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マリアージュの銃士隊  作者: ミナモ
第四章

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第二十七話「猫の上下関係」

 

「ネコなんて嫌いです! 私は断然、犬派です!」

ぷりぷりと怒り出すマルセイユに、ジャスティンは呆気に取られてしまった。


「は? ネコが嫌いって――」

唖然として言葉に詰まる。

「お前——それなのに、俺を待たせて10分以上も触りに行ってたのか?」


「でしたら、もう少し早く呼んでください!」

マルセイユは涙目でジャスティンに詰め寄ってきた。

「おかげで私は、私は……」


「な、なんだよ……」

マルセイユに気圧されたジャスティンはたじろいでしまう。

「俺が何か悪いことをしたのか?」


「いえ……ジャスティン様が悪いわけではありません」

顔を両手で覆いながら、ふるふると首を横に振る。

「ジャスティン様はただ朴念仁(ぼくねんじん)なだけで、すべて私が悪いんです」


「朴念仁……って、お前、どさくさに紛れて言いたい放題だな……」


マルセイユは急にしょんぼりした表情で肩を落とした。


「おい……何があったんだよ?」

マルセイユが心配になり、事情を訊ねてみた。


「運転手さんに聞こえてませんか?」


何を気にしているんだ、と思いながらも――。


「大丈夫だ。リムジンは防音になっているから、声が漏れることはない」


マルセイユは小窓から見える運転手の後頭部を一瞥するも、話すことを躊躇する。

「すみません……。ミラーからの読唇を避けたいのでこちらに移ります」

運転手を背にするようにして、ジャスティンの対面の席に移動する。


マルセイユはジャスティンの方へ身を乗り出しながら、小声で話を始めた。


「順を追って説明しますと、先ほどのウェイトレスのお姉さんは、野良です」


「野良って――暗部組織の……猫か?」

ジャスティンも思わず声を潜めて訊ねた。


マルセイユはコクリと頷いた。さらに声を潜める。

「あの方のお母様が、その昔に家猫をされていたそうです。で、どうやら野良になってから、あの一帯を縄張りにしているそうです。まあ、縄張りと言ってますが、つまりは情報を収集するエリアのことですけど――」


「その縄張りに、お前がのこのこ入ってきたから、注意されたのか?」


「いえ――少し違います。私がすっかり猫のルールを忘れていたのが原因です」

そう前置きをしてから、マルセイユは説明を始めた。


猫同士の縄張りは国内外の至る所に張り巡らされている。

なので、縄張りの出入り自体に気をつける必要はあまりないそうだ。

ただ、その縄張りの中にある、猫のための集会所に立ち寄る場合に注意が必要になるということだった。

猫が働いている店がある場合、そこが主な集会場所になるそうで、そこには必ずと言っていいほど目印として、本物のネコもいるそうだ。


「ですから、あの店の前に白ネコがいたのを見落としたのが私の一つ目の不注意です。さらに不注意だったのが、彼女が腰につけていた鈴を私が見落としていたことです。これが二つ目です」


「あの小さい青い鈴か……」

妙に耳に残る、澄んだ音色——。


「はい。鈴の色や材質、模様や音色によって、所属先や階級がある程度分かるようになっています。ですので、鈴を見せ合えば、野良猫になった今でも、お互いに有益な情報は共有してくれます」


「ああ、なるほど――」

ジャスティンは何となく猫の上下関係を理解した気がした。

「お前……あのお姉さんを無視したもんな。しかも、鈴まで鳴らしてくれたのに」

マルセイユがギクリと反応する。


「私も鈴を持っていまして……」

マルセイユはスカートのポケットから、恥ずかしそうに鈴を取り出した。


「これをつけ忘れていました」

そう言って、ジャスティンに見せる。


「これが三つ目の……不注意です」


小ぶりだが、黒漆を幾層にも塗り上げた黒光りする独特な存在感を放つ鈴だった。

彫金による金の装飾もふんだんに施されている。


「……ん?」

ふと疑問に思ったことを口にする。

「鈴をつけていないのに、どうしてお前の事がわかったんだ?」


「どうしてって……?」

呆れたような表情をするマルセイユ。

「ジャスティン様を知らない猫はいませんよ。それに猫同士の情報で、すでに私が家猫としてジャスティン様のお側に仕えている事も知られています」


(なんか怖いな。猫の情報網……)


「で、お前は——何を言われて、そんなに落ち込んでいるんだ? お前とお姉さん……ネコを撫で回しながら、にゃんにゃん言っていただけだろ?」


ジャスティンは、マルセイユたちが楽しそうに猫を撫でている姿しか見えなかったので、どうしてそんなに落ち込んでいるのか、その理由が分からなかった。


「ニャニャ語で、ずっと悪口を言われていましたよ」


「ん? なんだ、そのニャニャ語ってのは……?」


「ジャスティン様……本当に知らないのですか?」

マルセイユが半眼の眼差しで怪訝そうに見つめてくる。

「ジャンナッツ家の血を引いているんですよね?」


「おい、何だよ……その顔は? 知らないよ。お前こそ、俺を揶揄(からか)っているんじゃないのか?」


揶揄(からか)っていませんよ」

マルセイユは一つため息を吐く。

「仕方ありません。これは極秘なのですが……」

そう言って、マルセイユは説明をしてくれる。


「簡単に説明するとですね、ニャニャ語は『にゃ』『にゃお』『にゃー』『にゃん』の四種類の発音と『空白』の組み合わせで文章を構成するんです。例えば『にゃにゃー』で、『こんにちは』の意味になります」


「ああ、なるほど――モールス信号みたいなものか?」


「そうです、そうです。あれの進化版と思って頂ければ分かりやすいです。モールス信号は『トン(短音)』と『ツー(長音)』に加えて、『空白の長さ』にも短・中・長の三種類があります。合わせて五種類の要素で成り立っていますが、こちらは『にゃ(短音A)』『にゃん(短音B)』『にゃお(短音C)』『にゃー(長音)』の四種類に、『空白の長さ』三種類を組み合わせます。七種類の要素が使えるから、モールスより複雑な会話ができるんです」


(確かに――七種類の要素で構成すれば、複雑な文章は作れるが……)


「便利って言うが、お前、街中でそんな言葉で話していたら、完全に不審者じゃないのか?」


街中に女性二人が突っ立って、ニャーニャー言い合っている姿を想像してしまう。


すると、マルセイユが呆れた表情で見つめてくる。


「ジャスティン様って、時折、想像力がバカになりますよね?」


「お前にバカって言われるとはな」


「ですが、ジャスティン様は直立不動で無表情のまま、ニャーニャー言うと思ってませんか?」


「え? 違うのか?」

マルセイユの指摘にジャスティンは真顔で驚く。


「ジャスティン様……先ほど、私たちは何をしていましたか?」


ジャスティンはポンと手を叩く。

「ネコを利用するのか?」


「そうですよ。当たり前じゃないですか。私たちはネコを可愛がるふりをしながら、情報を伝達し合っているのです」


(え? ふりなのか……? なんだよ……。聞きたくなかった情報だな――)


「だけど、マルセイユ――」

少し興味を持ったジャスティンは身を乗り出した。

「飼いネコを利用するとしても――だ。そんな都合よく、その場に現れないケースもあるだろ?」


「わかってませんねえ」

チッチッチと言いながら、マルセイユは人差し指を左右に動かす。

「当然、小道具を使うんですよ」


「……小道具?」


「ニオイ袋の中に、マタタビを入れておくんです。そうすればニオイに釣られて周囲からネコが寄ってきます。後はそれを捕まえたところに――」

マルセイユが身振り手振りを交えて説明する。

「こうして——追いマタタビでガンギマリにさせます」


生々しいその仕草と、追いマタタビという聞き慣れない単語に、ジャスティンは眉を顰める。


「ちょっと待て。マタタビで猫は酔っ払うんだぞ。なんでガンギマリになるんだ?」


「え? そうなんですか? じゃあ、アッパー系の薬物とかもマタタビに染み込ませてあるんですかね?」

マルセイユはポケットからニオイ袋を取り出すと、小首を傾げながら嗅ぎ始める。


「お前――なに嗅いでいるんだよ? やめておけ……」


「ジャスティン様も嗅いでみます?」

マルセイユはニオイ袋を顔の前に近づけてくる。

「結構、クセになる匂いですよ」


「いいよ、早くしまえ。それより、説明の続きはしないのか?」


「そうでした、そうでした――」

ニオイ袋をしまうとマルセイユは話を続ける。


「で……そのガンギマリで蕩けたネコと戯れる、見目麗しい少女たちを演出しながら、ニャニャ語で話すわけです。そうすることで、周囲からは微笑ましい光景として捉えられます」


「微笑ましい? ガンギマリの薬中の猫を抱いていてか?」

ジャスティンは怪訝そうにマルセイユを見つめる。


「ジャスティン様――人は視覚から得た情報でしか判断しませんよ」

マルセイユは自信たっぷりに言い切った。


それを否定するように、ジャスティンは頭を振る。

「そんな事ない。お前の異常っぷりは十分伝わってくるよ」


「昔から素直ではありませんね、ジャスティン様は……」

マルセイユは嘆息を漏らしてから、勝ち誇った表情で、ジャスティンを見つめる。


「私のような可愛い女の子と綺麗なお姉さんがネコを撫でながら、ニャーニャー言っているのですよ。先ほど、車窓から私たちを覗き見していて、どう思いましたか?」


「チラッと見ていただけだ……。どう思うも何も――」


「本当ですか? 私はジャスティン様の熱い視線を感じましたよ」


ジャスティンは先ほどのネコを可愛がるマルセイユを思い出す。

ネコを撫でている無邪気な笑顔のマルセイユ――。


(……あれ? 結構……かわ……)


ジャスティンは映像をかき消すように頭を振る。


「……ノーコメント」


「ずるいです。率直な感想をお願いします」


「分かった、分かった。美女が二人してネコを可愛がる姿は、眼福だったよ」

ジャスティンは感情の籠っていない言い方をする。


「何だか釈然としませんが、ヨシとします」


「良かった良かった。お前が元気になって――。で、あのお姉さんからニャニャ語で何を言われていたんだ?」


また嫌なことを思い出したのか、マルセイユの表情が曇る。


「ブス、ブス、何でお前みたいな田舎者が家猫をしているんだ。このブス――って、ずっと言われ続けていましたよ」


「え? ネコを撫でながらか? なんか…エグいな――」


「そうですよ。10分間も延々とそればかりですよ」

マルセイユはゲンナリとした表情で元の席に戻ると、無言で車窓を眺め始めた。


ジャスティンもそれ以上、訊くのをやめた。

その後はお互い無言のまま、別々の車窓から別々の景色を眺めていた。


ジャスティンは、たまにマルセイユの方を見てみると、あのニオイ袋を嗅いでる姿を目撃してしまう。

マルセイユもジャスティンの視線に気がつくと、バツが悪そうにしてニオイ袋をポケットにしまうのだった。


(まったく……そんなに気に入ったのか? ニオイ袋……)


そうこうしながらもリムジンは順調に、目的地のルヴェ侯爵の領地へと街道を走って行った。


二人はこれから起きる出来事をまだ知る由もなかった。



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