第二十五話「闇のオークション」
二人がカフェテリアを後にすると、それを待っていたかのように、一台の黒塗りのリムジンが二人の前に横付けされた。
「さあ、テトレーさん。どうぞ――」
リムジンの扉が開き、ウェッジウッドが乗るようにと促す。
促されるままにクリスがリムジンに乗り込むと、向かいの席から気配と共に殺気が漂ってくる。
対面の席には、銃士姿から私服に着替えたメルローズと、先ほど図書館で会ったエディアールの二人が、こちらを睨みつけていた。
「よう! さっきはよくもやってくれたな!」
エディアールが身を乗り出して、睨み付けてくる。
「シャル! 無礼は許しませんよ」
その叱責に、エディアールは舌打ちをする。
クリスに続いてウェッジウッドが乗り込むと、リムジンは静かに走り出した。
無言だった——。
誰一人話すことなく、車内は静寂そのもの――ただ、空気は重苦しく沈滞していた。
クリスの膝の上には、マレーネが窓の方を向いて、ちょこんと小さく座っていた。
『何やら空気が重いのぉ……。どうにかならぬのか?』
チラチラと後ろを気にしながら、居心地悪そうに外の景色を眺めていた。
クリスも同じ感想を抱いていた。
「俺に言わないでくれよ……」
ポツリと呟いたまま、マレーネと同じように車窓を眺めていた。
すると、車内の重苦しい雰囲気に耐えられなかったのは相手も同じだった。
それまで大人しかったメルローズが静寂を打ち破るように、口を開いた。
「……なぁ、ルー」
メルローズはウェッジウッドに小声で話しかける。
「コイツをどうするつもりだよ?」
「リディ、お客様をコイツ呼ばわりは失礼です」
本を読む手は止めず、ウェッジウッドはメルローズを窘めた。
「はぁ……? 客だって?」
メルローズは怪訝な眼差しをクリスに向ける。
クリスも視線が気になり、メルローズを一瞥する。
「どういうことだよ……?」
メルローズはワケが分からず、ウェッジウッドに返答を求めるが、彼女は答えようとはしなかった。
「あたしは何も聞いていない。シャル——」
隣に座るエディアールに視線を移す。
「あんたは何か聞いているのかい?」
エディアールは肩を竦める。
「いつものことだよ――」
そして、首を横に振る。
「なあ……聞いてないってよ?」
再びウェッジウッドを見つめる。
「ちゃんと説明しろよ」
しかし、ウェッジウッドは本から目を離さない。
メルローズは頭を振って、嘆息を漏らす。
「ルー——あんたがリーダーを務めることに異論はない」
メルローズは身を乗り出して、ウェッジウッドを見つめる。
「異論はないけど――あたし達は銃士隊だ。仲間にはちゃんと説明する義務があるハズだろ?」
ウェッジウッドは読んでいた本を静かに閉じると、メルローズとエディアールを、交互に見つめる。
「リディ、シャル――テトレーさんは、墓荒らしではありません」
「は?」
エディアールは眉根を寄せる。
「……違うだと?」
「はい。ですから――彼をパーティーに、ご招待いたしました」
二人に向けて、にこやかに微笑む。
「二人とも……彼は、お客人です。くれぐれも粗相の無いようにお願いいたします」
「パーティー?! どうして、そうなる?!」
エディアールが声を荒げて、クリスを見つめる。
「おい、お前! ……正気か?」
「こいつは傑作だ!」
エディアールと対照的にメルローズは笑い始める。
「これから、四人でパーティーに行くのかよ?」
「リディ、笑いすぎです。おかしな事は何もありませんよ?」
ウェッジウッドがメルローズを嗜める。
「いや、だって――」
メルローズは腹を抱えて笑っていた。
「銃弾が飛び交う中で、チークダンスでも踊ろうっていうのかよ?」
さらにメルローズは涙を拭いながら、クリスを見つめる。
「まあ……肉壁にするにはちょうど良いか――」
ポツリと小さく呟いた。
「ちょっと、待ってくれ。パーティーってなんだ?」
メルローズの不穏な喩えを漏れ聞いたクリスは、ウェッジウッドに訊ねていた。
「先ほど、私に同行してくださると仰ったではありませんか?」
呆れた表情のウェッジウッド。
「それは——あなた方の屋敷に同行するという意味ではないのですか?」
「残念だったな。ルーにしてやられたってか?」
エディアールが鼻で笑う。
「同行ってのは――俺たちと行動を共にするってことだ」
エディアールが同情するように、クリスに向かって十字を切る仕草をする。
「シャル! 不謹慎な仕草は禁止です」
ウェッジウッドが窘める。
「だが、パーティー会場を聞いたら、コイツだって卒倒するんじゃないか?」
メルローズが面白がって、話に入ってくる。
「そうだぜ、ルー。同行させるなら、コイツにもちゃんと教えてやれよ」
エディアールがウェッジウッドに説明を促した。
ウェッジウッドはため息を一つ。
「……わかりました」
姿勢を正して、一つ咳払いをする。
「屋敷へと案内をする前に、我々は立ち寄るところがあるのです。ですから——」
上目遣いに、クリスを探るように見据える。
「少しばかりの、ご助力を願えませんか?」
「助力?」
眉根を寄せる。
「はい。人数は多いに越したことはありません」
ウェッジウッドの皮肉を含んだ微笑。
「貴方は——お強いのですから」
「だが、パーティーという割に——」
クリスは、向かいに座るエディアールとメルローズの含んだ笑みが気になった。
「不穏な感じがするんだが……?」
「多少、危険ではありますが——」
クリスを試すかのような眼差し。
「我々はこれから闇のオークション会場に向かいます」
「闇のオークション?」
「ええ。ほとんどが盗品という犯罪業者御用達のオークションです。そこに出品されると噂されているリグを奪い返すのが、我々の目的です」
「……奪い返す?」
「主催者は——」
「ちょっと……待ってくれ」
クリスは話についていけない。
しかし、ウェッジウッドは説明を止めない。
「オルフェウス会と呼ばれるギャング集団です。今は廃線となっているグランディール第8環状線のヴァロンドール駅を根城にしています」
「闇のオークションに——ギャング……? 奪い返す? 何の……話だ?」
戸惑うクリスを見て、ウェッジウッドはゆっくりとした口調で説明をする。
「先ほど、墓が荒らされていた件は覚えてますよね?」
「ああ、ジャンナッツ警部の姉の墓が荒らされていたとか――」
「はい。ですが、あの棺には——ご遺体は入っておりません」
「入っていない?」
クリスには何だか話が見えてこなかった。
「テトレーさんは――」
「話の腰を折るようで悪いが、そのテトレーさん……は、よしてくれないか」
テトレーという名が、クリスにはノイズに感じられた。
「まあ……爵位は手にしているが慣れなくてね。クリスでいい」
「わかりましたわ。では……クリス——」
わずかに言い淀んでから、ウェッジウッドは続ける。
「貴方は10年前に起きた王邸宮の失踪事件をご存知ですか?」
「ああ——王邸宮にいた全ての王族と配下の者たちが忽然と姿を消した事件だろ? それがどうした?」
ウェッジウッドは言葉が詰まる。
何かを思い出したかのように、視線は何処か遠くを見つめていた。
「あの事件から7年後――」
ウェッジウッドは再びクリスを見据える。
「今から3年前になりますが、王族と配下の者たちに、失踪宣告がなされました」
「それも知っ——」
「知っている?」
ウェッジウッドはクリスの言葉を遮った。
「貴方は——何をご存知ですの?」
青い澄んだ瞳……その奥に憎悪の揺らめきが見え隠れしていた。
軽々しく口を挟むなとでも言いたげな眼差し。
クリスは口を噤んで、ウェッジウッドの言葉を待つことにした。
「失踪宣告の請求を出したのは——新政府です」
恨みのこもった重い言葉。
「彼らは——王邸宮で何が起きたのか、調査をしませんでした」
エディアールとメルローズの眼差しにも、悔しさが滲んでいた。
「真相は明かされることなく、国王を含めた全員が死亡したとみなす宣告を、裁判所が下したのです」
ウェッジウッドは、両の拳をきつく握りしめる。
「遺体のない棺を前にして——我々は肉親との決別を余儀なくされたのです……」
(ああ、そういうことか……)
ようやくだが、理解した。
「棺に――生前の愛用の品々を入れて、葬ったのか?」
ウェッジウッドは頷いた。
「我々がそうであったように——ジャンナッツ警部もまた、母であり当主のマリシア様と、姉であり次期当主のメリシア様の失踪宣告を受けました」
悲痛を帯びた声。
「そして棺には、彼女たちが着用していた貴重なグリムリグが収められたと聞き及んでおります」
「グリムリグ? 隠密に特化した外骨殻のことか?」
ウェッジウッドは頷いた。
「宵猫製作所の傑作と評される『夜想曲』のプロトタイプ――ノクターン・プロトタイプ・バンシーと呼ばれる貴重なリグが、棺の中に収められていました」
「けれども、棺の中は空だった……と?」
「はい……」
ウェッジウッドは小さく頷く。
「これに関しては我々の落ち度です。ですから、闇のオークションに出品されるという噂を聞きつけた以上、放っておくわけには参りません」
ウェッジウッドはクリスを見つめる。
「これから、その品を回収に行きます。ご助力のほど、よろしくお願い致します」
ウェッジウッドの真剣な眼差しに、クリスは断るとはいえなかった。
「なるほど……事情はわかった」
そう思いつつも、一方で得心が行かないこともあった。
だから、その得心のいかないことを、クリスは口にする。
「ウェッジウッド――君に訊ねたい事があるんだが?」いいか?
「……ええ。構いませんわ」
一瞬の沈黙の後に、ウェッジウッドはにこやかな表情でそう答えた。




