第二話「外された弾丸」
銃口から吹き出した白煙――。
白煙から――姿を現す鈍色の弾丸。
ゆっくりと――。
あり得ないほど、ゆっくりと……。
視覚で捉えている分――はっきりとした恐怖が、目の前に迫ってくる。
弾丸の軌道は――額の中央部。
眉間。
当たれば即死――。
(頭だけでも……僅かに動かせれば!)
(動け……!)
抗えない――。
ダメか――。ここまでなのか……。
諦めて目を閉じようとしていた。
しかし――。
キュュッ!!
風きり音が左耳だけに貼りつく。
弾丸は左頬を掠めて後方に飛び去った。
閉じかけた目蓋を、パッと開けた。
(外した……?)
しかし理解するだけの猶予を、相手は与えてはくれなかった。
銃士は、躊躇うことなく、持っていた長銃身のマスケット銃を放り投げた。
さらに、足早に間合いを詰めてくる!
腰のホルスターに手を回して短銃身を素早く抜いた。
――まずい!
すぐさま体勢を立て直すと、クリスはきびすを返して駆け出した。
けれども、方向が最悪だった。
足の向いた先は、少女が消えた薔薇で覆われた庭園——その入り口だった。
おそらくは袋小路。逃げ場はない。
この先に行くのは危険だ――。
頭では理解している。
それでも――背後に迫る相手が、進路変更を許すハズもない。
すでに引き返すという選択肢はない!
たとえ、この先が行き止まりになっていたとしても、今は銃士と距離をとるしかない。
それが最善の選択だと――信じるしかなかった。
(メイドの次は銃士かよ……)
嘆いている場合ではなかった。
クリスは走りながら考える。
距離さえ取れば、ショートバレルは脅威にならない。
何故なら、ロングバレルよりも精度が劣るからだ。
ならば、同距離かそれ以上に距離を取れば――。
命中確率は下がり、生存確率は上がる……。
――あれ?
ふと頭を過る……。
銃士との距離は――20……いや——。
頭を振る。
違う!
15メートル……だった。
15メートルの距離だぞ……?
あの距離を――外した……のか?
鼓動が高鳴り、言い知れない不安が込み上げてくる――。
マスケット銃は滑腔銃だ。
ライフリングがない。
だから弾丸に回転がかからない。
しかも使用する球形弾は空気抵抗を受けやすい。
つまり——ブレる。
命中精度は高くない。
だが、それは長距離での話――。
15メートルという短距離――。
両腕でしっかりと支えた安定姿勢。
さらにロングバレルによる射撃。
狙いを外す方が稀有である。
(それを外した……?)
頭を振る。
……違う。
クリスの脳裏に、銃士が微かに笑っていたのを思い出した。
アイツ……わざと外しやがった――。
(だとしたら――狙いは何だ?)
わざと外す――その狙いは……。
クリスは苦虫をかみつぶしたような表情に変わっていく。
そういうことか……。
……やられた。
まんまと銃士の策に嵌められた。
クリスは自分の不注意さを嘆いてしまう。
奴は射撃の腕前に相当の自信を持っている。
ショートバレルであろうと、多少の距離があろうと、命中させられる絶対の自信。
だから……わざと外したんだ。
あえてロングバレルで——。
獲物を追い込むために――。
確実に殺せる場所に――。
場所が——とても重要なのだ。
この霊園は……管理しているのは国だ。
国有地であって、領地ではない。
国有地だから――あえて外した。
薔薇の庭園――これから踏み入れる場所こそが、領地なのだ。
領律に記載があれば、殺しを正当化できる場所なのだ。
だとすると……誰の領地なんだ?
心当たりはあるが……。
やめよう――考えても無駄だ。
いま、最善の行動は——距離を取って、相手の出方を伺うしかなさそうだ。
◇◇◇
銃士は、悠然とクリスが走り去る姿を眺めていた。
どうせ――逃げ切れはしない。
鼻で笑う。
ショートバレルのマスケット銃をホルスターに収めると、ポケットから通信端末を取り出した。
「ルー、あんたの言う通りだ。
自分から檻に入っていったぜ――。
――ああ。心配するな。
シャルは寄越さなくて良い。
あたしの獲物だ。横取りはさせない」
唇をペロリと舐め、ニヤリと笑みを浮かべる。
銃士はロングバレルのマスケット銃を拾い上げる。
そして、そのまま獲物を追い込んだ庭園へとゆっくりと歩き出した。
◇◇◇
追ってくる気配はない――。
やはり、な――。
この先に逃げ場はない……。
(……ちくしょう!)
予想が当たっても、ちっとも嬉しくない。
追い詰めた獲物をどう料理するか――。
今ごろゆっくり考えているってか?
「悪いが、こっちだって黙って調理されてやる筋合いはない」
クリスは自分にそう言い聞かせる。
薔薇に覆われた窮屈な回廊をひた走る。
長い回廊だった。
直進、右折を三回——。
すると――。
回廊の終点にたどり着く。
回廊を抜けた先に、開放感のある庭園が広がっていた。
その庭園の、さらに奥――。
荘厳な建造物が鎮座していた。
まるで神話の中に登場する華麗な御殿であった。
様式やデザインには詳しくはない。
それでも畏敬を抱くほどの佇まいだった。
御殿を見上げていると——。
……ザ……ザザ――。
不意の目眩――。
さらに視界にブロックノイズが走った。
(まただ……)
顔を上げると――。
(ん? あそこにいるのは……?)
やはり少女の後ろ姿が現れる。
庭園の中央を歩いている。
彼女の向かう先は、御殿だった。
御殿の前で彼女は立ち止まり、クリスの到着を待っているかのようだった。
手を伸ばせば届く距離まで近づくと、彼女の前に突如として光り輝くゲートが現れ、彼女はその中へと消えていく。
クリスも続くかたちで、ゲートを潜っていた。
眩い光に包まれた先は、暗闇に支配されていた。
目が慣れてくると、壁がほんのりと淡い光を放っているのがわかる。
その微かな明かりによって全容が徐々に視認できるようになった。
そこは建物の内部だった。
空間はそれほど広くはない。
だが高さのある天井が、圧迫感を感じさせない。
その空間内に、腰の位置ほどの高さの石柱がずらりと等間隔に並べられていた。
まるで墓碑のように思えた――。
おそらくは……そうなのだろう。
その一つ――中央から左に寄った位置にある石柱の前に少女はいた。
ひとり、祈りを捧げるように、胸の前で両手を組んでいる。
「クリスティーナ……?」
呼びかけるが返事はない——。
クリスは近づき、彼女に触れようと手を伸ばす。
すると――。
不意に、姿が消えたのだ。
……え?
鮮明に視界に捉えていた彼女が、幻のごとく消えていた。
少女が消えたと同時に、記憶もまた……クリスから消えようとしていた。
心臓の鼓動だけが、やけに大きく耳に残っていた。
あれ……?
俺はどうして……ここに――?
今そこにいた……誰かが……いたような?
頭にぽっかりと空白が残っていた。
メイドに襲われたことも、銃士に命を狙われたことも、はっきり覚えている。
けれども、ここに来たその理由も——。
クリスティーナと呼んでいた彼女の存在も——。
クリスは綺麗に忘れ去ろうとしていた。




