第十八話「養子137人」
「そんな話を聞いたことないか?」
「初代グランディール国王の誕生譚ですか?」
マルセイユはどこか懐疑的に付け加えた。
「……眉唾物の伝説ですよ」
そう言われてしまうと、身も蓋もない。
ジャスティンは肩を竦める。
言った手前もあるが、ジャスティンでさえ、その伝説を信じている訳ではない。
理由は単純だ。
初代グランディール国王に纏わる装飾品の数々は、国立博物館に展示されている。
だが、この伝説に登場する指輪だけは展示されていない。
実在そのものが、如何わしい。
かと言って、そのすべてを否定できるだけの確証もない。
皇女神マリアージュの秘宝として、今も人知れず、王邸宮の奥に保管されているのかも知れない。
その可能性は否定できない。
おそらく民間伝承としての昔話と、グランディール国王の権威を組み合わせて作った創作話なのだろう。
(くだらないことを考えている場合じゃないな。捜査を進めないと日が暮れてしまう)
顔を上げると、物静かに考え込むマルセイユがいた。
「どうした? マルセイユ」
「ジャスティン様……あの、仮にですよ――」
真剣な眼差しを向けてくる。
「仮に……その死の婚約指輪が実在するとして――」
(眉唾物の伝説と言ってたくせに、何を気にしているんだ?)
「都市伝説の類なんだから、そんな気にするな」
ジャスティンが一蹴するがマルセイユは食い下がる。
「いえ、少し気になった事があるので、話を聞いてください」
マルセイユはジャスティンの側へと近づいてくる。
そして、誰にも聞こえないように耳元で、こっそりと囁いた。
「その指輪を……このご遺体の老人が嵌めたとするのであれば――」
(指輪を……嵌めたとするのであれば……?)
「皇女神マリアージュ家の加護を受けて、王の座に就こうとした――」
(王の座に?! まさか……?)
「そうなりませんか?」
マルセイユの顔をまじまじと見つめてしまう。
国王とそれに連なる重臣たち、それは自分の母親も姉も含まれる。
彼らは忽然と姿を消した。
そして――王位が不在の中で起きた革命によって、王国は共和国へと切り替わった。
(新政府に不満を抱いたこの老人が、伝説を信じて……?)
「待て待て――飛躍がすぎる」
自分を言い聞かせるように、声のトーンを抑える。
「俺が言ったことだが、そんな冗談みたいなことありえないだろ?」
「本当に、そう思いますか?」
真剣な眼差しで見つめてくる。
「いや……だって――」
ポンと手をたたく。
「そうだ。普通に考えてみれば、結婚指輪の痕だろ?」
「ねえ、ちょっと教えて欲しいんだけど――」
ジャスティンは、近くを歩いているキャンディ捜査官を捕まえる。
「テトレー伯爵って結婚していたの?」
「いえ、結婚はされていなかったようですね」
彼女は肩を竦めてから、頭を振った。
(え……? 結婚していない?)
意外な答えが返ってくる。
訊ねられた彼女は、持っていたファイルを手渡してくれた。
ジャスティンは、ファイルを捲る。
指をなぞりながら、伯爵の経歴を確認していく。
婚姻歴――なし
実子――なし
養子――137人
(……137?)
指が止まる……。
養子——。
「137人?!」
声が出ていた。
鑑識たちが、一瞬、作業を止めて、こちらを見つめる。
「なんだよ……? 養子137人って?」
ジャスティンは、声を潜めて呟く。
「養子にしては異様な数ですね……」と同意の声。
顔を上げると、マルセイユもファイルを覗き込んでいた。
「この数字、間違いないのか?」
養子の項目を指差しながら、キャンディ捜査官に訊ねる。
「間違いではありません」
(だとすると――何だ? この人数は……?)
捲った次の頁から数頁に渡り、さらに驚く内容が記載されていた。
その内容というのが、養子の名前・出自・性別・年齢・死亡年月日・死因が記されていた。
項を捲るたびに、「死亡」の文字が並ぶ。
(おいおい……)
死者の数は136人に及んでいた。
絶句してしまう。
「136人も……死んでいるのか?」
(このジジイ……いったい何をしていたんだ?)
(まさか……本当に人体実験を……?)
ジャスティンは振り返り、遺体を睨みつけてしまう。
(よくない、よくない。思い込みで捜査をするものじゃない)
ジャスティンは頭を振る。
そして、一つ深呼吸をしてから、頁を指でなぞっていく。
死因の多くは、病死や事故死となっているが、不詳の文字もある……。
不詳は、おそらくは行方不明——。
伯爵の領地内であることを考えれば、おそらく司法解剖は行われていない。
領主である伯爵からの申告——それで、すべて片付けられる。
「養子の方は、全員、男性のようですね」
隣からファイルを覗き込んでいたマルセイユが、ふと口にする。
(ああ、確かに……)
伯爵の養子になった者たちは、10代後半から20代前半の若い男が多数——。
いや、限定されていた。
女性は一人もいなかった。
と、なれば伯爵に婚姻歴がないことから――。
「伯爵は、男色家だったのでしょうか?」
マルセイユも同じことを考えたようだ。
仮に、伯爵が男色家だとしても、だ。
彼らは――養子になってから、短くて三日、長くて一ヶ月ほどで、他界している。
「かなりハードなプレイがお好みだったのでしょうか?」
マルセイユはファイルを見ながら、呟いた。
横顔を覗くと——真剣な眼差し。
いや……違う。
興味津々な眼差しじゃないか――。
(やめろやめろ。冗談でも変な想像するな。こっちもそういう想像をしてしまう)
「養子にしているんだ。そんなワケがないだろう」
(イヤ……ないとは言い切れないけど――)
爵位をチラつかせて、若い男をおびき寄せた可能性は……ありそうな話だな。
「137人目の養子だけ、生存しているようだ」
項の最後で指が止まる。
「日付は——五日前の10月5日。養子として正式に迎え入れている……」
名前は、クリストファー。
年齢は十六歳。
出自は……フォルトスラーバ。
「五日前……?」
ふと思い浮かぶ。
「それって――伯爵が亡くなったとされる日か?」
ジャスティンは、近くにいた男性の捜査官と警察官に、その養子の行方を訊ねてみた。
すると、その養子の消息は不明とのことだった。
そこに慌てた様子で、別の捜査官が応接室に入ってくる。
ジャスティンを見つけると、足早に駆け寄ってくる。
「ジャンナッツ警部、二階の書斎まで来てもらえますか? 見てもらいたいものがあるのですが……」
戸惑った様子の捜査官に、ジャスティンは頷く。
そして、捜査官の後ろをついて行く。
マルセイユもジャスティンに同行する。
「何か見つかったのか?」
応接室を出て、階段を上がりながら、ジャスティンは捜査官に訊ねる。
「領律書に、新しい記載がありました」
(なるほど――よくあることだ)
振り返ると、マルセイユが不思議そうな面持ちで見つめてくるので、説明することにした。
「三年前に領地捜査局が新設されるタイミングで、領地を持つ貴族を対象に、領律の写しの提出を呼びかけたんだよ」
「領律書の写しですか……?」
「ああ。提出は義務ではないけど、八割くらいの貴族から真面目にも送られてきたんだよ。だからそれを利用して、領地捜査局が捜査にあたることが出来るかを事前に確認しているんだ」
「そう言うことですか。けれども、その領律書に新しく記述がされていたことで、捜査を打ち切ることもあると?」
「場合によっては、ね」
「はい、そうなんですが……」と、捜査官は困惑気味に言葉を濁す。
「ん? 違うのか?」
「見てもらった方が早いと思います」と、言って、捜査官は早足で書斎に向かっていった。
——イヤな予感が、胸に残ったまま。
ジャスティンとマルセイユも捜査官に続いた。




