第二十三話「対話開始」
「それより——ここから早く立ち去ろうぜ」
近くで倒れ込んでいるエディアールに視線を移す。
「此奴もいつ目を覚ますかわからないし……」
そう言うと、クリスは立ち上がる。
『それには妾も賛成じゃ』
マレーネも涙を拭いながら立ち上がる。
『主が警報器を作動させたからのぉ。サイレンが聞こえてくるのも時間の問題じゃ』
立ち去ろうと踵を返すと、足元に落ちている通信端末が、ヴヴゥゥと唸り始めた。
エディアールが所持していた端末だった。
画面には着信相手の名前が表示されている。
「マレーネ――インペリアル・グレースで相手の居場所を特定できるか?」
『通信が繋がっている状態であれば可能なはずじゃ』
クリスは拾い上げると、画面をタップした。
スピーカーから少女の心配そうな声が聞こえてくる。
『シャル! 無事なの?! メッセージでも良いから連絡して!』
クリスとマレーネは顔を見合わせると、黙って頷いた。
そして、北側に位置する非常扉から図書館を後にした。
◇◇◇
クリスは、マレーネの誘導で大通りを北へと歩いていく。
消防車や救急車のサイレンが近づき、遠ざかっていく。
振り返ると図書館に向かっていくのが見える。
500メートルほど道なりに進んだ先――。
その区画は高層ビルが立ち並んでいた。
低層の建物と公園ばかりだったので区画による建物の変化に、クリスは戸惑う。
高層のビル群を仰ぎ見ながら歩いていると、マレーネが立ち止まりクリスの方に向き直る。
『ほれ、あそこにおる』
マレーネの指差した先はカフェテリアのようであった。
高層オフィスビルの一階に『テーブル・トゥエンティファイブ』と書かれた赤い看板が見える。
通りに面した場所に、白いテーブルと椅子がいくつも並べられていた。
「どれどれ……?」
クリスは目を細めて、マレーネの指さす先を見つめた。
『あそこのカフェテラスで、コーヒーを飲んでいる女子がおるじゃろ?』
クリスもようやく見つける。
亜麻色の髪を伸ばした理知的な美少女だった。
「あの赤い縁のメガネをかけている娘か……?」
『そうじゃ。あれがウェッジウッドの令嬢――名はルイーズじゃ』
「へぇ、なかなか可愛い娘じゃないか」
クリスは遠目に少女を見つめる。
赤い装丁の綺麗な表紙の本を読みながら、時折、携帯端末に視線を移している。
『主は、ああ言うタイプが好みじゃったのか?』
マレーネは嫉妬しているかのように訊ねてくる。
「そんなワケないだろ」
『じゃが、主は妾の事を、一度でも可愛いとは言わぬではないか』
「マレーネも可愛いよ」
『マレーネも?!』
身を乗り出して、クリスを睨み付ける。
『何故、もを入れる? そのせいで同列よりやや下に聞こえるのじゃが』
クリスは少し辟易してしまう。
「マレーネの方が可愛いよ……」
『ふむ。それで良い』
マレーネは満足気に言う。
『で――どうするつもりじゃ?』
「どうするも何も――いつまでも逃げ続けるわけにもいかない」
クリスはマレーネを見つめる。
「直接、交渉するしかないだろ?」
『二度も殺されかけておるのじゃぞ。交渉で分かり合えると、本気で思うておるのか?』
「だったら、どうするんだ? 何か妙案でもあるのか?」
『新聞紙を丸めてのぉ』
くるくると両手で紙を丸める仕草を始めるマレーネ。
(――ん? ……新聞紙を丸める?)
「新聞紙を丸めて――その続きは?」
『ワングリフを使用して、偏角構造強化とやらで背後から殴りつけるのじゃ』
「事件じゃないか! しかも殺人だぞ?」
『じゃが、遺体の近くには血のついた新聞紙のみじゃ。証拠は残らぬ。迷宮入りじゃ』
「完全犯罪にはなりそうだが、残りの二人からの報復が恐ろしいよ」
クリスは苦笑する。
「それは最終手段にしようぜ」
クリスはそう言うと、ウェッジウッドの座るテラス席へと歩いて行く。
そして、彼女のテーブルの上に、エディアールが所持していた携帯端末を置いた。
「あの――」
クリスは微笑む。
「相席よろしいでしょうか?」
ウェッジウッドは、クリスを一瞥するが、気にした様子は見せなかった。
再び視線を本へと向ける。
クリスは、テーブルを挟んだ対面の椅子に腰掛ける。
彼女は本から視線は逸らさずに、コーヒーカップを持ち上げる。
カップを持ち上げる指先に震えはなかった。ぎこちない動作もない。
彼女はそのままカップに口をつけて、一口二口と飲んでみせた。
こちらを一切気にもとめていない。
「そこに座るのは構いませんが――」
ウェッジウッドは、本に視線を向けたまま、クリスに話しかける。
「何も……頼まれないのですか?」
相席を許可したというより、拒否する価値もないという響きがあった。
「ええ――できれば、長居をするつもりはありません」
「そうですか……」
ウェッジウッドはカップをテーブルに置くと、ゆっくりと本を閉じて、ふぅと息を吐いた。
「それは正しい判断です。この店の珈琲は酸味が強すぎますから」
「まあ、珈琲の好みは人それぞれですよ」
クリスは当たり障りのない返答をする。
すると、ウェッジウッドは赤い縁の眼鏡を外して、険しい表情でクリスを睨み付けてきた。
彼女の澄んだ青色の瞳が、まるで宝石のような光を返す。
クリスはその瞳に引き寄せられ、同時にすべてを見透かされているような寒気を覚えた。
「どうして、此処が分かったのかしら? クリストファー・テトレーさん」
問われて、ハッと正気に戻る。
「お互い様では……?」
ぎこちない笑みを返した。
「貴女の方こそ、どうして俺の名前も居場所も分かったのですか? ルイーズ・ウェッジウッドさん」
ウェッジウッドは黙ったまま、クリスを見つめていた。
クリスも同様に彼女を見つめる。
「貴方が、シャルの携帯端末を持ってきたと言うことは——」
ウェッジウッドがそう切り出し、テーブルの上の携帯端末を見つめる。
「彼を倒してきたと言うことですね?」
「ああ。おそらく今も図書館で寝ているはずだ」
「そうですか……」
彼女はほんの一瞬、安堵の表情に変わったことをクリスは見逃さなかった。
「それで――」
ウェッジウッドは鋭い眼差しをクリスに向けた。
「貴方がのこのこと私の前に姿を現したのには、何か理由でもあるのでしょう?」
「ああ。俺を追いかけ回すのをやめてもらいたい」
クリスは単刀直入に告げた。
「神聖なマリアージュの塋域に足を踏み入れて暴れたのですよ――」
一つため息を吐いた。
「追われるのは当然ではなくて?」
「故意に、塋域に追い込んだのではないのですか?」
ウェッジウッドは何も言わずに、クリスを見つめている。
「背後から、マスケット銃を発砲したのは違法では? 塋域以外は国有地ですよね?」
「なるほど、やはりご存知でしたか……」
ウェッジウッドはカップを持ち上げると、残りのコーヒーを飲み干した。
(やはり……? ご存知でしたか——だと?)
クリスはその言葉が引っかかる。
「故意に追い込んだ事を認めるのか? メルローズに指示を出して……」
「さて――どうでしょうね?」
ウェッジウッドはそうはぐらかすと、小さく息を吐く。
「違うとでも? 最悪の場合、犯人に仕立て上げようと考えていたのでは?」
「その質問にお答えするつもりはありません」
「答えるつもりがない? 随分と手前勝手な言い草じゃないか」
「でしたら、貴方が左手にしている、そのグローブは何処から持ち出してきたものですか? 塋域に立ち入る前の防犯カメラの映像には映っていないのですよ」
「こちらもその質問に答える必要はないと思いますよ。仮に塋域にあった至宝だとしても、すでに登記はされていますよ」
クリスはニヤリと笑みを浮かべる。
すると、ウェッジウッドはやれやれと言わんばかりに頭を振った。
「クリストファー・テトレーさん、貴方は自分が置かれている状況が、呆れてしまうほどに、まったく――理解できていないようですね?」
「ひどい言い草だ。こちらからしたら突然、貴女方に殺されそうになったのですよ。理解が追いつかないのは、当然でしょう?」
すると、ウェッジウッドは何やら考え込む。
「わかりました——」
顔を上げてクリスを見据える。
「でしたら、数時間前に霊園で起きた出来事を——お話し致しましょう。もちろん他言無用に願います」
そう念を押した。




