第十九話「監獄王」
ジャスティンとマルセイユは捜査官の後を追って、二階の書斎へと入る。
すでに三人の鑑識が作業を止めて、ジャスティンが来るのを待っていた。
書斎の中央には、長机が置かれていた。
撮影用に設置された複数のライトが、その机の上を明るく照らしていた。
机の上には、問題の領律書が広げられていた。
「この状態だったのか?」
広げられている領律書を見ながら、ジャスティンは捜査官のひとりに訊ねる。
「はい。私たちが書斎に入った時には、すでに領律書は広げられていました」
ジャスティンは、領律書に書かれた文面を上から順番に確認していく。
筆跡はテトレー伯爵のものだった。
文面も同じ。
届けられているテトレー家の領律書に間違いはない。
けれども……。
(なんだ……これは?)
最後の一文――それだけは異質であり異様であった。
日付は五日前――10月5日。
伯爵本人が付け加えて書いたものではない。
それだけは、明らかだった。
なぜなら、筆跡も文体も、そして――署名までもが異なっていた。
「……やってくれる」
ゾクリと全身に流れる悪寒。
空恐ろしく思いつつも、ジャスティンは興味をそそられて笑みを零していた。
その一文はこう綴られていた。
『領地内において、復讐を成し遂げた者は何人たりとも罪を問われることはない。
たとえ復讐の相手が、領主或いは当主であったとしても、これを適用する』
『――監獄王』
(……監獄王だと?)
「この領律は適用されるのですか?」と、マルセイユ。
「無効だよ。これは領主の署名ではない」
ジャスティンは、トントンと『監獄王』と書かれている文字を指で叩く。
「たとえ伯爵が王を自称していたとしても、だ。公的な書面では無効だ。もっとも――」
ジャスティンは領律書からマルセイユへと視線を移す。
「伯爵の筆跡ではない。あきらかに別人だ。やってくれたよ……コイツは」
呆れたようにため息を吐く。
(復讐を完遂したという証か……?)
(いや……違う。これが始まりだという演出——)
「無効だと知った上で、わざわざ書き込んだのですか?」
「だろうな。犯行声明文のつもりかもな」
「それで、わざわざ目につきやすい所に、広げておいたと?」
マルセイユの疑問に、ジャスティンは頷いた。
「領地捜査局がこの事件をどう扱うのか――」
舌打ちをしていた。
「その動向を窺っているようにも思えてくるよ」
ジャスティンは鑑識に指示を与えると踵を返して、書斎を後にした。
再び一階の応接室へ戻ろうと階段に差し掛かった時のことだった。
「あの……ジャスティン様」
捜査官たちがいないタイミングで、先を歩くジャスティンに、マルセイユは声をかけた。
「あの領律書に書き込んだのが、伯爵を殺害する前なのか後なのかについては、気にされていないのですか?」
ジャスティンは立ち止まり、振り返る。
「気にしていないわけじゃない」
マルセイユの方に向き直る。
「ただ、監獄王を名乗る人物が領律書に書き込んだ日付は、伯爵の死亡日だ。そう考えると――五日前になる」
「五日前……ですか?」
「そうだ」
ジャスティンは頷く。
「そして――137番目の養子を迎え入れたのも、五日前だ」
マルセイユも気づいたようだった。
「どちらも10月5日だ。これをどう見る?」
「監獄王と名乗る人物と養子の二人が、共謀していたと?」
「確証は何もない。養子と監獄王が同一の可能性もある」
肩を竦めて、踵を返すと階段を下りはじめる。
「同一の可能性はあるが、二人は別人だと考えた方が自然な気がする」
ジャスティンは階段を降りて、再び応接室へと戻る。
そして、テーブルを挟んだ向かいから遺体の老人を見つめる。
「監獄王と名乗る何者かは、伯爵が『死の婚約指輪』を使って、人体実験をしていることを知っていた。だから、指輪を利用して復讐を企てた」
「けれども伯爵だってバカではありませんよ」
マルセイユが鋭い眼差しを向けてくる。
「指輪を所有していて、尚且つ、人体実験をしていたのなら――」
「自ら、指輪を嵌めるとは、到底思えない——」
「はい――」
確信を持った返事。
「まあ、それは至極当然だな」
ジャスティンも相づちをうつ。
「余程の確信確証がなければ、被験者になろうとは思わない」
「でしたら――」
「だからこそ、クリストファーという少年が、狂言まわしになったとは考えられないか?」
「狂言まわし?」
マルセイユは怪訝な眼差しを向ける。
「タイミングよく、少年がこの屋敷を訪れたんだよ」
マルセイユは黙って、ジャスティンを見つめる。
「伯爵は少年を別室へと通す。そして監獄王と名乗る男は提案をしたわけだ。自らが持参した指輪を少年に嵌めさせてみれば、本物かハッキリすると――」
「少年は、指輪を嵌めても問題はなかった……と?」
ジャスティンは頷く。
「あくまで憶測だ。何の確証もない」
「ジャスティン様……それは少し飛躍しすぎでは?」
マルセイユは首を傾げる。
(言ってくれるね……)
ジャスティンは鼻を鳴らす。
「ほう……。だったら、お前はどう考える?」
「仮に監獄王を名乗る人物と少年が共謀していたとしたなら――羽交い締めにして、強引に指輪を嵌めさせることも出来るのでは?」
「そうなると――抵抗した形跡がなかったという、お前の見立てが間違っていたことになるぞ」
「う……」と唸り、マルセイユは黙り込む。
伯爵の遺体が担架に乗せられ運ばれていく。
「いずれにせよ――証拠となる指輪と、伯爵の検死の結果待ちだ」
ジャスティンはそう呟くと、応接室を後にした。
「ジャスティン様……どちらに?」
マルセイユが後から付いてきながら、訊ねてくる。
テトレーの屋敷の外に出ると、ジャスティンは携帯端末を取り出した。
「屋敷猫に少年の捜索を依頼する」
「どうしてですか?」
「爵位を手にした以上、クリストファー少年は貴族の仲間入りだ。だから警察組織に頼るわけにも行かなくなった」
ジャスティンはため息を吐く。
「かと言って、領地捜査局だけでは、人員不足でどうにもならないのが実情だ——」
ジャスティンは開き直ったように言い放つ。
「屋敷猫と局長が秘密裏に手を結んだんだ。俺が猫の情報網を使って何が悪い?」
「いえ……悪くはありませんが——」
マルセイユは咳払いをする。
「なんだ、マルセイユ——風邪か?」
「ち、違いますよ!」
マルセイユの顔が少し赤い。
「目の前に……優秀な猫がいるのですよ?」
チラチラとジャスティンを見つめる。
無言で見つめていると、不満げな表情に変わる。
「な、何ですか、その不安そうな顔は?」
「いや……お前は家猫だろ?」
「そうですよ。猫なのですから、情報収集くらいはお手の物です」
マルセイユが身を乗り出して見つめてくる。
その姿に根負けしていた。
「わかったよ……。お前に少年の捜索を任せる」
嘆息を漏らす。
「そのかわり——定時連絡をいれろよ」
「お任せ下さい……にゃん」
そう言って、マルセイユは微笑んだ。
***
(それにしても……少年を一日で捜し当てるとは——)
ジャスティンは、マルセイユの情報収集能力に感心する。
しかし、その一方で、隣で愚痴をこぼす彼女に辟易もしていた。
「マルセイユ……いい加減、ブツブツと言うのを止めてくれないか」
「ですが、あそこで待っていれば、あの少年を捕まえることができましたよ?」
「現状、うちの組織には、張り込みに回せる人材はないんだ」
そう言って、肩を竦める。
「それに俺たちは局長からの緊急の要請で、これからルヴェ領に向かう」
「ルヴェ……? ルヴェ侯爵の領地ですか?」
マルセイユが驚いた顔をする。
ジャスティンは頷く。
「屋敷猫がお前を俺の所に寄越したのは、そのためかも知れないな」
「どういうことですか?」
マルセイユは眉根を寄せる。
「ルヴェの領主——フェルナン・ド・ルヴェ侯爵が、殺害された」




