第二十四話「銃士対談」
「数時間前の出来事?」
「ええ。貴方が霊園墓地に訪れる数時間前、深夜2時を過ぎた頃合いに、同様の侵入者が現れました――」
「俺より前に?」
ウェッジウッドが頷く。
彼女の説明によると、霊園墓地には防犯カメラが6台、人感センサーが塋域周辺に設置されているそうだ。
その映像から侵入者は二人組の若い女性に見えた。
「俺とは無関係じゃないか――」
クリスは食ってかかるが、話は最後まで聞いてからにしてほしいと、ウェッジウッドに釘を刺されてしまう。
彼女はさらに説明を続ける。
ウェッジウッドの話によれば、この二人の侵入者に対して、人感センサーが作動して警報が鳴ったそうだ。
霊園墓地の管轄は近衛省。
そして、担当はウェッジウッド、メルローズ、エディアールの三名。
彼女らが駆けつけたときには、侵入者の姿はすでに消えていた。
「ですが、塋域の状況が分からないことと、もう一つ……重大な実害が発生したことで、我々は緊急の対応に迫られました」
「霊園で実害?」
クリスは怪訝な眼差しを向ける。
「何かが破壊されていたのですか?」
ウェッジウッドは頭を振った。
「いいえ——」
クリスを探るように見つめる。
「墓が一つ掘り返されていました」
(……掘り返す?)
「メルローズが、俺を墓荒らしって呼んでいたのは、それか?」
ようやく合点がいった。
ウェッジウッドが頷く。
「そうです。塋域への侵入行為に加えて、墓を荒らされたわけです」
「ちょ……ちょっと待ってほしい」
右手を前に出して、クリスは話を遮った。
「塋域に追い込んだのは貴女たちだ。それに俺は墓を荒らしていない」
「しかしです——その数時間後に、貴方は霊園墓地に侵入してきました」
ウェッジウッドは目を閉じて、頭を振る。
「関わっていないと言い切るには——いささか無理のある行動だと思いませんか?」
目を見開いて、睨み付ける。
クリスは何も言い返せなかった。
突然、見知らぬメイドに追われて、逃げ込んだ先が霊園だっただけ……。
それだけのはずだが、どうして自分があの場所にいたのか——。
クリスはその辺りの記憶が欠落していた。
クリスが押し黙っていると……。
「それとも——関係がないと証明できますか?」
関係がないことの証明——それは悪魔の証明にも等しい。
「荒らされた墓は、メリシア・ジャンナッツ――」
さらに、追及の手を緩めることなく、鋭い眼差しを向けてくる。
「この名前に聞き覚えはありませんか?」
「知らないと言っている!」
クリスは強く否定した。
「俺は墓を荒らしてはいない」
「ですが、まったく関係がないとも言い切れないのですよ」
(接点があるというのか……?)
クリスはウェッジウッドの言葉を待っていた。
「10月5日——六日前です」
ウェッジウッドは、そう切り出した。
(六日前……? いきなり……何だ?)
クリスは怪訝な眼差しを向ける。
「貴方はアルフォンソ・テトレー伯爵の養子になられていますよね?」
「ああ……ちゃんと爵位カードも持ってる」
爵位カードを取り出して、ウェッジウッドに渡す。
「確かに――正式に爵位を受け継いでおられますね」
ウェッジウッドは爵位カードを確認すると、クリスに返してそう言った。
「何か問題でもあるのか?」
「養子になられたこと——それ自体が問題ではありません。ただ――」
「ただ……?」
言い淀むウェッジウッドに、クリスは眉根を寄せる。
「その直後に——亡くなられています」
クリスはそれを聞いて絶句する。
「アルフォンソ・テトレー伯爵は……お亡くなりになりました」
「……亡くなった?」
突然の訃報に、クリスは声が震えた。
「やはり……ご存知ではなかったのですね?」
ウェッジウッドは頭を振りながら、一つため息を吐いた。
「この件に関しては領地捜査局の管轄ですので、詳しいことは私にも分かりかねますが――」
ウェッジウッドは一拍を置いてから続けた。
「不審な亡くなり方をされたそうです」
(何だ? 何が起きてる?)
『主よ……。何が起きているのじゃ?』
隣で聞いていたマレーネも戸惑っている様子だった。
「いや……よく分からない」
マレーネの疑問に対する呟きであったが、ウェッジウッドにも聞こえていた。
「お気持ちは察しますが——」
彼女はクリスの心持ちに寄り添うように優しい言葉で囁いた。
「すべて事実です。クリストファー・テトレー伯爵」
「クリストファー……テトレー伯爵?」
震えがこみ上げてくる。
「……俺が?」
クリスはウェッジウッドを見つめる。
だが、彼女は責めるような眼差しはしていない。
寧ろ哀れみを含んだ眼差しを、クリスに向けていた。
「爵位を手にした貴方が——現テトレー伯爵です」
(それは、つまり——俺が伯爵を……? 疑われているのか?)
鼓動が高鳴り、息も荒くなるのが分かる。
「ま……待ってくれ」
しかし、ウェッジウッドはさらに続ける。
「貴方は現在、重要参考人として、領地捜査局が内偵を進めている状態です」
「内偵……?」
(完全に疑われているじゃないか!)
「貴方は、貴族の身分です」
ウェッジウッドはチラリとクリスの表情を伺う。
「制度上、警察に捜索を依頼するわけにはいきません」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
クリスは額に手を当てて、少し考え込む。
しかし、ウェッジウッドはクリスに思考の時間を与えようとはしなかった。
「今のところは——密かに貴方の行方を捜索している段階です。ですが、逃亡を続ければ……この先——」
(この先……?)
「指名手配に——踏み切る可能性もあることを、重々承知しておいた方が宜しいかと——」
クリスを見つめるその眼差しに、一切の感情は感じられなかった。
(指名手配だと……?)
「いや……だが、伯爵が亡くなった件と、墓が荒らされた件がどう繋がると言うんだ?」
一見すると関係性はなさそうに見える。
ウェッジウッドは淡々とその事の説明を始める。
「貴方が霊園に侵入する前に、メイド姿の女性と交戦されてますよね? 防犯カメラの映像に、はっきりと抵抗する姿が映っていましたよ」
「あ、あれは――」
「あの女性の近くにいた男性が——」
クリスの言葉を遮るかたちで、ウェッジウッドが意外な共通点を口にした。
「領地捜査局の捜査官、ジャスティン・ジャンナッツ警部です。そして、彼がテトレー伯爵の事件の捜査を担当しています」
「担当……捜査官なのか?」
「ええ。そして、今回墓を荒らされた関係者でもあります」
「ちょ……ちょっと待ってくれ!」
意外な形で、点と点が繋がる感覚があった。
「ジャンナッツ? 彼の親族の墓が荒らされていた?」
ウェッジウッドが頷いた。
「彼の姉の墓が荒らされました」
「何が……起きてるんだ?」
ウェッジウッドが肩を竦める。
「至宝で情報を集めていますが詳しいことまでは――」
ウェッジウッドは頭を振る。
クリスは少し考えこむ。
あまりにも突然すぎる内容に、思考が追いつかなかった。
クリスはある人物のことが、ふと脳裏を過った。
自分に伯爵の養子になるように助言をした、あの人物――。
(まさか……?)
疑いたくはなかった――。
だが、疑心が芽吹くのは早かった――。
「……監獄王」
クリスがポツリと呟く。
「彼奴の仕業か……?」
『誰じゃ、其奴は?』
マレーネが怪訝そうにクリスを見つめる。
ウェッジウッドにも聞こえていた。彼女は聞こえていないフリをしつつ、手元にあったナプキンに、『監獄王』の名前を認めていた。
「お分かりですか?」
ウェッジウッドはすました表情でさらに話を続ける。
「貴方は伯爵の唯一の後継者であり、ただ一人の相続人でもあるのです」
「俺が……相続人?」
クリスは舌打ちをしてしまう。
「状況的に俺が疑われるじゃないか!」
ウェッジウッドが嘆息を漏らす。
「自分の立場がお分かりいただけましたか?」
「だが、俺はやっていないぞ!」
「身の潔白を証明されるのであれば——」
ウェッジウッドは提案を申し出た。
「私と同行して頂けませんか?」
「同行?」
疑心の眼差し。
ウェッジウッドは気にせずに頷く。
「領地捜査局から我々に捜査協力の要請がありました。防犯カメラの映像の提供――つまり、貴方の映像を提供して欲しいそうです」
「……」
クリスは少し考え込む。
「ですが、貴方自身がジャンナッツ警部の事情聴取に直接応じるのが、最善だと思います。それに……警部から直接、伯爵の死因についての説明もあるはずです」
ウェッジウッドがさらに付け加える。
「これから葬儀の手続きもありますわ」
「葬儀? ああ、そうだな……」
(たった一度だけ会った老人。その、葬儀——)
思いもしなかった事態に、クリスは戸惑いを隠せなかった。
「霊園墓地にテトレー家の区画がありますので、おそらく葬儀はこちらになるはずです。そうなると……検死を終えたご遺体が、霊園墓地に送られてくるのにも時間がかかります」
ウェッジウッドは長々と詳しく説明をしてくるが、クリスの心中には届いていなかった。
クリスが気になっていたのは、監獄王の動向——それのみ。
(間違いない……。監獄王の奴が、俺を利用して裏で動いている……。いったい何をするつもりだ?)
「あの……聞こえてますか?」
ウェッジウッドがずっと呼びかけていたようだ。
「悪い……聞いていなかった」
「当然の事ですわ。急な訃報ですからね。そこでどうでしょう?」
ウェッジウッドはニコリと微笑む。
「ご提案があるのですが」
「提案……?」
クリスは少し身構えてしまう。
「そう身構えないでください。私はただ、貴方を我々の屋敷に招待したいだけなのですから――」
突然の提案に、クリスは黙り込む。
話の主導権は完全に、ウェッジウッドに握られていた。
「ご遠慮なさらなくても構いませんわ。我々の方で、寝る所も食事も提供いたします」
「いや……でも――」
「霊園への無断侵入も、塋域に足を踏み入れたことも、そして……その左手の至宝についても不問にいたしますわ」
ウェッジウッドは、予期せぬ情報を次から次へと波状攻撃のように繰り出してくる。
クリスの思考は狂わされていた。
平衡感覚を失い、ウェッジウッドにとって有利な方向へと誘われていた。
「拒否なさる理由は――見当たりませんわよね?」
クリスは言葉を探そうとして……諦めた。
完全に落ちていた。
小さく首肯いたのだ。
傍らでそれを見ていたマレーネはため息を一つ漏らす。
『クリス、主の負けじゃ……』
マレーネが苦々しそうに呟く。
『完全に主の情報を集め終えておる。その上で主に選択の余地を残しつつ、言葉巧みにその選択肢を選ぶように誘導しておる」
マレーネは小さく舌打ちをして、恨めしそうにウェッジウッドを睨めつける。
「主が意気揚々と此処にやってくるのも、すでに想定していたのじゃよ。此奴は……。まったく抜け目のない小娘じゃ——面白くないのぉ……』




