幕間「決闘の余韻」
クリスはエディアールに向かって掌底を叩き込む。
脳を揺らされたエディアールは膝から崩れ落ちて、どさりと倒れ込んだ。
ハァ……ハァ……。
(白刃取り……)
(よく出来たな……)
妙な笑いがこみ上げてくる。
「ハハハハ……」
(出来過ぎだぜ――)
緊張の糸が切れたクリスは、急に疲れが溢れて出てきた。
腰を下ろし、大きく深呼吸をする。
「決闘なんてするもんじゃないな……」と、本音を吐露していた。
『クリス!』
マレーネが慌てた様子で駆け寄ってくると、首元に抱きついてきた。
温もりも感触も伝わってこない……。
けれども、耳元で啜り泣く声ははっきりと聞こえた。
「お、おい……なに泣いているんだよ?」
クリスは戸惑ってしまう。
『主よ……。主は死んではならぬ』
そう言って、マレーネは離れようとしなかった。
クリスは一つため息をつく。
「心配するな。そんな簡単に死んだりしないから……」
『主は……主は――』
マレーネはポロポロと涙を溢しながら、クリスを見つめきた。
(なんだよ……? どうして……そんなに泣いているんだ?)
クリスは少し心苦しくなり、彼女から目を逸らす。
『危なっかしいのじゃ!』
「何だよ……その理由――」
クリスはマレーネのその言葉に肩透かしを食らった気分になる。
「決闘をしているんだから、こんなもんだろ?」
けれどもマレーネは、再びクリスの首元に抱きついてくる。
『主の闘い方は――』
怒ったような泣き顔。
『死ぬことを何とも思っておらぬのじゃ!』
涙であふれた目で睨み付けてくる。
『見ていて……心が痛くなる』
「おいおい……大袈裟だな――」
『死ぬなよ……クリス。主と妾は――』
マレーネは一瞬、言葉を探すように目を泳がせる。
『結ばれる運命なのじゃぞ。わかっておるのか?』
「わかったって……」
『わかっておらぬ!』
マレーネがまた泣き出す。
『主はわかっておらぬのじゃ!』
「じゃあ……どうしろって言うんだ?」
クリスは辟易したように、嘆息を漏らす。
「まさか、これからは敵前逃亡でもしろと言うのか?」
『妾も……。妾も一緒に闘う』
マレーネは泣き腫らした瞳でクリスを見つめ、真顔でそう言った。
「闘うって……? ちょっと、それは卑怯じゃないか? 二対一になるわけだろ」
『卑怯ではない! 相手からは妾は見えぬのじゃからのぉ!』
「わ……わかったよ――」
マレーネの真剣な眼差しと鬼気迫る物言いに、小さく頷くしかなかった。
「それよりここから早く立ち去ろうぜ」
近くで倒れ込んでいるエディアールに視線を移す。
「此奴もいつ目を覚ますかわからないし……」
そう言うと、クリスは立ち上がる。
『それには妾も賛成じゃ』
マレーネも涙を拭うと、立ち上がる。
『主が警報器を作動させたからのぉ。消防や警察が駆けつけてくるのも時間の問題じゃ』
立ち去ろうと踵を返すと、足元に落ちている通信端末が、ヴヴゥゥと唸り始めた。
エディアールが所持していた端末だった。
画面には着信相手の名前が表示されている。
「マレーネ――インペリアル・グレースで相手の居場所を特定できるか?」
『通信が繋がっている状態であれば可能なはずじゃ』
クリスは拾い上げると、画面をタップした。
スピーカーから少女の心配そうな声が聞こえてくる。
『シャル! 無事なの?! メッセージでも良いから連絡して!』
クリスとマレーネは顔を見合わせると、黙って頷いた。
そして、北側に位置する非常扉から図書館を後にした。
***
——その一日前。
テトレー伯爵邸前。
【第二章】
第十五話「家猫マルセイユ」




