を進めたかったのですが……」
署長はわずかに悔しげな表情を覗かせる。
「警察庁から捜査を止められたんですよ」
ルヴェ一族の、しかも領主が殺害されたワケだから、その気持ちは分からなくもなかった。
だが偏向捜査になりかねないと、警察庁のトップは判断したのだろう。
(そうなってくると……だ。ノスフェラトゥ連続猟奇殺人事件との関連性も疑わしくなってくるんじゃないのか?)
ジャスティンは嫌な予感が当たらないことを祈りつつ、ファイルを開いた。
「私の方から、事件の概要を説明しましょうか?」
署長の申し出だったので、ジャスティンは話を聞くことにした。
事件は2日前――10月9日に起きた。
その日、領主のフェルナンは鉄道事業への参入の打ち合わせの後、夜の22時に自宅であるモンソレイユ邸に帰宅した。
帰宅の際、特に変わったことはなかった。
彼は仕事を片付けると言い残して、そのまま書斎に籠ってしまったそうだ。
翌日、執事が書斎の内線に連絡を入れたが繋がらなかったそうだ。
そこで執事は書斎にまで出向き、ノックをするが応答がなかった。
緊急性を感じた執事は、ヌーヴェル=ルヴェ署に通報を入れる。
モンソレイユ邸の認証端末の緊急解除はルヴェ署で可能であるため、署長の元に連絡があったそうだ。
署長は執事のジャイルズと携帯電話で連絡を取り合いながら、セキュリティ端末のロックを解除した。
執事と使用人たちが書斎に入ると、被害者である当主のフェルナンが右腕と右脚がない状態で倒れているのを発見する。
その時、すでに被害者は亡くなっていて、近くに右腕と右脚に対応する義肢と義足が置かれていた。
概要を聞く限りでは、ノスフェラトゥの事件とほぼ一致する。
だが、今回の事件は少しばかり様相が異なる部分があった。
それは……殺害現場が、密室だということだ――。
「この資料からすると、書斎は密室だったそうですが、間違いありませんか?」
ジャスティンは署長を見つめ、そう訊ねた。
「ええ。密室だった――と、言わざるを得ないでしょう」
不本意だと言わんばかりの表情であった。
彼の表情から何かを隠しているとは、ジャスティンには思えなかった。
「書斎の窓は天窓もバルコニー側の窓も鍵が掛けられていましたし、バルコニーへと続く扉も施錠がされていました」
「書斎の出入り口の扉は顔認証のセキュリティのため、本人以外の入室はできないとありますが?」
ジャスティンが気になった箇所を訊ねてみた。
「私もそこが気になったので、一番最初に確認しましたよ。ですが書斎の認証登録は本人のみでした」
間違いありません、と付け加える。
「わかりました。早速、現場を確認したいのですが――」
(さてさて……了承してもらえるかな?)
「モンソレイユ邸へのアポイントを取ってもらえませんか?」
すると、署長は意外にも断ることはなかった。
「それは構いませんが、私が案内しても良いのですよ」
「流石に、署長さんに案内してもらう訳にはいきませんよ」
ジャスティンは笑みを浮かべて、丁重に断りを入れる。
「こちらが恐縮してしまいます」
署長は残念そうな顔をするが、名案を思いついたのか、内線の受話器を持ち上げた。
「では、娘を案内に付けさせましょう」
「娘……?」
「受付をしていた若いのがいたでしょう?」
(ここまで案内してくれた小柄でショートヘアの女性か……)
断るのも失礼に当たるので、ジャスティンは了承するしかなかった。
しばらくすると、ノックと共に、受付の女性が入ってくる。
「アデル。自己紹介を」
署長の言葉に、若い女性はペコリと頭を下げて、挨拶をする。
「アデル・ド・ルヴェです」
小柄で少女のような顔立ちの女性がニコリと微笑む。
「アデル。こちら領地捜査局のジャンナッツ警部とマルセイユさんだ。彼らをモンソレイユ邸に案内してくれないか?」
「ええ、構いませんわ」
「そんなに気を使わなくても良いのですが……」
「いえいえ、ご遠慮なさらず」
アデル嬢はニコリと微笑む。
「元々、午後からモンソレイユ邸に行く予定になっていましたから」
そう言うと踵を返して、署長室を出ていく。
ジャスティンもマルセイユも、彼女に続くかたちで署長室を後にした。
三人はアデル嬢を先頭にエレベータに乗り込み、地下駐車場へと向かうのだった。




