第二十話「鈴の音」
「領主が、殺害――?」
マルセイユは御者を気にしたのか、こちらに近づきながら声を潜める。
「何だか、穏やかではないような……」
「だから、屋敷猫が気を回したんじゃないのか?」
(屋敷猫にしてみたら、いま俺に死んでもらっては困るからな)
「それで私を家猫に……?」
マルセイユは、何か思うところがあるのか黙り込む。
「何か言いたげだな?」
「いえ、私を護衛に付けるにしても——」
怪訝な眼差し。
「二人だけで赴くというのは、いささか危険なのでは?」
「ルヴェ侯爵は、革命後に首都の労働者のためのベッドタウン化構想を打ち出したんだよ」
マルセイユは神妙な面持ちで見つめてくる。
「つまり、領民を増やす施策として、領律は国内法と殆ど変わらない」
「ですが——」
「不安か?」
ジャスティンはニヤリと笑うと、携帯端末を取り出した。
「もう一匹、家猫を呼ぼうか?」
「結構です」
マルセイユはプイと顔を背けた。
「私一人で十分ですよ」
二人を乗せた馬車が停まる。
「そんな顔をするな。お前は最年少で、姉さんの家猫になったんだろ」
ジャスティンは馬車のドアを開ける。
「お前だけが頼りなんだ」
その言葉に、マルセイユの表情が僅かに綻ぶのだった。
◇◇◇
首都グランディールの郊外に位置する、フォルトスラーバ港へと続く街道沿いの、とある店の前で四輪馬車は停車した。
ジャスティンは御者にチップを渡すと、マルセイユを連れて歩いていく。
向かった先は赤い屋根が特徴の木造平屋の建物だった。
「まずは朝食を食べてからだ」
「もしかして、テーブル・トゥエンティファイブですか?」
マルセイユが目を輝かせる。
「知ってるのか?」
「もちろんです。禁足を命じられていても、動画とか写真では見たことはありますよ」
マルセイユはそう言って、携帯端末の動画を見せる。
「革命が起きて一番変わったことと言えば、首都に25店舗も出店を果たした、この店くらいだからな」
ジャスティンはそう言って、道すがらマルセイユに説明を始める。
革命によって、王国から共和国へとグランディールの政治体制は切り替わった。
けれども文化的な側面で言えば、まったくないとまでは言わないが、劇的な変化は見受けられなかった。
市民革命によってもたらされた変化を、唯一体感できるとしたら、この『テーブル・トゥエンティファイブ』が、出店したことくらいであった。
テーブル・トゥエンティファイブは、カルディア共和国の外資系企業だ。
カルディア王国時代の首都アレッサンドラで21年前(共時暦802年)に産声を発した。
創業者のマリア・オルセは当時21歳の学生であった。
友人たちとの談義の場所として、彼女は出資を募り、小さな珈琲専門店をオープンさせた。
その創業時の店内のテーブル数が25席しかなかったのが、名前の由来らしい。
彼女は「自由な会話こそが文化と人を育てる」という経営理念を掲げていた。
この経営理念から、多種多様な人々の交流を図る空間へと変貌していったことで、知識人や若者たちの集客へとつながったとされている。
瞬く間に、テーブル・トゥエンティファイブは人気店へと駆け上り、首都アレッサンドラに24店舗を展開するまでに成長していった。
そして、25店舗目をオープンさせた16年前(共時暦807年)に、カルディア王国は崩壊した。
市民革命が起きたわけだ――。
カフェというスタイルで怪しまれることなく店舗を増やしていき、そこで革命の種火を提供していった。
カルディア共和国にとって、市民革命の象徴こそが、テーブル・トゥエンティファイブだと言われるようになっていた。
その後、彼女の経営理念はそのままに、テーブル・トゥエンティファイブは世界各国に進出していくことになる。
そして、十年前――。
共和暦元年(共時暦813年)の11月、首都グランディールにもテーブル・トゥエンティファイブが、ついに出店を果たすことになった。
新政府のたっての要望だったそうだ。
首都の中でも有数の立地の良い国有地に、わざわざテーブル・トゥエンティファイブの店舗を出店させたのだ。
しかし3年前から、店舗数は25店舗のまま止まっている。
革命のカウントアップも止まったまま――。
母国カルディアでは革命後にも店舗数は増え続け、今では120店舗までその数を増やしているそうである。
けれどもグランディール国内においては首都と近郊を合わせて、いまだに25店舗のままで止まっているのが現状であった。
需要はあるはずなのだが、店舗数は増やしていない。
(なんか……不穏だな――)
考えすぎかもしれないが、民主主義の達成の度合いを店舗数で表しているのかとさえ疑ってしまう。
(まさか、な……)
居心地のいい空間を提供しつつ、食事の味と価格帯が絶妙なので、ついつい利用することが多かったりもする。
そんな店が不穏な空気を漂わせているなんて思いたくもなかった。
「ジャスティン様、早く入りましょう」
マルセイユが回転ドアを押さえて待っていた。
「そんなに慌てるなよ。それにその入り口の回転ドアは一人ずつだ。二人で入ったりしない」
「じゃあ、先に入りますよ」
そう言って、マルセイユは店に入っていく。
テーブル・トゥエンティファイブの出入り口は、グランディールでは珍しい回転ドアだった。
カルディアの気候風土から採用されたそうだが、海外でもそのままのスタイルで展開している。
引扉や自動ドアが当たり前のグランディールでは、回転ドアは物珍しさがある。
これだけでも異国文化を感じられるとかで子供たちに人気の理由の一つであった。
回転ドアに差し掛かると、店の窓辺にある花壇に白ネコがいるのが見えた。
首輪はしていない。
おそらく野良ネコだ。
だが……なんだろう?
このネコ——置物のように、妙に大人しい。
(……生きているのか?)
少し気になりつつも、ジャスティンは回転ドアを潜る。
店内に入ると珈琲の香りが鼻腔をくすぐってきた。
「どこに座りますか?」
ジャスティンが店内に入ってくると、マルセイユは訊いてくる。
「そこのベルを鳴らしたか?」
「あ、これですね……」
マルセイユは受付のベルを鳴らす。
間も無くして、ウェイトレスがやってくる。
ウェイトレスの若い女性は、マルセイユをチラチラと見つめる。
「二名様……ですね?」
ニコリと微笑む。
「テラス席と店内とどちらがご希望ですか? 店内は全席禁煙になっていますが」
「店内で構わない」
「でしたら、どちらのテーブルでも構いません」
ジャスティンとマルセイユは店内の奥にある窓際のテーブルへと歩いていく。
店内は南国の避暑地を思わせるデザインだった。
壁にはサーフボードが幾つも飾られている。
「1……2……3、4……」
「テーブルを数えているのか?」
「名前の由来ですよ。気になりませんか?」
「俺が気になったのは——あのウェイトレス、お前の事を珍しそうに見ていたことだ」
「何か感じ悪いですよね?」
振り返りウェイトレスを睨み付ける。
「きっと私の可愛さに嫉妬していたのかも知れませんね」
(コイツ——同意も否定もしづらいことを……)
「おそらく、メイド服姿で来店したのが珍しかったんだな」
ジャスティンはマルセイユの言葉を聞き流す。
「そうですか……ね?」
マルセイユは首を傾げる。
ジャスティンとマルセイユは、客のいない奥の席に座る。
すると、まもなくして先ほどのウェイトレスが、水とメニュー表を持ってやってくる。
「ご注文がお決まりになりましたら、ボタンを押してください」
そう言って、一礼する。
すると——。
チリン……。
耳に残る、小さいが澄んだ音色が響く。
その瞬間——店内のざわめきが消えた。
ふと顔を上げると、彼女が腰に付けている小さな青い鈴を弾いたように見えた。
(今のはなんだ……?)
ジャスティンはそう思いつつも、テーブルの上に置かれたメニューを取ろうとすると、対面に座るマルセイユが両手で頭を抱え込み、震えていた。
「やってしまい……ました」
怯えたように呟くマルセイユ。
「何かあったのか?」
「いえ——これは……私の問題ですので……」
最後の方は聞き取れないくらい小さい声だった。
何のことか分からないジャスティンはそれ以上詮索するのをやめた。
「こうなったら、看板メニューのオムライスだけでも食べないと」
「決まったか?」
そう言いつつ、マルセイユがまだメニューを見ているにも関わらず、テーブルにある『呼出』ボタンを押した。
先程のウェイトレスがやってくる。
「ご注文はお決まりですか?」
「俺はハンバーガーのセットで、マルセイユ——お前はふわとろオムライスのセットで良いのか?」
「え? セットあるんですか?」
どこ……何処――と、マルセイユはメニューを慌ててめくる。
「あ……ホントだ。ふわとろがある。じゃ……じゃあ、私はこれで――」と指差す。
ウェイトレスがメニューを回収した時に、彼女の腰の鈴が、再びチリン……と鳴った。
その音に、マルセイユがビクッと反応する。
ウェイトレスはメニュー表を持って厨房に消えていく。
マルセイユはまた頭を抱えて、何かぶつぶつと呟き始めてしまった。
「聞かれたくなさそうだから、何があったかは聞かないが――」
ジャスティンはファイルをマルセイユに手渡した。
「注文が来る前に、情報共有だけはしておくぞ」
「情報共有?」
「ああ。俺は現在、テトレー伯爵の事件の他に、三つの事件を担当している」
「他に三つも抱えているんですか?」
マルセイユが驚いて見つめる。
「ああ。驚くところはそこではないが——」
一つ咳払い。
「ルヴェ侯爵殺害の件を、俺が担当することになった理由は、この三つの連続殺人事件と関連があるからなんだ」




