第二十二話「私は断然、犬派です!」
10月3日の夜21時に、郊外にある貴族専用の高級マンションの浴槽で、デュリュック男爵は死体となって発見された。
発見者は彼の恋人セシリア・ド・モンフォール伯爵夫人。
彼女は領地捜査局に連絡を入れた。
だが、領地捜査局では捜査対象外と判断され、最寄りの警察署に引き継がれた。
「で――この件は当初、警察対応となった」
「警察が対応?」
マルセイユはオムライスから顔を上げる。
「マンションとはいえ、貴族の自宅ですよね?」
「それは、彼の自宅が領地ではなかったからなんだ」
「先ほど——貴族専用の高級マンションだと、仰いませんでしたか?」
「専用とは謳っているが、あくまで購入者の多くが貴族というだけだ」
マルセイユは腑に落ちないのか、首を傾げる。
「金があれば誰でもが購入できるんだよ」
その言葉にマルセイユは納得したようだ。
ジャスティンはさらに詳しく説明を始める。
「貴族以外の購入者も想定して、売り出し時は区分所有権という形になっている」
「ようやく理解できました。男爵の部屋は私有地だったワケですね?」
ジャスティンは頷く。
「男爵は領地申請はしていなかった。忘れていたわけではなく、おそらく私有地で問題ないと判断したんだ。領地申請には金が掛かるし、固定資産税も私有地よりも倍近く取られるからな」
「私有地だからという理由で、領地捜査局は警察に権限を委譲したわけですね?」
「そうなんだが——」
ジャスティンはやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
「恋人のモンフォール伯爵婦人がカンカンに怒ったわけだ。領地捜査局が勝手に捜査を市民警察に放り投げたとか言われてさ」
「当然、そうなりますよね。それで一連の事件を紐付けて領地捜査局が担当することになったワケですね?」
「そういうこと——。被害者全員が貴族。そして三人とも身体の一部を持っていかれている」
ジャスティンは嘆息を漏らす。
「お陰で——俺が三件を受け持つことになった」
「あの、ジャスティン様——」
マルセイユがスプーンとナイフを持って、見つめてくる。
「まだデュリュック男爵の持ち去られた箇所を伺っていませんが?」
「ん? 言っていなかったか?」
ジャスティンは惚けて呟く。
「言ってません」
「そうか……。たしか——頭部だった」
そう言いながら、マルセイユがテーブルに置きっぱなしにした連続殺人事件のファイルを引き寄せる。
ジャスティンはファイルを開きながら、マルセイユの行動をチラチラとのぞき見る。
「頭部ですか……?」
マルセイユは舌なめずりをしてから、オムライスの左側に、ためらいなくナイフを入れた。
オムライスを切り分けると、スプーンで掬い上げ、一口で頬張った。
それを見て、ジャスティンは声を上げる。
「あ……間違えた」
「腕だ。左腕部だった――」
ファイルから視線を上げて、マルセイユを見つめる。
「左腕部が切断されて、男爵は出血死で亡くなった。そして、その浴槽には、切断された左腕に対応する義肢が投げ入れられていたんだ」
マルセイユはスプーンを口に入れたままで、恨めしそうにジャスティンを見つめる。
「まさか……とは思うが、口に入れたのを戻したりはしないよな?」
頬杖をついてマルセイユを見つめていると、マルセイユは諦めたのかスプーンを出して、もぐもぐと咀嚼を始める。
「ジャスティン様は意地悪です!」
すべて飲み込んでから、マルセイユは抗議する。
「意地悪とは心外だな」
ジャスティンはすました表情で言い返す。
「お前が悪趣味な食べ方をしているからだろ?」
「悪趣味とは心外です。れっきとした捜査の一環です」
ツンとすました表情で言い返す。
「私は犯人になりきってこの事件を追体験をしているだけです」
(よくもまあ、そんな言い訳を……)
「で、何かわかったのか?」
「それがですね……。ふわとろのオムライスは、何処から食べても美味しいことがわかりました」
マルセイユはそう言いながらも、やはりトマトソースを断面箇所に塗り始める。
「だろうな……」
ジャスティンはそう言って、ハンバーガーを頬張り、窓の外の景色を眺める。
すると——先ほどのウェイトレスによく似た若い女性が、店の裏口から私服姿で歩いていくのが見えた。
ジャスティンはテーブルに付いているボタンを押して店員を呼ぶ。
別のウェイトレスの子がやってきた。
やはり見間違いではなさそうだ。
「コーヒーをお願い」
「かしこまりました」
ウェイトレスはジャスティンの食器を片付け始める。
「さっきのウェイトレスのお姉さんはもう帰ったの?」
ジャスティンは少し気になったので訊ねてみると——。
「何でも、急用があるから早上がりすると言ってましたよ」と教えてくれる。
すると、それを聞いていたマルセイユが、心なしか元気になったようにジャスティンには見えた。
◇◇◇
食後の珈琲を堪能したジャスティンは会計を済ませて、回転ドアをくぐる。
すると入り口に、先ほどのウェイトレスの女性が座り込んでいた。
入店する時に見かけた白いネコを抱きかかえている。白ネコの方も気持ち良さそうで女性に身を預けていた。
ウェイトレスの女性と目が合うと、彼女は軽く会釈をする。
回転ドアをくぐってマルセイユが続いて出て来ると、不意をつかれたみたいに、ネコと戯れる彼女の姿を見て、固まってしまった。
「おい、マルセイユ。あそこに停まっているリムジンで移動だからな」
ジャスティンが声を掛けるが、マルセイユはネコと女性を見つめたままでいる。
「ジャスティン様——」
マルセイユは振り返り、ぎこちない笑顔を見せる。
「申し訳ありませんが、少しお時間を頂けますか……?」
(ああ、ネコと戯れたいのか……)
やれやれ……と思いながらもジャスティンは、
「わかったよ。俺は先にリムジンで待っているからな」
そう言って車の方へと向かう。
「申し訳ありません」
マルセイユはジャスティンに頭を下げると、
「わ~、ネコちゃんだ~」と、どこか作り物めいた笑顔でネコに近づいていく。
ウェイトレスの若い女性とマルセイユは、ネコを撫でながら「にゃにゃ~」とか「んにゃ~」とか、ネコに向かって話しかけていた。
車に乗り込みながら、ジャスティンは二人の様子を眺めていた。
マルセイユは無表情なことが多いと思っていたが、笑いながら女性と一緒に会話を楽しんでいるように見えた。
微笑ましい光景に、ジャスティンはあのマルセイユが何の話をしているのか、ついつい興味がわいてしまった。
車の窓ガラスを下ろして、耳をそばだてて会話を聞いてみようと試みた。
だが、どうにも人の会話には聞こえない。
二人でニャーニャー言い合って、ネコを撫でているだけであった。
10分が過ぎようとしていた――。
ジャスティンはマルセイユがネコと戯れている間に、携帯端末に送られてくるメールの確認を終えていた。
(いつまで、ネコと戯れるつもりだ?)
ジャスティンは、流石に待ちくたびれてしまった。
「マルセイユ! いつまで待たせるつもりだ!」
すると、マルセイユはこちらに晴れやかな笑顔を向ける。
そして、ネコとウェイトレスの女性に両手を振りながら、こちらへと後ろ足で近づいてくる。
ウェイトレスの女性もネコの前足を持って、にこやかに手を振りかえしてくる。
マルセイユも別れを惜しむように、何度も振り返りながら、手を振っていた。
リムジンが走り出してから、急に大人しくなったマルセイユ。
窓の外を、ずっと無言で眺めている。
気になったジャスティンは声を掛けてみた。
「お前、あんなにネコが好きなんだな。猫は皆、ネコ好きなのか?」
するとマルセイユが、ギロッと視線をジャスティンに向ける。
「ネコなんて嫌いです! 私は断然、犬派です!」
ぷりぷりと怒り出すマルセイユに、ジャスティンは呆気に取られたまま、言葉が出なかった。




