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マリアージュの銃士隊  作者: ミナモ
第二章

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第十五話「家猫マルセイユ」

 

 ジャスティン・ジャンナッツは、眠れなかった。


 原因は――自宅にいる、あの少女だ。


 ***


 シトシトと雨が降る夜だった――。


 仕事が終わり、さてさて夕食はどうしようか?


 そんな取り止めのないことを考えながら、マンション前まで戻って来ていた。


 すると、視界の右隅に人の気配を感じたのだ。


 見て見ぬ振りをすれば良いものを、ふと気になった。


 ついつい足がそっちに向かってしまったのだ。


 すると、暗がりの向こうもこちらに気がついたのか、ジィッと見つめ返してきた。


 少女だった――。


 十代の少女が(うずくま)って、こちらをすがる様な眼差しで見つめてきたのだ。


(家出少女か……?)


 やれやれと嘆息を漏らす。


 頭をかきながら、警察に連絡を入れようと携帯端末を取り出したまでは良かった。

 ここまでは正常な判断ができていた。


 しかし、少女を見つめていると――。


 いつの間にか取り出した携帯端末をポケットにしまい込んでいる自分がいた。


 しかも……だ。

 なんと、少女と言葉も交わさずに、無理やり手を引っ張り、自宅へと連れ込んでいた。



 ――あれ?


 客観的に自分の行動を振り返ってみると、犯罪じゃないのか……? 


 いや待て待て……。

 俺は善意で少女を匿っただけだ。やましいことなど一つもしていない。


 それに——あの時は彼女をそのままに放っておくわけにはいかない気がしたのだ。


 自分にそう言い聞かせてみても、冷静になって振り返ってみれば、政府機関に所属する立場としては、マズい行動であった。


(やはり――ダメだ。寝付けない)


 馬車での移動中に、仮眠しようと思ったのだが……。


(馬車の揺れが良くないのか?)


(ハァ……裏目に出たな――)



 馬の(いななき)と共に、馬車の揺れが止まる。


 コンコン――。


 馬車の窓がノックされる。

 目的地に着いたのか……?


 コンコン――。


 うるさいな……。もうしばらく放っておいてくれないかな……。

 寝たふりを決め込んでいると、護衛や御者の声が入り混じり、外がやけに騒がしくなってきた。


 ダン! ガガ! ドゴッ!


 聞き慣れない破壊音に、飛び起きてアイマスクを外す。

 すると、馬車の扉が強引に外されていた。


(え? な、何事だ?)


 眩しさに目がくらんだ。


 車内も車外も騒然とする中、不意に腕が二本伸びてくるのだけは見えた。


 何者かが両腕を伸ばし、上半身を掴むと引きずり出そうとしてきた。


 ジャスティンは抵抗を試みるが、無駄だった。

 釣り上げられるようにして、ジャスティンの身体は車外へと出されていた。


「おい! 何なんだ? 俺をどうするつもりだ?! さっさと降ろせ!」

 ジャスティンは足をバタつかせながら、声を荒げる。


「このまま放して、よろしいのですか?」


「良いから、離せ!」

 ジャスティンは体勢を崩したまま地面に落とされた。


 ドサリ……と鈍い音と共に、腰に痛みが走った。


「ジャンナッツ警部、大丈夫ですか?!」

 数名の部下が、ジャスティンの元に駆け寄ってくる。


「……っ痛! くそ! いったい何なんだ?!」

 ジャスティンは立ち上がり、暴力の主を睨みつける。


 するとそこには若い女性が立っていた。

 歳の頃は、10代後半から20代前半。クラシカルなメイド服を着た若い女性が、目の前に立っていた。


「お久しぶりです、ジャスティン様」


 メイド服のその女性が、無表情でお辞儀をする。


「お前は——」

 ジャスティンは眉根を寄せて見つめる。

「もしかして……マルセイユか?」


「覚えてくれていましたか……」


 十年ぶりだった——。


 当時、ジャスティンは十二歳で、彼女はそれよりも二つ下の十歳にも満たなかった幼い少女だった。


 それでも、当時の面影はある。

 面影はあるのだが、懐かしさを感じるわけではなかった。


 何というか……彼女との親しい思い出があるわけではないのだ。

 仮にあったとしても、おそらく片手で数える程しかないし、さらに言えば記憶から抜け落ちていた。

 まあ、それも致し方のない事だった。

 なぜなら、マルセイユはメリシア姉さんのお気に入りだった。


 まるで姉妹のように楽しげに二人でいることが多かった事だけは、よく憶えている。


 その中に混ざる事はできずに、二人の姿を遠くから眺めていることが多かった記憶が蘇ってくる。


(今にして思えば……あの時の感情は嫉妬に近いものだったのか?)

 鼻を鳴らす。

(何を今更……)


 ジャスティンは憮然とした表情で、マルセイユに訊ねる。

「で――お前が何用で、ここに居るんだ?」


 すると、彼女は2通の封書を、ジャスティンに差し出した。

「一週間ほど前に、屋敷猫からジャスティン様宛に電子メールを送ったそうです。ですが、返信がありませんでしたので、これを渡すようにと言伝られました」


(屋敷猫が……? 一週間前……?)


 携帯端末を確認すると、確かに屋敷猫のレイチェルからのメールが届いていた。

 忙しくて、すっかりメールの確認を忘れていた。

 怪訝に思いながらも、受け取った封書を開けてみる。

 読み進めるうちに、ジャスティンは舌打ちをしてしまう。


(おいおい……どういうつもりだ?)


 手紙の内容を要約すれば、自分に対する不平や不満といった愚痴が羅列されていた。


 さらに、家猫を余らせておく余裕はないので、ジャンナッツ家の暫定的ではあるが、正統の血筋であるジャスティンの元で使って欲しいというものだった。


彼奴(あいつ)ら……どういうつもりだ?」

 小さく呟いたつもりだったが、マルセイユに聞かれていた。

「その文面の通りだと思います。仕える主人が不在である以上、私のお役目はありませんので、ジャスティン様直属の家猫になれということです」


「で、もう一通は……ベノア局長から?」

 ジャスティンはもう一つの封書を開ける。

 それは、正式な辞令だった。

 マルセイユを、ジャスティンに同行させる許可を与える――というものだった。

 役職はないが、領地捜査局の局員と同等の権限と給与を与えるものだった。


「なるほど、屋敷猫は俺に黙って根回しを済ませておいたわけだ。局長も俺に内緒で二つ返事で了承したんだな……」

 その光景は目に浮かぶ。

「局長も猫の情報網を欲しがっていたしな」

 舌打ち交じりに呟く。


 つまり、屋敷猫とベノア局長の密約によって、双方にとって都合の良い関係が築かれたわけだ。


「そういうことですので本日から、私、マルセイユはジャスティン様直属の家猫として、領地捜査局の捜査に参加することとなりました。不束者(ふつつかもの)ですがよろしくお願いいたします」

 マルセイユは、もう一度、お辞儀をする。


「あの~、ジャンナッツ警部? 捜査の方は――」

 捜査官の一人が、恐る恐るといった感じで話しかけてくる。

「ああ、これからするよ。とりあえず――準備を整えておいてくれ」

 ジャスティンは、捜査局員に命令を出して、仕事に取り掛からせた。

 ジャスティンはマルセイユと二人きりになると気まずさから、一つ息を吐いた。

「ま、とりあえず……思い出話は後にしよう。これから捜査を開始するから、俺に着いてきてくれ――」


「かしこまりました……にゃん♡」


(……にゃん? え? 何……?)


「あら?」

 マルセイユが無表情のままでジャスティンを見つめる。

「もしかして……お忘れですか?」


 正直な話、マルセイユが何を考えているか読めない分、ジャスティンは少し怖かった。


「十年前、メリシア様が不在の折に、ジャスティン様が私に命じたではないですか?」


 ジャスティンは背筋が冷たくなるのを感じる。


「お前は猫なんだから——語尾に『にゃん』をつけて話せって」


 うわ……コイツ――そんな昔のことを?


「さ、さあ。思い出せないなあ」

 ジャスティンは平然を装いながら首を傾げて惚けて見せる。


 だが内心、そんなこと言った覚えはないとは言い切れない自分がいた。

 当時の自分であれば、姉さんと仲の良かったマルセイユに嫌がらせをしていたような気がする。


「本当ですか? それは残念です……にゃん」


 あ……これはダメなやつだ。


「ごめん……悪かったから。語尾に……にゃんをつけて話さないでくれ」

 すると、マルセイユはニコリと微笑んだ。

「かしこまりました——」

 マルセイユは頭を下げるのだった。


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