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マリアージュの銃士隊  作者: ミナモ
第一章

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第二話「外された弾丸」

 銃口から吹き出した白煙――。


 白煙から――姿を現す鈍色の弾丸。


 ゆっくりと――。

 あり得ないほど、ゆっくりと……。


 視覚で捉えている分――はっきりとした恐怖が、目の前に迫ってくる。


 弾丸の軌道は――額の中央部。

 眉間。


 当たれば即死――。


(頭だけでも……僅かに動かせれば!)


(動け……!)


 抗えない――。


 ダメか――。ここまでなのか……。


 諦めて目を閉じようとしていた。


 しかし――。


 キュュッ!! 


 風きり音が左耳だけに貼りつく。


 弾丸は左頬を掠めて後方に飛び去った。


 閉じかけた目蓋を、パッと開けた。


(外した……?)


 しかし理解するだけの猶予を、相手は与えてはくれなかった。


 銃士は、躊躇うことなく、持っていた長銃身(ロングバレル)のマスケット銃を放り投げた。


 さらに、足早に間合いを詰めてくる!

 腰のホルスターに手を回して短銃身(ショートバレル)を素早く抜いた。


 ――まずい!


 すぐさま体勢を立て直すと、クリスはきびすを返して駆け出した。


 けれども、方向が最悪だった。


 足の向いた先は、少女が消えた薔薇で覆われた庭園——その入り口だった。


 おそらくは袋小路。逃げ場はない。


 この先に行くのは危険だ――。


 頭では理解している。


 それでも――背後に迫る相手が、進路変更を許すハズもない。


 すでに引き返すという選択肢はない!


 たとえ、この先が行き止まりになっていたとしても、今は銃士と距離をとるしかない。

 それが最善の選択だと――信じるしかなかった。


(メイドの次は銃士かよ……)

 嘆いている場合ではなかった。


 クリスは走りながら考える。


 距離さえ取れば、ショートバレルは脅威にならない。


 何故なら、ロングバレルよりも精度が劣るからだ。


 ならば、同距離かそれ以上に距離を取れば――。

 命中確率は下がり、生存確率は上がる……。


 ――あれ?


 ふと頭を過る……。


 銃士との距離は――20……いや——。


 頭を振る。


 違う!


 15メートル……だった。

 15メートルの距離だぞ……?


 あの距離を――外した……のか?


 鼓動が高鳴り、言い知れない不安が込み上げてくる――。


 マスケット銃は滑腔銃だ。


 ライフリングがない。

 だから弾丸に回転がかからない。


 しかも使用する球形弾(ラウンドボール)は空気抵抗を受けやすい。


 つまり——ブレる。


 命中精度は高くない。


 だが、それは長距離(ロングレンジ)での話――。


 15メートルという短距離(ショートレンジ)――。

 両腕でしっかりと支えた安定姿勢。

 さらにロングバレルによる射撃。


 狙いを外す方が稀有である。


(それを外した……?)


 頭を振る。


 ……違う。


 クリスの脳裏に、銃士が微かに笑っていたのを思い出した。


 アイツ……わざと外しやがった――。


(だとしたら――狙いは何だ?)


 わざと外す――その狙いは……。


 クリスは苦虫をかみつぶしたような表情に変わっていく。


 そういうことか……。


 ……やられた。


 まんまと銃士の策に嵌められた。


 クリスは自分の不注意さを嘆いてしまう。


 奴は射撃の腕前に相当の自信を持っている。

 ショートバレルであろうと、多少の距離があろうと、命中させられる絶対の自信。


 だから……わざと外したんだ。

 あえてロングバレルで——。


 獲物を追い込むために――。

 確実に殺せる場所に――。


 場所が——とても重要なのだ。


 この霊園は……管理しているのは国だ。

 国有地であって、()()ではない。


 国有地だから――あえて外した。


 薔薇の庭園――これから踏み入れる場所こそが、()()なのだ。

 領律(りょうりつ)に記載があれば、殺しを正当化できる場所なのだ。


 だとすると……誰の領地なんだ?


 心当たりはあるが……。


 やめよう――考えても無駄だ。


 いま、最善の行動は——距離を取って、相手の出方を伺うしかなさそうだ。



 ◇◇◇


 銃士は、悠然とクリスが走り去る姿を眺めていた。


 どうせ――逃げ切れはしない。


 鼻で笑う。


 ショートバレルのマスケット銃をホルスターに収めると、ポケットから通信端末を取り出した。


「ルー、あんたの言う通りだ。


 自分から檻に入っていったぜ――。


 ――ああ。心配するな。


 シャルは寄越さなくて良い。


 あたしの獲物だ。横取りはさせない」


 唇をペロリと舐め、ニヤリと笑みを浮かべる。


 銃士はロングバレルのマスケット銃を拾い上げる。

 そして、そのまま獲物を追い込んだ庭園へとゆっくりと歩き出した。



 ◇◇◇


 追ってくる気配はない――。


 やはり、な――。

 この先に逃げ場はない……。


(……ちくしょう!)


 予想が当たっても、ちっとも嬉しくない。


 追い詰めた獲物をどう料理するか――。

 今ごろゆっくり考えているってか?


「悪いが、こっちだって黙って調理されてやる筋合いはない」


 クリスは自分にそう言い聞かせる。


 薔薇に覆われた窮屈な回廊をひた走る。


 長い回廊だった。

 直進、右折を三回——。


 すると――。

 回廊の終点にたどり着く。


 回廊を抜けた先に、開放感のある庭園が広がっていた。


 その庭園の、さらに奥――。

 荘厳な建造物が鎮座していた。


 まるで神話の中に登場する華麗な御殿(みあらか)であった。

 様式やデザインには詳しくはない。

 それでも畏敬を抱くほどの佇まいだった。


 御殿(みあらか)を見上げていると——。


 ……ザ……ザザ――。

 不意の目眩――。

 さらに視界にブロックノイズが走った。


(まただ……)


 顔を上げると――。


(ん? あそこにいるのは……?)


 やはり少女の後ろ姿が現れる。


 庭園の中央を歩いている。

 彼女の向かう先は、御殿(みあらかだった。


 御殿の前で彼女は立ち止まり、クリスの到着を待っているかのようだった。


 手を伸ばせば届く距離まで近づくと、彼女の前に突如として光り輝くゲートが現れ、彼女はその中へと消えていく。


 クリスも続くかたちで、ゲートを潜っていた。


 眩い光に包まれた先は、暗闇に支配されていた。


 目が慣れてくると、壁がほんのりと淡い光を放っているのがわかる。

 その微かな明かりによって全容が徐々に視認できるようになった。


 そこは建物の内部だった。


 空間はそれほど広くはない。

 だが高さのある天井が、圧迫感を感じさせない。


 その空間内に、腰の位置ほどの高さの石柱がずらりと等間隔に並べられていた。


 まるで墓碑のように思えた――。


 おそらくは……そうなのだろう。


 その一つ――中央から左に寄った位置にある石柱の前に少女はいた。


 ひとり、祈りを捧げるように、胸の前で両手を組んでいる。


「クリスティーナ……?」


 呼びかけるが返事はない——。


 クリスは近づき、彼女に触れようと手を伸ばす。

 すると――。


 不意に、姿が消えたのだ。


 ……え?


 鮮明に視界に捉えていた彼女が、幻のごとく消えていた。


 少女が消えたと同時に、記憶もまた……クリスから消えようとしていた。

 心臓の鼓動だけが、やけに大きく耳に残っていた。


 あれ……?

 俺はどうして……ここに――?


 今そこにいた……誰かが……いたような?


 頭にぽっかりと空白が残っていた。


 メイドに襲われたことも、銃士に命を狙われたことも、はっきり覚えている。


 けれども、ここに来たその理由も——。

 クリスティーナと呼んでいた彼女の存在も——。


 クリスは綺麗に忘れ去ろうとしていた。


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