第二十六話「見透かす者、見透かされる者」
「俺が気になったのは、その闇のオークションってやつだよ」
すると、ウェッジウッドの表情が僅かに曇る。
「何か——気になることでもありましたか?」
「些細なことなんだが――」
ウェッジウッドが持つ赤い装丁の本を見つめる。
「君が持つその至宝は、情報を支配できるんだろ?」
ウェッジウッドからの返答はない。
ただ黙ったまま、クリスを見つめる。
「君がそれを完璧に使いこなすことが出来ていれば——」
クリスは視線を、至宝からウェッジウッドに戻す。
「俺を墓荒らしと誤認して追ってくることはなかったんじゃないのかと思ってね」
「……」
ウェッジウッドも他の二人――エディアールとメルローズも黙り込む。
「ええ、確かに……」
ウェッジウッドはコクリと頷いた。
「私は至宝を完全に使いこなせてはおりませんわ」
「いや――俺は君を責めているわけじゃない」
「あくまでそれを前提条件とすると——」
クリスは頭を振ってから、肩を落とす。
「闇のオークションでの出品という情報は、いささか早計すぎるんだよ」
「つまり——」
ウェッジウッドが探るような眼差しを向ける。
「私たちが以前から、その存在を知っていたと?」
「ああ。そう考える方が自然だと思うんだが——」
クリスはウェッジウッドを見つめる。
「……違うか?」
「クリス……貴方は想像力が豊かですわね――」
何かを隠すように、ニコリと微笑む。
「仮に私たちが、以前から闇のオークションを知っていたとして、何か問題でも?」
「そうだよ。何が問題なんだ?」
メルローズが、急に割り込んで睨みつけてくる。
「イチャモンつけてくるな、コラ!」
「リディ……話の途中です」
ウェッジウッドが嗜める。
「いや、別に問題はないさ。ただ――」
「ただ……?」
ウェッジウッドは何かを探るような眼差しをクリスに向ける。
「ただ、知っていたと仮定すると――」
大きく息を吐いて、クリスは肩を落とした。
「以前から墓荒らしが横行していたんじゃないのかって……」
三人の視線が鋭くなるのをクリスは感じ取った。
「ふと……思ったんだよ」
(まったく……気が滅入る話だ)
「君たちは不審に思ったんじゃないのか?」
クリスは三人の視線から逃れるように、車窓を眺めながら話を続けた。
「荒らされた墓が、すべて失踪宣告を受けた者達の墓だった――」
三人からの返答はない。
あるのは、三人分の疑心の眼差し。
クリスは続ける。
「さらに盗まれた埋葬品や副葬品に類似した品々が、非合法の取引サイトに出品されていた。偶然とは到底思えない――」
窓の外を眺めていたクリスだったが、視線が気になりウェッジウッドに視線を戻す。
「だが、その出品物が埋葬品や副葬品と同一の物であると立証することは、おそらくだが難しい」
クリスの話しを聞き終えたウェッジウッドが、ようやく口を開く。
「……ええ。貴方のおっしゃる通り、立証することは困難ですわ。墓荒らしは窃盗罪ですが立件まで視野に入れるとなると――」
ウェッジウッドは頭を振った。
「現行犯での逮捕が確実な手段となります」
クリスはウェッジウッドを見つめる。
「これはあくまで推測なんだが――」
クリスはそう前置きをする。
「いや、邪推に近いのかな? だから……聞き流してもらっても構わない」
ウェッジウッドは頷く。
「おそらく、君も同じ結論に至ったと思うんだが……」
クリスは三人を見つめてから、核心を突いた一言を放つ。
「近衛省内部に——墓荒らしの共犯者がいるんじゃないのか?」
ウェッジウッドは目を見開いてクリスを見つめる。
他の二人も、思わず息を飲み込んだ。
静粛性の高いリムジンの車内に、わずかにエンジン音だけが、クリスの鼓膜を震わせていた。
「あの広大な霊園で、ピンポイントで狙われているのが失踪宣告者の墓なんだろ? だとすれば、外部の者たちの犯行だけでは成り立たない」
三人は黙ったまま——。
「君は身内を疑いたくなかった――。けれども、君が持つその至宝で調べてみると、情報を流している共犯者と思しき人物を特定することができた」
「さらに——今回狙われる墓も特定できていた。だから君たちは、犯行の一部始終を押さえるために、その墓を中心に三人で張り込みをしていたワケだ」
三人はまだ黙って聞いていた。
「そうしたら塋域に侵入した者がいて、さらに別の墓が荒らされた。君は手玉に取られたと思ったわけだ。自尊心を傷つけられた君たちは――」
クリスは鼻で笑った。
「のこのこ霊園に入ってきた俺を執拗に追い回してきた……と」
「まるで……」
ウェッジウッドが口を開いた。
「見ていたかのような物言いですわね?」
「冷静に物事を見られるようになってきたからな」
クリスは肩を竦める。
「まあ……今さらだ。時間が掛かりすぎた」
クリスは苛立ったように舌打ちをした。
車内に乗り込む前に気づくべきだった。
相手は貴族という身分であると言うことを……。
三人の疑心の眼差しから、クリスは一つの解答にたどり着く。
「そう考えると——ウェッジウッド」
シニカルに笑みを浮かべる。
「アンタが、俺に協力を呼びかけたのは、心にもないことなんじゃないのかと気づいたんだよ」
「率直に言えば――」
クリスは三人を見回してから、ため息をついた。
「アンタたちは俺をまだ疑っている。疑っているから、俺をギャングたちのアジトに連れて行って、面通しをさせようとしているわけだ」
(ホント……くだらない!)
「其奴らと何か繋がりがあるはずだと思い込んでね」
クリスは殺気を含ませた眼差しで三人を睨み付ける。
「違うか? ウェッジウッド!」
しかし、三人はクリスの怒声に、気圧されることはなかった。
「実に……小賢しいですわね。でしたら、私も率直に申しますが――」
コホンと小さく咳払いをする。
「貴方は何処の馬の骨とも分からない身の上ですからね。爵位を手に入れるために、養父を殺害していたとしても不思議ではありません」
ウェッジウッドの辛辣な物言いに、クリスは肩を竦める。
(貴族らしい、物の見方だ……)
「ひどい言われようだ……。まあ、世の中を知らない貴族のお坊ちゃんやお嬢ちゃん達は視野が狭いからな。とりわけ――」
クリスは冷ややかな眼差しを向ける。
「ウェッジウッド、君は偏見に満ちた考え方をするようだ。まあ、当然と言えば当然か……。至宝で相手の思考も情報として読み取れるからな。メルローズとエディアールの二人しか信用していないんだろ?」
「随分な言われようですね」
「お互い様だ」
クリスとウェッジウッドは睨み合う。
「そうですね……。お互い様かも知れませんね」
ウェッジウッドは鼻を鳴らして、視線を逸らす。
「ですが、一つだけ訂正させてもらいます。私はリディとシャルの思考を至宝で読み取った事はありませんわ。二人は私にとって家族ですから」
ギロリと睨みつける。
しかし、クリスはそれを聞いて、鼻で笑った。
「なるほど、恐くて見れなかったのか――」
「貴様!」
エディアールがクリスの胸ぐらを掴みあげる。
「シャル! やめなさい!」
ウェッジウッドはそれを制止させる。
車内はギスギスした雰囲気に汚染させていく。
その居心地の悪さに辟易したのか、マレーネが口を開いた。
『主よ……それくらいにしたらどうじゃ?』
今まで大人しく膝の上に座っていたマレーネが、呆れた口調でそう言った。
『主の気持ちも分からなくはない。じゃが、車に乗り込んだ時点で、主の負けじゃ。負け犬が吠え続けるのはみっともないものじゃぞ』
クリスはエディアールの手を払いのけると、シートにもたれ掛かり車窓を眺める。
「……わかってるよ」と、小さく呟いた。
「だけど言わせてもらうぞ!」とクリスはウェッジウッドを指差す。
「俺が墓荒らしと一切関係がなかったら、どうするつもりなんだ? まさか貴族様は謝罪だけで済ますつもりじゃないだろうな」
「では、こうしましょう——テトレー卿」
ウェッジウッドはにこやかに微笑む。
「――私たちは、真実を暴く覚悟があります」
「テトレー卿……?」
その響きに、クリスは鼻白む。
「ええ、テトレー卿、貴方が本当に墓荒らしと無関係であるならば――我ら銃士隊の名において、貴方の望みを一つだけ聞き入れて差し上げますわ」
ウェッジウッドの言葉に、クリスは警戒する。
「あら? どうしました?」
「何を企んでる?」
「失礼な方ですね……。貴方がどうするつもりだとお尋ねになりましたので、我々の決意を表明した次第ですわ。当然――」
ウェッジウッドが眼差しを鋭くする。
「貴方が墓荒らしと関係があった場合には——貴族として、そしてテトレーの名の下に、罪を償ってもらいます」
「おい! 何を勝手に――」
『主よ!』
マレーネがウェッジウッドとの話を遮るようにクリスに顔を近づけてくる。
『余計な賭けが成立してしまったではないか……』
やれやれと言わんばかりに、マレーネは首を横に振る。
『冷静さを欠いて大局を見失うでない』
クリスは面白くはなかったが、マレーネの言葉に従った。
それ以上話すこともせずに、車窓を眺めることにした。
だが、少し冷静になってきたクリスはふと疑問に思ったことを、口にする。
「なあ……お前の言う大局なんてあったか?」とクリスは呟いた。
『妾も適当に言っただけじゃ、あまりに気にするな』
クリスとマレーネは、同時にため息を吐いた。




