第三話「仮契約」
「ここは……どこだ——?」
ザザッ……ザザザ——
視界に現れる、ブロックノイズ——。
くらりと頭が揺れる。
よろけた身体を支えようと、石柱に左手をついた。
すると——突然の反応!
石柱に触れたのが合図のように、上部が輝きを放つ。
ディスプレイになっていた。浮かび上がる『Marlene』の文字。
「マレーネ……?」
つい、口に出していた。
『音声確認——』
ディスプレイに浮かび上がる文字。
(言葉に……反応したのか?)
訝しげにディスプレイを見つめていると——。
文字が、浮かんでは消えるを繰り返す。
『……OK』
『続いて——』
『データ送信に移行します』
(データ送信……? 何のことだ?)
すると——微振動……さらには足下から伝わり始める地鳴り。
突如——石柱が迫り上がる。
ゴゴゴゴ……!
(いったい……何が起きているんだ?)
慌てて飛び退くクリス。
だが、彼の左手薬指が輝き出した。
まるで——石柱と同期するように。
指輪……?
また——あの時と……?
前触れもなく、目の前が眩い光に覆われる。
「うああああ……!」
あまりの眩さに、声を上げてしまう。
『データ送信中……』
目蓋の裏側に、文字が表示される。
どうなっている……?
まさか……脳内に直接……送られている?
ふと五日前の——テトレー屋敷での出来事が脳裏を過る。
◇◇◆
「その指輪を嵌めろ——」
テーブルを挟んだ向かい側から聞こえる、掠れた弱々しい声——。
声の主——老人がそこにいた。
目の前には飾り気のない——銀の指輪。
指輪から……躊躇うように、再び、伯爵を見つめる。
カードを一枚——見せつけるように、上着の内ポケットから取り出した。
「欲しいのだろう?」
蔑んだ眼差し——。
仕方なく……クリスは指輪をつまみ上げた。
「左手だ。左の薬指……だ」
指輪を嵌める。
すると——薬指に走る、締め付けられる感覚。
指輪が青白く輝く——。
さらに、薬指から左手の甲へと得体の知れない何かが、ゆっくりと移動していた。
慌てて左腕を押さえつけるが……間に合わない。
左腕から頸部——そして……頭部まで侵入を許してしまった。
◇◇◇
『データ送信完了』
『――通信異常なし』
『――アクセス完了』
文字が現れると同時に、音声が流れる。
眼前に浮かぶ文字が消える。
音声も聞こえなくなる。
静寂に——包まれる。
クリスは——ゆっくりと目蓋を開ける。
左手薬指を見つめると、指輪の発光も収まっていた。
(今のはいったい――?)
目の前には、迫り上がった石柱。
ふと……そこに、小物を収納するスペースがあいていた。
——なんだ?
スペースの中を覗き込むと——。
片手のみの、指なしのグローブ……。
(なんだ……これは?)
クリスが、それに触れると——。
ザザッ……ザザザ——。
再び、視界にブロックノイズが走る。
しかし、目眩はしなかった。
代わりに――どこからともなく声が聞こえてくる。
『おお! 誰かが仮契約に成功したらしいのぉ』
幼い少女の、明るい声——。
はっきり耳元で聞こえてきた。
クリスは振り返るが、誰もいない。
「誰だ? 何処にいるんだ?」
すると突然——光を放ちながら少女が姿を現した。
金色の髪。
大きな瞳はブルー。
そして端整で彫りの深い顔立ち。
彫刻を思わせる美少女が、目の前にいた。
『ん? すでに登録されておるじゃと? 変更しろじゃと……』
目の前の美少女は舌打ちをする。
『これでは妾が二号さんみたいではないか……』
忌々しそうに小さく呟く。
美少女が、こちらを一瞥すると——。
『……ちょいと待っておれよ』
すると——髪色が、次々と切り替わっていく。
『なるほど、髪は黒が好みか……』
『長さは……やはり安定のロングか——』
何やらブツブツと呟きながら、姿が変わっていく。
クリスは、おそるおそる右手を伸ばす。
目の前の少女の胸元めがけて——。
しかし……触れなかった。
右腕はむなしく虚空を彷徨うだけ……。
手の届く距離には、いる……。
だが、「そこにいる」という感覚だけが残っていた。
『そう困惑するでない』
少女がジロリとクリスを睨め付ける。
「な……?」
驚いて腕を引っ込める。
『精度に狂いが生じてしまう……』
「何が……どうなっている?」
『仮契約を交わした際にのぉ。主の脳に通信デバイスを埋め込んだのじゃ』
クリスは顔が青ざめる……。
恐ろしいことを——サラッと言う。
やはり……この指輪か——。
クリスは左手薬指を見つめる。
「……脳に直接、映像を流し込んでいるのか?」
震える声で、訊ねていた。
『お、理解が早いのぉ。ならば話しが早い』今は瞳の色に取りかかっておる。
白目をむいた少女の口角があがる。
(笑うなよ……。完全にホラーじゃないか……)
『仮契約をしてくれた主への、妾からのささやかな特典じゃよ』
白目から瞳が現れる——。
漆黒の瞳が、右回転……左回転……ぐるぐる回る。
つづいて、瞳の色が高速で切り替わる。
ピタ、と——黄玉に似た澄んだ黄色で止まる。
『本能的に好むタイプを割り出しておるところじゃ。主の視線や——瞳孔の広がりなどから……のぉ』
(好みのタイプ……?)
顔の輪郭、鼻、口——と、次々に切り替わっていく。
『楽しみに待っておれ——ま……主に拒否権はないがのぉ』
(拒否権なしかよ?)
『ほぉ……主は東洋風の美少女が好みのようじゃのぉ』
(え? いや……俺は——)
『身長もあまり高いのが好みではないようじゃ。胸よりも……脚か——』やらしいのぉ……。
詳細な分析に、空恐ろしさを感じる。
『なら……これでどうじゃ?』
少女は完成とばかりに、ポーズを決める。
さらに、クリスと視線があうとウィンクをして、にこりと微笑んだ。
実体ではないと理解はしているが、妙にこそばゆくなる。
『ほれ、どうじゃ? この衣装——最新の学生服らしいぞ』
見せつけるように一回転——。
「分かった……分かったから――」
クリスは彼女を、チラ見してしまう。
短い丈のスカートから延びるすらりとした脚線——。
つい視線が下に誘導される。
近づいてくる少女を前に、視線を逸らしてしまう。
『お? 照れておるな……」
少女はニンマリと笑みを浮かべる。
声は幼い女の子——。
しゃべり口調は年老いた女性。
姿形が十代後半という、ちぐはぐな組み合わせが、彼女への扱い方に混乱を招いていた。
(ん? ……照れてる?)
彼女の一言に、冷静さを取り戻す。
(どこか別の場所からも見ているのか?)
キョロキョロと辺りを探る。
その姿を見て、少女は見透かすようにふふと笑う。
『無駄じゃ。妾を見つけ出すことは、今は叶わぬ——』
妖艶な笑み。だか、少し諦めかけているような……。
『天界におるからのぉ』
「冥界の間違いじゃないのか?」と小さく呟く。
すると——『聞こえておるぞ』と返事がある。
「それなら、俺の質問に答えてくれないか?」
少女はその場で腕を組むと、ふむと小さく頷いた。




